第2話 オキデンス海海戦


 ―レリウス歴1589年6月4日夜

  パノティア王国、オキデンス海、パノティア沖合海上―



 「キーシュ提督! ルナより電文・・です! 『エント・グラートニテ友軍完勝ス』とのことです!」

 「おうそうか! ジャップ・・・・ども上手くやりやがったな!」

 「つきましては提督! 我々も……」

 「まあそう慌てんなボーイ部下よ。俺様達は俺様達でゆっくりとヌーニーヌーナ人を待つ。そんで連中に、俺様達が如何に強いかを見舞ってやればいい。違うか?」

 「サー! アイアイサーその通りです!」

 「良し、ならば持ち場に戻れ!」

 「アイッサァッ!」

 

 先程、提督公室にて行われた報告とついで・・・のやり取りは、今日で実に6回目だった。

 カリナンド・キーシュ提督――ネーム前世の名、ウィリアム・フレデリック・ハルゼーjr――は、幾度となく繰り返される戦闘の催促に辟易することなく、寧ろ嬉々として受け応えていく。

 ハルゼーにとってそれは、水兵として正しい感情であり、海軍兵士たるもの持ち合わせて当然の闘志であった。

 何より彼自身がそう教え込んだのだ。

 そしてハルゼーは、やる気に満ちて公室を後にする水兵を見送る度、傍らに立ち控える副官へと喜色満面の笑みを向けた。


 「見たかよおい! あのルーキー新人のやる気溢れる顔! あれこそが精強な水兵の条件だぜ! 違うか!?」

 「その通りです。提督」


 30歳を超えたばかりの、小麦色の肌をした年若い提督は、しかし若者には無い魅力的な威厳を身に纏っている。

 ギフトであることも含め、その威厳の深みを知る副官は、ハルゼー以上の提督はいないと考えていた。


 「しっかし、こんな世界にもトンツー電信機があるんてよ……ヘンテコなこともあるもんだ」


 そんなハルゼーがふと、先程の報告の内容を思い出し、深く椅子に座りながら電信機の存在について想いを巡らせていた。


 「何でも、魔石・・で作られているのだとか」

 「みたいだな。もう死んだらしいが、あのエジソンが作ったらしいぜ。知ってるか? エジソン」

 「いえ、私は存じ上げません」

 「ま、そりゃそうか!」


 ガハハ! と笑い飛ばすハルゼー。

 何でもなかったかのように地図を眺め出すが、内心はまだ、この世界の奇妙さを気にしていた。

 15年前に死亡したとされているギフト、”トーマス・アルバ・エジソン”。

 電信機だけでなく、魔石とやらで電話機も作り、新たに魔石の使用法を20以上発見したと言われている……らしい。

 らしい、というのもあの英弘が言っていたことだからで、ハルゼーも当時、話し半分にしか聞いていなかったのだ。


 「で、敵は予定通りに向かって来てるのか?」

 「はい提督。このまま順当に行けば、敵艦隊は明日正午でパノティア・ヌーナ国境の沖合にて接触します」

 「先行させたフリゲート部隊の報告通りだな。合流はいつになりそうだ?」

 「フリゲート部隊との合流は、翌早朝になるかと」

 「よしよし! 何もかも順調じゃねえか!」


 ハルゼーは、自身が立てた計画や緻密な予定の全てが、何もかも上手くいっていることを確信していた。


 「提督、どちらへ?」

 「デッキだ! 艦隊の様子が見たい!」


 そのまま興奮収まらぬといった様子で立ち上がるハルゼー。

 威風堂々と後部甲板へ足を運んだかと思うと、木製の手すりに勢いよく両手を着いた。


 「戦列艦15隻! フリゲート艦9隻!」


 自らが座乗する戦列艦、”ミズーリ号”の甲板で、夜間にも関わらず職務に邁進する水兵を眺め、ハルゼーは満足気に笑う。

 まるでおもちゃ・・・・を与えられた子供の様に、或いは、今すぐに遊び尽くさんとする童のように、彼は無邪気な笑みを浮かべていた。


 「未だにキャラックだのガレオンだのがあるこの世界で……俺達は砲門数90門以上の最新鋭戦列艦だ! しかもその全てが後装式ライフル砲! それも貴族連中が好き勝手に揃え集めた素人集団じゃねぇ! 専門知識と戦い方とガッツ・・・を徹底的に叩き込んだプロフェッショナル集団だ!」


 事実、ハルゼーの教育によって指導された水兵達は、洗練された動きで滞りなく航海を進めている。

 そして、いざ戦闘となれば、確実にその任務を全うするだろう。

 更にパノティアの艦隊は、戦列艦という、言わば戦うことを目的に作られ、運用される軍艦だ。

 それに対し、予想される敵艦隊の主な軍艦は、その殆どが遠洋航海を目的としたキャラック船か、その発展形のガレオン船であった。

 それらは主に、多くても40門乃至50門の大砲が積まれているのみである。

 これらのことから、ハルゼーは勝利を確信していた。

 例え敵が倍の戦力を繰り出してきたとしても、自らが指揮するこの艦隊が負けることは無い。そう確信を持つ程に。


 「だから待っていろよ、ヌーニー。吠え面かかせてやるぜ!」


 ハルゼーにとって海戦とは、何物にも勝る楽しみ・・・であった。




――――――――――――――――――――――――――――――――




 ―レリウス歴1589年6月5日正午

  パノティア・ヌーナ国境沖、オキデンス海海上―



 「提督! 1時の方向に敵艦隊! 数、およそ60!」

 「来たか! 艦種の内訳は!?」


 予想通り、正午に敵艦隊との接触の報告を受け、ハルゼーは甲板へと足早に出た。

 食べ終えて空になったランチの皿をそのままに。


 「ガレオン船23……25! キャラック9! 残りは雑多な2本マストの輸送船です!」

 「聞いたかボーイズ部下達! 敵は頭でっかちでアンバランスな豚どもだ! 俺様から狩猟の手ほどきを受けた諸君らの敵じゃねえ! そうだろう!?」

 『サー! アイアイサー!』

 「だが戦う時は『心はヒートに! 頭はクールに!』だ! いくら敵が弱くったって侮っちゃいけねえ! 雑魚相手でも全力で叩き潰せ!」

 『サー! アイアイサー!』

 「俺様達の仕事は、どんなに多い敵であっても! どんなに強い敵であっても! 完膚なきまでにブッ叩いてブッ潰すことだ! 分かってるな!?」

 『サー! アイアイサー!』


 彼らは吠える。

 犬のようにではなく、猟犬のように。

 彼らの雄叫びはこのミズーリ号の隅々まで響き渡り、乗組員の誰もが、例外の一人もなく奮い立った。


 「オーダー命令だ。ボーイズ」


 やがて、ハルゼーは敵艦隊を指差し、一つの命令を下す。


 「ヌーニーを殺せ!キルヌーニー ヌーニーを殺せ!キルヌーニー ヌーニーをもっと殺せっキルモアヌーニー!!」

 『サー! アイアイサー!!』


 たった一つの、そして最も単純な命令。

 それに拳を上げて応えんとする水兵達の熱気たるや……。

 ハルゼーは彼ら水兵達の熱意を感じ入り、感動すら覚えた。

 やがて彼の簡単な命令は、電信機によって各艦へと伝えられ、艦長から水兵までの誰もが同様に奮い立ったのだ。


 「諸君! 砲門開け! 戦闘開始だっ!」


 かくして、オキデンス海の制海権を争う海戦の火蓋が切って落とされた。




――――――――――――――――――――――――――――――――



 「いらっしゃいませヌーニー諸君! 本日の目玉商品は戦列艦とライフル砲だ! たんとお召し上げれ!」


 戦いは、当然ハルゼー率いるパノティア艦隊から動いた。

 というのも、パノティアに兵士を揚陸しなければならないヌーナ海軍としては、出来るだけ敵艦隊パノティア海軍との海戦を避けたかったのだ。

 輸送船として徴用した商船の数が多く、それらを守る護衛の軍艦が少ないからである。

 なぜヌーナ軍の軍艦が少ないのか?

 様々な要因があるものの、一番の原因を挙げれば……それはヌーナ人貴族の出し惜しみであった。


 「良しっ! 決めたぞ、ぶち込むならあそこだ! 通信手、信号発信! 『我二続ケ!』」

 「アイッ! 信号、送ります!」


 ヌーニーは一枚岩の海軍じゃねえ。ヘボ貴族が集まったヘボ海軍だ!

 ハルゼーはそう確信していたし、実際、纏められた報告の中でも、相手がそうであることを示していた。

 だからこそ、何のまとまりもなく、自己保身の為に動く彼らは必ず隙を見せるハズだ、と。


 「今だ! 面舵一杯! 敵艦隊のどてっ腹に突っ込め!」


 事実、彼の確信は現実のものとなっていた。

 60隻にも上るヌーナ艦隊は4列縦隊で進んでいたが、艦列の中央で大きな切れ目を見せている。

 ヌーナ艦隊を指揮する提督が、いるにはいるのだが、これが2人もいるという最悪な状況だった。

 同列の指揮官が2人ということは、指揮系統の不統一につながり、結果、このように艦隊が二分された状態にあったのだ。

 そこへすかさず、ハルゼー率いるパノティア艦隊は、単縦陣で飛び込んでいく。

 まるでアイスピックで氷を穿つかのように。


 「敵の砲撃です!」

 「来たな! 小便漏らすなよ!」


 流石にヌーナ艦隊も、黙って見過ごすことはしなかった。

 護衛のガレオン船やキャラック船、それに少数の砲を積んだ輸送船が砲撃を仕掛け、パノティア軍を撃退しようとしたのだ。


 「砲撃はまだ待てよ……先走んじゃねえぞ……」


 ハルゼーの艦隊全艦がそれぞれ有効な射線に敵を収めるまで、ヌーナ艦隊の砲撃による損害は、皆無に等しかった。

 ヌーナ艦隊は、撃退しようとはしたのだ。

 だが如何せん、パンティア軍の素早い艦隊運動に、対応したのが5隻程だけ。しかもヌーナ軍は、いきなり艦隊の真ん中に突っ込んできたパノティア軍に意表を突かれ、後手に回ってしまったである。


 「ようし今だ! 全艦砲撃開始っ!」


 全艦が敵を有効射程内に収めたのを見計らい、ハルゼーは号令を発した。

 全艦一斉に、両舷から砲撃を開始。

 砲口から、多量の黒煙と炎と轟音が一斉に吹き出す様は、ハルゼーに言い知れぬ感動を与えた。


 「命中! 命中です!」

 「敵艦6……いえ7隻大破!」

 「敵艦隊、散り散りになっています!」


 パノティア艦隊による、両舷からの精密で素早い砲撃が、幾度も幾度も繰り出される。

 前装式の滑空砲ではなく、ライフル砲による精度の高い艦砲だ。

 そして、それらを扱うのは、ハルゼーが直々に鍛え上げた高練度の水兵達である。

 彼らによって更に高い精度で砲撃され、砲弾は面白いように敵艦へと吸い込まれていく。

 むしろ、当たらない砲弾を探す方が難しいではないか、とハルゼーは一人満足していた。


 「流石だレオナルド・・・・・! テメェの作ったライフル砲、面白いように当たりやがるぜ!」

 「信管・・という代物も、提督の世界・・では当たり前だったのですか?」

 「まあな! 俺様達の時代・・・・・の砲弾てのは、要は爆弾なんだよ。それが敵艦にぶち込まれて信管てのが爆発させるのさ」

 「成程……ではそれもレオナルド殿が?」

 「作ったのはな。提案したのは俺様とタダミチとヒデヒロだ」


 そう。パノティア軍とヌーナ軍の差を分ける、大きな要因の一つがこの”信管”である。

 ”魔石”と呼ばれている物質の、とある性質により信管を作ることに成功したパノティア軍は、これを用いて炸裂弾を作り砲撃戦に使用したのだ。

 勿論、昨日行われたエント・グラート戦でもこれが使われていた。


 「提督! 我が艦隊が敵艦隊を横断しました!」

 「よし! こっちの被害状況は?」

 「小破3。いずれも軽微で戦闘に支障はありません!」

 「敵の状況は?」

 「前後に分断され、敵前段は輸送部隊を離脱させつつ、戦闘艦がこちらに回頭中! 後段は今だ混乱しております! 敵全体では11隻大破炎上中!」

 「よしよしよしっ! じゃあ次は作戦通り、アウトレンジで包囲殲滅だ!」

 「アイ、サー!」


 戦局は、やはりハルゼーの思い通りに推移していた。

 前方を塞がれ、いくつもの船が壮絶な砲撃を受けたヌーナ艦隊の後段。

 彼らは混乱し、陣形もへったくれもないままに、パノティア軍の砲撃から逃れようと右往左往。

 そんなヌーナ軍を、ハルゼーは見逃さない。

 事前の作戦計画通り、単縦陣形のまま左に弧を描き、敵を半包囲状態にしてしまった。

 まるで、大口を開けた猟犬のように。


 「よーぅし……全艦左舷全砲、敵をよく狙えよ! ちょいと早めのボーナスだ……砲撃、開始!」


 分断されたヌーナ艦隊の後段は、最早狙い撃ちされるだけの的と化していた。

 いや、パノティア艦隊に抵抗しようとする戦闘艦が1隻だけあったが……しかしこの1隻はガッツある敵艦・・・・・・・として集中砲火を浴び、瞬く間に海中へと姿を消してしまったのだ。

 それを見たからか、或いは、元からの気質からなのかは分からないが、輸送船を守るべき他の戦闘艦はこともあろうに、我先にと海域から離脱を測ろうとした。

 ……正確には、しようとしたのだ。


 「後段の敵戦闘艦については全艦沈黙、或いは撃沈致しました」

 「おう。見えてるぜ。奴ら簡単に沈んでいきやがったな!」


 だが、半包囲されたヌーナ艦隊は最早、まともな操艦が出来ず、パノティア軍の精密な砲撃の的となり下がった。

 そうして彼らに与えられた選択肢は、沈黙、轟沈、投降のいずれかとなったのだ。


 「マリアナのジャップが七面鳥なら、コイツらは溺れかけのガチョウだな。これなら……」


 これならジャップの方がマシだ。と続けかけたハルゼーであったが、すんでの所で取りやめた。

 理由は単純明快。大っ嫌い・・・・ジャップ日本人を持ち上げるくらいなら、ヌーニーヌーナ人の靴を舐めた方が百万倍マシ。そう思ったからである。


 「ともあれ、だ。これで敵艦隊は半減したわけだが……」

 「はい。敵の前段が単縦陣でこちらに向かってきています」

 「数は?」

 「14隻です。前段の輸送艦は既に、ヌーナ方面へと撤退を開始しておりますが、残りの戦闘艦がこちらへと」

 「距離は?」

 「約3千です」

 「ようし! メインディッシュの時間だ!」


 副官から報告を聞いたハルゼーは、最後の総仕上げの準備に掛かった。

 敵の前段が、戦闘艦のみで部隊を再編することは想定内だ。

 それをどう料理するかについても、ハルゼーは既に決めてあったし、各艦に指示を出していた。


 「こっちも単縦陣のまま動くぞ! 敵に反航戦だと思わせろ!」

 「サー! アイアイサー!」


 ハルゼーの的確な指示に、水兵や各艦は的確に従う。

 敵のようなグチャグチャな単縦陣ではなく、彼らの艦列は真っ直ぐに、一糸乱れぬ艦隊運動を見せていた。

 それはあたかも、一本の矢の如くに。


 「まさかこの俺様が、”ネルソンタッチ”に”トーゴーターン”をやるとはな……全く、有り難くて泣けてくらぁ」


 そうは言うものの、獰猛な笑みを浮かべているあたり、ハルゼーの本心が伺える。

 前世における偉大な2人の提督…… ハルゼーにとって片方はそうでなかったが……の行った戦術を執ることに、彼には戸惑いといった類の感情は一切なかった。

 その訳は、至極簡単だ。

 ネルソンだのトーゴーがやれたのなら、俺様にも出来るはずだ!

 ただそれだけのことである。


 「提督! 敵艦隊との距離、約1千を切りました!」

 「ようし! 取り舵一杯! 敵の頭を押さえて砲撃だっ!」

 「アイっ! サー!」


 そしてヌーナ艦隊の前方を、パノティア艦隊は大胆にも大回頭をしてのけた。

 俯瞰で見ればそれは、あたかも”丁”の字のようである。

 眼前で大胆に回頭されたヌーナ軍としてはたまったものではない。

 ヌーナ艦隊は左舷で反航戦による砲撃戦の後に、敵艦に乗り込んでの白兵戦を想定していたし、その準備もしていた。

 それなのにまさか、敵が自分達のを押さえてくるとは、思いもよらなかったのだ。


 「敵に反撃のチャンスを与えるな! 敵先頭艦から順番にブッ潰せ!」


 ハルゼーの檄のもと、パノティア軍は次々と砲撃を繰り出し、容赦なく敵艦を粉砕していった。

 反撃する隙も与えず、回頭しようとする艦に対しても次々と……。


 「敵、3隻撃沈! 2隻大破! 残りは撤退を開始しました!」

 「なにぃ! 逃げただと!? 追え! 追って徹底的に叩きのめしてやれ!」

 『サー! アイアイサー!』


 ここに来てやっと、ヌーナ側は敗北を認めたらしく、散り散りに撤退を開始した。 今さらのことである。

 しかし撤退するはいいものの、速力ですらパノティア艦隊に負けているヌーナ艦隊。 追撃されては次々と砲撃を加えられ、1隻、また1隻と捕捉さえ、捕縛されるか沈められていく。

 投降しない限り容赦はしない。何故なら、「ヌーニーを殺せ!」と命令されたからだ。

 そして最早、パノティア艦隊に抵抗しようとするヌーナ艦隊の姿は、完全に無くなってしまった。


 戦いは、パノティア軍の勝利に終わった。


 「終わりましたね。提督」

 「そうだな。敵の抵抗が完全に無くなったら、作戦終了だ」


 その言葉通り、戦闘が始まってから4時間後には完全に戦闘が終了した。

 敵の損失は26隻撃沈及、15隻鹵獲、残りはヌーナ帝国へと撤退。

 対してパノティア軍の損失は、6隻が小破するに留まる。

 これは誰もが認める完全な勝利であった。




――――――――――――――――――――――――――――――――




 「……なんともまあ、終わって見ればあっけないもんだぜ」


 楽しい時間は、あっという間に過ぎていくものである。

 ハルゼーにとって海戦とは、何ものにも勝る喜びなのだ。

 それが終れば、後はつまらないお片付けの時間。

 彼は退屈さを隠そうともせず、甲板の手すりで頬杖をついていた。


 「そうは仰られても、実際にあっけなくしたのは提督ですよ?」

 「でもよう、ヌーニーは俺様達の3倍はいたんだ。武装に強弱や差はあっても、連中の方が多かった」


 夕陽に照らされつつ、ハルゼーは続ける。


 「だから、もっと楽しませてくれるような海戦になると、俺様は期待していたんだよ……」


 勿論ハルゼーは、戦争自体が何の生産性の無い愚かな行為であることは百も承知であった。

 しかしさりとて、海軍の軍人として海戦を楽しむのは当たり前である。とも考えていた。


 「何はともあれ、まずは国王陛下に報告しましょう」

 「……ケッ! あのクソやかましいサノバビッチロクデナシか……」


 へちゃむくれた顔で罵るハルゼー。

 言い表し難い表情である。


 「聞かなかったことにしておきます」

 「いつもありがとよ。取りあえず奴に報告するか……ヒデヨシ・・・・のクソ国王へ」


 こうしてパノティアは、かねてより続いていたオキデンス海の制海権争いを、完全な勝利で勝ち取ることが出来た。

 敵国からの脅威をまた一つ取り除くことが出来たのは、やはりギフトの存在と実力によるものだったと言えよう。




――――――――――――――――――――――――――――――――




 ―レリウス歴1589年6月5日夕方

  パノティア王国東部、メティス川西岸―



 パノティア王国とバルバラ王国の間にはメティス川という川が流れている。

 そしてその近く、やや小さな湖のある丘に、幾人もの兵士を侍らせている男がいた。

 中肉中背、ウェーブの掛かった黒髪で誰よりも派手な衣装を身に纏い、それに見合う威厳を放つ男だ。

 男の下に今、1人の伝令が駆け寄り、膝をついた。


 「国王陛下・・・・に申し上げます! オキデンス海海上にて、キーシュハルゼー提督がヌーナ艦隊に完勝致しました!」

 「ほう! 完勝とな! でかしたぞ~これで北も西も安泰! 後は、目の前の可愛そう・・・・な城を攻め落とすだけじゃ!」


 男の言う可愛そう・・・・な城というのは、彼の目の前に映る小さな湖の、その真ん中に立つ石造りの城だ。

 もっと言えば、彼らがわざと作った、巨大な水溜まり・・・・に浮かぶバルバラ側の城のことだ。

 国王陛下と呼ばれた男は、この城に対し、前世・・で使用した戦術を用いたのである。

 具体的には、備中高松城への水攻めだ。


 「フランケルコ3世陛下。敵の使者と思しき者が船でこちらに近づいてまいります。如何いたしますか?」

 「降伏するならそれでよし。そうでないなら突き返して城攻めの準備じゃ」

 「畏まりました」


 傍に居た貴族に伝え、国王と呼ばれた男――ネーム前世の名、豊臣秀吉は、近づいてくる船を満足そうに見下ろす。

 順調も順調。思い描いた通の展望で万々歳。

 何なら今ここで踊り出してもいいくらいである。


 「それもこれも、英弘がいてくれたお陰じゃ。あ奴には感謝せねばのう……」


 秀吉はほくそ笑む。英弘という古今東西のあらゆる偉人を知り、そして幅広い知識を持つ男がいたからこそだと。

 秀吉にとって、英弘は金の卵を産む存在であった。


 「中々に、面白い世に生まれ直したものよ」


 1人呟くその言葉は、結局敵の使者が降伏の書状を持ってきたことで起きた喧騒の中にかき消されていった。

 後は、この結果を王都・ルナへ持ち帰り、家臣や民草、そして他のギフトの伝えるだけのこと。

 秀吉は心の中でそうほくそ笑み、順風満帆である我が人生を喜んだ。

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