第156話 メイ、小さくなる


 神兵討伐は瞬く間に終わり、暫くは陣を敷いて敵方の出方を見守るという状況まで落ち着いた。

 そこまで行ったのであれば俺たちは必要ない。

 となると気になるのはメイの方の結果だ。

 彼女が死ぬことは無いのはわかっているし、失敗するなど考え難い。だがそれでも気になるのが人の性というものだろう。


「メイ、こっちは終わったけど、そっちは大丈夫か?」


 ……おかしい。

 口に出しても返事が来ないなんて初めてだ。

 まさか、メイがやられたって言うのか?

 いやいや、有り得ない。もう箱舟本船は一つでは無いのだ。その上で子機の数も増えている。

 一つでも残っていればメイは死なない。

 そういうものなのだと彼女自身から聞いている。

 だから彼女は無事だとは思っているが、連絡がつかない場合どうしたら……


「茶屋のスクリーン、まだ残っているでしょうか……」

「あっ、そうか! わからんが行くだけ行ってみよう!」


 ユリの声に従い、俺たち四人は半壊した茶屋の一室へと入った。

 スクリーンはあった。良かった。メイは無事だ。


 そう安堵はしたが、何故連絡が取れないのかまではわからない。

 映像は彼女の視点が映る様になっていて、ヴェルさんと彼の昔の映像が交互に映る。

 映るのだが……


「仲、良すぎないか? いや、良い事だけれども! なのだけれども……」


 映像の中の二人は仲良く肩を組んで揺れながら歌を歌っていた。


『らららーん、ららららーん! いえーい!』

『わはははは、いえーい!』


 彼女の目の間には開いた一升瓶が三本並んでいた。

 全て飲んだのかはわからないが、二人は間違いなく酔っていた。


「流石メイ殿。私には出来ない事を平然とやってのける……」

「びっくりです。こんなメイさん、初めて見ました」

「演技でここまで出来るものなんでしょうか……」


 恐らく違う。俺はメイに聞いた事があるのだ。

 禁足事項に触れる様な行動以外は自由だと言われれば人間と変わりがないと。

 マスターが行動の自由を与えてくれる人なほど私は人間らしく見えるようになるでしょう、と言っていた。


 その時に聞いたのだ。お酒にも酔えるのか、と。

 その時彼女は『はい、酔えます』と答えていた。


 だからカイの声に「これは素だろうな」と感想を漏らしつつも、マラカスを振り回しノリノリになっているメイとヴェルさんを微妙な気持ちで見守る。

 まるでお堅い姉が合コンに行ってノリノリになっている様を見せられている様な気持ちで。

 

「これ、私たちが見ていて良いんでしょうか?」と、普段お堅いメイの崩れ過ぎた姿に、戦慄を覚えながら問いかけるユリ。


 俺も若干不安だ。メイがこの後どういうキャラでいくのかが。

 だが、今はそれよりも古代種の動向の話。


「わからないが、初の接触だし知っておかなければならない……と思う」と、返した。


 そうして俺たちは、メイのハッちゃけた姿をスクリーンにて観察し続けることになった。


 そして、ヴェルさんとメイは酔い果てた末、折り重なるように寝た。









「ん~~~~……これからどうしようか」


 見終わったものの、何とも言えない空気だ。

 予想外の方向へと転がり過ぎて自分が今何を一番すべきなのかが纏まらない。


「ええと、問題は無さそうですから、ヤマトのお城で報告、ですかね?」

「ああ、そうか。もうそっち優先でもいいのか。イグナートたちはどうする?」


 飛空艇はメイが乗って行ってしまったが、もうイグナートたちも自力で飛べる。

 この距離であれば直ぐであろうと声を掛けた。


「許されるのであれば、我らはこのまま領地の防備に戻りたく思います」

「ああ、わかった。俺たちもここでの話が終わり次第戻るよ。

 連絡はこっちで出来るから、何かあれば言ってくれ」


 と、最初に麻生元総理から貰った徽章の様な通信機を指さして彼に言う。

 メイが復活すれば自動で繋いでくれるが、この状態でも連絡はできると伝えた。


 そうしてお城へと行き、中へ入れば昔の日本のお城の様な作りをしていた。

 広い畳張りの部屋。

 主君が座す場は高くなっていて色々と豪華なつくりだ。

 その前方に道を作る様に向き合って座る家臣の席。

 そして俺たちが案内されたのは女王と向かい合う様に置かれた座布団だ。

 女性優位の国だ。当然中枢は女性だらけ。

 俺以外、ほぼ女性しか居ない空間に違和感しか感じない。


「この度は、ご助力、大変有り難うございました。

 ルイ・フォン・ベルファスト王太子殿下、並びにご婚約者ユリシア・フォン・ラズベル様。

 お二人のご助力で多くの民が救われました。ヤマト国、女王として深く御礼申し上げます」


 オイチさんはそう言って深く頭を下げた。

 それに続き、家臣たちも頭を下げるが、納得できないという表情の者も多い。

 何故このタイミングで名前を出してしまうのか、と困惑のまま問いかけを行う。


「ええと、俺は……いえ、私は一傭兵として参った次第でありますが……」

「はい、お気遣い頂きました事には感謝しておりますわ。

 ですがこちらの失態でご迷惑をお掛けしてしまった以上、正式なお詫びをせねばなりません。全てはこちらの不手際。重ねてお詫び申し上げます」

「いや、あれはもう済んだ事です。無かったことにと……」


 態々掘り下げて不和を煽らんでも、そう思って言ったのだが、彼女はそれでも王として正さねばならないと言う。

 どうやら、案内役の任命を任せた者が選んだのはミヨリさんでは無かったそうだ。

 任命を受けた者に権力を使い、無理やりの交代を迫ったそうだ。

 そうした者を事の重さ通りに罰するには公にしなければならないという話だそうだ。


「光栄にも、高名なかのベルファスト王が我が国との友好を願って下さっているのでしょう?

 それを受ける私が目に見えた不義理を正さぬわけには参りませんの」


 おや、親父が何時の間にか高名な人になってる。

 いや、王なんだからそう言われるか。

 ミルドラドにも勝ったしな。


「そういう事であればこちらは特に言う事はありません。

 ヤマト女王陛下の思う様にして頂ければ」


 そう伝えてこちらも頭を下げれば、側面に居る臣下たちの大半は満足げな顔に変わった。

 何となく見ているとわかる。

 お国の為と考えている奴の顔と己の尊厳しか気にしていない奴。


 はっきり分けられる訳じゃないが、変なやつが結構居そうな空気。

 いやぁ、これはオイチさんも大変そうだ。


「まあ! 寛大なお心に感謝いたします」

「いえ、こちらも女王陛下のお心遣い、大変嬉しく思います。

 それと恐縮なのですが、国からは身分を伏せて協力することが京都からのご依頼を受ける条件の一つとなっております。

 ですので、一度帰り陛下のご意向を尋ねるという形になりますが宜しいですか?」


 そう伝えると女王の表情ががらりと変わる。

 相当に困っているご様子。


「あの……何か、問題が? 多少の事であれば、融通も利かせますが?」

「い、いえ。そうした事になっているとは存じ上げませんでしたの。

 でもそう、ですわよね。

 正式な友好国でも無しに大っぴらに長期滞在はできませんわよね」


 ん、んん?

 何に困っているのかがわからない。

 ユリ、わかる?


 と、彼女に視線を向ければ、対帝国の戦力としてでは無いか、と教えてくれた。

 ああ、そうか。

 神兵の力を知ってしまった以上、女王の言葉で俺が帰る事になるのはまずいのか。

 あれだけ潰されたら防衛を捨てないともう出せない、と知らないヤマトには大きすぎる脅威だ。


 けど、それは反京都勢力の失態だよな。

 となると、立場というより実際の戦力低下の方の心配か?


「えーと……この立場だからこそお伝えできることがいくつか御座います。

 帝国の神兵はもう守りを捨てずには攻めに出すほどの余力は無くなりました。当分の間は守りを強いられるでしょう」

「そ、それは真でございますか!?」


 そう声を上げたのはミドリさん。


「はい。我が国の諜報により六割以上を消失したのは間違いはないかと。

 もし帝国打開に動くのであれば、帝国から独立したイグナート家と交流を持つことをお勧め致します。あそこは帝国を憎み離れました。あの家の中枢には私の友人も居ります。

 どうするにせよ、話してみる価値はあるかと」


 神兵を出す余力は無いと言う情報に弛緩した空気が流れたが、後の提案には皆同様に顔を顰めた。


「イグナート侯爵家、ですか。独立宣言をしたとは聞きましたが……」


 オイチさんもそれはちょっと、という雰囲気だ。

 流石にイグナート家と組むのは難しいか。


「あくまで選択肢の一つです。不必要であればお聞き流しください」

「情報、感謝しますわ。一先ず安心はできました。

 ですがその、祝勝会にもご出席はできませんの……?」

「えーと……一日二日程度の滞在であれば……都合致します」


 そう返せば彼女の目が輝いた。


「では、準備を急がせます。

 会場はほぼほぼ出来ていますから、明日の夜に」


 怒らせて帰られたのだと勘違いされそうで嫌なのだろうか?

 オイチさんはその場で側仕えに準備を急がせるよう命じた。


 まあ、この程度は問題無い。

 というか、直ぐ帰らなければ、と言っていたのは半分こじ付けだ。

 条件に嘘は無いが、ぶっちぎって直ぐ帰る必要も無い。


 即座に帰ろうとしていた本題は別にある。


 メイが、ヴェルさんを抑えてくれている今、大坂勢力になら手を出せる状況じゃないだろうか、と思っているからだ。

 ヴェルさんが帝国でどれだけ友好関係を築いているかもわからないが、大阪勢力はねぐらに籠っているから直接交流もないはずだ。


 昨日の二人の様子なら、多少手を出しても問題無いだろう。


 なぎら王さえ落として大坂勢力さえ押さえれば、帝国なんて何一つ脅威にならない。


 大阪勢力が無力化されれば聖堂騎士を失っている教会は後ろ盾も戦力も失う。

 そうなれば自ずと戦争は終結する筈だ。


 その場合、帝国は全国から賠償金の請求をされるから一気に借金まみれで何もできなくなるだろう。


 そうしたいが故に早期に動きたいから帰る理由を作ったのだ。

 ただ、メイに相談もせずに動く訳にはいかないし、ヴェルさんにも通せるなら話を通してから動きたい。


 メイのお陰で繋ぎもできたから悪いようには転がらないだろう。と思うのだが……

 いつ頃起きるのだろうか。


 城での話も終わり、宿泊先に戻ってゆっくりしていた俺たちはメイの復活を心待ちにしていた。

 ちなみに、違う部屋だが、それでも使用人の子たちは畳は全て張り替えたと言っていた。

 うん。ショッキングな光景だったからね。致し方ない。

 お城でここの使用人たちにはよくして貰ったと言っておいたから、と伝えれば感激していた。


「どうする……寝る? 待つ?」

「ええと、私用を済ませて寝ましょうか。動くにも今からは無理ですし」


 そうして食事やお風呂を済ませ、お布団で眠りについた。






 次の日、目を覚ますと物陰に何やら動く存在があった。


 うん?

 何か居る……凄く小さい何かが……


 と、寝起きで定まらぬ目を擦り、あれはなんだと目を凝らす。

 目が慣れてくると、小さな立体映像のメイが柱の陰に隠れこちらを覗き見ているのがわかった。


「どうした? いや……本当にどうした!?」

『と、とんだ失態をしてしまいました……』

「えっ!? 折り重なって寝てたけど、あの後起きてから何かあったの?」

『くっ……後生です。忘れてください……』


 小さなメイは、両手で顔を隠すと蹲った。


「かわいい」

『やめて!』


 思わず笑い声が出た。


「あははは、いいじゃないか。メイならあんな風な人たちを三山見てるだろ?

 メイがそうなっても普通の事だと思うぞ。楽しかったんだろ?」

『……黙秘します』


 いつものメイとは大幅に違い過ぎただけで、酒飲んで歌って騒ぐ奴らなど何処にでもいる。

 気にするなという意を込めて言葉を伝えたのだが、何故か正座して口を引き絞り黙ったままだ。

 嫌な事は嫌だと言っていい。

 その言葉を素直に受け入れ、心置きなく使っている様子が微笑ましい。


 というか色々と微笑まし過ぎた。


「かわいい」

『ユリシア様に言いつけますよ』

「別にいいですよ?」


 ユリは起きていた。思わぬ所からの伏兵にメイは再び両手で顔を隠して丸まった。


「「かわいい」」

『苛めです! これが現代社会の闇です!』

「いや、うん。ごめんて。

 もう言わないから元の大きさに戻ってくれ。真面目な話がある」


 堂々巡りなのでもう言わない事を約束し、等身大に戻って貰った。

 そして、昨日考えた草案を話す。


『まだ彼は寝ているので、起きたら相談します』


 か、彼……

 そう言えばこのメイは本体ではない。

 も、もしかしてまだ折り重なって寝ているのだろうか?


『むぅぅ! もう言わないと言いましたぁ! 変な邪推はしないでください!』

「お、おう。えっ、いや言ってないぞ?」


 その前に言われたくないならそんな意味深な感じを出さんでも……


『言外に言ってますぅ!!』

「いや、でも思考はさ……

 いや思考が読めるなら俺が恥ずかしい事だとは思ってないのもわかるだろ?」

『……後でまた連絡します』


 メイはそう言って居なくなった。


「春、ですかねぇ……」

「いや、どうだろうな。あの様子だと仮にそうでも道のりは遠そうだけど……」


 布団をひざ掛けにしてまったりしていたら、ユリが肩に頭を乗せて来たので腰を抱き朝食の知らせが来るまで二人でたわいもない話を続けた。 


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