第59話 真実《まみ》からの詳しい説明

「総務省から通達が来てるんだけど大丈夫だろうか?」

家族で夕食のテーブルを囲む中、町長こと杉本良夫すぎもとよしおは、まだ小学生低学年の年代の娘、真実まみに仕事の相談をする。


幼い子供に政治の相談をするのはいつもの光景なので妻のミキは聞き流し、一番下の和人かずと君の世話を続ける。


「ふるさと納税の返礼品としてC《チョウ》ドルを発行している件でしょ?

確か返礼品は3割までって言う通達だよね。

あれは気にしなくて大丈夫。

上野町かみのちょうは財政が健全過ぎて交付金もらってないから、これ以上 削られることもないしね」


「そうね、それに法律としては禁止されているわけではないし、総務省も3割以上の価値がある返礼品を辞めなかった自治体に対する交付金カットは懲罰ではないって『建前上』説明しているしね。

それより、ふるさと納税って上野町かみのちょうの住民も使えるけどそこは大丈夫なの?」

興味なさげに聞いていないように見えたミキが、しっかりとした説明を付け加えて来る。


「まあ、使ってもらってもいいんだけど、住民は使わないよ。

わざわざそんな面倒な手続きしなくても、普通に住民税を納めれば全額C《チョウ》ドルで返してあげてるんだから」


「あら、ホントそうね。

日本円と額が違うから忘れてたわ。

それなら総務省も文句はないんじゃない。

地元でしか使えない地方通貨なんて、里帰りして来る人とかにしか価値はないから」


「それが、そうでもないんだよね。

遠くに住んでいても、上野町かみのちょうの特産物を購入する際には使えるから、払った額の3割じゃなくてほぼ10割を取り返せちゃうんだよ。

もう、SNSでそう言うことを投稿している人も出て来てるから、総務省にばれるのも時間の問題かなーと思うんだけど」


「これって、オンライン決済にも使えるの?

セキュリティは大丈夫なの?

確か地元の小さなシステム会社に下請けに出して作ったんでしょ?」


「そこは、大丈夫...だよね、真実まみ?」


「うん、大丈夫だよ。

彼はこの道では世界トップクラスだから」


「へー、そんな人がよくこんな片田舎にいたものね。

真実まみちゃんはどこでその人と知り合ったの?大学?」


「うん、同じ大学生じゃないけど、プロジェクトの一環で」


「へー、プロジェクトの一環ねー。

その人、ハッカーでしょ」


言葉を濁したのを見逃さず、鋭い指摘をするミキに対し真実まみは観念して白状を始める。

「あー、ママには隠し事できないや。

そうなの。

大学の共同研究でやったITセキュリティプロジェクトで、わざとハッカーに侵入を許して逆にからめとるタイプのセキュリティを作ったんだけどそれに引っ掛かった人なの」


「えっ、それって駄目な奴じゃない」


急におろおろし始める良夫をよそ眼にミキと真実まみは話を続ける。

「大丈夫、彼はもう身バレ、顔バレ、罪状バレして観念してるから。

まあ、知ってるのは私だけだけど。

長谷幸也、28歳、ハッカー時代の通称はM1K3Y。

もう逃げられないことを理解して、今はいいハッカーに転向したわ」


「えーっと、やっぱり聞かなかったことにしていい?」


真実まみの紹介だからと言って入札プロセスをすっ飛ばせるわけではなかったので、贔屓したと思われないよう逆に入札を難しくしM1K3Yコーポレーションほどの実力がないと受からないようにすることで採用した業者だ。


入札条件に、特別に設置したセキュリティの厳重なサーバー内に保存されているファイルに書かれた文言を提出することを含めたのだ。

結局、M1K3Yコーポレーションのみ正しい文言を書いてきたため、簡単に決まった。


落札できなかった業者はM1K3Yがサーバー内のファイルを読み取るだけでなく改ざんまで行ったため、他の業者はそれに惑わされたと主張したが、入札締め切り後にログを確認すると不正の跡が見られなかったため訴えは退けられた。


「でも、そう考えるとあの入札結果はやはり他の業者の言い分が正しかったってわけか。

一応大手の専門家に調べてもらったんだが、何も不正は見つからなかったとは、さすが世界的なハッカーと言う所か」


「そうだけど、本当にすごいのはそんな世界的ハッカーが観念してしまうぐらいの実力を持つ真実まみちゃんの方だと思うけどね」


「そんな、私がしたのは紹介することだけ。

後はパパがしっかりみんなに使ってもらえるように手を打ってくれたから上手くいったのよ」


少し不安の残る良夫は複雑な表情でうなずく。


実際、M1K3Yは素晴らしい仕事をしてくれている。

システムもそれほど何度も打ち合わせを行ったわけでもないのにこちらの要望を完全に理解して、使い勝手のよい安定したものを作ってくれた。


各店舗の初期投資を少なくする点や、オンライン上の決済でも使えるようにするなど、難しい要望をいとも簡単にかなえてくれたが、普通なら何十億もかけないとまともに機能しないばかりか、セキュリティが穴だらけのシステムになってしまうだろう。


それにただの印刷されたQRコードなので、誰かに拾われたら使われてしまうリスクもある。

そこは、顔付身分証明書でもある町カードだからできる、アナログな解決方法を採用したが、同時にネット上の個人アカウントと連動させることで、いつでも停止させれれるようにし、同時にオンライン取引もできるようになっている。


セキュリティ的には少し意図的に穴のあるものとなっている。

固定QRコードなどすぐに複製可能だ。

ただ、町カードを所有しているのは町民だけだ。

小さな町で名前と顔を覚えられたら、不正は出来なくなる。


買い物するのに顔写真が付いて、名前の書かれた身分証明書をいちいち出しているようなものだが、そこを個人情報うんぬんと言って気にする者はほとんどいない。

だいたい、町の人間は顔を合わせたことがあるし、たいがいみんな名前も知っている。

さすがに、新しく転入した来たものからすると少し抵抗はあるようだが、タダでもらえた金を使わないほどのものでもないのだ。


実際に、このアナログとデジタルを絶妙に組み合わせたセキュリティシステムはうまく機能しており、ハッキングしようとした者や他人のC《チョウ》ドルを不正に取得しようと試みた者もいたようだが全員捕まっている。


急速に普及した理由の一つは読み取り機導入に対する補助金制度にある。

町の出費はそれなりに大きかったが、一律で補助を出したのではなく、最初の100軒は全額、次の200軒は半額、その次の400軒は25%、と言った具合でだんだんと減らしていったのだ。

導入を渋る最初の段階が一番リスクもあるので、全額補助金を出して、店側のリスクをなくすことで滑り出しをよくしたのだ。

ある程度広まってくると、利用者も増えるし、店の利益になることも口コミで分かって来るので、補助金を減らしても導入は進むのだ。

むしろ、補助金が無くなる前に加入しないと損だと考えて、我先にと導入を進めてくれた。


「ところで、真実まみが絶対に譲れない条件として言っていた、日本円とペグせずに、SDRとペグさせるってのは何か意味があったのか?」


システム開発時に難航した点の一つでもあるし、利用者側からの不満が一番多い点でもある。

利用者が現在所有しているC《チョウ》ドルの額が分かり難いという声が多いのだ。

利用時の他にアプリやマイアカウントに入れば換算した額も分かるのだが、一般ユーザーからするとそこまでするほどのことでもないのでいくら残っているか分からないけどとりあえずピッとする習慣になってしまっている。

ある意味いくら貯まったか気にしなくてもいい気楽なスーパーの買い物で貯めるポイントのような扱いである。

そうは言っても、町長としてはわざわざなぜややこしくするのか気になる所ではある。


「今すぐにってわけじゃないんだけど...」


「でも、最終的には町民のためになるんだな?」


「うん、そこは信じて、としか言えないけど」


「いや、真実まみがそう言うならいいんだ。

少し、議会で説明を求められたから聞いただけだ。

気にしなくていいよ、このぐらいの説明どうってことないから」

もう、町長を始めたばかりのころと違い、議会での答弁もある程度は立派に受け答え出来るようになった、と良夫は思っているが、実際は町を発展させたという実績があるので、少々説明不足でもみんな強くは反対してこないというだけだ。

そのため、つたない答弁でもなんとかなっているのだ。


「ありがとう、パパ」

そんな事情を知らない良夫と、人間関係に関しては子供な真実まみは素直に感謝する。


「よかったわね、良夫さん」

分かっているのはミキだけだが、もちろんわざわざ指摘するような無粋な真似はしない。



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