第57話 隆二、アニキへ報告する

『アニキ、すいやせん』


『テメー、なに今頃連絡して来てんだ、コラ―!

あー、オメーに付けてやった連中が全部とんずらこいたんだってなー。

泣き入れるために連絡よこしたってわけか』

隆二がアニキへ電話を掛けると、思った通りいらだった声が聞こえてくる。


『い、いえ。そんな別にあきらめたわけじゃねーんです。

ただ、いつものやり方では上手く行かねーんで、やり方を変えさせてほしいってことなんでさ』


『なんでぇ、その町は随分景気よく開発中って話じゃなかったのか?』


『はい。それはもう、盛大に開発中でさ』


『それなら、よそ者も大勢いるだろ。そんなかの荒れたヤツらを何人か集めりゃいいだろ』


『普通はそうなんスけど...

ここではそうもいかないんすよ。

この町はなんでか知らんすけど、常に人手不足なんすよ。

そのせいで、失業者はいねーわ、給料や待遇は勝手に競ってよくなるわで、あんま荒れたヤロ―どもがいねーんでさ』


『そんなもん、ごく一部の出来るやつらだけの話しだろ。

さがしゃ、どこにでも落ちこぼれは見つかるはずだ。

ハローワークはいったんか?仕事にあぶれたヤロ―や食い詰めてるヤロ―の一人や二人は見つかるだろ』


『もちろん行きましたよ。むしろ真っ先に行ったぐらいです。

でも、あそこにたむろしてるのはみんなスーツを着ていい車乗った奴らばっかナンスよ』


『なんだそりゃ、オメー住所間違ってんじゃねーのか?』


『自分もそう思って中まで入って確認したんすよ。

そしたら、どうなったと思います?』


『なんだよ。もったい付けてね-でさっさといえや』


『すいやせん。

実は中に入ろ―としたら、そのスーツ連中に囲まれやして、そいつらは仕事探してるヤツらじゃなくて、スカウトだったんすよ。

仕事探してるヤツらが来たら、ハローワークに入る前に契約しちまおうとして待ち伏せてやったんすよ』


『なんだそりゃ、そんなことして儲かるのか?』


『そこなんすよ。

自分もそれが気になって聞いたんスけど、そしたら紹介料はボーナスみたいなもんでメインの仕事はハローワークに入っちまった連中を競り落として、契約することらしいんすよ』


『なんなんだその仕組みは、聞いたことねーぞ』


『ですよね。

でも、この町は慢性的な労働者不足だから、他の町のハロワみたいに雇用者が応募して来る労働者を選別するって仕組みじゃなくて、労働者がオファーを出して来た企業を見比べて一番いいオファーを選ぶって仕組みらしいんすよ。

だから、仕事を探してるヤツに対して、いろんな企業を代表して入札するのが出待ちをしているスーツ組の役割らしいんすよ』


最初は隆二が下手をうったのだと考えていたアニキはだんだんと何か今までと違うことが起きているのだと感じ始めた。


『だが、そんな仕事をオファーされるやつってのは出来るやつらだけだろ。落ちこぼれはどうなんだ?』


『まあ、ある意味そうなんスけど、この町ではその出来るヤツの基準がむっちゃクチャ低いんすよ。

それこそ、昨日まで引きこもってたようなヤツまで若けりゃ、「出来るヤツ」として扱われる始末なんでさ。

しかも、その若いってのが大体50歳半ばまでをさしてるさりさまですから、落ちこぼれを探すのが難しいんでさ』


『そんなにか!?

...かと言って60過ぎたジジイを集めても何が出来るわけでもねえか』


『いや、60過ぎたジジイは他所からあんまり移ってこねーんで、連中は地元のジジイどもです。

連中は一番最初にイイ仕事にありついてるんで、羽振りがいいんでさ。

しかも、この町は年寄りに優しい街を目指してるとかで、60過ぎると色々無料になったり、割引されるから、落ちこぼれるこたーありやせんぜ』


『そんじゃ、仕事に不満を持ったヤロ―どもを探すしかねーな』


『そこなんですよ、この町の連中は卑怯なことに一度雇ったら、辞められねーように色々してやがるんでさ。待遇をよくするだけじゃなくて、そこいらの労働者まで立派な町民として人間的に扱ってやがりますから。

この間辞めた連中もその罠にかかっちまいやがって、住むとこ探すのまで手伝ってもらったんで雇主に頭も上がらねーし、簡単に辞められねーように人間関係で縛られちまって、今では町内会だとか青年会だとかにまで参加する始末なんでさ』


『...それは、別に卑怯とか言うもんじゃねーと思うぞ。

ただ、まあ、言いたいことは分かった。

だけどよ、言って見りゃその町の連中ってのは急に羽振りがよくなったはぐれモンたちだろ。

そう言う連中はだいたいギャンブルか女に金を使い込むからそっちで身を持ち崩してるヤツを見つけりゃいいだろ』

隆二より冷静に話を聞いていたアニキが少し引き気味に興奮した隆二をいさめてくれる。


『この町にゃ、1軒しかパチンコ屋はねーですし、まだソープどころかデリヘルすらねーんでさ。あるのはラブホくらいのもんですね』


『つまんねー町だな、おい。いったい、稼いだ金を何に使ってんだ、そいつらは?』


『さあ、何に使ってんのかまではわかりやせんが、たぶん車買ったり、家買ったりしてんでしょうね。

でも、どこで遊んでんのかは、ある程度わかりやすぜ。

組抜けた連中が言うには、週末はパチンコじゃなくて、ソフトボールだの、公民館で開かれるライブだのに行ってるみたいです』


『よく分かんねー町だな。要はまだ田舎の小さな町のままってことか?』


『まあ、そうっすね。町の規模が急に大きくなっただけで、町の雰囲気はまさしくド田舎の村って感じでさ』


『やりにくいな』

アニキのこの感想には意味がある。

ヤクザは田舎に事務所を置かないのには理由がある。

村社会のしがらみはヤクザの脅しよりも強制力があるし、村社会の人間関係は警察の情報網よりも正確ですべてが筒抜けになってしまう。

何か悪いことをすれば次の日には村じゅうがそれを知っているし、その後何十年に渡って忘れてくれない。

個人情報などあって無いようなもので、大体村の人間なら他の村の人間の三代前まで名前を知っているものだ。

この町がそんな場所だと隆二は言っているのだ。やりにくくないはずがない。

『で、隆二、お前、あきらめたわけじゃねーって言ってたよな?て、ことは何かいいアイデアがあるって事か?』


『へぇ、そうなんでさ。

その為に、組を抜けさせてもらう必要がありやして』


『なんだとー!こらー、テメー結局抜けるんじゃねーか!』


『い、いぇ、違うんでさ。アニキ。そうじゃないんです。

この町に住んでみて分かったことがあるんです。

この町の連中はあんまり付け入るスキがないですし、この町ではヤクザも肩身の狭い思いしかできません。でも、表向きだけでも脱退届を出しちまえば、すぐに信じてしまうくらい甘いんですよ』

すごい剣幕で怒り始めたアニキをなだめるため、隆二は早口で説明をする。


『なるほどな。辞めた連中も元ヤクザだとバレてても雇ってもらえてるわけだし、そうだろうな』

少しアニキの声から怒りのトーンが納まった。


『それに、違法なビジネスには滅法厳しいですが、まっとうな仕事をするヤツには滅法甘い街でもありやす』


『続けろ』


『へい、そこでですね。

今まで違法に行って来たビジネスを合法的に出来ないかと考えたわけです。

具体的には飲み屋の用心棒をやってみかじめ料を取っていたのを、警備サービスを提供して料金を支払ってもらうって具合です』


『なるほど。

合法的なビジネスなら受け入れてもらえるから、同じことを合法的にやろうってわけか。

確かに一般的な警備会社より融通が利くし、取り立てまでしてやりゃ金を払うやつもいるだろう。そこはいい。

だがな、それのどこに組にとってのメリットがある?オメーは組を抜けて会社を作るんだろ?組とつながりのないオメーが勝手にビジネスを始めて、勝手に金を稼ぐわけだ、違うか?』


『見た目の上ではそうでやすけど、そこがこの町の甘い所なんでさぁ。

非上場で個人経営の会社の資金繰りなんて、銀行からカネでも借りない限り誰も気にしやしませんぜ。

税金さえ払ってりゃ税務署も口ははさんでコネーし、その上、この町の役所は税金を取る事に熱心じゃねーから、町の人間に悪いことをしねー限り関心を持たれることはねーはずです』


『なるほどな。

その町には今たくさんの資金が方々から集まってる。

少しぐらい組から資金を出しても誰も気に留めないし、少しぐらいオメーが稼いだ資金を無駄遣いしても他の人間に報告する義務はないってことか。

それなら資金洗浄マネーローンダリングで組に貢献できるってわけだ。

だが資金の振込みは出来ねーから現金で運ぶ必要があるだろ。組のモンが現金持って出入りしてたらすぐにパクられるんじゃねーのか?』

ヤクザと言ってもアニキは頭がいい。今どき腕っぷしだけで上に登れるわけもないので、法律や金融関係の知識もある。


『まあ、そこは考えがありやす。

元ヤクザの更生団体ってことにして、社員は全員元ヤクザで固めておけば、ヤクザっぽい人間が大勢出入りしてても問題ね-でしょ』


『カネだけじゃなくて、人もこっちから出せってのか。

まあ、考えといてやる。

何にしろまずは会社の立ち上げが上手く行ってからの話だ』


『へい、わかりやした。

また、連絡させて頂きやす』


『今度は遅れんなよ』


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