第41話 外国人、町役場を訪れる

「もしかして駅前のホテルに就職されたのですか?」

町役場へやってきたミーシャが古民家のことについて尋ねると帰ってきたのは今さきほど決まった仕事のことだった。


「えっ、はい、どうしてわかったの、ですか?」


「スイマセン、いきなり。ただ、この役場も英語のできる人を募集していてホテルと張り合って条件を吊り上げてたから、つい」


「そうなんですね。あー、だからこんなにすぐに内定が取れたんですね」


「もしかして、今さっき面接があった感じですか?内定だけなら踏み倒せますよ。法的には何の問題もありませんから。どうですか、今からでも町役場の面接を受けてみませんか?」

公務員とは思えないひどい提案をしてくる職員に対しミーシャは思わずたじろぐ。


と同時に、不思議の国へ迷い込んでしまったかの様な錯覚を覚える。

保守的な日本の、保守的な田舎の、保守的な公務員はこんな対応をしない。

それに『外国人』の自分がこれほど簡単に仕事を見つけられたり、その上、別の仕事のオファーが被るなどありえない。

ミーシャの常識が目の前の職員の言葉を疑わせる。


もしかして、ホテルの支配人とこの職員はグルになって私の素行を調査しているのでは?

ここで対応を間違えると内定を取り消されるのでは?

そう不安になってくる。


「いえ、残念なのですが、もう決めてしまったことですのでイマサラ取り消しはできません」


「ほんと、残念ねー。でもしょうがないか。それで古民家でしたよね。たくさんありますから、他に何か条件はございますか?

広さ、築年数、空き家になってからの年数、駅からの距離、畑や山の有無などで気になる項目で絞り込めば見つけやすくなるかと思います」


随分あっさりと引き下がる。

本来の職務を思い出した職員のまじめな対応を見て、自分の考えすぎだったのかもしれないと思い直す。


「そうですね、広さは独り暮らしなので狭くてもいいです。距離は自転車で通える範囲なら大丈夫です。年数はよくわからないですが、住める状態なら問題ないです。畑って?そんなにお金ないです。あの、大体どのぐらいの価格なのでしょうか?出来るだけ安い方がいいのですけれど」


「一番安い物件なら無料ですよ。ゼロ円物件ってやつです。でも、ぎりぎり住める状態って感じなのでリフォームは必須だと思って下さい。住める状態っていうのも人それぞれなので数十万から数百万まで幅はありますけどね。まあリフォームも自分でやった人もいますから、それなら本当にゼロ円物件になりますけど」


「一度見てから決めてもいいでしょうか?」


「もちろん、色々見て下さいね。そうだ、自分でリフォームした人の家、見てみますか?これですよ、ほら」

職員はそう言うとパソコンの画面をミーシャの方へ向けて来た。

その画面には上野町かみのちょうのホームページが開かれており、『上野町の紹介』と書かれたページには色々な写真に混ざってくだんの家の内装が写っていた。


「キレイ!すごいです。自分でここまでリフォームできるんですか?それならやってみたいです」

ミーシャがそう言うと、職員は「チッチッチッ」と人差し指を一本立てて左右に振る。


「違いますよ、そこ。普通はここまでできません。この人はちょっと特別です。彼は町で古いビルや家の解体を行う会社で務めているから、リフォームするのにかなり有利な立場にあるわけです。一般人なら買い揃えなくてはいけない資材もたぶん安くで手に入るんでしょうし」


「そうなんですか。それじゃ、無理そうですね」


ミーシャが思っていた以上にがっかりしてしまったため、古民家自体をあきらめてしまうのではないかと焦った職員は今度は説得モードに入る。


「でもですね、その方に聞いてみたらどうでしょうか?もしかしたらリフォームの資材を分けてくれるかもしれませんし、ノウハウを教えてくれるかもしれませんよ。勝手に個人情報を教えるわけにはいかないので、もしよければジョーンズさんの連絡先をこの方にお渡しして、向こうから連絡をとってもらうと言うのはどうでしょうか?」


随分お節介な職員だが、その提案はありがたかったのでミーシャはメールと携帯の番号を教える。


そして その後は気に入った古民家の鍵を受け取り、残りの週末を使って家を見て回った。





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