第1話

薄暗い通路を老人が歩いていた。顔にはいくつものシワが刻まれ今にも折れそうな体だったが、しかし杖など使わずピンとした姿勢をし、何よりその目は鋭い眼光を宿していた。

老人は一つの扉の前で止まった。錆びついた重そうな金属の扉だ。大きな音をたてながらしかし軽々と老人はその扉を開けた。中には子供から大人までさまざまな年齢の人がいた。彼らに共通していることといえば皆ボロを纏っていることくらいだろう。老人は中を見渡すと、ある一人の少年を見つけた。他の人と同じようにボロを纏っているが目には老人と同じように強い光を宿している。

「ほぅ...」

老人は一言そう呟くと少年の前まで歩いた。そして少年を見下ろすと

「ついてこい」

と、ただ一言述べ扉の方へと歩き始めた。少年も言われた通り老人についていく。老人は再び大きな音をさせながら扉を閉めると少年を連れて通路を歩き始めた。しばらくして通路を抜けると小さな部屋に出た。部屋といっても椅子が2脚、机が1脚あるだけで殺風景としている場所だ。

「座れ」

そう命じられると少年は椅子に腰かけた。

「儂は残りの者達を解放してくる。ここから動くなよ。迷えば帰って来れない迷宮のような場所だからな」

そう言い残すと老人は少年をこの部屋に残し、きた道を引き返していった。

半刻程経った頃老人が部屋に戻ってきた。老人は少年と向かい合うように座ると少年の目をまっすぐ見つめる。

「なんで俺だけ連れてきたんだよ」

少年が口を開いた。

「なぜなのか。端的に言えばこれからお主に頼むことがあるからだ」

「誰が俺たちを攫ったやつの仲間の言うことを聞くか!!」

「なるほど、それは至極真っ当な感情だな。だがお主は二つ大きな勘違いをしている。1つ目。儂らはお主らを攫ったのではない、救ったのだ」

「救っただって?俺たちは中央行きを許された選ばれた民だ!!ここに捕まってた他の人達だってそう!お前らが中央行きの船を襲って俺たちをこんなところに連れて来なければ今頃は中央に...」

「それが2つ目の勘違い。そもそも中央行きとは何か?この国の制度として下、中流階級の民衆が政府に貢献することが認められることで上流階級の住まう島、中央へと行くことだ」

「そんなもん勉強したから知ってるよ。今更言われなくても」

「だが、中央に行った人たちがそこで何をしているのかは知らないのではないか?」

「うっ」

「そう、知らなくて当然だ。なんせ隠されていることだからな。では中央に移住した民は何をしているのか、のらりくらりと生活しているのか、そんなことはない。彼らはいわば『餌』なのだ」

「餌?」

「ここからは外で話すとしよう。立て。ついてくるのだ」

老人は少年を立たせるとさっきとは別の通路を歩き始めた。しばらくすると鉄の箱のようなものが見えてきた。老人はそこについている扉を開けると少年に中に入るよう促す。少年が入ったのを見ると老人もその箱の中に入り内部にあるボタンを押す。ゴゥン、という音とともに箱が動き出し始めた。

「な、なんだ!?」

「エレベーター、というものだ。旧時代の産物だな。旧時代と言っても今より進んでいる技術もある。これもその一つだ」

少年はポカンとしていた。なぜこんなものがそこにあるだろうという顔だ。

「本題に入る前に少し歴史の話をしよう。と言っても本に書いてあるようなここ100年の話ではないがな」

一息いれると老人は語り出した。

「およそ500年ほど前、この世界は温暖化によって海水面が大きく上昇した。その当時の各国のお偉いさん達は対策を練ってはいたが歯止めはかからず、南極と呼ばれる場所の氷は全て溶け上昇した気温は水を膨張させ、いくつかの島は沈んだ。島ではなくとも海水は陸地を侵食し国土は大きく縮んでいった。そんな時にこの国はある物質を開発した。水による侵食も風化も受けず劣化もしない建築材だ。この国は海水による侵食を防ぐためにこの建築材を使って国を囲った。一大事業だったよ。国中の人民が駆り出された。そして出来上がったのがさっきまで我々がいた場所の壁だ。我々がさっきいた場所の地面はこの国の本当の土地というわけだ。そうして何度も増築を繰り返していくことで我々は海水から国土を守った。それと同時に土地はどんどん上へ上へと伸びていった。地下とは言わば国土を上へ伸ばしたその名残りだな」

そこまで語るとガシャンという音とともにエレベーターが止まった。

「さて行くぞ」

老人は少年を連れて外に出る。外は露店で賑わっていた

「やぁ爺さん。地下から出てきたのかい?お土産になんか買って行くか?」

商人が気さくに老人へと話しかける

「いや、遠慮しておこう。今日はこの子に歴史を教えてやるのでな」

「歴史か。なぁ爺さん、あれは本当の話なのか?」

「勿論だ。儂は長く生きてるからな。知っていることを若者に話す義務があると思っている。そこに嘘偽りはない。なぜなら全部見てきたからな」

「全部見てきたって500年も前だろ?どうやったらそんな生きられるのか...俺には未だに信じられねぇ...。まぁ爺さんのお陰で店も持てたんだ。俺は何も言わねぇ。坊主も今から聞くだろう話は信じられねぇことも多いかもしれないが真偽は自分で判断することだな。じゃあいってらっしゃい」

そう言うと商人は今度は道行く人に声をかけ始めた。

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