第47話 外国人、活躍する

町長宅での刺激的な議論からすでに4カ月がたつ。

日本人にしては珍しい英語が堪能な家族、そして真剣な政治の話。

政治家の話を聞く機会など日本に来てからなかったので、とても興味深かった。


その後も真実まみちゃんとは頻繁に連絡を取り合っているし、引っ越し終わってからは村ぐるみで歓迎会もしてもらった。



「はい、これジョーンズさん。お疲れ様でした」

そう言って支配人が渡してくれたのは給料明細だ。


「ありがとうございます」

そう言って受け取るとロッカールームへ行き内容を確認する。


「What!...No!」

そう言うと支配人のところへ取って返す。


「支配人、これ間違ってます」

ミーシャはそう言うと先ほど渡された明細を支配人へ見せる。


「んっ、あーゴメン。今月から給料アップしといたから」

支配人はイタズラが成功したかのように、嬉しそうな笑顔で返事をする。


「ええーそうなんですか!でも、まだ試用期間ですし、査定の時期でもないですよね」


「これは査定とは関係ないからね。ジョーンズさんには最初に言い渡していた職務内容に大分追加して業務を行ってもらってるからその分だよ」


ミーシャはこのホテルに置いてネイティブレベルの英語を解する唯一のスタッフである。

そのため、当初は外国人宿泊客の対応を中心に仕事をしてもらう予定だった。

もちろん、フロント業務だけでなくコンシェルジュやルームサービスのオーダーを受ける業務に含め、バックサイドの仕事を手伝ってもらうことも想定し、外国人宿泊客向けの広告や案内などの制作、そして英語サイト更新まで幅広く業務内容に記載されていた。

それでも、やはり仕事を始めてもらうとそれ以上にしてもらいたい業務がどんどん出てくるのだ。


仕事を始めた最初のひと月はまだ大丈夫だった。

ミーシャがまだ訓練期間中だったからだ。


しかし、仕事を覚え始めると想定外の事態が起き始めた。


まず、海外メディアからの取材の依頼が来た。

これは、ホテル側としては見逃せないチャンスだ。

当然、ミーシャを全面的に出して対応してもらうことになった。


ミーシャとしては、ようやく訓練が終わり仕事を始めたもののまだ新人だし、英語が出来るとは言え、それほど外国人宿泊客の数は多くないので足手まといになっているのではないかと心配していた時期だ。

当然、喜んでメディア対応を行った。


支配人からすると新人に全てを任せるのは心配だったが、全宿泊客の中で外国人が占める割合はまだまだ少ない。

多少失敗してもそれほどダメージはないし、自分が間に入ってジョーンズさんを通訳に回すと活き活きとしたネイティブの受け答えにならないので、回答が魅力的ではなくなる。

活字のメディアならともかく、動画のメディアでそれは致命的だ。

そう考え、ミーシャへ海外ディア対応に関するすべての権限を譲渡したのだ。

失敗しても責任は代わりに取ってあげるという約束付きでだ。


ミーシャが自由に受け答えし、面白おかしくホテルや上野町かみのちょうを紹介してくれたおかげでメディア側の受けはとてもよく、動画の反響もよかった。


かと言って、急に外国人宿泊客が増えたわけではないが、海外からの問い合わせは増え、その対応もミーシャの仕事となった。


他にも、支配人や他のスタッフと宿泊客の通訳業務、レストランやバーでの対応、時間外対応に加え、日本人スタッフ用に英語対応マニュアルの作成までしていたし、同僚に頼まれ英語のレッスンも不定期で開催していた。

レッスンはALTとしての名残のようなもので、好きでしていたことだが支配人はそう考えなかったようだ。


ミーシャとしても そのような仕事が最初にもらった職務内容に含まれていないのは知っていたが、自分の出来ることで貢献できるのが嬉しかったのと、同僚や上司に感謝されることで新しい職場での居場所を確立し、今度こそクビにされないための保険だととらえていたので不満はなかった。


もちろん、外国人宿泊客からの問い合わせが理解できなくて困った同僚が、仕事が終わった後のイレギュラーな時間帯に電話をかけて来た時には少しイラッとしたりもしたが、その同僚からはその後何度も謝られ、昼食もおごってもらったので、それでだと思っていた。


もともと、外国人宿泊客の数は少ないし、一人も泊まっていないことも多い。

そんな時、ミーシャも日本人宿泊客の対応をするのだが、日本人はみんな黒人へ話しかけるのを躊躇するのか、わざわざ近くにいるミーシャを避けて日本人スタッフの方まで行ってしまうので他のスタッフに申し訳ない気分になってしまうのだ。


そんな中での昇給。しかも、これまでミーシャが経験したことのある数百円程度の昇給とはゼロの数が3つほど違ったのだ。


「で、でも、支配人これ見て下さい。桁が間違ってませんか?一万円じゃないですよこれ」


「それぐらいは、頑張ってもらってるからね。その代わり、本採用時にはそれを含めた職務内容に変えさせてもらうけどね。今後、もっと英語が出来るスタッフの数が増えたら仕事内容は減らしていくから、悪いけどしばらくはそれで頑張ってもらえないかい?」


「は、はい」


支配人は別にお人好しなわけではない。

ただ、この町では人を雇うのがとても大変だと言うことを思い知っていることと、特に優秀な人材、英語を話せる人材の雇用は大変だと身に染みて知っていることから絶対に手放すまいとしているだけなのだ。


だからと言って、ホテルが損をしているわけでもない。

ミーシャは手取りが以前の仕事より多いので給料が多いと思っているが、実際には町民税が掛かっていないことで手取りが増えているだけと言う側面もあるのだ。

また、法人に対する町民税も免除されているので、ホテルの利益率は悪くはない。


そして、新しいホテルの割に資金が潤沢であることには理由があった。


建設費がとても安く上がったことだ。

一般的に想定される金額の半分強で済んだのだ。


通常、ホテルを建設する場合、建設費の半分は土地の買収に当てられる。

立地こそすべてと言ってもいい商売なので、そこをケチることは出来ない。

上野町ホテルはリゾートホテルではなくビジネスホテル寄りなので、駅前の一等地と言うのは理想的だった。

それなのに、土地の買収にかかった費用は二束三文と言っていいような価格だったのだ。


前のオーナーが税金を払えず競売に出されたにも関わらず、そこに建っていた雑居ビルの解体費を出したがるものもおらず、入札したのは上野町ホテルだけだったのだ。


通常、そう言う場合は入札がやり直しになるのかと思ったのだが、なぜかやり直しにはならず落札されてしまった。


この支配人はホテル業界で働くことすでに40年と言うベテランだ。

今まで雇われてさまざまなホテルで働いて来た。

そろそろ小さなものでもいいから自分の宿を建てて引退してもいいのではないかと、妻と相談をしていたのだ。

もちろん、それまでの貯金や退職金などをつぎ込んでも個人でホテルを建てる費用は賄えない。

だから田舎の民宿のようなものを想像していた。


だが、ある日、この上野町かみのちょうの駅前物件に関する入札の案内が送られて来た。

そんな田舎町の名前すら聞いたことがなかったが、必要な情報はすべて同封されていた...落札予想額まで。


いや、それは正確ではない。

ただ、メモ書きで『1円でもいいので試しに入札を行ってみてくれませんか』と書かれていただけだ。


さすがに1円で入札はしなかったが、それでも個人で落札できるとは思っていなかったので、入札プロセスになれる練習だと思い10万円で入札したのだ。


結局、後から考えると1円でも落札できたことに気が付いたが、そのことに関しては特に悔しいとは感じない。


むしろ、落札できてしまったことに戸惑っていた。


土地の買収に費用が掛からなかったのはよいことだが、それでも個人の資金だけで雑居ビルの解体からホテルの建設までまかなうことは出来ない。


妻に落札した旨を告げると、全面的に応援してくれた。


結果から言うと、資金調達は楽に出来た。

落札したことは知られているし、ホテルの建設を予定していることも開示されている。

銀行の方から融資の案内を持ってやって来てくれたのだ。

それからはとんとん拍子で話しが決まり、唯一行き詰ったのは従業員の確保だったが、それも支配人を慕ってついて来てくれた部下2名を筆頭に、なんとかめどが立った。


通常より少ない投資、そして競合のいない駅前と言う最高の立地。そのおかげでプロモーションをほとんどしなくても一定数の客は確保できるアドバンテージ付きの開業。

これで利益を出せなければ経営手腕を疑われるだろう。

そして、この支配人は有能だった。

彼は今一番必要なものが何か分かっていた。

この町においては、従業員の確保。それが第一なのだと。

少しの金をケチって他所に引き抜かれるリスクを冒すことは出来ない。


「ジョーンズさん、ぜひこれからもよろしくお願いしますね」


「もちろん、これだけしてもらったんですから。もっと頑張ります」


「ははっ、それじゃまた給料を上げないとダメになりそうですね。無理しないでくださいね」





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