第 20話 曹操との取引


  ―レリウス歴1589年8月6日昼前

  パノティア王国、エント・モルモン―



 「ヒデヨシが負けて、何故ヒデヒロが呼び出されるんだ? 話が全然繋がらないが……」

 「とにかく、呼ばれたんだ。行くしかないだろ?」

 「ヌーナの彼女らは僕に任せてくれ。取りあえず、現状維持で手を打つようにするよ」

 「お願いします忠道さん。カトリーヌは残って忠道さんとヌーナ方の相手をしてくれ」

 「わかった」


 秀吉から送られた電文の内容について、英弘達は短く話し合いを済ませると、それぞれ行動に移すこととなった。

 突如として来訪してきたマリア・テレジア達3人のギフトの相手は、忠道とカトリーヌが務めることとなり、英弘は一旦、部下達の下へと戻る。


 「ブルート!」

 「はい隊長!」


 集まって来た部下達に囲まれつつ、英弘は指示を飛ばす。


 「俺は今から国王陛下の下に出向する。その間、ブルートが指揮を代行しろ」

 「ハッ!」

 「クロード、シロッコ、オレットは俺に付いて来い! 直ぐに出るから仕度しろ! セバスチャンは電文の内容が漏れないようにかん口令を敷け!」

 『ハッ!』


 必要最低限の指示を出し、自らも荷仕度に取り掛かった。

 北西の端に近いエント・モルモンから、東のメティス川までは馬でも5日以上かかるのだ。5日分の食料、水、着替え、靴、武器その他諸々を背嚢に詰め込み、準備を済ませる。

 部下の準備が終わるのを待つ間、英弘は再び、ヌーナ方との会談が行われているテントへと赴いた。


 「失礼します」

 「あら、ヒデヒロ殿」


 華やかな笑顔で迎えるマリア・テレジア。英弘は、彼女の対面側に座る忠道やカトリーヌと視線を交差させて頷き合った。後事を託す意思を込めて。

 直後に黒衣のエドワード黒太子や、アイパッチの大佐を一瞥しつつ、再びマリア・テレジアへと向き直った。


 「申し訳ありませんが、急な用件が出来ましたので失礼させて頂きます」

 「まあ……急に畏まってどうされたのですか? 急な用件とは?」

 「私用・・でございますので……」


 元女帝による自然な追及を、まさか本当のことが言えるわけもなく、英弘は誤魔化してやり過ごした。


 「では、失礼します」

 「ごきげんよう。ヒデヒロ殿」


 小さく手を振るマリア・テレジアに、英弘は頭を軽く下げ、テントを後にした。

 ヌーナ側との会談というか、交渉は忠道の主導で行われるだろう。その交渉の最中、英弘が退席した理由を知れば、ヌーナ側にどんな思考の変化が訪れるのかが全く想像できない。だからこそ、英弘は退席した理由を誤魔化したし、悟られまいと落ち着いた態度を見せたのだ。

 いずれ、秀吉の敗北の報はマリア・テレジアの下に届くであろうが、せめて交渉の最中に知られることのないようにと……。


 「隊長! 準備が出来たぜ!」

 「よし! では出発する。付いて来い!」

 『ハッ!』


 こうして英弘は、3人の部下を連れて一路、メティス川へと出発した。

 騎乗し、片道5日は掛かる道程を駈足で駆け抜けていく。当然、途中で馬を休ませなければならないし、自分達も休みと食事をとる必要がある。が、ここで英弘は、秀吉の準備の良さに改めて驚かされた。

 というのも、休憩地点として利用した宿場町には、秀吉が電信機を使って予め用意させておいた兵士が待機していたのだ。彼らは英弘達がスムーズに休息出来るよう、事前に準備していたのである。

 馬小屋付きの宿の確保や賃金の支払い、代えの馬、足りない食料に進路の相談等。なるべく英弘達の負担がなくなるようにと、行く先々で便宜を図って貰ったのだ。

 これも、”中国大返し”の経験によるものなのか? と英弘はその恩恵を受ける度に感心するのであった。




――――――――――――――――――――――――――――――――




 ―レリウス歴1589年8月10日夕方

  パノティア王国、メティス川西岸―



 「陛下、ただいま参りました!」

 「おお英弘! 来おったか!」


 秀吉の前準備のお陰で、英弘は予定よりも早く到着することが出来た。

 3隻のパノティア海軍の船舶が川岸に停泊しするのを背景に、英弘は秀吉の姿を見てややホッとした。戦いに敗れたと知り、万が一の事態を想像していたのだが、五体満足なようで安心したのだ。

 安心したのだが――。


 「……一体何やってんです?」

 「んん!? 見て分からんか? 茶会・・よ!」

 「茶会ってアンタ……」


 メティス川に到着した段階で、英弘は異変を感じてはいた。パノティア側の兵士や、それらを相手に商売をする商人や娼婦がワイワイと騒いでいたのだ。乱痴気騒ぎといっても過言ではないだろう。


 「私はやめるように諫めたのだがな……」

 「ああ……」


 とは、アンリマルクの呟きである。秀吉の傍で杯片手にしている陸軍元帥に、英弘は思わず同情の眼差しを送ってしまった。

 その後ろでは、同じく諦観の相を見せるキルク英弘の父アルクと、英弘の顔を見て喜色満面になるセルクの姿が確認できた。彼らの無事な姿を確認した時、英弘も大いに顔を綻ばせたのだ。


 「負けたと聞いてすっ飛んできたのに……で? 私に何の用件ですか?」


 この3日間の苦労を思い起こすと、ボヤキの一つでも入れたくなるのが人の心というもの。あえてそれを我慢せず、しかし英弘は自分を呼びつけた用件を問うた。


 「うむ。まあ、相手にギフトがおるようでな」

 「ギフト……誰です? 偉人ですか?」

 「うむ。恐らく曹操かもしれん」

 「曹操っ!?」


 またも、英弘は驚かされた。バルバラにあの曹操がいることに。


 「恐らく、じゃがな。”曹”と書かれた旗を彼奴等が掲げおってのう。もしや、と思うてお主を呼んだのじゃ」

 「そうですか……いや、でも、それにしたって何で私を呼んだんです? 既に相手の|ネーム(前世の名)が分かっているのでしたら、私が来る理由なんてないのでは?」

 「いや、ここいらでバルバラと交渉してみようかと思うての」


 成程、と英弘は一つ頷く。相手の性格を読んで交渉を有利に進める為、偉人マニアである英弘を呼び出したのだと、彼は納得した。

 納得した上で、彼は疑問を抱いた。


 「……って言うことは、対岸に見えるの敵軍の中へ、交渉しに行くと?」

 「そうじゃ。そう言うたじゃろ」

 「私が? 私だけで?」

 「儂と共に、お主にも来てもらう」

 「あー成程。それであのハルゼーの艦隊がここにあるのか」


 国王秀吉自ら敵の真っただ中へと赴くのだから、それなりの保険を用意するのは当たり前のことであった。その為に秀吉はハルゼーの艦隊をここに留め置いたのだろうし、もし秀吉の身に何かあれば、艦隊による艦砲射撃が行われるのだろうと、英弘はそう予想した。


 「そう言うことで、早速明日の朝には向こうへ行く。今から話を詰めておくぞ。エント・モルモンでの報告も聞きたいからのう」

 「はい」


 それだけ言うと、秀吉は英弘を連れ、自らの幕舎へと足を運ぶ。

 秀吉達がその場を離れても、茶会という名のどんちゃん騒ぎが収まることは無かった。ここにいる兵士達は皆、敗戦のショックを忘れ、生きている喜びを感じたかったのだ。


 その晩はバルバラに対する交渉内容の確認と、認識の共有、それと英弘によるエント・モルモンでの戦いの経緯について、とことん話し合った。

 その中で、ヌーナ側から密談を持ちかけられたことについて、秀吉に若干の驚きを与えつつ、その目的に関して悩ませることにもなった。


 翌朝、夜が明け陽が登り始めた頃、秀吉と英弘は数人の護衛を帯同しつつ、ハルゼーの座乗する戦列艦へと乗り込んだ。ポツリポツリと雨が降る中、ハルゼー艦隊の旗艦ミズーリ号は、バルバラ軍が陣を張る対岸へと進んでいった。


 「よお英弘! ヌーニーヌーナ人のギフトに会ったんだって?」

 「ええ。向こうから会いに来たんですよ。マリア・テレジアとエドワード黒太子に、大佐って呼ばれた男が」

 「あー……どっちも歴史の教科書で見たことあるな」

 「どっちも偉人ですよ……どっちも偉人なんですよね……」


 ハルゼーの公室にて朝食を摂る最中、英弘は王国海軍提督たるハルゼーと他愛ない会話を繰り広げていた。

 その中で英弘は、これまでその存在を確認してきたギフトが皆、歴史に名を残す偉人であることに改めて気が付いたのだ。

 国内だけでも、豊臣秀吉、栗林忠道、W・F・ハルゼー、レオナルド・ダ・ヴィンチ、そしてジャンヌ・ダルク……。

 ヌーナからは、既に鬼籍に入ったトーマス・エジソンや、マリア・テレジア、エドワード黒太子など。そして、今回新たに判明したバルバラの曹操。

 彼らのことは、英弘の時代では少し調べればわかるような偉人であるのだ。

 未だ正体の分からない大佐は別として、たった1人、英弘を除いては……。


 「偉人じゃろうと凡人じゃろうと関係ないわい。ヌーナもバルバラも、敵になるなら容赦はせんし、和平を結ぶ気があるのならば手を取り合うだけのことよ」


 そうやって、得意気にフォークを振ったのは秀吉である。彼らしい物言いに、英弘は肩を竦め、ハルゼーは「違いねえ!」と豪快に笑のであった。

 そして朝食を終え、対岸に船が到着するころには英弘の思考もバルバラとの会談へとその舵を切った。

 船から降り、バルバラ軍の兵士に容赦のない殺気を浴びせられる中、パノティアの首脳陣一行がバルバラの大地に再び降り立つ。ハルゼーは船上で待機である。


 「ようこそようこそ。ご一行方殿」


 英弘達を出迎えたのは、左足、左腕、左目を失った老人、ジャクラス・ガラゴルドであった。


「このようななり・・なもので馬上で失礼仕る。私はここの兵の指揮を執るジャクラス・ガラゴルドでございます。フランケルコ3世陛下とそのご一行方、何卒よしなに」


その容貌と武勲を聞き及んでいた英弘は、やはり偉人たりうるジャクラスに会ったことで若干の興奮状態に陥っていた。


 「うむ! 出迎えご苦労! 儂がパノティア国王、フランケルコ3世である!」

 「ええ、存じております。ではこちらへ」


 お互い母国語での会話である。秀吉はバルバラ語をある程度理解しているし、ジャクラスもパノティア語を理解しているようであった。

 そしてジャクラスの先導により、彼らは豪奢な天幕へと進む。雨の中、ぬかるんだ地面にも関わらず、四肢の半分を失ったジャクラスは馬を危なげなく乗りこなしていた。それは英弘に、器用だな、と感想を抱かせる程に。


 「ようこそ我が国へ!」


 豪華絢爛に飾られた天幕へ辿り着くと、1人の偉丈夫が立ち上がり、両手を広げて英弘達を出迎えた。茶色い髪と立派な顎髭を生やした、精悍な男だ。

 やはりバルバラ語で話すその男は、ジャクラスや複数の護衛、貴族達を侍らせ、天幕以上に豪華な服装を着込み、頭には王冠を被っていた。

 英弘達一行は、その姿を見て瞬時に悟る。

 コイツが、バルバラの国王、アルガンティノス10世か、と。

 そして、その男の後ろには、”曹”と書かれた旗が並んでいた。


 「ツァオチェンシャン曹丞相……曹操」

 「ほう……気安いな、小僧」


 不敵で、威厳のある笑みを、男は――曹操は浮かべた。

 間違いなく彼が三国志の雄の1人、曹操孟徳その人だろう。と、英弘は確信を持ち、興奮と緊張感で体が打ち震える。

 ただその震えには、曹操に睨まれたことによる恐怖もあったが。


 「こ奴をあまりイジメんでくれ。ちいとばかし、偉人に目がないだけじゃ」

 「では躾が出来てない貴様が悪い。ということにしておこう……貴様の名は?」

 「フランケルコ3世……ネーム前世の名は豊臣秀吉! 儂もいみなを明かしたのじゃ……お主も改めて名乗らんか」

 「仕方のない……俺はアルガンティノス10世。ネーム前世の名は曹操孟徳よ!」


 これほど豪華な自己紹介は無いだろう。少なくとも、2人の前世を知る英弘にとって時代も国も違う2人が、こうして出会ったことに奇跡を感じずにはいられなかった。

 ただ、敵同士である以上、秀吉と曹操の間には見えない火花が散っているようにも見受けられたが、それは仕方のないことだと、英弘は割り切ることにした。


 「敗者たる貴様が和平を望んできたのだ。話位は聞いてやろう。座れ」

 「あれくらいで勝った気でいられるとは……何とも目出度い性格よのう」


 早くもジャブが繰り広げられる中、英弘達は着席する。秀吉を上座に次いで英弘が座り、後の者がそれに続いた。当然、秀吉の対面側には曹操やジャクラス、バルバラ側の貴族が着席する。天幕の中をぐるりとバルバラの兵士が囲む中、緊張に身を竦める英弘とは対照的に秀吉は堂々とした居住まいであった。


 「で、小僧。貴様は一体何なのだ?」


 と、曹操に問われ、英弘は努めて冷静に立ち上がると、自身の正体を明かす。


 「申し遅れました。私はキルク・セロ……ネーム前世の名は坂本英弘です」

 「うむ。英弘とやら、貴様はさっき、俺のネーム前世の名を言い当てたが、偉人に目がないというのは本当か?」

 「ええ、まあ……」

 「それほどまでに、俺は歴史に名を残した、ということか?」

 「それはもう!」


 そう聞かれた英弘の心の弾み具合は、暴れ馬の如くであった。

 英弘は鼻息を荒くし、まるで自慢するかのように捲くし立て始める。


 「三国時代に活躍した魏王として有名ですから! 孫権と劉備と並ぶ、三国志の大スターですよ!」

 「待て、孫権と劉備も有名なのか? あのパッとしない連中が?」

 「パッとしないって、中国……後漢を三分にして覇権を争った仲ではないですか!」

 「やかましい! 漢室を保護した俺が一番偉いに決まっておろうに!」

 「はあ……」


 英弘は、曹操からどことなく秀吉と同じにおい・・・を感じた。

 目立ちたがり屋で負けず嫌いな所が、2人のキャラ性格の不思議な一致を見せたのだ。


 「まあ仕方なかろう」


 ここで秀吉が、やけに晴れ晴れとした笑顔で口を挟んだ。

 ただし、薄っすらと開いた目の奥には、陰湿さが見て取れたが。


 「国を一つに纏めることも出来なかったのじゃ。どんぐりが背比べして・・・・・・・・・・一等賞を争うのは無理もない話ぞ。ここは、曹操が一番であったことを認めてやろう」

 「……っ!?」


 そして秀吉が言い切った瞬間、曹操の表情は爆弾が弾けたかの如く、憤怒の形相へと変貌させていった。

 当然、そんな曹操の様子に英弘は気が気でならない。ちょっとしたきっかけがあれば、今ここで殴り合いに発展してもおかしくない空気であったのだ。

 非常にハラハラしつつ、英弘は2人の言葉のボクシングを見守った。


 「そういう貴様は、一体どこの国を治めたのだ? そう言うからには一国を纏め上げたのだろうな?」

 「当然よ! 儂は日本ひのもとを平定し、関白、太閤まで上り詰めたのじゃぞ!」

 「日本ひのもと? 日本……ああ、もしかして東の半島の先にある、ちっさい島の倭国のことか? クソ田舎で未開の国ではないか!」

 「い、田舎違うわい! 京とか大阪とか色々あるわい!」

 「田舎は田舎よ! 碌に鉄器も作れないような蛮族であったくせに!」

 「そんなもん、儂の時代にはバンバン作っとったわ! むしろ堺で作った鉄砲なんかは明や南蛮人からも褒められておったわ!」


 性格が似ているからだろうか? 2人は磁石の同極のように反発し合い、幼稚な言い合いをもって相手の優位に立とうとしていた。

 会談に参加した両国の貴族や官僚達は、お互いに困り果てた表情で視線を交わす。この会談に関係なく、しかも個人的な前世に関する罵り合いを始めたのだ。誰も相手のことを非難することが出来なかったのである。

 そんな2人の言い争いを見守る英弘はこう思った。平和だなー、と。

 しかしそこで、木槌を打つかの如く、机を叩く音が2人を口から声を奪った。


 「お二方、そこまで」


 どうやら机を叩いたのはジャクラスのようだ。彼が叩く机の音は、言い争いの声や雨の音の中でもハッキリと聞こえた。

 シン……と静まり返った天幕の中、雨の音すらも不思議と消え去ったように感じられる。そんな中、誰もがジャクラスへと視線を注いだのだ。

 歴戦の老将の迫力に、英弘はたまらず居住まいを正す。

 彼は、柔和な笑みを浮かべ、視線を集めることに成功すると、口を開いた。


 「此度は、和平についての話し合い。いつまでも遊んでいるわけにはいきますまい?」


 ジャクラスの言葉を受け、曹操と秀吉はお互いに顔を見合わせる。

 最初に切り出したのは秀吉だった。


 「バルバラから賠償金を貰う。鉄鉱山の権利でもよいが、それで手打ちじゃ」

 「ぼったくるな・・・・・・。むしろこちらが賠償金を貰うのが筋であろう?」

 「こちらには、バルバラに攻め入る余力がまだまだあるのじゃがのう」

 「欺瞞ブラフだな。ヌーナ相手に戦わねばならんはずだ。そんな貴様らにメティス川を越える力などないだろう?」

 「じゃが、王国海軍がおる。これでお主らの船という船を沈めてから、ゆるりと攻め入ることも出来る」

 「海軍とやらの力は認めよう。だが、陸に上がったところで、荷駄を断たれればすぐに干上がるのではないか? 現に、この間の戦いでもすぐに砲が使えなくなっただろう?」


 それは、駆け引きの応酬であった。それまでの茶けた雰囲気の中で、感情豊かに行われた言い争いとは違い、パノティア、バルバラの将来を見据えた政治的な駆け引きだ。それもお互いに、薄っすらと笑みを張り付けたままで。

 曹操はともかく、秀吉のその笑みに英弘は見覚えがあった。

 どんな時に見せる笑みか? それは、生死を賭した戦いに臨む時の表情かおである。

 それが何を意味するかといえば、秀吉は、本気でこの政治的駆け引きに臨んでいる、ということであった。


 「曹丞相」

 「なんだ?」


 そんな、戦場ともいえる2人の議論の輪に、英弘は思い切って踏み込む。


 「貴方はバルバラの国王として猛政……法による貴族や民衆の管理を進めつつ、寛治……封建主義的な貴族の権利をある程度認めたりしてきことを、私は知っております」


 それは、英弘がバルバラについて知り得た事柄であった。新しく即位したバルバラの国王が、革新的でアメとムチを使い分ける名君であることは聞き及んでいたのだ。その情報と”曹操”に対する知識を合わせ、英弘は対面側に座るバルバラ国王曹操の心を暴こうと試みた。


 「それだけではなく、それまでの文化や伝統の保護、芸術や文学を奨励し、人の心を豊かにしようと尽力されていることも、私は存知あげています」

 「……ふむ。それで?」

 「そんな貴方が目指しているのは、戦争の終結と国家基盤の盤石化。その為に必要なのは、パノティアやヌーナとの講和と、そして、ゴンドワナへの備え……違いますか? であればこそ、ここで多少損をしてでも手打ちにする、というのは如何でしょう?」


 英弘の鋭い眼差しが曹操を捉えた。インターネットもまだないこの世界でも、英弘は常に最新の情報を得ることで国外情勢の把握に努めていたのだ。

 その結果、辿り着いたのが今の問いである。


 民衆が戦争によって出血を強いられれば、それは国にとっての不利益にもなる。

 今は封建国家として地方分権の色が強いバルバラだが、曹操の性格上、中央集権国家絶対王政への移行を目指すだろうと英弘は分析していた。

 事実、これまで調べたアルガンティノ曹操ス10世の政策を振り返れば、貴族の権利を認めつつも、新しい法を制定したり、合理的な政策を行っていることからもこのことが伺えたのだ。

 その為にも、戦争は終結させなければならないし、ゴンドワナ帝国に攻められないよう、備えなければならないはずだと、英弘はそう確信していた。


 そんな2人のやり取りを見ていた秀吉は、髭を撫でつつニヤリとほくそ笑む。

 秀吉は、英弘を臣下に加えたことは間違いではなかったし、ここに呼びつけたのも間違いではなかった、と自らの判断の正しさを再認識したのだ。


 「……小僧」


 と、年若い騎士に問われた曹操は、キッチリ3呼吸分だけ沈黙すると、徐に口を開いた。その表情は、どこか面白くなさそうなものであった。


 「確かに俺は、いつまでも下らぬ戦をするつもりはないし、ゴンドワナと戦端を開くなどもってのほかだと思っている」

 「では――」

 「だが、それと今回の和平の話は別だ! こちらに非もなく不利でもない状況で賠償金をくれてやるつもりなど微塵もない!」


 曹操の言に英弘は頷いた。彼の言ったことは正しく、正鵠を射ていたのだ。

 しかし英弘は、それを理解しつつ、それまでの発言を踏まえた上での提案を曹操に示した。


 「そう仰ると思っていました。ですので、ここで一つ提案がございます」

 「ほう。言ってみろ」

 「はい。というのも、お互いに何の賠償金や領土の割譲、鉱山権利の譲渡など行わず、メティス川を境に終戦する。というのは如何でしょう?」


 かなり回りくどくなった気がするが、結局のところ、落としどころとしてはこの辺りが妥当だろう。と、英弘は思った。

 更に彼は、ダメ押しにメリットを提示することにした。


 「パノティアもバルバラも、戦線を一つ解消して国に余裕が生まれるはずです。どうせ奪い合っていた土地なんて無いんですし、ここいらで妥協しては如何ですか?」


 再び秀吉と曹操が顔を見合わせる。

 そして次に口を開いたのは、今度は曹操であった。彼は隣に座るジャクラスへ顔を向けると、面白くなさそうに口を開く。


 「妥協点としては、こんなものか? ジャクラスよ」

 「失うものが無かっただけ、マシでしょうな」

 「秀吉と言ったな……それでよいな?」


 と、曹操が尋ねると、秀吉はわざとらしくおどけた様子で両の掌を見せ、柏手を1拍。


 「しようのない。それで手を打ってやるわい」

 「とはいえだ、秀吉よ……和平に関しての細かい取り決めを今決めるのも面白くない。それは後日行うことでよいか?」

 「うむ。一旦、この話を持ち帰って家臣共と話し合わねばならんが……ここで決められることもあろうに」

 「そうだな……例えば、互いの軍がメティス川を越えないこと、などはどうか?」


 そう曹操が提案した途端、英弘と秀吉が顔を合わせた。2人揃って違和感を感じたのだ。まるで、最初から用意していたかのようにこの提案がなされたのである。

 「メティス川を越えない」という提案だ。しかし、「戦ってはならない」と発言していない所を見るに、いずれどこからか攻めてくる予定があるのだと、そうともとれる発言であった。

 だからこそ2人は即座にアイコンタクトを取り、相手の都合通りに話を進めないようにと、意思を確認しあったのだ。


 「メティス川を越えないのは当然として、兵は置く。その上で、互いに衝突し合わないよう、休戦状態とする。これでどうじゃ?」

 「ふむ……」


 秀吉によって修正された休戦案を受け、曹操は顎髭を撫でた。視線を天幕の外へと投げかけ思案する様は、英弘の目からは何を考えているのか分からない。そんな曹操の返事を待つこと数舜――。


 「よかろう。取りあえず、和平が成るまでの間、互いにメティス川を越えず、極力衝突しないように努めよう」

 「はあ……ようやっと商談が纏まりそうじゃわい……」


 嘆息する秀吉の隣で、英弘も小さく溜息を吐いた。

 これでパノティア―バルバラ間での戦争集結に関する休戦合意がなされたのだ。

 後は終戦に関する本格的な協議を行い、正式に終戦条約の締結を成すのみ。

 まだまだ状況がひっくり返る可能性はあるが、それでも、英弘にとってこの休戦は意味のあるもののように思えたのだ。

 一先ずは、安心していいだろうと、英弘は今度は長く息を吐いた。


 「さて、と……」


 そう言葉を漏らして、秀吉は徐に立ち上がる。


 「用事はもう済んだし、儂らは帰るかのう」

 「なんだ? もう帰るのか? 茶でも飲んで行かんか?」

 「うんにゃ、帰って女子の尻を撫でまわしたいのでな。今日のところは帰らせてもらおう」

 「失礼します。曹丞相」

 「うむ」


 英弘も主に倣い、立ち上がって天幕を後にした。その場で立ち上がった曹操らに見送られ、パノティアの首脳陣一行は元の道を辿った。


 こうしてパノティアとバルバラ、両首脳による会談は終わりを告げた。

 両者共に十分に満足のいく結果とはならなかったが、それでも一つの戦線が解消されることとなったのは意義があったことだろう。

 ハルゼーの待つ船に戻る最中、英弘は今回の会談を振り返る。

 今回の会談で休戦の合意がなった理由を挙げるとすれば、それはお互いの首脳がギフトであったことだろうか。

 秀吉も曹操も常識にとらわれず、現状の中から最良の選択肢を採ったことによって今回の合意がなされたのだろう。

 これが、どちらかがギフトでなければ、もっと拗れていたかもしれなかったのだ。

 少なくとも英弘は、そう信じていた。


 因みに、英弘が曹操に会った時に思ったのは、どうにか三国志談義が出来ないか? というものであった。

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ギフト 〜偉人転生奇譚〜 甘城 喜呂彦 @AmakiKrohiko0604

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