第4話 成長

色々と手続きを経て、フリーランスで翻訳の仕事を受けるようになったのは、冬ももう終わりに近づいて来た3月半ば、娘が9カ月目を迎えたころだった。


冬の間はほぼ完全に家にこもっていた。

買い物もアマゾンで持って来てもらう徹底ぶりだ。


言い訳かもしれないが育児だけでも大変なのに仕事の手続きなどで忙しかったからだ。

近所の人とは久しく挨拶も交わしていない。


当然、赤ちゃんの世話も今までより手抜きとなったし、成長を促すための努力も怠るようになった。

それでもあまり愚図ったり泣いたりしない子だったので、近所からの苦情も今のところは来ていない。


何か特別なコツがあるわけではない。

メリーなどのおもちゃなども一応買ってあるがあまり赤ちゃんに受けがよくないので、活躍はしていない。

代わりに受けの良かったYouTubeをiPadで見せているだけだ。

翻訳用の英語の動画を見せた時に泣き止んだので気付いたのだ。


放置していることに罪悪感はあったが、将来のことを考えると依頼された仕事は断れない。

しかし、そのせいで、9ヶ月目に入ってもまだ寝返りすらできていない。

頭が重いためだと思うので仕方ないだろう。

遊んであげれば少しは早くなるかもしれないが、あまり頑張りすぎて自分が倒れたら元も子もないので出来ることだけで満足することにしている。




そんなある日、仕事が立て込んで、ミルクを与えるのが遅れてしまった。

集中し過ぎて時間が過ぎるのを忘れてしまったのだ。


泣き出す前に気が付いたのだが、その原因は迷惑メールだった。


立て続けに何件も同じメールが入って来て、スマホがブルブル震え出したので集中が途切れたのだ。

どれも同じアドレスからの空メールだ。

そして、そのアドレスは昔私が使っていたHotmailのアカウントだった。


誰かにハッキングされたのだとも一瞬考えたが、よく考えると古いiPadに登録されたままだった。


その時は真実まみが偶然メールアプリを立ち上げたのだろうと考え、ミルクを作ってあげてそれで終わった。



その数日後、また同じ現象が起きた。

空メールの連打だ。

赤ちゃんを見に行くと今度はオムツが漏れていた。


『うちの子は天才かもしれない』


そんな考えた一瞬私の頭にちらついたが、「いやどんな親も自分の子供は天才に見えるものだ」と自分を戒め、その考えを否定した。

周りに比較対象がいないのでよく分からなかったし、小さい赤ちゃんの成長速度はバラつきが大きいというのは聞いて知っていたから、そう考える方が論理的だと思ったのだ。


ただ、忙しい仕事の合間に明確な指示を貰えるのは便利なので、オムツの時のメールとミルクの時のメールを分けられるようにオムツの時はO、ミルクの時はMをメールタイトルへ打つことを教える。

ジェスチャーや実践を交え何とか意味を理解させることに成功する。


その後、数回のトライアル&エラーを経て、メールでオムツとミルクを伝えてもらえるようになった。




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