男の子だと信じてもらえません


「…僕、男ですっ!」


 思いきって言ったその一言に、シグの表情が一瞬ピクッと固まったが、すぐに笑みを浮かべた。


「イツキ様は、自分自身を僕と仰る僕っ子なんですね」


 ん!?ちょっと待って…僕、ちゃんと「男」って言ったよね!?

 何故か物凄くスルーされてる!?


 スルーされたことに混乱する僕をさておき、シグは微笑みながら「イツキ様が僕って仰ると、なんだかとても可愛いらしいですね」なんて呑気に言っている。


「そうじゃなくて…ちゃんと僕の話を聞いてくれませんか?」


 行儀が悪いと思われるのは承知の上で、前のめりで目の前のローテーブルにバンッと両手をつく。


「あぁっ、大変申し訳ありません!イツキ様の僕っ子口調があまりにも可愛らしくて、つい…。それで、えぇっと…何でしたっけ?」


 なんだろ、シグのこの明らかに誤魔化したかのような突然の焦りっぷりは…。

 絶対さっきのは、聞こえてなかったり聞いてなかったわけじゃない気がするぞ、聞こえてないふりか聞いてないふりしてる気がしてならないよ?


「だから、僕は男です」


 もう一度、シグを真っ直ぐ見据えて単刀直入に言うと、またシグの表情がピクッと固まった。いや、今度は表情っていうか…全身固まってる。


「…今、何と?」


 固まったままのシグが、口だけを動かして聞き返してくる。


「ですから、僕は男ですと!」


「あの、さっきからイツキ様が自分自身のことを男だと仰っているように聞こえてくるんですが…幻聴ですよね?」


 ひきつったようなぎこちない笑みを浮かべたシグが、今度はおかしなことを言い出した。


「幻聴なんかじゃありません!僕は男なんですって!!」


「こんな可憐なイツキ様が男…?いや、ない、絶対にないっ!」


 自分で自分に言い聞かすように呟いたシグがソファーから勢いよく立ち上がり、僕の目の前に立つ。そして今度はシグが僕の両肩に両手を軽く乗せ、覗き込むように僕の目を見つめる。

 

「イツキ様、何か勘違いしていらっしゃるのでは?そうですよ、自分は男の子だと思い込んでしまってるとか!それに、こんなに可憐なお姿なんですから、聖女様としてこちらの世界に召喚された際に女の子になってますよ、きっと!」


 …ムリクリのこじつけ感が物凄くないか?

 しかも、僕に言ってるというよりも、さっきから自分自身に言い聞かせてるよね…シグ。


「イツキ様、あちらに全身鏡がございます。一度、自分の姿をご確認してみては?私は背を向けておりますので…」


 でも正直なところ、にわかには信じがたいもののシグがあまりにも全否定するもんだから、今の自分の性別が男だという自信がなくなってきているのも事実。ここは念の為に確認しておくべきだよな…?


 そう思いながら鏡の前に立つ。しかし、鏡に写るのはやっぱりいつも通りの自分。

 母親似の童顔。目が隠れるくらいの長めの前髪。縁つきのメガネ。肩に届きそうなうしろ髪。男にしては撫で肩で華奢、ペラッペラの胸板。念の為に下の方も確認したけど…よかった、ちゃんとある!男の証が…。


「…これのどこが可憐なんだよ」


 思わず鏡に写る自分に呟き、ふと思った。もしかしたら、この世界の住人には僕が違う女の子の姿で見えている可能性は…?


「…イツキ様、いかがでしたでしょうか?」


 鏡に写る自分自身を眺めながら考え込んでいると、僕から背を向けていたシグが声を掛けてきた。


「僕が確認する限り、やっぱり僕は正真正銘の男だ…」


「そんなっ!?」


 明らかにショックを受けたような顔をしたシグが慌てて駆け寄ってきた。

 そうだよな…召喚した聖女様が女じゃなくて男だったわけだし。そんな事実を受け入れたくないっていうのもわからんでもない。

 でも…自分の疑念を振り払う為にも、シグに事実を受け入れてもらう為にも、ここは手っ取り早い方法で証明するしかない!


「念の為にシグにも確認して貰っておきたいんだけど…」


 そう言って僕はシグの手をとり、その手を自分のズボンの股関部分に導く。

 これこそ、僕が男だと証明する為の手っ取り早い方法だ!…正直、今は泣きたいくらいめちゃくちゃ恥ずかしい!自分でもこの方法はどうかと思うけど…他に方法が思い付かなかったんだよーっ!あぁ、そうだよ、ヤケクソだよ!!この行為がシグにドン引きされようとも、僕が男だと認識してもらうためにはコレしかなかったんだ!


「ね、あるよね?」


「っ!?!?」


 シグは顔を急に真っ赤にしたかと思うと、どんどん真っ青になっていった。


「…あの、イツキ様。正直…私は、これは偽物の可能性を疑っております」


 ん?今、シグは何と言った?偽物の可能性!?


「無礼は承知の上で、念には念をで目視の確認をさせていただきます。イツキ様はご自身は男だと仰られるのであれば、男に見られる分には問題ございませんよね!?では、失礼いたします!」


「はいぃっ?!えっ!?ちょっ…!!!!」


 有無を言わせない勢いでシグが床に膝をつき、混乱しまくっている僕のズボンをパンツごとズリ下げた。

 モチのロンで、そこには男の証がついてるわけで…。


「…えっと。大変お可愛らしいモノをお持ちですね、イツキ様」


 今度は僕が真っ赤になる番だった。

 あまりの恥ずかしさに後退りしてしまう。すると、ズリ下げられたままのズボンとパンツが足に絡んでバランスを崩し、後ろに倒れかけた。

 慌てて立ち上がり、僕を抱き支えたシグ。その瞬間だった…。


「困ります、ブリューテ様!」


「そうです!我々はエアトレーゼ様から誰も部屋に入れるなと仰せつかっております!」


「大丈夫だって!なぁ、シグレット?騒ぎになってる聖女様を俺にも見せてくれ…よ…!?」


 扉から騒がしいやりとりが聞こえてきたかと思うと、突然扉が勢いよく開き、シグに負けず劣らずのイケメンが入ってきて、バッチリ目が合った。

 イケメン乱入男が口を開いたのと、扉が静かにパタンッ…と閉まったのは、ほぼ同時だったと思う。


「シグレット…召喚したばかりの聖女様に手を出すのはさすがにヤバくないか?」


「~~~~~っっっつつ!!!!!」


 その言葉を聞き、僕は慌てて支えてくれていたシグを振りほどいてパンツとズボンを履きながら、言葉にならない叫び声を上げたのだった…。


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