せんせい、宿題わすれました

「そりゃあ、見返りもなしに自分の願いなんてかなえられないよ」


あたしの目の前で、お腹を抱えて笑ってる。


学校帰り、そのままキサラおばさんの家に来たんだ。


あ、キサラおばさんって笑えるんだね。


いつもとーっても怖い顔してるから、笑えないんだと思ってた。


キサラおばさんの顔をみてると、あたしまで笑いたくなっちゃう。


「何がおかしいんだい」


キサラおばさんが急に、怖い顔になる。


「あ、いえ、なんでもありませんっ」


あたしは、ビシィッと背筋を伸ばして言ってみる。


「そう、それならいいけどね」


フンッとキサラおばさん、鼻を鳴らしてる。


あたしのお母さんもよく、鼻を鳴らしてるから一緒だね。


「それで? けっきょく、宿題はできたのかい?」


「そんなの、間に合うわけないじゃないですかぁ……」


あたしは、木製のカウンターにめいっぱい腕を伸ばす。




あー、思い出したくもない、今日の朝のできごと。


あたしは、あのあと、あわてて今日の授業の準備をしたんだ。


それから、朝ご飯を食べて、着替えて……。


こなさなきゃならないことをこなしてたら、8時過ぎ。


そのまま学校に向かうしかなかったんだ。


もらってから何日かたった風船みたいに、あたしの気持ちはしぼんでた。


誰か空気を入れてくれないかな、そんなことを思いながら学校へ。


歩くとランドセルに入ってる宿題たちが、ケタケタ笑ってるように思えて。


ますます学校へ向かう足取りが重たくなったんだよね。


それでもなんとか学校にたどりついたんだけど……。


あたしの気持ちは海の底に沈みこんだまま。


今日、先生風邪でお休みになったりしないかな。


それで1日ずーっと自習、宿題確認なし、これならっ。


そう思って、ランドセルに入れてきた杖を見たけれど。


相変わらず、チロチロと舌みたいなものを出してる。


うわー、ぜーったい、あたしを持ち主としてみとめてないー!!


職員室の前でうろうろしてたら、担任の先生が川西先生が出てきちゃった!


川西先生は、とーっても怖い先生なの。


元々、小学6年生ばっかりを担任してきた女の先生なんだけど。


天井につきそうなくらい身長が高い。そして、ふわふわおなか。


クマさんみたいって言ったらかわいいと思うかもしれないけれど。


キャラクターじゃなくて、リアルなクマさんって言ったらわかるかな?


そのクマさん……じゃなくて、川西先生があたしを見下ろして、にっこり。


「あら、鳴川さん。おはよう。どうしたの」


ああ、出会ってしまった……。あたしは、カチンコチンになる。


さぁっと、体が寒くなる。


まるで、言葉を知らないみたいな話し方で、あたしは言葉を発する。


「あっ……あのっ……、川西先生……」


「うん」


「あの……宿題を……」


「宿題が、どうかしたのかな」


先生の顔がますます笑顔になる。


こわい、こわすぎるううううぅぅっ!


「しゅっ……しゅくだいっ、わすれっましたっ!!」


あたしは、そこまで言葉を続けると、床を見つめたんだ。








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