第58話 隆二、商売を始め...ようとする

「あーんた、どうしたのそんな暗い顔して」

ヤクザな商売から足を洗う後押しをしてくれたバー「トマリギ」のママは、肩を落として入って来た隆二に心配して声をかけた。


「はー、ダメでした。全然上手く行かねーっす」

隆二はまだ開店直後で客のいないカウンター席にドシンと腰を下ろすと吐き出すようにそう言った。


「なに偉そうに言ってんのよ。あんた、商売始めたばっかでしょ。そんなに最初っから上手く行くわけないじゃない。

ホント、これだから最近のヤクザもんは根性がないって言われんのよ」

いつも通り生ビールを出すと、ママは毒を吐く。


「いや、そうじゃないんスよ。聞いてくださいよー、そうじゃなくて、商売を始められなかったんスよ」

隆二の泣き言を含めた事情をまとめるとこうなる。


今日、ママの紹介でアポを取っていた町の商工会へ起業の相談へ行った所、元暴力団員だと警備会社を作るどころか、警備会社に雇ってもらうことすらできないと言われ、それなら不払い客から取り立てを代行する商売ならどうかと相談すると、債権を買い取って自分で取り立てることは可能だが、何回も繰り返すと、これも違法になるのでダメだと言われたらしい。


「ふーん、そう言うこと。ようはヤクザを辞めたって口だけで言っておいて、本当は辞めてない連中がいるかもしれないからってことね。

でも、五年経てばやりたい商売が出来るんだから、元気だしなよ。

それまでマジメに仕事をして資金を貯めればいいじゃない、ね?」

少しギクッとした隆二はそれを顔に出さず、言い訳を始める。


「いや、ダメなんす。

さっきもママが言ったように最初から全部上手く行くわけないんスから、これくらいで挫折してしまうと元ヤクザもんの名が廃っちまいます」

本当は組の資金洗浄を5年も待ってもらえないことが、『ダメ』な理由だがそこはさすがにママには明かさない。


「へー、あんたもなかなか根性あるじゃない。

見直したわよ。

それで、どうするつもり?」


「えっと、そこは、まだ考え中っていうか、その、警備と取り立てがダメでも出来ることって何か無いですかね?」


「あんた、意気込みだけよくてもダメなのよ。

まあ、私も別に警備員が欲しいわけじゃなのよねー。

あんたも見た目だけは怖そうに見えなくもないんだから、困った時だけ駆けつけてくれれば別にバーテンダーしてくれても、掃除をしてくれてもいいのよね」


「それって、ただの日雇いみたいなもんじゃないっスか!

自分がしたいのは商売っすよ。

自分の会社を興したいんす」

ただの必要な時に呼ばれるだけの日雇い労働者に落ちぶれてしまえば、例え稼ぎがよくてもアニキに会わす顔がない、と言うか資金洗浄の役には立たない。


「まあ、そうよね。

それに日雇いはたぶん禁止されてるしね。

そうだ、あんたケータリングでもしたら?」


「ケータリング?なんだ、そりゃ」


「ケータリングよ、ケータリング。

こないだ公告で見たのよ。

必要な時に料理を持って来てくれて、配膳とか片づけまでしてくれるの」


「なんで、そんなことしなくちゃいけねーんだ?第一、俺は料理なんか出来ねーぞ」


「そんなのする必要ないわよ。

チーズとかサラミを切って他の乾き物と一緒に並べればいいだけだから。

誰も本格的な料理が欲しくてあんたを呼ぶわけじゃないんだし」


「そんな付け焼刃みたいなサービスで大丈夫なのかな?」

隆二は浮かない顔でママを見る。


「他になんかいいアイデアがあるわけ?

ないならやって見りゃいいじゃない。

まあ、困った客が来たら、私が呼んであげるわよ。

女ひとりじゃなくなりさえすれば別に誰でもいいのよ、ホントは。

あんたはその上、見た目がいかついんだから、ケータリングのついでに、ちょっと困ったお客の話し相手になってくれれば十分よ、わかった?」


「うーん、わかったよ。

とりあえず、それで可能かどうかまた商工会にいって来てみるわ」

浮かない顔は変わらないが、入って来た時とは打って変わって前向きな態度に変わった隆二はそう言うと、ママに礼を言いビール代を払うため財布を取り出した。


「あんたそんな小銭ぐらい、いい加減ピッしたらどうなの?」

ママはカウンターに置かれたカードリーダーを触りながらそう言った。


「なんすか?スイカとか、こんな田舎で使う人いるんすか?」


「違うわよ、チョードルよ。知らないの?

あんたもこれ使いなさいよ。

銀行口座は無理でも町民ならちょうカード作れるでしょ」


「あっ、これのことっすか?」

そう言うと、隆二は住民登録した時にもらったカードを財布から取り出す。


「そうよ、それ。そのQRコードにチョードルが溜まるわけよ。

最近、上野町かみのちょうでは流行ってんのよ」


「なんすか、その町ドルってダサいネーミングは?」


「はははっ、本当の名前じゃないわよ。

カードにCの文字があしらってあるでしょ。

本当は町のシンボルの杉の木にちなんでCedar Dollar《セダーダラー》って言う裸身だけど、みんなそんなハイカラな名前覚えられないから、Cはちょうだろうって、勝手にチョードルって言ってるのよ。

でも、住民税納めたらチョードルで還元されるから、勝手に貯まるし、こういう所でみんな使ってくれるわけ。

あんたもチョードル払いを受け付けた方がいいわよ、この町で商売始めるなら」


「いや、そんな変なもんもらってもどうしようもないだろ。

まっとうな商売なんだからカネを稼がないと」

組の現金を洗浄するのが本来の目的なので、誰がいくら何に使っていくら儲けたのか丸わかりになる町カードに紐づいた電子マネーなどもっての外だ。


「なに言ってんのよ、別に得体が知れなかろうが、名前がダサかろうが、それで仕入れが出来て、仕事が回るんだったらそれでいいじゃない。

飲み屋が相手だからってみんな現金を金庫に入れてる訳じゃないのよ。

みんな銀行に預けてるの。

振込みで支払えない取引相手なんて胡散臭いじゃない。特にあんたは元ヤクザなんだから余計にそういう所は気にしないとダメでしょ」


「わかった、わかった。

考えとくよ。

チョードルに関してももちっと調べてみないと何とも言えねーし」


「そうね、それでいいわ。

あっ、お会計は試しにそれでピッとしてみなさいよ」


まだ越して来て一年も経っていないので上野町かみのちょう町には一銭も納めていないはずなのだがピッとすると、支払いが済んだ。


後から聞くとカードを作った際に払った500円相当のチョードルが最初から使えるようになっているらしいが、少し得した気分になった隆二はチョードルを使わないうまい言い訳も思いつかなかったので、そのまま帰路についた。

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