お姫様抱っこされてしまいました


 広間に響く僕の間抜けな絶叫に、その場にいた人達が驚いた表情で固まった。

 残響が消えてシーンッとした静けさが非常に気まずい。思わず絶叫してしまったけど…どうしよう!?この場で僕が男だと宣言すべき!?


「あ…そ…ぼっ…え…せい…なっ…!?」


 頭が混乱しているせいか、緊張してしまっているせいか…上手く言葉が出てこないし、手足がガクガク震えて冷や汗までダラダラ出てきた。

 生まれたての小鹿の様に上手く立っていることが出来ずに後ろによろめくと、騎士風の超絶美形イケメンが「おっと、危ない」とすかさず僕をしっかり抱き留めた。


「大丈夫ですか、イツキ様?」


 騎士風の超絶美形イケメンのその一言を皮切りに、さっきまで黙っていた人達が僕への心配を次々に口にする。


「聖女様は目覚めてまだ間もない。混乱されていても仕方ないでしょう」


「まだ年齢的にもかなりお若いようですし、突然聖女様として召喚されて驚かれるのも無理ないかと!」


「陛下との接見まで暫く時間もありますし、それまでは客間で落ち着かれた方がよいかと存じますが…」  


「そうですよ、あまり顔色も優れないようにお見受けします。一度お休みになられた方がよいのでは?」


 騎士風の超絶美形イケメンは、僕を抱き留め支えたままの状態でその言葉に軽く頷いた。


「…そうだな。一先ず、イツキ様を客間にお連れするとしよう。後は任せてもよいだろうか?」


「お任せを、エアトレーゼ様」


「陛下には此方からその旨をお伝えしておきます」


「聖女様をよろしくお願いします」


 エアトレーゼと呼ばれた騎士風の超絶美形イケメンは、周囲の人達に「それでは、よろしく頼む」と言った後、僕の耳元で「しっかり掴まっててくださいね」と言い、軽々と僕をお姫様抱っこ状態で抱えた。

 18歳にもなって、男なのに男にお姫様抱っこされるとか…恥ずかしすぎて泣きたい。穴があったら入りたい!


 広間を抜けると長い廊下になっていて、エアトレーゼが僕をお姫様抱っこしたままズカズカと歩いていく。そして、その後ろからはエアトレーゼ同じような格好をしている騎士風の男が5人、ゾロゾロと無言で付いて来る。護衛かなんかだろうか…?


「あの…、エ…エアトレーゼ様?もう大丈夫です、歩けます、だから下ろして…くださいっ!」


 今度は、何とか言葉に出来た…が、何故か突然エアトレーゼが立ち止まった。

 勝手に名前を呼んではいけなかったかな…。いちおう、雰囲気的にエアトレーゼさんではなくエアトレーゼ様と言ってみたものの…また何かやらかした!?


「あ…ごめんなさいっ!!」


 慌てて謝ると「何故謝るのですか?」とエアトレーゼが尋ねてくる。


「そ、その、か…勝手に名前を呼んでしまったので、もしかしたら失礼だったかなと…」


 そう言って視線を上げると、驚いた面持ちのエアトレーゼの視線とバッチリ合う。すると予想と反して、何故か嬉しそうに微笑まれた。


「イツキ様、私のことはシグとお呼びください」


「シグ様…」


「いえ、様は結構です。シグとお呼びください」


「えっと、じゃあ、シグ…」


「はい。ありがとうございます、イツキ様」


 物凄く破壊力ある爽やかスマイルでニッコリ微笑んだシグ。

 しかし、僕をその場に下ろしてはくれず、またズカズカと歩き出した。


「へ!?や…シグ、だから下ろして欲しいんですけど!?」


「ダメです、イツキ様に倒れられたら私の責任問題になりますから。私の為を思うなら、しっかりと掴まって、おとなしく運ばれてくださいね」


 責任問題とか言っちゃってる割には、凄く楽しそうにしてるのは何故!?

 でも、何を言っても下ろしてはくれなさそうな雰囲気。ここはやはり、黙って運ばれていくしかないのだろうかと思いながら、シグのことを観察することにした。


 僕をお姫様抱っこしたまま、鼻唄でも歌い出しそうな上機嫌のこの男、シグ。

 近くで見ても相変わらず超絶美形のイケメンで、今のこの状況で僕が男の子ではなく女の子だったら…確実に惚れてる気すらするよ。

 それにお姫様抱っこされてシグとの距離感が近いからか、さっきからなんだか清潔感溢れるいい匂いがする。抱きついた時にフワッと香る程度のいい匂い、こういうのって女の子にはポイント高いよね、さすが。女の子にモテそうな人ってそういう些細なところにも日々気を使ってるのかな?よし、参考にさせてもらおう…。

 しかし、シグは身長も高いな…。もしかして2mくらいある?まぁ、外人さんだもんね。いいなぁ…身長高いと視点も高いよね、当たり前だけど。僕もせめて、あと10cmは身長伸びて欲しかったな。男で170cmって微妙だし。


 そんなことを考えながらシグの観察をしていたら、ストロベリーブロンドの髪が目についた。人工的に染めたストロベリーブロンドとは全く別物で…羨ましいくらい綺麗な色。思わずシグの髪に手を伸ばしてしまうと、シグが擽ったそうに少し身を捩る。


「イツキ様、そんなに私の髪がお気に召されたのでしょうか?それに、先程から痛いほど貴方様の視線を感じているのですが…何かございますか?」


 そう言って、僕を高級そうなソファーの上にゆっくり下ろしたシグ。

 シグを観察しているうちに、客間に到着してしまっていたようだ。


「あ…いえ、不躾にスミマセン。ストロベリーブロンドの髪があまりにも綺麗で羨ましかったもので、見とれてしまい…つい」


「そうでしたか。こんな可憐な聖女様にそんなことを言っていただけるなんて、光栄です」


 シグの「可憐な聖女様」と言葉を聞いた途端、ハッとしてその場から立ち上がった!

 そうだった、呑気にシグのイケメン具合を観察してる場合じゃなかったーっ!


「あのっ!責任者の方ってどなたでしょうか!?」


 思わず口から出た「責任者」という言葉。いや、だってほら、よくお店とかで「責任者を出せ」って言ってる人いるよね?


「責任者…ですか。えぇっと…イツキ様がおっしゃる責任者とは、召喚の儀式に関する責任者でしょうか?これから行われる予定の陛下への接見に関する責任者でしょうか?それとも、この客間に関しての責任者でしょうか?」


 僕の言った「責任者」という言葉に困惑している様子のシグ。

 正直、僕も困惑している…。だって、こんなに責任者がいるとは思ってなかったし!どの責任者に話せばいいもん!?やっぱり召喚の儀式の責任者?


「この場の責任者は私ですので、とりあえず私でよろしければお話を伺いますが…」


 悶々と考えを巡らせていると、シグが申し訳なさそうな顔をしてそう言った。


 そうだ、そうだよっ!!そういえば、さっきの広間でも「エアトレーゼ様」って呼ばれていたシグは、たぶんそこそこ偉い人っぽいじゃん!

 誰に話せばいいのかわからないなら、とりあえずシグに話して、誰に相談すればいいか聞けばいいだけじゃん!


「シグ、今から大事な話が…いや、聖女様について話しておかなきゃいけない重大な話があるんだよ!!」


 そう言って僕は凄い剣幕でシグに迫り、目の前のシグの両肩に僕の両手を乗せ前後に揺さぶる。


「えっ!?あ、イツキ様!?えっと…ちょっと落ち着きましょうね?」


 シグはそう言って僕の手を優しく振りほどき、僕をソファーに座らせた。


「少々お待ちください。念の為、人払いをしますので」


 そう言って、室内でお茶やらお菓子を準備していたメイドさん達に部屋を出ていくように指示をし、さっきの広間からずっと付いて来ていた騎士風の男5人に、扉の外で待機するように伝えていた。

 テキパキと周囲に指示を出して室内を動き回るシグを観察しながら、そういえばシグって何歳くらいなんだろうかと思った。年齢的にも僕とシグではそんなに離れているようにも思えないが…こんな若くて、そんなに偉い人なのだろうか?


 そんなことを考えていたら、僕の目の前のソファーに座ったシグが真剣な眼差しを僕に向ける。


「お待たせしました、イツキ様。お話を伺いましょう。聖女様についての重大なお話とは?」


 しかし、いざとなると何て言えばよいのか迷い、口を開きかけたものの言い淀んでしまった。…だが、このまま黙っているわけにもいかない。

 亡くなった祖父がよく僕に対して言っていた言葉を、何故かここで思い出してしまった…。男は度胸、女は愛嬌、坊主はお経!僕は男だ、度胸だ!!


 大きく深呼吸をし、真っ直ぐシグを見据える。

 前置きなんかいらない。単刀直入に言えばいいんだ、僕の性別を!


「…僕、男ですっ!」


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