どうやら僕の立場はヤバいらしい


 あの後、僕は恥ずかしさのあまり涙腺崩壊した。自分でもビックリするくらい、涙がボロボロと零れ出た。

 僕が女の子だったら「もうお嫁にいけない!」って台詞を吐きたいレベル。じゃあ、男の子だから「もうお婿にいけない!」って言えばよかったじゃないかって?…いや、それだけは絶対に言ってはいけない気がしたんだよ。だって、シグは「私が責任をとります」とか言いそうだし。…あ、いや、シグが僕を責任持って嫁やら婿やらに迎え入れるボーイズラブ的なBLとしての意味でじゃないよ!この場の責任者って言ってたくらいだから、時代劇でいうところの切腹みたいな、責任者としての責任を負うってこと!会ってまだ間もないけど、シグはそんな感じで無駄に責任感が強い人のような気がする。

 それにシグはそのつもりがなくても、傍から見たらBL展開に突入しそうな感じがしなくもないわけで…そんなの、僕は御免蒙ごめんこうむる…。


「少しは落ち着かれましたでしょうか、イツキ様?」


 黙ったままソファーに座って落ち込む僕の周りを、オロオロと右往左往するシグ。その向かい側のソファーの横に、何故かシグから強制的に床で正座を強制させられている、先程のイケメン乱入男。


「いや、シグレットお前がまず落ち着けよ…」


「ローセス…お前は黙って正座していろ」


 床に正座させられているイケメン乱入男に、シグは冷ややかな視線を向ける。


「なんか俺と聖女様との接し方に物凄い温度差を感じるぞ…」


 正座したまま不服そうに呟くローセスという男は、アッシュグレーの髪に赤褐色の瞳、シグに負けず劣らずの長身細マッチョのイケメン。

 ただ…同じイケメン男でも、シグとはタイプがちょっと違う。例えるなら…シグが爽やか系イケメンであるならば、ローセスはチャラい系イケメン。発言も雰囲気も、なんとなくチャラい感じがする。


 正座しているローセスを観察していたら、本人とバッチリ目が合ってしまった。思わず身体がビクつき、おもいっきり視線を逸らしてしまった僕。


「さっきはビックリさせてごめんなー、聖女様」


 すかさず謝ってきたローセスに、逸らした視線をおずおずと向ける。


「…こちらこそ、取り乱してすみませんでした」


 先程のことを思い出すだけで、羞恥心により顔が火照ってきて思わず涙目になってしまう。

 …泣くな僕、男だろ!心の中でそう自分に言い聞かせ、先程大泣きした際にすかさずシグが差し出してきたハンカチで目頭を拭い、僕もローセスに頭を下げる。


 そして今更ながら、ふと気付いた。僕は何に対してそんなに泣き出してしまったんだろうか…。

 ローセスが乱入してきてビックリしたのは間違いないが、驚いて涙したわけではない。下半身丸出しでシグに抱き支えられていて、それを何やらローセスに勘違いされたことが恥ずかしくて…。でも、いや…待てよ。ローセスが乱入してくる前から既に恥ずかしかった。そうだ、シグが目視で確認するとか言い出して、突然僕のズボンとパンツをズリ下げてきたから!しかも僕の男の証を見て「大変お可愛らしいモノ」とか言ったんだよ!!そりゃあ、外人さんに比べたら僕のなんかちっさいかもしれないけど、そんな感想いらないよーっ!

 …っていうか、何でこんな羨ましいくらいのイケメン男達に僕の下半身を見られなきゃいけないわけ!?何で僕がこんな目に…。


 考えれば考えるほど、恥ずかしさよりも悔しさというか腹立たしさというか…色んな感情がどんどん複雑に込み上げてくる。

 そんなことを僕が悶々と考えていると「聖女様も許してくれたみたいだし、もう正座はいいよな?」と言って、床から立ち上がったローセス。


「でも、まさかあのシグレットが聖女様相手に事に及ぼうとするとはなぁ…」


 正座していた際に床に接していた膝から下の埃を叩き払うローセスの呟きに、僕の思考は一旦停止した。

 そして、僕とシグがほぼ同時に素っ頓狂な声をあげた。


「へ?」


「は?」


「…え?そういうことだろ?」


 おそらく、思っていた反応と違っていたのだろう…。目を丸くする僕とシグを、同じように目を丸くしたローセスが交互にキョロキョロと見る。

 そういえばローセスが乱入してきた時、聖女様に手を出すのはヤバいとかなんとか言っていたような気がする。もしや…あの状況はローセス的にはBL展開に見えていたのだろうか…。


「聖女様相手にそんなことするわけないだろ」


「シグは僕が男だと確認してただけで…」


 大きく溜め息をつき、呆れた顔をしてローセスを見返すシグ。僕も慌てて事情を説明しようとするも、ローセスに言葉を遮られてしまった。


「…男?…え、聖女様が?」


「にわかには信じがたいが…イツキ様は確かに男の子であらせられる」


 さっき以上に目を見張るローセスに、渋い顔をしたシグが自分の額の真ん中を人差し指で押さえた。ほら、探偵ドラマとかで探偵が考える時とかによくとるポーズ。シグみたいなイケメンがやると、様になっていて物凄く格好良い!…って、そんなことは今はどうだっていいんだよっ!!

 僕の男の証を目視までしといて、にわかに信じがたいはさすがにないだろ!いい加減に信じろよ、現実を受け入れろよぉ~っ!!


「嘘だろ…これで男!?…いや、何の冗談だよ。こんな可愛い男がいるわけないだろ?」


「嘘でも冗談でもない。先程、この目で確認した。…イツキ様は…イツキ様は、見ての通り可憐で可愛いらしい男の子だ!」


 だいぶ失礼極まりないことをローセスに言われている気もするし、僕が男だということをシグがやけに悔しそうにしている気もするし、可憐で可愛い男の子ってどんなだよ…とか、色々とツッコミを入れたいことは山程あるけれど、とりあえず今は置いといて…。

 僕が男ってことに、これだけローセスが動揺しているということは…さっき僕の下半身はローセスからは見えていなかったってこと?…ってことは、ローセスが想像していたのはBL展開ではなく、シグが女の子の聖女様を襲っていたと…。


 なんだろうなぁ。ローセスにまで下半身を見られていたわけじゃないことやBL展開だと思われていなかったことにホッとしつつも、下半身丸出し状態でシグに襲われていた女の子だと勘違いされていたことに…言葉で何と表現したらいいのかわからないくらい、とても複雑な気分。


「シグレットが嘘をついているようにも見えないしなぁ…」


 そう呟きながら、僕のことを上から下までしげしげと見つめた後、ローセスがシグレットに向き直る。


「…でもさ、召喚された聖女様が男って、そもそも大丈夫なわけ?」


 ローセスのその言葉に、ハッとする僕。

 そうだよ、僕はコレが言いたかったんだよーっ!


「…正直なところ、過去にそういった事例がないので何とも言えない。だが、聖女様として召喚された以上、男であってもイツキ様が聖女様なのは間違いないはず!」


 自信満々で言ってのけたシグに、ローセスが顔をしかめた。


「いや、例えそうだとしても…一部の人間、特に今回の聖女様召喚の儀に反対していた奴等にこの事が知れたら、ちとヤバくねぇか?間違いなく、ここぞとばかりに因縁を付けられるぞ。下手したら聖女様が…」


 ローセスがシグに話す様子や言葉から察するに…男なのに聖女様として召喚されてしまった僕の立場は、ちょっとやそっとどころじゃなくヤバいらしい。

 なんだか物凄く嫌な予感がするのと同時に、血の気がサァーッと引いていく感じがする。


「おい、ローセスっ!」


 青ざめた僕の様子にいち早く気付いたシグが、ローセスを睨みつけその先の言葉を制すと、その意図に気付いたローセスがあたふたしはじめた。


「あっ!いやぁ、怖がらせるつもりはなかったんだ、ごめんな聖女様。大丈夫だって、怖がらせたお詫びにこの俺がちゃんと聖女様を護ってやるから、な?」


 そう言って僕の頭をポンポンと優しく撫でるように軽く叩くローセスの手を、シグが「気安く聖女様に触るな」と言ってパシッと払い除けた。


「聖女様をお護りするのは私の仕事だ。だいたい、お前は管轄が違うだろうが」


「管轄が違うってんなら、聖女様直属の護衛に配置替えを申請すればいいだけだろう?」


ローセスお前と一緒に聖女様の護衛は願い下げだ。許可しない」


「はぁ?何でシグレットの許可が必要になるんだよ。願い下げだというなら、シグレットお前が護衛の任を退けばいいだろ?」


「なんだと…!?」


 いがみ合いを始めた2人に、さっきから「あの…」と声を掛け続けているもの、僕のか細い声はどうやら届いていないらしい。


「聖女様の護衛をかけて勝負するか?」


「後悔してもしらないぞ?」


 どっちが僕の護衛をするかなんて話よりも、重要なことは山程ある。僕が今置かれている立場がヤバいのなら尚更、状況を今のうちにちゃんと確認しておきたい。

 今にも決闘でもし始めそうな雰囲気の2人を目の前に、僕は大きく息を吸って腹の底から声を出す。


「あのぉーっ、お願いですから僕の話を聞いてくださぁーいっ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖女様の肩書き 朋≠明 @notequal

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ