閑話 議会事務局の仕事と阿久津議員の活躍

議会事務局の仕事と言うのは完全に人手が足りていないブラックな仕事だ。

町議会議員には公設の秘書がいないため14人の議員がいるのに4人の職員で全員の秘書役をこなさないといけない。


いや、本来秘書ではないので同じように扱われても困るのだが、それでも議員の中にはお茶くみと勘違いして、雑用を言いつけて来る人もいる。


心苦しいのはそう言う議員の方がむしろ楽な点だ。


そう言ったパワハラ議員と言うのはいたって不真面目で議会で発言をしないため事務局へ資料作成の依頼をしてくることも少ないからだ。

真面目なのは共産系議員で毎回何かしら一般質問を行っている。

多少的外れなことを言っている気もするが、それでも議会中に居眠りをしていないだけまじめだ。


その対極に位置していたのが『饅頭屋』と事務局内では揶揄されていた阿久津議員だ。

彼の家はこの地域では昔から有名な和菓子屋を営んでおり、議員になった後も本業の方を優先しているのでそう呼ばれていたのだ。


議会中はほぼ寝ているし、一般質問などしたこともなく、議員としての実績はゼロと言う人物であった。


それなのに今は優れた政治的嗅覚を持つ切れ者だとうわさされている。


その発端となったのは杉本町長だ。


彼が町長になった時、反町長派は勢いづいた。

当然だ。

ベテラン森田町長が倒れ、その後釜に素人のよそ者が就いたのだから、誰でもここは攻め時だと思った。


それなのに阿久津議員は突如町長派に寝返った。

いや、正式には離党すらしていないのだが、公私にわたり杉本町長を支持する発言を始めたのだ。


当初は阿久津議員もヤキが回ったと思われたのだが、次第にそうでないことが明確になって来た。


上野町が発展しだしたのだ。


今まで衰退する一方だった駅周辺や商店街がどんどん再開発され出し、仕事を求めて多くの人がやって来て、なぜか外国人観光客まで増えだした。

そして、政治家と言うものは得てして上手く行っている間は文句を言わないものだ。

上野町かみのちょう町の経済はその後ずっと右肩上がりなので未だに誰も文句を言わない。


その結果、悪いことに財政に余裕が出始めた。

いや、いいことなのだが、議会事務局としてはとても仕事の増えることなのだ。


なぜなら、人が増えて、カネが余れば次に起こることは分かり切っているからだ。

少なくとも政治家にとって次に行うべきことはカネの使い道を考えることだ。

議員がカネの使い道を考え出すと、事務局は資料作りに駆り出され仕事が増える。


他の市町村からすれば羨ましい悩みだろうが、少子高齢化に陥った田舎町ではなかなか起こりえない事態なので、最初は多くの議員もこの変化に対応できなかった。

町長を除けば阿久津議員は真っ先にお金を使う政策人気取り政策へと舵を切った政治家である。


今まで町長や他の議員の提案をけん制し、予算を奪い合うのが議員の仕事だったのに、奪う必要がなくなったことを理解した阿久津議員は無駄なことに時間を使わず急に派閥や駆け引きを無視してみんなの政策に賛同し、逆にもっと福祉を手厚くすべきだとか、町民の望む施設やサービスを充実させるべきだとか、お祭りにもっと予算を割くべきだとか、町長を後押しするようになったのだ。


長く務めている他の議員はこの変化を理解できなかった。

それなのに阿久津議員は誰よりも早く察して仕事の仕方を変えた。

だから、先見の明があると言われるのだ。


かと言って、町長の腰ぎんちゃくになったわけでもない。

しっかりと、町長を批判するときはしている、と言うか毎回批判している。

ただ、町長の施策がダメだと否定するのではなく、こうすればもっと早く出来る、とかもっと(カネを使って)充実したサービスにすべきだと言った批判だ。


町長が運転免許を返上して田舎の生活が不便になってしまったお年寄りのために老人ホーム建設計画を打ち上げた時も、人口の増加率の資料を出して来て、町長の提案する規模では不十分だと反論し、結局町長の提案に比べ4倍近い規模の施設となった。


饅頭屋が急にやる気を出したことも、町長派に鞍替えしたことも不思議なのだが、それよりももっと不思議なのは、急に仕事の出来る男になったことだ。


ほぼ完ぺきな資料を自分で作って来て、「こことここの数字だけ合ってるか確認してくれないか?」といった具合に依頼してくれるのだ。


事務局からするととても助かる依頼の仕方だが、いつの間にこんな出来る男になったのか、職員の間でもうわさになっている。

出来る私設秘書でも雇ったのだろうと言うのが大方の意見だが、政務調査費にそんな支出はないので違うだろう。


私はそれよりも、支持者の中に優秀な人が現れたのだと思う。

阿久津議員の地元は門前町だ。

駅前町に続いて便利な地域なので再開発も進んでおり、新しいアパートも多い。

つまり、若者を中心とする新しく転入してきた町民の割合が多い地域だ。出来る人間が紛れていてもおかしくはないだろう。


もちろん、阿久津議員自身がもともと出来る人で今まで実力を出していなかっただけと言う可能性もないわけではないが、長く役場に勤めている職員はみな口をそろえて「それはない」と、全否定する。


これは上野町かみのちょうの七不思議の一つとして語り継がれるだろう。


ちなみに、議会事務局の職員数を増やす提案をしてくれたのも阿久津議員なので、いまでは彼を饅頭屋と呼ぶ職員はいない。








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