第3話 ギフト会議


 ―レリウス歴1589年6月15日朝

  パノティア王国、王都・ルナ―



 そこは、宮殿内の小さな会議室だった。

 円卓が部屋の中央をに鎮座し、10脚程の椅子がそれを取り囲む。

 円卓と椅子以外の調度品など一切ないが、壁や床のタイルが大理石である分、多少豪華と言えよう。

 そんな小さな会議室は今、修羅場と化していた。


 「であるからに商隊の数を増やせと言うておろうが!」


 会議室の一番奥に立ち、バンバンと机を叩きながら男が叫ぶ。

 彼はこの国、パノティア王国の現国王であるフランケルコ3世だ。

 ネーム前世の名は、あの言わずと知れた戦国時代の三英傑・豊臣秀吉・・・・

 今では黒い髪に、もみあげまで繋がる顎髭を生やした、ハンサムな顔立ちの国王である。


 「うるっせえヒデヨシ! んなもんより船作れって言ってんだろ!」


 秀吉の左に立つのがウィリアム・F・ハルゼーJrだ。

 彼もまた、吠えるように叫ぶし、やたらと声が大きい。


 「いいや馬だね! 馬を増やすための繁殖地を作らないと駄目だ!」


 秀吉の右、2つ隣りで椅子の上に立つ銀髪の少年、栗林忠道も、自らの主張を怒鳴り声に変えていた。


 「船も馬も敵から分捕ればよかろう! それよりも銭を増やすために商隊を作らねばならんのが分からんのか!」

 「だったら船作ってシーレーン確保して金稼ぎゃいいじゃねえか! 陸運に拘ってんじゃねえよハゲ!」

 「は、ハゲとらんわっ!」

 「どっちにしろ馬が必要だよ! 商品を運ぶにしろ資材を運ぶにしろ、馬がいなくちゃ話にならないだろう?!」


 ああでもないこうでもないと怒号が飛び交うが、今行われているのは、一応、会議である。

 会議は踊る。されど進まず。

 彼らのにおける1814年から始まったウィーン会議の、その進まなさを揶揄した言葉として有名である。

 それが今の3人の状態だ。


 「ちょっとアンタ達いい加減にしなさい!」


 忠道から更に右、2つ隣りに立つのは、腰まで届く赤毛に、スレンダーな体の……男なら10人中7・8人くらいの割合で振り向くであろうだ。

 その彼女が3人の醜い争いに口出しするが、勿論、その理由は口論を止める為ではない。


 「アンタ達これまで好き勝手やってきたでしょ!? もっと研究開発にお金よこしなさいよ!」


 口論に混ざる為だ。


 「やかましいわい! お主には十分銭をくれてやったではないかっ!」

 「好き勝手してんはテメエも同じだろ!」

 「それに君は、研究費使って絵を描いてるじゃないか!」

 「な、何ですって~!?」


 麗人は見事、口論に加わることに成功した。実はこの麗人のネーム前世の名は、何を隠そう、あのイタリア・ルネッサンス期を代表する偉人、レオナルド・ダ・ヴィンチである。

 あらゆる分野で非凡な才能を発揮するこの”万能人”は……所謂オカマであった。

 黙って座っていれば相当な美人に見えるのだが……オカマである。

 とは言え、前世で言えば16世紀後半の文化、技術レベルであるこの世界において、様々な道具や武器を作った張本人でもあった。

 信管、迫撃砲、戦列艦、後送式ライフル、無線電信機等、 1世紀2世紀先の技術を聞いただけで再現したのだ。


 「兎角、商隊じゃ! 商隊を増やして国中の銭をより動かすのじゃ!」

 「だから! それは船でも出来るっつってんだろ!」

 「馬を増やせれば戦争にだって使えるじゃないか!」

 「お金だの戦争だの下品ね! これだから男は!」

 『オカマは黙ってろ!!』


 ギャーギャーと騒ぎ立てる4人。

 議論もへったくれもあったものではない。


 「はあ……」


 そんな4人を、深い吐息を漏らしながら見つめる女性がいた。

 ハルゼーの2つ左に座る、金髪碧眼でポニーテルの、キリリとした顔立ちの美少女……カトリーヌだ。今は鎧姿でなくボディス姿である。

 彼女は、自身のすぐ隣に座る青年へと話しかけた。


 「なあ、ヒデヒロ。”ギフト会議”とやらはいつもなのか?」

 「……とは?」


 何だこの不毛な光景は? と目で訴えかけるカトリーヌ。

 英弘は、やや惚け混じりに聞き返した。


 「あれを見ろ。あれが会議だなんてとても言えない。アルマニャック派でももっとマシな会議をしていたぞ」

 「仰る通りで……」


 呆れるのも無理はない。初めてこの”ギフト会議”に出席するカトリーヌにとって、彼ら4人の罵り合いは初めて目の当たりにする行事なのだろう。

 カトリーヌの心情を察しつつ、英弘は彼女へ説明することにした。

 決して、今騒いでいる4人の取りまとめが面倒なわけではない。


 「本気で喧嘩してるわけじゃないだよ」

 「……みたいだな」


 4人の騒ぎっぷりを目にして、「本気ではない」とどの口が言うのか?

 カトリーヌは一瞬そう思ったのだが、よくよく喧嘩の内容を聞いてみれば、その内容が変わっていることに気付く。

 いつの間にか、「どうやったら麦が美味しく食べられるか?」というものに変貌しているのだから。


 「それで? この国を取り巻く状況というのはどうなっているんだ?」


 未だに騒いでいる4人に期待できないと判断したカトリーヌは、英弘に説明を求めた。

 カトリーヌは、ギフトとしては新参者である。未だこの国パノティアの置かれた状況を把握しきっていないのだ。


 「拮抗状態に戻った、ってとこかな?」


 英弘は内心、4人の喧嘩にいつ混ざろうかとウズウズしていた。

 「小麦粉にしてイチゴケーキだ!」と断固主張したかったようである。

 しかし、カトリーヌに説明を求められ、麦に占拠された思考を変換させた。


 「俺達の国、パノティア王国は……60年以上前から戦争してるのを知っているよな?」

 「ああ、実に不毛な限りだ」


 忌々し気に吐き捨てるカトリーヌ。

 英弘は、カトリーヌの生きた前世が百年戦争の末期であり、彼女がその戦禍に見舞われていたことも知っていたが、あえてそれを口にすることは無かった。

 わざわざ人のトラウマ過去をほじくり返す意味など無いからだ。


 「その不毛な戦争の敵っていうのが、主に2つの国なのも知ってるよな?」

 「ああ。北のヌーナ帝国と、北東のバルバラ王国。この2カ国だ」

 「お互いに攻めつ攻められつを散発的に繰り返してきたわけだ」

 「それで、拮抗状態に戻ったというからには、以前までは攻められていたということなんだな?」

 「まあな」


 今度は「朝はパンか、米か」で言い争う4人を尻目に、英弘は会議用に持ってきた地図を広げて見せた。

 あれこそ不毛な諍いだよな、と、先程までの自身の思考を棚上げにして。


 「これは、パノティアを中心としたエレビア大陸の地図だ。で、この大き目の半島がパノティアだ」

 「これが……パノティアは、北以外海に囲まれているのか」

 「そんで、この海を隔てた南側にアフロ大陸があって、その北の一部をパノティアが植民地化してるだよ」


 英弘が地図なぞったり指し示したりしながら、カトリーヌに説明していく。

 カトリーヌは、初めて見る地図に興味と感動を覚えながら、その説明と地名を頭の中に書き込んでいった。


 「んで、攻められていた理由なんだが……」


 英弘はチラリと一瞬、秀吉の顔を見やる。


 「6年前、うちの国王陛下秀吉が内戦を起こしてくれやがってな。内戦後にゴタゴタしていた隙を狙って、バルバラが東側の一部を掠め取りやがったんだよ」

 「内戦をしているのは知っていたが……まさかあのヒデヨシから起こしたとは……」


 カトリーヌは思わず、胡乱気な目で秀吉を見るが、当の本人は気付かない。

 理由は言わずもがな。


 「まあ、内乱自体は1年とかなり早い期間で終わったんだけどな? その後が色々大変だったんだよ。国内の改革や金策中に色々とな……」

 「その間にも、バルバラから攻められたのか?」

 「まあな。ちょいとヤバい奴に攻められた」


 目を細めて何か遠くを見る英弘。カトリーヌから見たその横顔は、どこか哀愁が漂っていた。カトリーヌも「ふむ……」と頷き、色々あったんだな、と見てみぬふりを決め込みつつ、地図を見つめて英弘の言葉を咀嚼する。

 その中で1つ、彼女脳裏に疑問が浮かび上がった。

 ヌーナ帝国という国についてだ。

 地図上で見るこの国の国土は、かなり広く、パノティア、バルバラ、ヌーナの中では一番大きい。


 「英弘……」

 「ん?」


 彼女の疑問というのは即ちすなわ、こうである。


 「地図で見る限り、このヌーナ帝国の国土は大きい……これほどの国土があれば、パノティアとバルバラを同時に相手取っても戦えそうなきがするが……」


 国土の広さ=国力などと、やや安直な思考であることは、カトリーヌ自身分かっていることだ。

 だが、国土の広さと国力には、少なからず因果関係があるのもまた事実である。

 そのことも鑑み、カトリーヌが問うたのだが……。


 「あー、いや、ヌーナは二正面どころか四正面作戦の真っ最中だ」

 「は?」


 英弘の返答は、カトリーヌに素っ頓狂な声を上げさせるのに十分であった。


 「ヌーナは昔から領土欲が強くてな。パノティアやバルバラだけじゃなくて、ヌーナの西にある”西エレビア諸国”や北の”ロディニア”とも戦ってんだよ」

 「3か国と1つの勢力を相手に、よく戦えるものだな……」

 「その為にヌーナは、帝国領内の民衆に重税を掛けてるし、民衆をバンバン徴兵してるから、実はあの国、もう疲弊しきってんだよ。ホント、バカだよな?」


 領土的野心に対する呆れと、尚も戦争を続けているヌーナ皇族への怒り、それにヌーナの民衆に対する憐憫。

 それらが器用に混ざり合った表情を英弘は浮かべたのだ。

 それに対してカトリーヌは、得体の知れぬ恐怖感に見舞われ、思わず口をへの字に歪める。


 恐らく、2人の戦争に関する考え方の違いが、表情の違いに現れたのだろう。

 英弘は、リターンに見合わないリスクを負ってまで戦争を続ける程、愚かしいものはないと考えている。具体的には、止め時を見失った旧日本軍のように。

 一方のカトリーヌは、その狂気的な領土欲が無くならない限り、戦争など終るハズないと、そう考えていたのだ。

 人の根底には、そういう”欲”があり、その”欲”の力が強い者が元首になれば、それは最悪なことと言えるだろう。


 「……疲弊しているということは、ヌーナが前回以上に攻勢を強めることは無いということだな?」

 「少なくとも、俺はそう思っているし、他のギフト連中もそう思ってるはずだ」

 「そうか……」


 それでも、戦争は続く。

 英弘は、無意識のうちに戦争が終わならいことを暗示し、それをカトリーヌは悟った。

 そうとは知らず、英弘は説明を続ける。


 「ヌーナとは対照的に、バルバラは上手く立ち回りながら戦ってるな」

 「……確かに。地図を見ても、周りは大国に囲まれているな。特にこの、”ゴンドワナ帝国”の領土は途轍もない」

 「ゴンドワナもかなりデカい国だが、34年前にバルバラに負けたんだ。それ以来、大した動きのない国なんだけど……」

 「むしろ、動きがない方が怖いな」

 「ああ」


 英弘の気持ちを代弁するカトリーヌ。

 英弘や秀吉も、ゴンドワナの情報を集めてはいるのだが、地理的、人種的、言語的な障害から断片的な情報しか集まらないのが現状だ。

 それを歯がゆく思うし、諜報員を育てる必要性に、英弘は駆られていた。


 「ま、ゴンドワナは置いといて、だ。バルバラの北に位置するロディニア公国は、つい最近政変があったらしくてな……ここも情報が遮断されている状態だ」

 「だが、ヌーナとは小競り合いしているんだろ? バルバラとはどうなんだ?」

 「バルバラとロディニアは何ともないらしい。北東の”マウリティア三邦同盟”とは緊張状態らしいけど、戦ってはいない」


 「だから」と英弘は続けつつ、地図を指でなぞる。


 「バルバラはパノティアとヌーナを相手に専念できるし、ヌーナはあちこちでドンパチやりながらも攻めてくる。で、ウチはそれらを防ぎつつ、ようやく内戦以前の国土を取り戻して、拮抗状態という訳さ」


 ようやく、話が戻った気がする、とは英弘の心の呟きであった。

 そんな英弘の情勢解説に、カトリーヌは一つ頷くと、新たに問いかける。


 「それで、次に私達はどうするべきなんだ?」


 それが、戦略的な意思決定の如何を聞いているのだと、英弘は悟った。

 本来はそれを話し合うハズの会議が今日、今現在の”ギフト会議”である。

 英弘自身、考えが無かったわけではなかったが、答える前に今一度の確認をと、地図を眺めた、その時。


 「バルバラ攻めじゃ」

 「ヒデヨシ……」


 いつの間にか、下らない言い争いを終えていた秀吉が席に着きつつ、その方針について語り出したのだ。


 「英弘から聞いたであろうが、ヌーナは今、国自体がガタガタの状態よ。であるにも関わらず、エント・グラートで1万5千が壊滅し、オキデンスの海では60以上の船を失うた。ヌーナの連中もしばらく攻めてこれまいて」


 ヒッヒッヒッヒと、まるで子ネズミのような笑い声だ。

 気味が悪いと思うより、むしろ悪魔的な印象を与える。

 いずれにしても、カトリーヌが好きになれない笑い方だったが。


 「もしかしたら……」


 次に発語したのは、椅子の上にチョコンと座った忠道だった。


 「陸路による再度の侵攻があるかもしれないけれど、打撃を受けた直後であればその数は少ないハズだ。ヌーナを相手にする場合、その侵攻ルートを見極めて防ぐだけで十分だね」


 至極冷静に意見した忠道。先程までの諍いなど、まるで無かったかのようだ。

 そんな忠道に続くように、椅子にどっかりと座ったハルゼーが大声で話した。


 「ヌーニーヌーナ人が大々的に攻めてこれねえ今が、バルバラ相手にタッチダウン決めるチャンスってわけだ」

 「僕達としては、バルバラの領土を一部占領して、有利な条件で講和すればいいからね」

 「バルバラとの和平が成れば、後はヌーナとの戦に集中できるからのう」


 ハルゼーが、忠道が、秀吉が話を進める中、レオナルドが赤い髪を靡かせつつそれに加わる。


 「ダメ押しに教皇領への根回しも必要ね。欺瞞情報を流して、バルバラ侵攻の情報を出来るだけ隠さなくちゃいけないわ」


 パノティア、ヌーナ、バルバラの国境の、その丁度真ん中に位置する小さな地域が、”教皇領”だ。

 レリウス教の聖域であり、総本山でもあるここへ、レオナルドは情報操作を行う必要性を唱えていた。


 「そのためにはが必要でしょうけれど」


 具体的には、親指と人差し指で輪っかを作るジェスチャーを示しながら。

 要は、金である。


 「……」


 そんな彼ら4人の姿を、カトリーヌは信じられないといった心境で見つめていた。

 それもそのはずだ。さっきまでとは打って変わって、スムーズに、そして真剣な議論が展開されていくのだから。


 「やっぱり、皆同じ意見になるんですね」


 カトリーヌの隣で黙って聞いていた英弘が意見の一致を認めつつ、彼女へ意味深な微笑みを見せた。

 英弘は、新参者であるカトリーヌの、その驚いた顔が見れただけでも満足なのだ。


 「では陛下。人選と兵の動員はどうしますか? 私としては、エント・グラートか、その東のカルメ山脈付近に1万程置きたいのですが」

 「1万は多いのう……8千にする。バルバラへは儂が弟を伴って、4万程で出陣する。目的はメティス川の下流側じゃな」

 「だとしたら、俺様が艦隊を率いて海岸沿いの街を強襲すればいいんだな?」

 「僕は陛下の予備で、メティス川のパノティア側で待機を?」

 「いや、忠道にはカルメ山脈を守ってもらう。英弘とカトリーヌも連れて行け」

 「了解」

 「ハルゼーはオキデンスの海に海軍をある程度残しつつ、お主自ら、ノトス海を押さえよ」

 「へへっ! 任せときな!」

 「じゃあ私は、教皇領に行って情報収集に努めるわ」

 「うむ、頼むぞレオナルド!」


 会議は踊る。されど進まず。

 しかし、一度ひとたびその議論に火が付けば、まるで燃え広がる炎のように話が進んで行く。

 それまでの停滞が嘘のように。


 「そうか、これが”ギフト会議”か……」


 カトリーヌは思い知らされた。彼らは世界に名を馳せた偉人達であると。

 意見の一致に、高度な理解力、それに決断力。

 それらが合わされば、こんなにも理知的でスマートな議論が展開されるのだ。

 決して、麦の調理方や、パン派か米派かで争うだけではない。


 「俺達、忠道さんについて行くんだと。聞いてたか? カトリーヌ」

 「ん!? あ、ああ! カルメ山脈へ行くんだったな」


 英弘に呼ばれ、カトリーヌは慌てて相槌を打った。

 ギフト達の議論に圧倒され、やや唖然としていた時に話しかけられたからだ。

 慌てて首を振る姿も可愛らしい。

 思わず英弘も、場違いな感想に思考が支配されてしまった。 


 「さて! 大体の方針も決まったわけであるし、後は他の者も集めての評定で、子細を詰めようぞ!」


 そういうなり、秀吉は立ち上がると、足早にドアへと歩き出す。

 英弘とカトリーヌ以外のギフト達も、それを契機に弛緩した空気を醸しだした。


 「ではの。儂はこれから、女子達と戯れてくるでな!」


 秀吉が右手を顔の位置まで上げ、去り際にそんな台詞を残す。鼻の下を伸ばしながら。


 「じゃあ、僕もこれで失礼するよ。故郷の家族に手紙を書きたいからね」

 「俺様も行くかね……ヒデヒロ! お前後でアイスクリーム持って来いよ!」

 「へいへい」


 秀吉に続き、忠道、ハルゼーと後に続く。

 ハルゼーから指を指された英弘は、いい加減な返事をするばかりだ。

 「アイスクリーム」とはなんだろうか? と首をかしげるカトリーヌであった。


 「それじゃあ私も、絵の続きでも描いてくるわ」

 「レオナルド」

 「なぁに?」


 席を立ったレオナルドを、英弘は呼び止める。

 努めて、かわいらしさを強調しながら返事をするレオナルド。

 その努力の甲斐あってか、事情を知らない男が見れば恋慕の念を抱きそうな程にかわいらしいものだった。

 だが悲しいかな。レオナルドは……オカマである。

 当然、その事実を知る英弘は、レオナルドの努力を無視した。


 「レオナルドの作ってくれた信管とか……色々凄く役に立ったぞ。これからも頼むよ」

 「当然よ! なんたって私、天才だから!」


 「これからもどんどんアイデアを持ってきなさい!」と、上機嫌に胸を張りながら、レオナルドは会議室を後にした。

 彼にとっては、新しいモノに触れる以上の喜びなど無いのである。


 「……そろそろ俺達も行こうか」

 「ああ、そうだな」


 やがて英弘とカトリーヌの2人だけとなった会議室は、当初の喧騒など嘘のように静まり返っていた。

 地図を片付けた英弘が立ち上がり、カトリーヌがそれに従う。

 カトリーヌを伴って会議室を出た英弘は、王宮の絢爛豪華な廊下ですぐ後ろを歩くカトリーヌのことを気にしていた。

 初めて”ギフト会議”に参加した感想は? とか、改めて、他のギフトの印象は? とか、上手く馴染めそうか? など、まるで保護者かのような感慨を抱いて。

 それも、英弘とカトリーヌが、隊長と部下という立場の違いからくる感慨だろう。


 「……なんだヒデヒロ? さっきからチラチラと……何か用か?」

 「……いや、美人の顔を見ていた」

 「なんだそれは……」


 どうやらチラチラ見過ぎたようだ。

 カトリーヌに見咎められた英弘は、苦し紛れな誤魔化し方をした。

 英弘としては、カトリーヌの整った顔を見るのもやぶさかではなかったが。


 「前々から思っていたんだが、ヒデヒロはその軟派な所が無ければ――あっ、 おいヒデヒロ、あれはミリア殿下じゃないのか?」

 「うん? ああホントだ」


 唐突にカトリーヌに袖を引っ張られた英弘が指差す方を見やる。

 そこには、この国の王、フランケルコ3世秀吉陛下の妹であるミリア・デ・リンデルがいた。

  秀吉と同じ黒髪に、腰まで伸びた綺麗なストレートヘアの、やや活発そうな目をしたミリア。

 彼女は英弘やカトリーヌの1歳年下で、16歳とまだまだ幼さが残る。それでも侍女を従えて優雅に歩く姿は流石王族、と言ったところであろう。

 王族の前を塞ぐのは無礼にあたるので、英弘とカトリーヌは共に廊下の脇へと身を寄せ、恭しく頭を下げた。が、2人の傍を通った彼女は英弘の顔を見るなり――。


 「げっ! キルク・セロ……」


 と、心底嫌そうに顔をしかめた。

 王族にあるまじき表情である。


 「その、「げっ」て何ですか。「げっ」て……」

 「ご機嫌麗しゅう。ミリア殿下」

 「あらごきげんようカトリーヌ。き、気にしないでキルク殿! そ、それではごきげんよう。おほ、おほほほほ!」


 サッと腕で胸を隠し、ぎこちなく笑うミリア。

 彼女はそうやって背中を向けながら、そそくさと去って行った。

 後に続く侍女達の視線も心なしか、英弘に対する視線に冷ややかなものが感じられる。

 俺、何かしただろうか……? そう思わずにいられない英弘であった。


 「ヒデヒロ……お前、ミリア殿下に何をしたんだ?」

 「カトリーヌ、そんな蔑んだ目で俺を見るなよ。何もして――あ」

 「なんだその、「あ」は。何かしたんだろう」


 「ああ、思い出した」と手を打つ英弘。


 「初対面の時にオッパイを観察して――」

 「もういい。分かったからそれ以上言うな」

 「確かあれは7年前の――」

 「言うなと言っているだろう!」

 「痛っ! 痛いっ!! 叩かないで!」


 確かに、自分でもあれはちょっと……と思う程には、英弘にも罪悪感があった。

 7年前と言えば、ミリアは9歳の頃だろうか? そんな幼女の胸をまじまじと凝視したのだ。避けられて当然である。

 だが、成長してないミリア胸は、英弘の評価としては極上のもであるのだ。

 服の上からでも分かる程にいい形している。と英弘は断言出来るだろう。

 前世の基準で言えば、Aカップであろう所も素晴らしい。

 是非とも、正式に採寸したい。

 英弘は叶わぬであろう野望を抱いていた。


 「はあ……何で私は、こんな奴を隊長と仰がねばならないんだ……」

 「わお辛辣」

 「そもそも何でお前はそんなに女性の……む、胸が好きなんだ?」


 自分で聞いておきながら、自分で胸を隠すカトリーヌ。

 英弘の視線が一体何処にあるのか。分かりやすいことこの上ない。


 「そりゃあ……オッパイには男に無い”ロマン”が詰まってるからに決まってんだろ!」

 「……ああ、そうか」


 グッと拳を作って力説する英弘に、カトリーヌは絶対零度の視線を浴びせた。

 怒る気にもなれない……と呆れたカトリーヌは、大袈裟な溜息を英弘に聞かせて彼の先を歩きだす。


 「……ああ、そう言えばヒデヒロ」

 「ん? 何だカトリーヌ」


 しかし、4歩ほど先を歩いたところで立ち止まり、彼女は英弘へと振り向いた。

 どこか真剣な表情をもって。


 「お前がヒデヨシに取り立てられてどれくらいになるんだ?」

 「なんだよいきなり」

 「あ、いや。私はギフトの中では一番の新参者だ。だから彼ら他のギフト達が何故、どうしてあの場に集うようになったのかを、ふと考えてしまったんだ」


 カトリーヌは思い出していた。

 最初は全く会議にならず、言い争いばかりしていたあの4人のことを。

 だがいつの間にか、カトリーヌを置いてけぼりにする程の議論を展開した彼らのことを、カトリーヌは、何も知らないのだと痛感したのだ。


 「ヒデヒロが見てきたヒデヨシ達のことを教えて欲しい……駄目だろうか?」

 「いや、駄目ってことはないけど……陛下達のことか。う~ん……」


 カトリーヌの突然の頼みに、英弘は思わず腕を組んで唸る。

 そもそも彼自身、秀吉と出会ったのは生まれ変わって10歳になった時だ。

 現在17歳であることから、7年前である。英弘にとって、あっという間の年月でった。

 しかし、その7年間を話すだけでは理解できない部分もあるだろうと、英弘は思い悩んでいる。どうしたものか?


 「まあ物のついでだし、多少俺の昔話も混じるけど、いいか?」

 「ああ、構わない」

 「……じゃあ俺ん家行く?」

 「行かない。サロンで話せ。いいな」

 「あっはい」


 こうして、英弘とカトリーヌはサロンへと向かうこととなった。

 廊下を進みつつ、英弘は自身の過去について思考を巡らせて。

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