第 10話 ブル・ハルゼー 前編


 ―レリウス歴1583年9月1日午前

  パノティア王国、王都ルナ王宮、会議室―



 フリド平原・べローニャでの戦いが終わって1か月半。戦いを勝利で飾った英弘達は、今後の政略についての会議に臨んでいた。

 場所はいつもの小さな会議室で、ギフト転生者の3人が円卓を囲い、会議が行われる。


 「では本日の議題ですが、殿下が戴冠される時期について話合おうと思います」


 英弘が会議を進行させていく。

 先般の戦いで重要な働きをした英弘は、その功績を称えられ、新たに新設された”独立騎兵隊”の隊長に抜擢されたのだ。とはいえ、これも英弘に指揮官としての経験を積ませようとする秀吉の策略であったのだが……。

 その秀吉が人選をし、忠道が命名したこの隊は、総員30人程度の部隊であるものの、英弘はその隊長として僅か10歳で就任させられたのであった。


 それはさておき、英弘の提示した議題に、早速秀吉が喰いつく。


 「戴冠式をするには色々根回しせねばならんからのう……今しばらく時間が掛かりそうじゃ」

 「でも既に、方々への根回しをしていいるんじゃないのかい?」

 「教皇領や、各領主には既に根回しをしていましたが、前回のフリド・べローニャ会戦で勝つまで、曖昧な態度だったんです」

 「戦いに勝って、情勢が有利に傾いた今が、僕達にとってチャンスだと?」

 「その通りじゃ」


 現状、前回の戦いで勝利者となったフランケルコ秀吉派は、彼らの優勢が揺るぎないものとなったのだ。

 南部を中心に支持を集め、エリンスケルコ派から離反した貴族を糾合し、中立を保っていた貴族からも支援を取り付けたのである。

 それは国外へと波及し、”聖なる中立”を謳う教皇領でも同じであった。パノティア、ヌーナ、バルバラ、その他各国各領地に対して中立を謳ってきたあの教皇領が……。

 当初こそエリンスケルコ派に靡いていた教皇領であったが、秀吉による根回しと裏工作によって歯止めが掛けられたし、2度の戦いに勝ったことで教皇領内の態度も大きく転換されたのだ。


 「既に、教皇に近しい者とのやり取りも行っておるし、そこから教皇を攻めて儂の戴冠を認めさせればよい」

 「教皇に認められなければ、”国王”であることを国内外に示すことが出来ませんからね」

 「そもそも、その教皇に認められなければ国王と認められないなんて、可笑しな話じゃないか?」


 忠道の疑問は、当然のことながら英弘達も抱いていたことである。

 しかしそれがこの国の……さらに言えば、エレビア大陸における文化でもあった。

 どのような文化かといえば、それは暦ともなっているレリウス教が大きく関係していると言えよう。


 レリウス教の創成期から、神の教えを説き、布教し、勢力を強めていった教皇領は、言うまでも無くレリウス教の総本山である。

 エレビア大陸中に……とりわけ、パノティアに大きな影響力を擁する彼らは、時には各国を裏で操り、自らの権威を高めてきた。

 その一環として根付いたのが、各国の王位、帝位は教皇のみが保証し、認める所によって成り立つ。というものだ。

 長い歴史の中で各国の王族、皇族は、この教皇の認可を得る為にあらゆる面で対価を支払ってきた。教皇に認められぬは、王にあらず。といった具合に。

 そして、そういった文化と伝統が根付くように仕向けたのが、ほかならぬ教皇領だったのだ。

 要するに、「国王として認めてやるから、レリウス教を保護せよ」といったものである。


 「まあ、それも形だけではあるが……しかしその影響力は未だに使える」


 しかし、今現在における教皇領の権威は、全盛期に比べてはるかに見劣りするのも事実であった。

 一部形骸化した宗教儀式や、官僚化した神官らの腐敗、派閥間による陰湿な内ゲバ。そうした凋落への下り坂は止まる所を知らず、最早どの国からも疎んじられるようになったのだ。

 とはいえ、教皇領を侵略すれば、それはそれで非交戦国からも攻撃を受けかねないため、進んで侵略しようとはしないが。


 「殿下の即位を教皇が認めれば、エリンスケルコ派に与えるダメージは大きいですからね」

 「成程……物は使いようだね」


 得心が言ったように忠道が頷く。要は、腐っても権威ある教皇領を利用する。といった具合だろうか。


 「時期については、エリンスケルコ派の動向も気になりますから、戴冠式の準備を進めつつ、2か月以内に行えればよろしいかと」


 2か月の内訳は、新たな宮内伯の任命と、各貴族への布告、資金の工面と会場設定、式次第の設定である。


 「ま、そのようなところじゃろう……英弘、お主に任せるぞ」

 「……わたしゃ石田三成ではないんですが……」


 また面倒な仕事を押し付けられた……と思いながら英弘は、秀吉とも縁深い石田三成の名前を出して拒否を試みようとした。


 「勿論じゃとも。儂はお主のことを佐吉三成とは思っておらん。儂にとっての・・・・・・佐吉ではあるがのう」

 「……はあ……?」


 それはどういうことだ? 

 顔面にそんな心の声を書き殴りつつ、忠道に視線で助けを求めるが、忠道も肩を竦めるだけで要領を得られない。仕方なく、英弘は力なく返事をした……その時だった。


 『殿下。カヴァルカント候がお見えになられました』


 ノックと共に部屋の外から聞こえた兵士からの報告に、今度は秀吉が嫌そうな顔をしつつ――。


 「うむ、通せ」


 すぐに許可を与えた。

 一呼吸おいて扉が開かれ、その奥からは1人の男の姿が見える。


 「失礼いたします」


 入ってきたのは、長躯でややムッチリとした体形の中年男性であった。

 髭をエンジェルコンチネンタルに整え、目の下にはクマが出来ていて、髪の毛をオールバックに整えた姿は……どことなく狸を連想させる。

 ダブレット上着ブリーチズズボンがやや窮屈そうだ。


 「おお!」

 

 そんな中年の男を、秀吉はさも嬉しそうに立って迎える。先程チラリと見せた嫌そうな表情からすれば随分な苦労だな、と英弘は思った。


 「アンドレクではないか! よう来てくれたのう!」


 カヴァルカント侯、或いはアンドレク侯爵。

 南部最大の貴族にして莫大な財産を持つと言われている大貴族。

 今でこそ、フランケルコ秀吉派に味方するようになったが、それまではフリド・べローニャ会戦が終わるまで中立の立場にいた人物だ。


 故に、秀吉曰く、「まるで家康のような男よのう」と。

 つまり秀吉は、アンドレクを全く信用していないのだ。


 「お主を立たせるのも忍びない。ささ、こちらへ来て座ってくれ」

 「いやいや、私はただ、ちょっとした世間話をしに参っただけでございます。お構いなく」

 「左様じゃったか。うむ、では用を聞かせてもらえるかのう?」


 他の貴族には見せない丁寧さで、秀吉はアンドレクに伺う。

 秀吉の心情を知っている英弘と忠道にしてみれば、不気味なほど自然な笑顔を見せる秀吉に苦笑するばかりだ。

 よくもまあ、いけしゃあしゃあと……といった具合に。


 「世間話……というよりも、噂話でありましてな。オキデンス海側に領地を持つ、カスティーヨ伯爵をご存じで?」

 「うむ。確かシャンパルという土地を収めておったハズじゃが……英弘?」

 「はい殿下。前回の戦いが終わってから、エリンスケルコ派を見限ってこちら側にくみした貴族ですね」


 記憶がやや曖昧な秀吉の視線を受けて、英弘が代わりに答えた。


 「おお、そうじゃそうじゃ! して、そのカスティーヨが如何にした?」

 「はい。なんでも先日の戦いの最中、そのカスティーヨ伯爵が留守の間にヌーナ軍が攻めて来たそうで。どうも、ヌーナの海軍が海上から攻め込もうとしたそうでございますな」

 「ああ、その話なら僕達も聞いているよ。確か、ヌーナの軍艦13隻が、海兵の乗ったシャンパルの武装商船4隻に撃退されたそうだね」


 忠道が何かを思い出したかのように話すと、連鎖的に英弘の記憶も掘り起こされることとなった。

 あの頃は戦闘後の処理に追われ、気にも留めなかったのだが……しかし今考えてみれば、3倍の敵を撃退したというのは注目すべき戦果であるハズだ。

 そう英弘は思い直し、その4隻の指揮に当たった人物の名前を、適当にしか読んでいなかった報告書から思い出そうとしていた。


 その人物の名は確か――。


 「その指揮官の名前は、カリナンド・キーシュという者です」


 アンドレクが笑顔で述べた。それも、ニチャリと音が聞こえそうな程嫌らしい笑みだ。生理的に受け付けられないようなその笑みに、3人のギフトは内心でしかめっ面をしていたのだが――。


 「その青年は、自らギフトであると明かしたそうでございます」


 その一言が、3人の心を騒がせた。一斉に立ち上がり、3人で顔を見合わせる。

 喜びと驚愕に満ちた表情であったが、それもすぐのこと。次の瞬間には至って真面目な顔つきに戻ってアンドレクに視線を戻したのだ。

 アンドレクは、3人のその反応を楽し気に眺めていた。


 「して、その者のネーム前世の名はなんと言ったのじゃ?」


 秀吉が問う。

 表情筋を最大限に使い、顔面に仮面のような笑顔のを張り付けながら。


 「さて……そこまでは私も聞き及んでおりません。ですが、この噂話が殿下のお役に立つことを願っております」


 「では」とアンドレクは頭を下げ、会議室を後にしようとした……が、ふと、わざとらしく思い出したかのように振り返り、言った。


 「ああ、それはそうと、私の領地安泰についての件、何卒良しなに……」


 それだけ言って、アンドレクは秀吉の返事も聞かずに今度こそ扉の向こう側へと姿を消しす。

 そして、扉が閉ざされてキッカリ10秒後のことだった。


 「なんじゃいあの狸め! 儂らの驚く顔を見て喜んでおったぞ!」


 どっかりと椅子に座った秀吉がぼやいた。

 先ほどとは打って変わって、さも不機嫌そうな表情でドアの向こう側を睨み付けたのだ。実際のところ、アンドレクが3人を見て喜んでいたかどうかは不明である。

 しかし、アンドレクが去り際に言い放ったことから分かるように、無償で何かをするような男でないのも確かだった。


 「だけど、アンドレク君が言った噂が本当なら、それは無視出来ないことだ」

 「そうですね……海戦で勝利したということは、少なくとも軍艦の扱いにたける人物ではないかと」

 「英弘や、心当たりはあるかの?」

 「ネーム前世の名を聞いてみなければ何とも……それに、偉人であるかどうかも分かりませんから」

 「そうか……なら、行って確かめてくれぬか?」

 「はい……はい?」


 それは英弘に向けられた、さりげない一言であった。確かに、話の流れとしては間違ってはいないだろう。だが何の心の準備も無しに言われた英弘としては、今しがた言われた一言の意味を一瞬理解できなかったのだ。


 「偉人の知識に長けるお主なら、もし相手が偉人であった場合こちらに引き込むことも容易いハズじゃ。ちいと行って来てくれ」

 「はっはっは。頼むよ、英弘君」

 「……簡単に言ってくれやがって、くそう……」


 まるで近所のスーパーにお使いを頼むかの如く、秀吉や忠道は英弘の肩に手を置いた。

 素直に悪態を吐く英弘であるが、まさか嫌とも言えず、結局翌日には出発することとなったのである。




――――――――――――――――――――――――――――――――




 ―レリウス歴1583年9月5日正午

  パノティア王国、シャンパル、グローニュ港海兵詰め所―



 王都ルナからシャンパルまでは馬で3日の距離であり、その行程を部下のブルートと共にやって来たのだった。


 「道中、エリンスケルコ派の襲撃を警戒しておりましたが……穏やかな旅になりました」

 「ああ。北部の、それも一部の貴族以外のほとんどがエリンスケルコ派から離れたからな」


 早速海兵の詰め所にやって来た英弘達は、フランケルコ秀吉の使者であることを明かし、件のギフトとの接触を図った。

 簡素な応接室で座って待つ間、解放された窓からは磯の香りと、威勢のいい海兵や船乗りの声が絶えず部屋の中に充満させる。

 久しぶりに見た海や、波の音、海鳥の鳴き声は、まるで英弘に、前世に帰ってきたような感動を与えた。


 『王都からの使者だって!? 何だってそんな奴らが来やがったんだ!』


 不意に、ドアの向こう側から怒鳴り声が聞こえる。

 に聞こえるのもお構いなしだな、と英弘に思わせる程、声の主の声量は大きかった。

 そして、そんな怒鳴り声が聞こえたかと思おうと、突然ドアが開け放たれ、1人の男が入ってくる。

 英弘とブルートは、少し慌てて立ち上がった。


 「おう! お前らが王都からの使者か!」


 その男は、真っ黒い髪にがっしりとした体つきの益荒男だ。

 よく日に焼けた肌が健康さと若々しさを醸し出し、そして挑発的なその笑みが、その男の力強さを尤もよく表してた。

 少なくとも英弘が、この男なら4倍の敵にも勝てそうだ、と感想を抱いた程に。


 「ようこそシャンパル海兵詰め所へ!」


 男は、テーブルを挟んで英弘達の正面に座り、両腕を広げた。


 「俺様はカリナンド・キーシュだ! 遊覧船に乗りてえなら先に言ってくれよ。出口を案内してやるからよ!」


 強烈なジョークと共に自己紹介を、何故かブルートに向かってする男。

恐らく、ブルートが英弘の上司だと勘違いしているのだろう。

 英弘は、男の勘違いを訂正せねばならなかった。


 「あ、私が使者です。彼は私の部下」

 「ああ!? んだとお? こんなガキが使者かよ! 王都の連中は俺様のことを舐めてんのか!?」


 どうやら第一印象は最悪なようだ。

 そう印象付けてしまったことと、しかし外見的な印象の悪化は不可抗力であることに英弘は思い悩んでしまう。

 ともあれ、これからそれを挽回せねばならないのだが。


 「えー、ゴホン。改めまして私の名前はキルク・セロ。こちらがブルートです。因みに私はギフ――」

 「その口で余計な時間を使う前に、さっさと要件を言いやがれ!」


 自己紹介を簡潔に済まそうとしたその途中、目の前でふんぞり返る男は不機嫌さを隠すこともせずに言い放った。

 流石に英弘も、初対面でここまで言われればしかめっ面を隠すことが難しい。

 さりとてムキになることも許されない為か、苛立ちの籠った声で用件を切り出す。


 「……アンタがギフトだって聞いたから、わざわざ王都からやって来たんですよ。出来れば、ネーム前世の名を教えてもらっても?」

 「ハッ! なるほどねえ。俺様がギフトだって聞いてやって来たのかよ!」


 男は、胸を張って言った。


 「いいぜ! 教えてやる! 俺様のネーム前世の名はウィリアム・フレデリック・ハルゼー様だ! メモして服に縫い付けとけ!」


 ウィリアム・フレデリック・ハルゼー。

 その名を聞いた時の英弘は、またしても偉人に出会えたことに歓喜した。

 太平洋戦争中、海を駆け抜け続けたそのアメリカ海軍提督の名を、勿論英弘は知っていたのだ。

 良くも悪くも、ハルゼーの戦い方を指して付けられたあだ名がある。

 それが――。


 「ブル・ハルゼー……」


 そう英弘が零した時、今度はハルゼーの表情が驚愕に満ちた。


 「オイオイ……オイオイオイ……何でテメーがそのあだ名を知ってんだ?」

 「知っていますよ。攻撃的なアンタの戦い方や、小沢提督の囮部隊に引っ掛かったことで、アンタはそう呼ばれたんですよね?」

 「……はっはは! こりゃおもしれえ!」

 「それで、手っ取り早い話、アンタにウチの殿下の味方になってもらいたい」

 「なるほどな! それを伝えにテメエが来たのか!」


 得心がいった様子で、ハルゼーは大きく頷く。

 ハルゼーは、自身がギフトであると知り、前世の偉人に詳しい少年英弘を寄越したのだと、正確に理解したのだ。


 「オーケイ! そういうことなら話ぐらい聞いてやってもいいぜ! 味方になるかどうかはテメエら次第だかな!」

 「ええ。きっと気に入ってもらえると思いますよ」


 最初の悪印象は、この時点でかなり解消されたようである。

 英弘はそう思っていたし、隣のブルートも同様だった。

 問題は、ここからどうやって仲間に引き入れるか、であったが。


 「ところで、やたらと俺のこと詳しいが、テメエもギフトでいいんだな?」

 「ええ、そうなんですよ!」


 ハルゼーの問いに、英弘はここぞとばかりに身を乗り出し、頷いて見せた。

 同じギフト同士、自身の正体も明かせばきっとハルゼーの印象が良くなるだろうと、勝手に期待したのだ。


 「私もギフトでして、ネーム前世の名は――」


 だがこの時、英弘はあることを失念していた。

 それは、ハルゼーにとって最悪な事実であった。


 「坂本英弘と申しまして」

 「サカモト・ヒデヒロ? ……するってえと、お前、もしかしてジャップ日本人か?」

 「あ、はい。元、ですけど……」


 次の瞬間、英弘の視界に移ったのはハルゼーの拳であった。


 「グボォッ!?」

 「隊長!!」


 要はハルゼーに殴られたのである。

 殴られた衝撃により、椅子に座ったまま後ろにひっくり返った英弘を、ブルートが慌てて抱き起した。


 「ジャップに手ぇ貸すぐらいなら、この手をヌーニーの○○○に突っ込む方がまだましだ! 今すぐ帰りやがれイエローモンキー!」


 ハルゼーは、そう吐き捨てて部屋を後にする。

 残されたのは、未だ顔面を押さえる英弘と、呆気にとられるブルートのみ。

 そして痛みと共に、英弘は思い出したのだ。

 ハルゼーが、大の日本人嫌いであったことに。


 いつか仕返ししてやる、と怨嗟の念を抱きつつ、英弘は今後の交渉をどうするかについて思考を巡らせていた。

 交渉は、マリアナ海溝より深いどん底に陥ったかもしれない。




――――――――――――――――――――――――――――――――




 ―レリウス歴1583年9月8日午後

  王都・ルナ王宮、会議室―



 ハルゼーに殴られたその日に、英弘達はすぐさま王都に戻り、秀吉達に事の顛末を報告した。

 往復6日も掛かる旅路で得られたのは、痛みである。


 「成程……あのハルゼーとはね……」

 「知っておるのか? 忠道や」

 「ええ。前世では、嫌日家として有名でしたからね」

 「ううむ……ということはじゃ……英弘1人でそれ程の嫌がりようじゃったら、儂ら2人の正体を明かせば……最悪じゃのう……」


 最悪……つまり、味方に引き込むのが更に難しくなるということだ。

 未だ痛みを錯覚する顔面を摩りながら、英弘は芳しくない状況に危惧していた。

 打撲の痕自体は治癒魔法で治せたのだが、殴られた記憶が痛みを思い出させるのだ。


 痛みはともかく、策については英弘に考えがないわけではなかった。


 「手はあります」

 「ん!? 何じゃ、申せ英弘」

 「はい。有体に言えば、権力で彼を釣ってみようかと」

 「ほう……例えばどんなのだい?」

 「例えば、一国の海軍の総司令官……とかどうです?」


 英弘の案に、2人は思案の相を浮かべる。

 それぞれ様々なイメージを想像している所へ、英弘は自身がこの3日で構想していた、パノティア海軍についての説明を始めた。

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