#6

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「そいつらは何者なの?」

「ずいぶんぐいぐい来るな。なんでそんな知りたいんだ?」

 他意もなさそうに竹田は笑う。涼火は少し苛立ちながら本題を促した。

「気になるだけだよ。で、車椅子の奴らはなんなの?」

「何って言われてもな……あ、でも」

 竹田はそらしていた背を丸め、シャーペンの回転を止めた。

「車椅子に乗ってる方は義足なんだよ。ズボンで見えないんだけど、ズボンのはためき方からして膝から下辺りがスカスカな感じ。顔もなんか常に無表情だしもしかしてロボットとかアンドロイド的な何かなのかもな。俺は三回生で見た事あるぞ」

 足といえば……。涼火は昨日あの家の子供部屋で足の形をした模型らしき物を見たことを思い出した。それを契機に思考の連鎖が起きる。

 あの足は模型か何かだ。義足の奴の元足というのはありえない。でも義足の持ち主がもし仮に人間ではなく、竹田の言うようにロボットか何かだったら? あの捨てられた足はロボットの一部なのか?

 一旦落ち着け。涼火の中で自分が言った。あのサイドワゴンの下に落ちていた足と竹田の言う"アンドロイド"の足、両者に関連があるというのさえ憶測でしかない。そもそもアンドロイドって何だ。義足と無表情という二点だけでそんな扱いをするのは飛躍し過ぎている。

「あ」

 予鈴が鳴った。とりあえず今は席に着くしかなさそうだ。

 結局、今朝の脅迫メールの送り主が何者なのか、その手がかりは全く得られなかった。何にしろ涼火はメールに従ってあの屋敷を忘れるつもりなどない。そういうわけで、今後の大まかな方針はこうだ。

 まずは屋敷内に監視カメラの類がないかどうか確かめる。それから、あそこで何が行われているのかを調べる。昨日は運良く生きた状態の被害者と接触できた。次に同じ機会がやってきたら、絶対に色々聞き出してやる。

 プラスの興奮とマイナスの興奮がせめぎ合い、授業には全く集中できない。それを発散しようと、涼火は授業中ずっと絵を描いていた。義足持ちで車椅子に乗った機械的な表情の人間……という形象が妙に想像力を刺激するのだ。

 作品は昼休みには完成した。

「うっっま」

 教室の窓際で、窓を背にしてホットドッグをかじりながら涼火は絵を朱に披露した。英語の授業をまとめたノートのひとページに車椅子の男の絵が鎮座している光景は何ともシュールだ。

「なんでそんな上手いんだよ」

「上手いって絵が? それともパンが美味いの?」

「どっちもだけど今は主に前者を意識してる」

 確かにパンも美味しい。コンビニの物と比べると、パン屋のパンはこれこそが真のパンだという味がするが、コンビニのパンだって物によっては充分パン屋に対抗できる。

「お前将来イラストレーターとか目指してんの?」

 英語ノートをつまみにコロッケパンを食べながら朱が聞いた。

「いや別に。絵を活かすとしたら漫画かな? 漫画って当てればかなりデカいしね。でもそのために絵練習したんじゃないよ」

 言いながら涼火は、今のはいい案じゃないかと思った。将来成功する野望への道候補に、漫画家を加えておくとしよう。だが、そのために絵を練習したわけではない。

「青木家は芸術の才能に秀でてるんだよ。父さんは小説家だしね」

「ああ、そうだよな」

 父の作品はいくつも映像化され、大成功を収めた。青木家が財に恵まれたのはそのおかげだ。秘密主義者である父は必要以上に自らの情報を公開する事を嫌い、本名もプライベートのあれこれも公には隠し通していたため、屋敷は話題にならずに済んでいる。人気作家の元住居で現在はオカルティックな噂が付きまとうという、普通なら格好の話題の的であるあの桜花市の家は、ただそこに佇むのみ。

 そこへ今日も彼女達は赴く。雲が泣き止んだ放課後、ちょうど二十四時間前にいた場所へと二人は戻った。涼火は門を通り抜けると、すぐ脇にある荒れたオリーブの木を見上げた。枝から枝へと雨の名残が滴り落ちる。

「雨止んだり降ったりはっきりしてほしいよね」

「ん? ああ……何見てんだ?」

「木。まさかここに監視カメラが仕掛けられてるとはあんま思わないけど」

 言いながら涼火はオリーブから目を離した。無数の細かい葉に覆われた木から異物を探し出すのはあまりにも面倒臭い。それに、カメラが仕掛けられているとしたら雨風にさらされない屋内である可能性が高いので、涼火は朱の背中を押してさっさと玄関をくぐった。

 涼火も朱も、神経質に全方位をぐるぐると見回す。涼火はこちらを向いているレンズを探し、ふざけて適当な方向へ手を振ってみた。

「また来たよー。見てるー殺人犯さん?」

「お前のその度胸を讃えて未成年飲酒したくなってきたわ」

 下駄箱を覗き込みながら朱が抑揚のない声で言った。

「朱だって度胸ならあるじゃん」

「じゃああたしのために法律破ってくれるか?」

「いいよ。未成年だけどドンペリピンクでも飲んでやんよ」

「またすげえの出してきたな」

 頭の中で高級なシャンパンに合うつまみを模索しながら、頭の外で監視カメラという無粋なブツを模索する。昨日通った経路、入った部屋を辿って探してみたが、それらしき物は見つからない。ドンペリピンクに合うつまみも、知識不足により見つからない。

「なんかすげー無駄な事してる感じする」

 浴室の白いタイル張りの壁にもたれかかりながら、朱は涼火の考えている内容に合致する台詞を吐いた。

「でもそれならあのメールは何なの? 私がここに来た事どこからバレたの?」

 そう言いながら、何かがわかると思ったわけではないがスマホを取り出し、例のメールを表示する。包丁を突き付けられた死体の顔が画面の中央に現れた。安直な脅し画像だ。

 ふと思った。

「……朱は? こういうメール来た? この屋敷に近付くなっていう」

「あたしか? いや」

 その返答を聞いて涼火は困惑した。なぜ自分にだけ?

 とりあえずその疑問は後回しにして、涼火達は次の階へ進む事にした。監視カメラは見つからなかったが、屋敷の探索は引き続き続ける。何が見つかるのか、何を見つけたいのか……やはり具体的に思い浮かぶのは、苦しそうに死へと向かっていくあの姿。

「二階は飛ばして三階行ってみよ」

 そう言って広い階段を勢いよく進むと、朱は素直に了承してくれた。

「はいよボス」

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