第14話 ミステリアスな依頼者 《三好ミキ》

『添付PDFの物件を代理購入していただけませんか?』

そんなメールが始まりだった。


メールには添付ファイルの他にも購入希望価格、購入条件(このときは訳の分からない条件だと思ったが)、そして私への報酬レート(市場レートの3倍!)が書かれていた。


地方の街には司法書士や税理士の仕事はあっても、弁護士の仕事はそれほど多くない。

いや、そうではない。すでに、地元に根を張った事務所に囲われていて、それほど実績のないミキのもとへ仕事が回ってこないだけだ。

それに、小さな町になればなるほど人間関係のいざこざは裁判ではなく身内で解決することが多くなる。


仕事が少ないので、三好法律事務所には依頼を断わる余裕はない。

そうでなくとも、かなり魅力的な報酬だ。


物件のある町はさらに田舎にあるので車で30分以上はかかるが、その分も請求可能なので苦にはならない。

一応メールは熟読したが、二つ返事で引き受ける。


用意が整うと早速依頼人へと電話をかける。

こんなに早く電話がかかってくると思っていなかったのか、少し驚いたようすだった。

電話を終えて気づいたが、相手の都合を聞いていなかった。

もしかして、会議中だったとか。

ヤっちゃった、と思うが仕方ない。

いい仕事をして挽回すればいい、と思い直す。


簡単な契約を結ぶとすぐに事務所の口座に多額の着手金が振り込まれて来たので、安心してこの事案に専念する。

顔を見ることなく契約を結ぶというのは初めてのことだったが、指示は明確、そして払うものはしっかり払ってくれるなら問題はない。


ミキにとって残念だったのは、指示があまりにも的確だったことだ。

物件オーナーへ依頼主から提示されていた条件を示すと、急に態度を変え大幅に値下げをしてくれたため交渉にほとんど時間がかからなかったのだ。


私が最初訳が分からないと思っていた条件がド・ストライクの条件だったようだ。

その条件とは倒産した木材加工工場の再開だ。

そしてオーナーに賃金を払って再開するための手伝いをしてもらうこと。

2年以内に元従業員のうち働きたい人を再雇用すると言うものだ。


依頼主は相当腕に自信のあるビジネスマンなのだろう。

オーナーのことも下調べしたに違いない。

そう考えるとなぜ私に交渉を依頼する必要があるのかが分からない。

それだけ時間とお金をかけて調査出来るなら、交渉や契約も出来そうなものだが...まあ、それで仕事を貰えたのだから良しとしておきましょう。


簡単に契約が終わったのでその報告を依頼主にすると、スピーディーな仕事に感心された。

そして、ボーナスを払ってくれるという。


その上で、あまり弁護士でなくても出来そうな仕事もあるのだが、手伝ってほしいと言われリフォームや自治体への補助金申請なども頼まれたので引き受けることにした。


どう考えても弁護士ではなく便利屋扱いだが、そこを怒る気がしないのは報酬がよいからだけではない。

確かにこの報酬なら他の仕事(そんなにないが)を放っぽり出していても十分にやっていける。

だが、ミキにとってはリフォーム業者などと代わりに契約を結ぶというのが、弁護士ならではのサービスだと感じていたので新たなビジネスの可能性があるのではと思ったのだ。

それとミステリアスなスーパー依頼主への興味と。


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