第 9話 フリド・べローニャ会戦 後編


 ―レリウス歴1583年7月17日午後

  フリド・べローニャ―



 与えられた部下を率い、英弘は馬に乗って戦場を悠々と進む。

 急に5人の部下を率いることとなった英弘は、彼らを扱い悩ましく思っていた。

 前世で言う部活動の後輩とは訳が違う。英弘が10歳の子供であったとしても、上官と部下という立場の違いが出てくるのだ。

 時には死に直結する命令を下さなければならないだろう。

 そんな責任ある立場に、英弘はいきなり抜擢されたのだ。


 「だから俺は、殿下に仕返ししようと思ったんだ」


 英弘はそんな心の内を、新しい部下に吐露していた。

 余裕を見せているようで、実のところ、こうして無駄口を叩かなければ、今にも恐怖に支配されそうになると、英弘は分かっていたのだ。


 「左様ですか」


 何やら感心した様に頷くブルート。だが恐らく彼は、英弘が見せる表面上の余裕しか目に移っていないのだろう。実際は違うというのに。

 どうやらブルートは、バカ真面目なのかもしれない、と英弘はそう評価した。

 得難い存在であるだろうが。


 「ええっと……お! あったあった」


 そうこうしているうちに、与えられた任務挑発を行う上で欠かせないものを発見した。

 それは、今日の未明まで降り注いだ雨により生まれた、水溜まりである。

 更に言えば、エリンスケルコ派にやや近く、しかし敵の矢弾に当たらない戦場のど真ん中であった。

 水溜まりの近くに降り立った英弘は、そのやや大きい水溜まりの水をすくい、自ら口にする。


 「……うん、ただの雨水だな。よし、皆も馬から降りて馬に水を飲ませろ」


 英弘の指示を受けた5人の部下達は、思わず顔を見合わせた。彼らは警戒しながら馬から降り、水を飲ませる。

 戦場の中心で、無防備な姿をさらしながら。

 ブルートはともかく、他の部下は青ざめ、戦場全体から降り注がれる視線に恐怖を感じていたのだ。

 今、敵に攻撃されれば、ひとたまりもない。と。


 「隊長」

 「なんだ? ブルート」

 「これが挑発になるのですか?」


 敵の様子を見つつ、ブルートは疑問をぶつけた。

 確かに、敵は英弘達の行動を見てざわついているようだ。敵の大多数の耳目がこの6人に集中し、殺気立っているようにも思える。

 だが……ただ、それだけである。


 「やっぱりそうそう上手くいかないか……」


 ブルートの視線を追うように、敵を見やった英弘は一つ息を吐いた。

 英弘は、前世の戦国時代で活躍した、本多忠勝の真似をしたのだ。

 小牧・長久手の戦いで、秀吉を散々悩ませた本多忠勝は、秀吉と向かい合う川に単騎で近づくと、悠然と馬に水を飲ませて挑発したとされている。

 これが英弘の考えた、任務挑発を全うしつつ、秀吉に意趣返しする方法であった。

 かつての敵と似た姿を秀吉に見せつけ、複雑に歪んだ顔を拝んでやろうという魂胆である。


 ……ハズだが……。


 「……敵は、未だ動きません」

 「う~ん……困った」


 敵は動かない。その事実が英弘に焦燥感を植え付ける。早く敵を誘い出して、我が方の策略に落とし込めたいのだ。

 そんな英弘は、隣に立つブルートと共に難しい表情で敵を見やった。

 敵は、今にも突撃してきそうな程いきり立っている騎士がいれば、それをいさめる兵士の姿もある。

 英弘のこの行為が、明らかな挑発行為だと看破されたのだろう。だが、手応えとしてはもう一押しだと、英弘はそんな感触を得ていた。


 「あと一押し、どうするかな……」


 そうやって苦慮する英弘は、不意に身震いさせる。

 どうやら状況の読めない彼の膀胱が、その機能を果たさせろと訴えかけてきたのだ。つまり、尿意である。


 「……ブルート、他の4人を連れて先に帰っててくれ」

 「ハッ……しかし」

 「いいから。俺はやることがあるから」

 「……ハッ。行くぞ!」

 『ハッ!』


 尿意を覚えると共に、英弘はある策を思いついた。いや、これを”策”と言ってしまえば、世の中の大半が”策”だらけとなるだろう。

 ともかく、そんな大したことのない策など、自分1人でやるべきだ、と決めた英弘は、ブルートらを先に本陣へと返す。

 戻る彼らを肩越しに見届け、英弘は敵に向かってその”策”を実行に移した。

 股間からイチモツ・・・・を出し、その先から尿を放出して。


 「ふぅ~……本多忠勝もここまではしなかっただろうな」


 緊張から出るのも怪しかったそれ尿は、しかし呆気ない程あっさりと排泄されていく。

 つい先ほどまで緊張と恐怖に支配されていた英弘であったが、尿を排泄することによって得られる、解放感と爽快感が感情を塗り替えられていった。

 不思議と、今なら何でもやれそうな気がすると、英弘はそんな気持ちになる。


 「ふぅ、スッキリした――ってやべっ!」


 だが、最後の一滴をぶちまけ終えた頃には、この”策”にまんまと引っ掛かったエリンスケルコ派の一部貴族が、英弘に目掛けて突進してきたのだ。

 たかが放尿であるが、貴族はそれだけで侮辱されたと憤ったのである。

 当然、英弘は慌てて馬に乗り、本陣へと走らせた。


 「お、おお、おおおお! 敵が付いて来てる!」


 襲歩ギャロップで馬を走らせる英弘が、視線を後ろへと向ける。

 一部貴族が飛び出したのを切っ掛けに、その配下の兵士も飛び出し、その隣の隊の兵士も飛び出し、ついには敵のほぼ全軍が、芋づるとなって突撃してきたのだ。

 それも、英弘という餌を目標に。時には魔法や弓矢が飛来しつつ。


 「隊長! こちらです!」


 先に味方の右翼側へと退避していたブルートにギャロップわれ、英弘は味方の兵士の中に走り込む。

 途端、味方の兵士達が一斉に間隔を詰め、敵との間に厚い壁を作った。

 彼らは皆意気軒高に声を上げ、迫りくる敵を迎え討たんとしていたのだ。


 「隊長、ご無事ですか?」

 「あ、ああ……何とか」

 「やりました。見事、敵を引っ張り出すことが出来ましたね」

 「上手くいって良かったよ……」


 英弘は、ブルートに力なく答えた。安全な後方に避難した途端、今になって体の震えを感じたのだ。

 ブルートだけでなく、他の4人の部下からも称賛の声を受け取っていたが、彼はそれを生返事でかえすことしか出来なかった。馬上で見る戦況が、未だ気を抜くことを許さない状況であると悟ったからである。


 「とりあえず、殿下の下へ戻るぞ!」

 『ハッ!』


 敵がなだれ込み、味方に激突しようとするその様を見て、戦況は、まだ中盤戦に差し掛かったところだと英弘は理解していたのだ。




――――――――――――――――――――――――――――――――




 ところ変わってフランケルコ秀吉本陣では、埒が明いた戦況を、秀吉が大いに喜んだ。懐から扇子を取り出し、そこに描かれた金の日の丸を掲げると――。


 「ようやった! ようやった英弘! 天晴である!」


 その立役者英弘を称揚した。フランケルコ、エリンスケルコ両派の兵士が激突する様を、秀吉は待ち望んだのだ。


 「ヒッヒッヒ! これでバカ共を引きずり出せて、英弘に戦を仕込む・・・ことが出来たわい。ヒッヒッヒ!」


 今回の戦いにおいて、秀吉はある点で懸念を抱いていた。

 それは、中級指揮官が圧倒的に少ないことである。

 無論、それは他の隊を率いる貴族達のことではなく、秀吉の直臣であり、自らの命を確実に実行する将のことだ。

 弟のアンリマルクはその枠に入っている。最近で言えば忠道がその枠に入った。

 とはいえ、未だその2人だけであるのが現状なのだ。


 「これで英弘も、戦を分かってくれればいいがのう」


 カスティリヤ盆地での戦いのように、後方の安全な所から観戦するのではなく、実際に任を与え、危険の中で遂行させる。そういった経験を積ませることにより、ゆくゆくは中級指揮官として登用するつもりだった。

 そのためには、首級の1つや2つ、挙げることも期待するところであるが……。


 「それもこの戦で勝ってからじゃな……右翼側に後退を命じよ!」


 秀吉の指示を受け、傍に控えていたラッパ手が合図を出す。

 途端、右翼側に展開していたフランケルコ派の兵士達が、徐々に後退を始める。


 「殿下! ただいま戻りました!」

 「うむ! 大儀であった!」


 右翼が後退し、緩やかな凹型に展開していたフランケルコ派が、徐々に斜線陣へと変貌していく。その最中、任務を終えた英弘がその足で秀吉の下に戻って来た。

 敵の挑発の任に当たっていた彼は、どこか秀吉の顔色を伺うような視線を送るも、当の秀吉は気付かぬままだ。

 それどころか、英弘の期待とは真逆の反応を見せたのだ。


 「本多忠勝の真似をするとは、誠に天晴じゃ! 小便を相手に向けるのも大層痛快であったぞ!」

 「……恐縮です」


 どうやら、英弘の意趣返しは失敗に終わったようである。

 秀吉が鈍感なのか、それとも気付いた上でこの態度なのか……英弘には判断出来なかった。どうやら、危険な任務を与えられたことへの意趣返しは果たせなかったようだ。


 「見よ、英弘」


 秀吉は、戦場を顎で指した。内心、臍を噛んでいた英弘は、つられて戦場を見る。


 「敵はお主の挑発にまんまと引っ掛かった。そして状況が動き、見事に儂の策に引っ掛かってくれたわい」

 「こちらの右翼が退くことで、敵に優勢だと錯覚させる……作戦通りですね」

 「おうよ! あとは敵を右翼に集中させるのが肝心よ!」


 2人が話しているのは、このフリド平原・べローニャの戦いにおける作戦についてである。

 敵が前回の戦いの反省を活かし、フランケルコ秀吉隊の銃兵を真正面から攻めず、その横合いか、後背部を襲うだろうと英弘達は予想していた。

 だから、わざと最左翼にフランケルコ隊を展開し、右翼側に敵が殺到するよう仕向け、それを防がせる。

 それが、この作戦の第1段階・・・・であった。


 「アンリマルク殿下が指揮するいくつかの方陣が、敵の側面を脅かしてます」

 「うむ。そのお陰で、敵は正面ばかり集中できなくなっておる。後は……」


 秀吉の視線につられ、英弘もその視線の先をみる。

 そこには、忠道が指揮するフランケルコ隊の銃兵が、今か今かと並んでいた。

 そしてエリンスケルコ派の兵士達の大半が、フランケルコ派の右翼側に集中していたため、敵本陣の兵力が極端に少なくなっていたのだ。

 その数、およそ4千程。

 であれば、作戦の第2段階・・・・を任された忠道が、後は敵の一切合切を蹴散らすだけであった。




――――――――――――――――――――――――――――――――




 「さて、いよいよ僕の出番か……」


 馬上の忠道が独り言ちた。英弘が敵を挑発し、アンリマルク隊から最右翼にかけての隊が敵の攻撃を受け止めている。そんな戦場の変化を見てのことだ。


 「敵は前回の失敗を恐れているようだね」


 またも独り言ちた忠道の、その視線の先にあるのは……人も障害物もない空白の草原と、小高い丘の上に陣取るエリンスケルコの本陣だ。

 彼らエリンスケルコ派の貴族や兵士達が、何故このフランケルコ本隊を避けたのか? それは、前回の反省を生かし、正面からの攻撃を避けたのである。


 「それじゃあ、そろそろ行こうか……全体! 前進!」


 忠道の号令により、3列横隊となったフランケルコ隊の銃兵2千がドラムの音に合わせ、足並みをそろえて前進を開始した。

 横隊に並んだ彼ら銃兵は、7百メートルにもわたる巨大な肉壁となって進む。

 誰もがマスケット鉄砲を担ぎ、やや派手な装いで一糸乱れぬ動きを見せる様は、まるで1つの機械のようだ。


 「まさか、僕が戦列歩兵・・・・の指揮を執ることになるとはね」


 そう。彼らはまさに、戦列歩兵であった。

 この半年での様々な準備を経て、フランケルコ隊の銃兵はより洗練されたのだ。

 前世で言う、18世紀の後半まで見られたこの戦闘陣形は、複数列に並んだ銃兵が代わる代わる発砲を繰り返す、というものである。それも、前進しながら。

 当然、そんな戦術の指揮経験などありはしない忠道であったが、前線での的確な指示と、敵の反応に対する即応能力を期待されての抜擢であった。


 「やっぱり、愛馬進軍歌はいいね。勇気がでる……それにしても、アンリマルク君もよくやってくれる……」


 前面に対して強力な攻撃力を誇るこの戦列歩兵であるが、側面からの攻撃には滅法弱い。

 そして、今まさにその側面を突かんと、エリンスケルコ派の1部隊が攻撃を仕掛けて来たが、それを阻止したのがアンリマルク隊であった。

 彼らの役目は、敵のそういった横合いからの攻撃を阻止し、防御し、護衛することが目的であったのだ。

 方陣をとるパイク兵が、敵を次々を串刺しにしていく。戦列歩兵の薄い腹にちょっかい・・・・・を出そうとしたらどうなるか……命という代価を持ってその身に刻んだのだ。

 そして忠道の率いる戦列歩兵は、そうやって味方に守られながら悠々と前進する。


 「敵本陣までの距離、およそ80メル50メートル! 敵も、我々の正面にエリンスケルコ隊が隊伍を組んでいます!」

 「よし、じゃあ敵の準備が整う前にやるか……全体! 止まれ!」


 忠道の号令に、兵士達は前進を止め、担いでいたマスケットを、いつでも構えられるように抱える。

 両軍は、50メートルの距離で対峙する形となった。

 丘の上で横隊に並ぶエリンスケルコ隊4千は、その前面に騎兵を整列させ、後方に槍やハルバートなどの得物を持ったかちの兵士を並ばせていた。

 縦深厚く、誰もがエリンスケルコを守らんと動く。


 「いや~、晴れて良かった。マッチロック火縄式の銃だと、雨に弱いからね」


 呑気な声が辺りにこだまする。

 いつエリンスケルコ隊が突撃してきてもおかしくない。そんな状況で忠道は、空を仰いで朗らかな表情を浮かべていたのだ。

 子供のような姿の忠道を、兵士達は当初、侮りと失望を持って指揮官に迎えた。

 ところが、誰もが死と戦いの恐怖に、多かれ少なかれ影響を受けている最中にあって、忠道はまるで、ピクニックを楽しむかのようなゆとりを見せていたのだ。

 忠道の様子をチラリとでも伺った兵士は皆、一様にこう思った。

 忠道は、根っからの戦争屋なのだと。侮るのは間違いなのだと。


 「敵の騎兵が来る前に、攻撃しようか……構え! 放て!」


 音が響く。雷鳴が辺りを支配するかのように。全長が1.5メートルになるマスケットの銃口から。

 忠道の号令と共に最前列の銃兵達が一斉射を仕掛け、2列目が前へと進み出る。


 「構え! 放て!」


 またも音が響く。丘の上に陣取る敵兵に目掛け、大量の楽器が死という音楽を奏でる。観客は皆、悲鳴という歓声を上げて倒れ、その音楽に恐怖した。

 更に3列目が2列目の前へ進み、また構える。


 「構え! 放て!」


 やはり、音が響く。規則正しく、機械のように正確に。

 これが、戦列歩兵と言う名の機械であった。一つの号令に沿い、構える、撃つ、弾を込める、という単純・・な動作を繰り返すのだ。

 三段撃ちを経験している分、敵の驚きは新鮮さを欠いているようだが、それでも効果は大なりだろう。敵の様子を見て、忠道はそう評価していた。

 それと同時に、敵はこのままやられるのを待つばかりではないと、そうも考えていた。


 「敵騎兵! 突撃してきました!」

 「やあ、準備も陣形も整っていないのに、よく来たね」


 整列し切っていない敵騎兵が、的にされるのを嫌がったのか、或いはエリンスケルコに命じられたのか、慌てて突撃を敢行してきたのだ。

 とはいえ、前回とは違い今回は川も何もないただの草原である。ならば、騎兵の攻撃は届くハズだ。というのが、彼らエリンスケルコ派の騎兵の考えであった。

 しかし楔型でもなく、横隊になるでもなく、まばらに突撃してくる騎兵5百は、その中には明らかな練度不足の者もいる。彼らもまた、前回の戦いで多くの仲間を失い、練度不足のまま徴用された者が多いのだ。


 だからといって、手加減も手心も加えるつもりは、忠道には毛頭なかったが。


 「銃剣・・、装着!」


 忠道の号令の下、銃兵達が一斉に銃剣・・を装着する。


 「構え! 備え!」


 その号令に、全銃兵達は槍衾・・を作った。


 そもそも、銃兵とは、遠くから火薬と鉛玉の力を持って戦う兵科のことである。

 マスケット鉄砲を大量に且つ、一斉に使用すれば、絶大な威力を発揮する反面、それを掻い潜られ、接近戦に持ち込まれた場合、脆弱さを見せることとなるののだ。

 それを克服するために”テルシオ”と呼ばれる、パイク兵を伴った方陣形などが開発された。

 だが、そのパイク兵すら必要なくなるほどの、画期的な兵器が開発される。

 それが、”銃剣”であった。


 銃剣とはすなわち、銃兵を槍兵へと瞬時に変える兵器である。

 整然と並び、撃ち掛け、敵との距離が近づくか敵騎兵の突撃に備える際、銃剣を装着して白兵戦闘を行うのだ。

 そして今回、エリンスケルコ派の騎兵達は、銃剣の存在など予想だにしていなかった。

敵のたった・・・3列の横隊ならば食い千切れるだろうと、勝手に期待したのだ。

 その結果、馬は突如・・現れた槍衾に驚き、止まったのである。

 中には慣性の法則に従った騎士が空を舞い、銃剣という緩衝材に着地することになったり、そもそも馬自身が勢いを殺しきれず、自ら刺されにいったのだ。


 「敵騎兵が止まりました!」

 「よし! 弾の入っている者は発砲せよ!」


 騎兵の最大の攻撃力である速度と勢いが殺されれば、次に待っているのが蹂躙である。忠道の指示により、銃身に込められた弾丸をはじき出し、敵騎兵を掃討せんとした。


 「敵騎兵、敵本陣に向かって退却していきます!」


 突如として現れた槍の壁の前に、エリンスケルコ派の騎兵達は壊滅し、その残りが本陣への合流を図った。

 だがこれは、忠道にとって最良の、エリンスケルコ派にとって最悪の状況となったのである。


 「好機だ! 全体、敵本陣に対して突撃! 敵を追い詰めろ!」

 『オオオオオオオオオオオッ!!』


 忠道は、腰に差していた剣を抜き放ち、自ら先頭に立って突撃を敢行した。

 それは壊滅した敵騎兵の後を追う形となり、エリンスケルコ派に迎撃を躊躇わせることとなる。エリンスケルコ派の少ない銃兵は無闇に発砲できず、槍兵等の白兵戦に備える兵士も、敵に備えるか味方を収容するか否かで混乱したのだ。

 敵のその混乱を、忠道が見逃すことは無かった。


 「このまま一気に押しつぶせー!!」


 馬上から敵を斬り伏せつつ、言い放つ。

 横幅7百メートルにも渡る着剣した戦列歩兵が、忠道の期待に応えるかのように敵を包囲せんと動く。

 騎兵が破れ、混乱した陣地に敵が押し寄せて来たのだ。

 もとより士気の低いエリンスケルコ派寄せ集めの兵士達は、忠道達の突撃を受け、即座に陣形が瓦解した。

 逃げる者、手を挙げて降伏の意を示す者、たった一人でも戦おうとする者。この三様の有様である。


 「逃げる者、降伏する者は放っておけ! 狙うは敵の大将だ!」


 尚も忠道の進撃は続く。元々騎兵畑出身の忠道にとって、馬上で敵を追い散らすこの状況に言い知れぬ興奮を覚えた。しかし、そこは指揮官としての冷静さを持ち、戦闘の遂行に当たらなければならない。

 指揮官が戦闘に溺れるなど、あってはならないことだ!

 忠道のそうした信念が、彼らエリンスケルコ派を、確実に追い詰めていく。


 そして、状況は終局へと転じる。


 「ポーラット忠道将軍! エリンスケルコが逃げます!」

 「やあ、そのようだね」


 指揮官として状況の把握に努めていた忠道は、主目標であるエリンスケルコその人が逃亡する様を、しっかりと目に収めたのだ。

 専用の豪華絢爛な馬車に乗り、近衛兵や貴族を伴い、未だ自分の為に戦う兵士を置き去りにして、エリンスケルコはこの戦場から去って行った。


 「見よ!!」


 それを、忠道は指差して叫ぶ。


 「敵の大将、エリンスケルコが逃げていくぞ!」


 これでもかとばかりに声を張り、脱兎のごとく逃げ去るエリンスケルコを、忠道は指を指し、敵味方問わず叫び伝えた。

 その事実を知った味方は歓呼の声を上げ、敵は愕然とした様子でエリンスケルコの馬車を見送ったのだ。


 「エリンスケルコ派の兵士達よ! 投降せよ! 投稿する者は命を保証しよう!」


 忠道の周りから伝播した終局への波は、瞬く間に戦場に広がっていった。

 逃げる者は見逃され、投降する者はその場で武器を取り上げられ、尚も戦おうとするごく少数の者は、最期まで矜持を示し続る。


 「将軍! 右翼に攻め込んだ敵兵も、次々と撤退、或いは降伏していきます」

 「ほう、どれどれ……」


 右後方を見やる。報告通り、味方と敵兵の戦いが終息に近づき、右翼の隊からは勝鬨が聞こえてきた。

 本陣を見れば、秀吉が小躍りしているではないか。

 そんな姿を遠目で確認した忠道は、密かに微笑む。


 最早、戦いの勝敗は決した。

 敵は総崩れとなり、全体の2割……6千人程が戦死したのだ。

 対してフランケルコ秀吉派の被害は、死者数9百7人と、1割にも満たなかった。

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