ギフト 〜偉人転生奇譚〜

甘城 喜呂彦

第1話 エント・グラート防衛戦


 ―レリウス歴1589年6月3日昼前

  パノティア王国、ヌーナ国境近くの村―



 村中に響き渡る悲鳴、怒号、鳴き声。

 パノティア王国内、ヌーナ帝国との国境に近いこの村は今、暴力によって支配されていた。


 「奪え! 燃やせ! 年寄りは殺して他は農奴として連れて帰る! 女は犯してよし! 思う存分にやれ!」


 馬上から声高に指示を出すのは、この哀れな村に攻め入ったヌーナ帝国の将軍である。

 壮年でカイゼル髭を蓄え、意匠を凝らせた鎧を纏う歴戦の将だ。

 彼の使命は、敵国であるパノティア王国の領土に分け入り、略奪と混乱を招くことであった。

 その期待に応えるかのように、兵士達はせっせと略奪行為に殺傷、婦女暴行、放火等の蛮行を働く。


 この村を襲う彼らは、侵略者である。


 手には槍を持ち、斧を持ち、マスケット 鉄砲を持ち、様々な兜を被り、様々な模様の胸当を付け、様々な具足を付けた、一個の軍団。

 様々な貴族、様々な傭兵が集まり、1万5千の兵士達がヌーナ軍という一つの旗の下に、一つの目的を果たすために侵攻してきたのだ。


 彼らは、侵略者である。


 「結局、まともに人がいたのはこの村だけでしたな、将軍」

 「まったくだ。前の二つはもぬけの殻だったからな」


 将軍の傍に付き従い、穏やかな口調で話す副官に、将軍も朗らかな様子で返す。

 彼らにとって略奪という行為は、やって当然の権利なのだ。

 それはこの将軍が率いる1万5千全ての兵士も、同様の価値観であった。

 最近の皇帝は何かにつけて重税を課し、民衆だけでなく貴族にまで大きな負担を強いてくる。

 その為、こういった遠征先で鬱憤を晴らしているのもまた、事実である。


 「捕らえた者の話によると、我が軍の支配を受け入れるつもりだった。とのことです」

 「バカめ。我が帝国はそこまで甘くはない。この村には我が帝国の住人を入植させる予定になっておるのだ」

 「では小屋ぐらいは残しておきますか?」

 「いらん。薄汚い小屋だ。全て燃やせ」

 「ハッ」


 かくして村は燃え落ちていく。

 抗う術を持たない村人はあっという間に蹂躙され、ある者は殺され、ある者は辱めを受け、希望というものが完全に失せて無くなってしまったのだ。

 そして捕らわれた村人の誰もが思ったであろう。


 こんなことなら、パノティア王国の兵士に言われた通り、村を出ていればよかった。と……。


 「将軍! 斥候が帰って参りました!」

 「良し! 報告させよ!」


 ほぼ制圧された村の中を、ヌーナ軍の兵士が馬を引いて走り寄ってくる。

 その斥候兵が将軍の近くまで来ると、膝を折って畏まった。


 「報告します! エント・グラート グラート山にてパノティア軍が陣地を構築している模様!」

 「数は?」

 「およそ4千! 山間部の街道に1千5百、両翼の山中に約1千2百づつです!」

 「うむ、ご苦労であった! しばらく休め」

 「ハッ!」


 返事をして去って行く斥候兵を将軍は見送り、次の瞬間には傍の副官へ向き直る。

 そこには、どこか困ったような、しかし嬉しげでもある将軍の顔があった。


 「少ないな」

 「ええ、少ないですね」


 そんな将軍の言葉に、副官は淡々と返す。


 「我々 ヌーナ軍の次の目的がエント・グラートであることはパノティアも分かっているハズです。また、我々の動向も注視しているハズですから……」

 「そのエント・グラートに4千の兵しか差し向けんということは、何かの策を講じてくるだろうな」

 「山間の1千5百を囮にして、残りの2千5百で包囲、或いは側面攻撃でしょうか?」

 「あり得るな。山中に隠れているとすれば魔法攻撃・・・・の効果も半減する」

 「では、山中の敵から攻めますか?」

 「いや、連中もそれを考えんハズがない。山の中には罠が仕掛けられているかもしれん。迂闊には攻め入れんな」


 2人は、まるで井戸端で夕食の献立を相談するかのように話し合っていた。

 実のところ、敵の戦力を聞いた時点で彼らは有頂天になっていたのだ。

 これでエントグラートは落ちたも同然だ、という思考の下に。

 ただ彼らとしては、続く戦いの為に如何にして自軍の損耗を少なくするかを考えなければならない。


 「では如何いたします?」

 「重装騎兵を前面に押し出し、両翼を固めつつ全軍をもって山間部を一点突破。早期にだ。後に側面から来る敵伏兵を迎撃。これで行くぞ」

 「承知いたしました」


 かくして、彼らの方針は決まった。

 何にせよ、彼らにとってエント・グラートの敵は、敵にならないのだ。

 ”取らぬ狸の皮算用”などという諺は、勿論彼らの頭の中には欠片もなかった。

 ただ彼らの頭の中にあるのは、パノティア内陸部へのさらなる侵攻と、海上から攻めんとする友軍2万との合流、そして略奪。

 それだけだった。




――――――――――――――――――――――――――――――――




 ―レリウス歴1589年6月4日正午

  パノティア王国、エント・グラート北部―



 エント・グラートは貧相な馬防柵バリケードに塞がれている。


 将軍が最初にエント・グラートを見た時の感想だった。

 確かに、山間には敵の銃兵が隊伍を組み、麻色の妙な石垣に身を隠しているのは彼にも分かった。

 山林の中に望遠鏡を向けても、蠢くモノは何一つなく、十分に訓練された兵士なのだろう。とやや感心していたのだ。


 「だが甘いな。あんなバリケードの設置の仕方ではまるで効果がない」

 「確かに。貧相なバリケードをV字に広範に広げただけで、我々を止められると考えるなど……甘い考えですな」

 「あれでは伏兵が攻撃するのにも邪魔であろうし、何より、あんな鉄の紐・・・だけで作ったバリケードなど、恐るるにたらん」


 彼らの共通認識は、優秀な兵に凡愚な将がいる。という認識だった。

 見事に整列し、臆すことなくヌーナ軍を待ち受ける山間の囮部隊。

 山中でヌーナ軍に見つからないよう、ジッと隠れ潜む伏兵。

 それら優秀な兵士を指揮するのは、適当な作りのバリケードを無駄に設置させ、我々に気付かれるような作戦しか実行できない愚将。

 敵の兵士らが可愛そうだとすら思った程だ。


 ただし。だからといって慈悲を与えるわけでもないが……。


 「敵の将軍、確かギフトであるらしいな?」

 「ハ。そのようですが……」

 「ふん。ギフトというのも、所詮この程度か」


 将軍は、さも見下したような視線を、エント・グラートへと向ける。

 ヌーナ帝国内で皇帝派の急先鋒としても有名な将軍は、皇帝と同じくギフト嫌いとして有名であったのだ。


 「敵は一気に蹴散らす!」


 やがて将軍は、攻撃準備が整い待機する兵士の眼前に立ち、拳を天に突き上げて叫ぶ。


 「敵は少数だが容赦はするな! 立ち向かう者は殺せ! 降伏する者や貴族以外は殺せ!」


 将軍の言葉一つ一つが兵士達に届く度、彼らの目がギラギラと輝きだした。

 彼らも感じていたのだ。この戦いは我々の勝利であると。

 自分達の4分の1程しかいない敵に、何を恐れるのか?

 最早どういう戦術を取るか分かっている相手に、何を恐れるのか?

 彼らは確信していた。この戦いは我々が勝つと。


 「全軍! 前進用意! 前進!!」

 「並足っ! 進めっ!」


 騎乗した将軍を中核に、彼らは整然と並び、悠々と進む。

 馬の蹄が地を蹴り、軍靴が地を踏みしめる音が、彼らを高揚させた。

 一歩、また一歩と進む度に、高揚感が彼らの鼓動を早める。

 そして、敵の囮部隊までの距離が5百メートル程にまで接近したその時――。


 「よし、そろそろだな……突撃ぃ!」

 『うぉぉおおおおおおお!!』


 将軍が突撃の合図を発した。

 それにより、まるで弾かれたかのように駆け出すヌーナ軍。

 重装騎兵はギャロップ全力で疾走し、かちの兵士達もそれに負けじと全力で付いて行く。

 しかし、それを黙って見守る パノティア軍ではない。

 あと百メートルの距離でパノティア軍の銃兵が見事な斉射を仕掛け、先頭を走っていた重騎兵の何人かが討ち取られた。

 だがそれでも、依然としてヌーナ軍の勢いは止まらない。

 敵銃兵が後列と素早く入れ替わり、撃ちかけてようと構えるが――。


 「させん! 突っ込めえっ!」


 将軍はそんな隙を与えるつもりは毛頭なく、前方を走る重装騎兵に指示を出す。

 眼前に迫った敵を突き崩すため、後は目の前のバリケードを突破するだけ・・・・・・だった。


 そのハズ・・であったのだ。


 「将軍! 重装騎兵が止まりました!」

 「何ぃい!?」


 あり得ない! 圧倒的な重量とスピードをもって敵を蹂躙するはずの重装騎兵が、簡単に止まるはずがない! 何が起きた!?

 将軍はそう混乱せずにはいられなかった。

 しかし、後ろから見る重装騎兵達は、確かに止まっている。

 まさか敵の銃兵に臆したのか?

 なんてことを考える間もなく、自らも徒の兵士らと共に重装騎兵のすぐ後ろまで……例のバリケードまでやってきた。


 「うぉおおおお突っ込めー!」

 「うがああ! イッてぇええ!」

 「何だコレ!? 鉄線に棘が付いてるぞ!」

 「クソッ! 棘が引っ掛かって進めない! 誰か斧をっ!」

 「あああああ! 撃たれたあ!」

 「おのれパノティア人め! 遠い所から撃ちやがって!」


 そんな彼らが待ち受けていたのはただの鉄線ではなく、後に”有刺鉄線”と広く知られるようになるものだった。

 効率よく張り巡らされたそれ・・が重装騎兵を止め、馬を棹立ちにし、乗り越えようとした兵士達の服を引っ掛かけ、動きを止めたモノの正体だ。

 馬上から、人より高い所から見ていた将軍は、これがただのバリケードではないことを瞬時に悟った。


 「いかんっ! 全軍! 直ちに後退せよっ!」

 「駄目です将軍! 後続が次々押し寄せてきます!」

 「くうっ……これでは身動きが取れんではないか!」


 軍団は急に止まれない。

 先頭の状況など分かるはずもない後続は、行き場のなくなった前方の仲間達を自ら後押しする。

 当然、V字型に配置されたこのバリケード 有刺鉄線の内側はすぐにヌーナ軍の密集地帯となったし、その間にも、パノティアの銃兵によって次々に兵士達が倒れて行った。


 「これが敵の狙いか!? 密集させた我々をどうするつもり――」


 そして、彼らは思い知ることとなった。

 それは、唐突に発せられた幾多の爆発音が、彼らに答えを教えたのだ。


 「ぎゃぁああああ! 腕が、腕がぁああ!」

 「槍が降ってきたぞ!」

 「違うっ! 砲弾だ! 大量の砲弾が降ってき――」

 「どけっ! どけっ!! 逃げられないだろ!」

 「クソ! 何だこれは!? 爆発したぞ!」


 山の中から爆破音と共に白煙が上がり、山の斜面を所々白く染める。

 その次の瞬間には地面が、至る所で弾け飛ぶ。

 真上から。真下から。真横から。真後ろから。

 ありとあらゆるところで一斉に、絶え間なく爆音が鳴り響いた。


 「ば、バカな! こ、こんなことが!」


 阿鼻叫喚。とは正にこのことである。

 筒状の何かが、地面に落ちてはつぶて・・・を飛び散らせ、或いは火や雷そのものが兵士達の頭上に降り注いだ。

 それらがヌーナ軍の兵士に当たり、人の形から肉塊へと姿を変えつつある。


 「将軍! ここは無理にでもおさが――」

 「う、おおおおおお!」


 将軍は、つい先ほどまで勝利を信じてやまなかった。

 だが、その勝利を分かち合うハズの副官が突然の変形・・・・・したことにより、真っ当な精神状態でいられなくなる。

 その反面、空高く放たれた拳大の砲弾が、人の頭に落ちるとどうなるか……それを理解する妙な冷静さはあったが。


 ただ、それも一瞬のことであった。


 「て、敵だー! 敵が突っ込んできたぞー!」


 何処からともなく聞こえてくる兵士の声に、将軍はハッとする。

 そうだ、これで終いではないはずだ。と。


 「どけ……どけ! 俺を逃がせ! こんなところで……こんな死に方してたまるかぁ!」


 敵は、パノティア軍は、いつの間にか収まっていた爆発の中、タイミングよく騎兵隊を繰り出してきたのだ。

 それも効果的に、ヌーナ軍を指揮しているこの将軍へと一直線に。


 「やめろ、やめろ! やめろぉっ!!」


 必死に、兵士達を押しのけて逃げようとした将軍だが、死の恐怖に錯乱した兵士達に逃げ道を塞がれ、逃げられない。

 そしてついに、彼の首は、先頭を突っ切るパノティアの若い騎兵により、その剣で討ち取られてしまった。

 明るい茶髪をサラサラと靡かせ、軽装だが機能的な鎧に身を包んだ、顔立ちの良い青年の手によって。


 「敵将! 討ち取ったぞー! 我が名はパノティア軍、キルク・セロ! ネーム 前世の名はサカモト・ヒデヒロ! ギフト 転生者なり!」


 パノティアの騎兵達が密集していたヌーナ兵達を蹴散らし、縦断し切ったところであの青年が勝鬨を上げた。

 その青年の姿が、ヌーナ軍の敗北を印象付ける最後の一押しとなったのだ。


 「しょ、将軍が討ち死にしたぞーー!」

 「もう駄目だ! 逃げろ!」

 「退却! 退却ー!」


 当然、将軍が討ち取られ、仲間が悲惨な目に遭ったヌーナ軍は散り散りに逃走を始めた。

 武器を捨て、兜を脱いで、少しでも軽く素早く逃げれるように、兵士達は必死となってヌーナの方向へと走り出す。

 訳の分からないまま戦って訳の分からないまま殺されたくはなかったのだ。


 最早雌雄は決した。

 ヌーナ軍の死者が4千人に対し、パノティア軍はたったの58人。

 パノティアの完全勝利である。




――――――――――――――――――――――――――――――――




 ―レリウス歴1589年6月3日朝

  パノティア王国、エント・グラート、パノティア軍陣地―



 「ではこれから、我々が用いる作戦の、その最終確認を行います」


 青年は語る。

 10人も入れば窮屈になる程の司令部壕内で、青年は注目を浴びていた。

 肩が触れ合い、人の熱気で顔面中うっすらと汗が滲み、明るい茶髪が額にピタリと張り付く。

 それでも青年の、その人懐っこそうな相貌や、髪の毛と同じ色の瞳は、真剣そのものに壕内にいる兵士らを見渡していた。


 「忠道・・さん……ポーラット将軍の立てた作戦はこうです」


 テーブルの上に置かれた地図を、青年が指差す。


 「敵、ヌーナ軍の攻撃は、エント・グラートの北部にダブル・エプロン・フェンス 有刺鉄線をVの字に設置することで防ぎます」


 ―――――――――

 ――――――

 ―――


 『だが甘いな。あんなバリケードの設置の仕方ではまるで効果がない』

 『確かに。貧相なバリケードをV字に広範に広げただけで、我々を止められると考えるなど……甘い考えですな』

 『あれでは伏兵が攻撃するのにも邪魔であろうし、何より、あんな鉄の紐・・・だけで作ったバリケードなど、恐るるにたらん』


 ―――

 ――――――

 ―――――――――


 「ヌーナ軍は、オキデンス海からの部隊と早期に合流したいでしょうから、予備を残さず、全軍を持って攻めてくるでしょう」


 ヌーナ軍を表す赤い駒を、青年は地図上に描き示されたV字の内側へと集めた。


 「当然、先頭の騎兵はこの有刺鉄線に引っ掛かり、突撃の速度が殺され、敵は密集した状態で動きを止めることとなります」

 

 ―――――――――

 ――――――

 ―――


 『将軍! 重装騎兵が止まりました!』

 『何ぃい!?』

 『うぉおおおお突っ込めー!』

 『うがああ! イッてぇええ!』

 『何だコレ!? 鉄線に棘が付いてるぞ!』

 『クソッ! 棘が引っ掛かって進めない! 誰か斧をっ!』


 ―――

 ――――――

 ―――――――――


 「密集した敵は、格好の餌食となります。そこを――」

 「そこを、機を見て僕が攻撃の合図を出す」


 ほぼ・・男しかいないこの空間で、新たに注目を浴びる存在がいた。

 屈強な肉体を持ち、鋭い目に厳つい顔立ちをした兵士……の間にいる、銀髪の少年に。


 「迫撃砲・・・を主とした、エント・グラートからの遠距離攻撃。これで一方的な攻撃を仕掛ける」


 青年の言葉を受け継いだ少年は、このエント・グラートを守る総司令官であった。


 ―――――――――

 ――――――

 ―――


 時は、砲撃前まで進む……。


 「ポーラット将軍。敵が有刺鉄線を越えられず、密集状態で止まりました! 攻撃の合図を!」

 「まだだ。敵の後続がまだ範囲外だ」


 少年は待った。

 銀色の髪に、黒い瞳を持った、エキゾチックな印象を受ける「ポーラット」と呼ばれた少年。

 少年は、望遠鏡を手に小さな窓から戦場を見渡す。

 足場に乗って小さな窓を覗く姿は、どこか場違いな印象を与えるが、これでもれっきとした成人だ。


 「ですが将軍、このまま待てば有刺鉄線が突破される恐れが!」

 「その心配はないよ。|あれ(有刺鉄線)はそんな優しいものじゃないさ」


 なんと落ち着き払った人なのだろうか……。

 傍らにいる副官にそう思わせる程に、少年は冷静に状況を見極めていた。

 その少年がやがて、望遠鏡を目から離して副官を見やると、静かに告げる。


 「じゃあ、そろそろやろうか。攻撃開始だ」

 「ハッ! 迫撃砲、弓兵、魔法兵、マスケットの全部隊に伝達! 攻撃開始!」


 少年の命令が、各陣地に伝達されていく。伝達する兵士の手には、黒い受話器・・・が握られて。

 途端、山中からけたたましい砲撃音が鳴り響いた。

 そして、ヌーナ軍から聞こえてくる悲鳴。阿鼻叫喚の地獄が、今、目の前に再現される。


 「どうやら、信管・・は問題なく作動しているようだね」


 その地獄を、言葉一つで生み出した少年は静かに呟く。

 少年の得た感想は、実に事務的なものであった。


 ―――

 ――――――

 ―――――――――


 「ポーラット将軍の合図で、28門の迫撃砲から18回の砲撃を行います。これにより、敵は混乱に陥り、多くの戦死者が出るでしょう」


 青年が、ヌーナ軍の駒をいくつか間引く。


 「敵の将軍も戦死してくれたら面倒無くていいんですが、恐らく障壁魔法・・・・などで守られているハズです」

 「その将軍を、私達が討つのだな?」


 ほぼ男しかいないこの壕内で、唯一の女性がいた。


 「そう。カトリーヌの言うとおり、俺達”独立騎兵隊”が討つ」


 青年の隣にいる女性は、お互いに頷き合う。

 青年と同じ年頃だろう。あどけなさも残るが、キリリとした顔立ちに透き通るような金髪。

 その美しい髪をポニーテールに纏めた姿は、誰が見ても凛々しく思える程だ。


 ―――――――――

 ――――――

 ―――


 時は再び、パノティア軍の騎兵による最後の突撃前まで進む……。


 「砲撃が開始された! 野郎共! 馬を立たろ! 騎乗用意!」

 『おう!』


 砲弾が炸裂する音、ヌーナ兵の悲鳴……そんな中で彼らは、準備を始めていた。

 パノティア軍の左翼側に広がる森林地帯に彼らは身を潜め、機を伺っていたのだ。


 「陣形はいつもと一緒だ! 最先鋒は俺とシロッコ!」

 「はいよ!」

 「続いてカトリーヌ」

 「ああ!」

 「クロード」

 「……」


 青年は先頭に立って名前を叫び、呼ばれた者は大声で返事を、或いは頷いて了承の意を示した。

 

 「中衛にブルート班。俺が死んだら全ての指揮は任せる!」

 「了解!」


 自分が死んだ時の指揮権の継承も考え、青年の副隊長、ブルートに中衛を任せる。

 真面目で実務能力の高い優秀な副官だ。


 「ブルートのサポートにグリューンとセバスチャン!」

 「はい!」

 「おう!」

 「ようし! 全員騎乗!」


 ある程度の指示を出し終えた青年が、騎乗を合図する。

 その合図に、彼が指揮する騎兵約3百が一斉に騎乗した。

 全員が同じデザインの、比較的軽装ではあるが、ヘルムにチェストプレートなどを装着し、手にはそれぞれ得物を持っている。

 青年の場合は剣だ。


 「隊長! 最終弾、発射しました!」

 「よしっ! 全体、駈足キャンター前進!」


 ヒュルヒュルと空高く舞い上がった砲弾が、敵の頭上に落ちるタイミングを見計らい、駆け足で敵に接近する。

 敵はまだ、こちらに気付いていない。


 「弾着……確認! 突撃ーーー!!」

 『うぉおおおおおおおおおお!』


 迫撃砲の最終弾の弾着を確認したところで、青年はあらん限りの声を出した。

 心臓は激しくと脈打ち、視界は前方に集中し、全ての音が後ろへと置き去りに。

 そんな戦いの興奮と死の恐怖を感じつつも、必死になって叫ぶ青年。

 彼はひたすら先頭を走り、未だに混乱する敵へと突っ込んだ。

 狙うべき目標は既に目星をつけている。

 それは、運がいいのか悪いのか、あの砲弾のシャワーの中で生き残ってしまった、ヌーナ軍の将軍であった。


 「全体! 俺に続けー!!」


 敵兵からの横槍はない。

 当然だ。誰も進んで、この混乱の中で騎兵を相手にしたくないのだ。

 敵の将軍は、馬上でもがくかのように敵兵を掻き分け、恐怖に顔を歪ませ、とにかく逃れようとする。

 だが、混乱した敵兵がその逃げ道を遮っているのか、遅々として前に進めないでいるらしい。


 「やめろ、やめろ! やめろぉっ!!」


 将軍の首に目掛け、青年は剣を一閃させた瞬間に聞こえたのが、そんな悲鳴ともつかない叫び声だった。


 ―――

 ――――――

 ―――――――――


 「混乱の中で敵の将軍が討ち取られれば、ヌーナ兵は逃げるでしょう。そうなれば、我々の勝ちとなります。以上です。忠道さん」

 「やあ、ありがとう。英弘・・君」


 青年は、説明という役割を終えて少年へと向き直る。

 最早これ以上の説明は必要なく、壕内の誰もが作戦を理解していた。

 青年は……英弘は、銀髪の少年……忠道の言葉を待つが、逆に忠道は、黙って英弘に視線を送り、発語を促すばかりだ。

 それを受けた英弘は、やや困った表情を浮かべつつ後頭部をボリボリと掻き、口を開く。


 「……カトリーヌ、死ぬ前にオッパイ触らせあでででで! ふんまへん!」

 「真面目にやってくれ、ヒデヒロ」


 なんと締りのない光景か。英弘が猥褻な発言をし、カトリーヌに頬を抓られる。

 そんな光景を見た司令部豪内の兵士達は、それまでの緊張感を弛緩させ、豪外にまで笑い声を響かせた。




――――――――――――――――――――――――――――――――




 ―レリウス歴1589年6月4日夕暮れ

  パノティア王国、エント・グラート、パノティア軍陣地―



 「戦闘後の処理程、面倒なことってないっスよね……」

 「何を言っているんだ英弘君。お家に帰るまでが戦闘だよ?」

 「そもそもヒデヒロは指示を出すだけで、何もしていないじゃないか」


 西日に照らされつつ、3人は佇んでいた。

 英弘が愚痴を言い、忠道が諭し、カトリーヌが呆れる。

 彼らには、ある共通項があった。


 「でも、流石は元小笠原兵団長・・・・・・硫黄島 前世に負けず劣らずの作戦っぷりですね」

 「流石も何も、相手は米兵じゃないからね……米兵だったら危なかった」

 「米兵半端ねえ……」

 「それに、そいう言う英弘君こそ、よく騎兵隊を纏めているじゃないか」

 「俺の隊にはそういう経験・・・・・・を持ったカトリーヌがいますから」

 「私なんて……大したことは言っていない。本当に、そう言う経験があるだけだ」


 ラピュセル・ドルレアン オルレアンの乙女が何を謙遜して……。

 英弘は思わずそう口に出しそうになったが、すんでのところで引っ込めた。

 何故なら、カトリーヌは、その名前に関する一切を言の葉に上らせれば、激しい怒りを露わにするのだ。


 「……ま、俺も今の親父殿・・・・・のお陰で、ある程度馬や剣が扱えるだけですよ」


 英弘は謙遜して誤魔化した。カトリーヌの過去を言うまいとして。


 「この戦いは、私達の圧勝だった。こういう結果になったのも、ヒデヒロやタダミチの知識のお陰だろう」

 「俺や忠道さんの知識もあるけど、前世で言う16、7世紀程のこの世界で、その3、4百年も先の技術を使えばこうなるさ」

 「迫撃砲に信管、有刺鉄線に各陣地を繋ぐ電話機……僕達は3百年分の変化を、この世界にもたらしたことになるね」


 彼らには共通項があった。それは3人とも、前世の記憶を持って転生したということだ。


 世間では彼らのことを、”ギフト”と呼んでいる。


 「このエント・グラートは……」


 元、日本陸軍大将、小笠原兵団長、硫黄島指揮官、栗林忠道は言う。


 「我々が守り切った。後は西のオキデンス海と、東のメティス川の敵を退けるだけだね」

 「西はハルゼー・・・・が、東はヒデヨシ・・・・が請け負っているのだったな」


 聖女、ラピュセル・ドルレアン、ドンレミ・ラピュセル。

 カトリーヌの前世は、あの”ジャンヌ・ダルク”であると、英弘は確信していた。

 決して、カトリーヌ本人は認めないが。


 「あの2人なら大丈夫だろ。レオナルド・・・・・の設計した兵器もあるし」

 「ヒデヒロの言う、偉人だからといって信用し過ぎではないか?」

 「そんなことないぞ! 彼ら偉人達の経歴や生い立ちを熟知しての信頼だ」

 「流石は偉人オタクだね」


 坂本英弘。平成日本に生まれた一般人である。と、本人は自称していた。

 そして、自他共に認める、”偉人オタク”であるとも。


 「……ところでヒデヒロ」

 「なんだ? カトリーヌ」

 「横目で私の胸を見るのやめろ。バレバレだぞ」

 「え~~!」

 「えーじゃない」


 そして、無類のオッパイ好きでもあった。

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