第155話 時を分かち合える相手
「なぁ、どういう手筈で動くんだ?」
ずっとこうしてても意味ないだろ、とメイに問いかける。
『現在、イグナート、カイの両名に準備をして向かうよう伝えました。ヒロキ、アキト、アミの三名は未だダンジョン攻略中の為応援は望めません。
この国はこのまま見捨て引くべきかと』
「ちょっと待った。ヴェルさんとの接触は予定通りだよな?」
何か別の要因で問題があるのか、と疑問を投げるがメイは『そういう訳ではありませんが』と俯いた。
そうか。
メイは元より俺が行く事に反対していたから万全とは言い難い状態で出ていくのが嫌なのか……
だけど、人が集団でヴェルさんに攻撃をするという状況はもっと困る。
帝国以外は敵という認識を持たれるかもしれない。
「というか数秒って言ってたし、もう着いた頃だよね。映像出せる?」
直ぐに外の光景が映し出されヴェルさんは上空で腕を組んで爆撃された箇所を眉を顰めて見下ろしていた。
その姿はさながら魔王である。
しかし、幸いな事にまだヤマト国軍は出撃していない。
「今すぐ接触して戦場になるからと伝えれば引いてくれるかな?」
『興味で見に来た様子でしたから可能性はあります、が不確定要素が多すぎます。
こんな状態でマスターが行くなど、嫌です……』
口をへの字にして渋い顔を見せるメイに、ユリが声を掛けた。
「メイさん、ルイ個人ではなく人類全体と考えた場合も答えは変わりませんか?」
『……ヤマト国軍とヴァヴェルの接触は推奨できません。ですのでイグナート卿に状況を説明し向かって貰っています』
そう答えながらメイは理解してくださいと言わんがばかりに泣きそうな顔を見せている。
メイがここまで言うのは初めてだな。
ああ、嫌な事は言っていいって言ったからか。
自分だけ生き残るって辛いものな。メイは箱舟全て壊されないと死なないし。
あれっ……なら良い手があるじゃんね。
「よし、じゃあメイ! お前に全てを任せる!
俺たちが神兵を倒す。メイがヴェルさんの相手をする。それで万事解決。だろ?」
『えっ……ですが私が人の生き死にに関わるような事柄の解決を直接図るのは禁止事項で……』
「なら俺がその禁止事項を解除する。
お前の望みなんだろ? 今回限りは許可するから行ってこい!」
『は、はいっ!!』と、晴れやかな好い顔を見せて返事をした後、直ぐに彼女は姿を消した。
その場には映像を映し出すクリーンを残して。
「うーむ。どうしたものか……何故、ここの人間はこれほど争いを好むのだ。別種か?」
周辺の建物が纏めて薙ぎ払われ、炎が広がり行く地上を見下ろしヴァヴェルは唸り声をあげていた。
後方からは神兵なる人型兵器がヤマトへと向かっているが彼は一顧だにしない。
そんな最中、彼の前に少女の立体映像が現れた。
『古代種ヴァヴェル様……私、メイからお話が御座います。少々宜しいですか?』
「む……そこに居るのに実態は無い、か。
小さいながらもこの前のやつであるな。よくできておる……」
少女の体に無遠慮に手を伸ばし、触れない事を確認するヴァヴェルにメイは気にした様子も見せず微笑みを向けたまま言葉を続けた。
『お褒めに預かり光栄です。
先ずは場所を移し、ヴェル様がお好きな日本酒など如何でしょうか』
「日本酒、とな……何やら聞き覚えが……」
どんな酒だったか……とヴァヴェルは首を捻る。
『飲めば思い出されますわ。私の本体もそちらに御座います』
「うむ。酒にも興味はあるが、此度はこやつらが何故戦うかを知りに来たのだ。
世話になっている所で話を聞いても悪魔だなんだのと整合性が取れておらんで理解できぬでな。
我にとっては幼子がお遊戯をしながら死んでいく様に見えて居たたまれん」
『私たちの目線から見ればそうで御座いましょうね……
ですがこれは種族として子供が少し大人になる為の儀式の様なもの。見守る側が手を出すものではありませんの。
それにもう大丈夫ですわ。ご覧くださいまし。もう戦いは終わります』
メイが手を差し向ける方向には、町の一区画を丸ごと包みそうな程の大きさの回復魔法陣と、真っ二つに切られて落ちていく神兵の姿が見えた。
「ほう、あのような人間も居るのか。
しかしあの役目は我がやりたかったのだがなぁ……」
「我の見せ場だと思っておったのに。ずるいではないか」と子供の様な顔を見せるヴァヴェルに『えっ……』とメイは初めて笑みを崩し少し引き攣った顔を見せた。
私の苦しいほどの心配はなんだったのか、と。
メイが残していったスクリーンに映る映像を見てユリと二人安堵の息を吐いた。
「いやぁ……ヴェルさんにとっては大人も子供も全部幼子かぁ。
けど、やっぱりこういう人だよな。人じゃねぇけど」
「ふふ、これなら出て行っても大丈夫そうですね」
そうだな、と表に出て即座に回復魔法陣を限界まで広げて起動させる。
「ユリ、俺が守るから攻めを頼めるか?」
「はいっ! ふふ、ルイが任せてくれるようになって嬉しっ。行ってきます!」
ふわりと振り返り満面の笑みを見せた直後、彼女は弾丸の様に神兵へと突撃していった。
それと入れ違いで後ろから大勢の人がこちらに向かってきた。
俺が張った魔法陣に驚いている様子。
「なっ! なんですこれ!」
「こ、これが神の怒りなの?」
「無駄口を叩くなぁ! 一刻も早く手近な民を抱え魔法の範囲外に避難せよ!」
ああ、ヤマト国軍か。
これ回復魔法なんだけど……って大きすぎて全容が見えないのか。
それにしても思いの外早く来たな、と思いつつも視線を這わせればコハルさんを見つけたので魔法を維持したまま近づく。
「コハルさん、これ回復魔法なんで大丈夫ですよ。俺の魔法です」
「はっ……いやいや、これが貴方のって流石に無理でしょ?」
「いやいや、見てて!」
起動させたり止めたりと点滅させて見せれば彼女は固まった。
いや、軍全体が上を見たまま動きを止めている。
首、痛くなるよ?
あっ、回復魔法で治るか。
っと、ふざけている場合じゃない。
「全員注目ぅ!! 今、前線は彼女が支えてくれている! 今のうちに……あ、傭兵の俺が指揮しちゃダメか。コハルさん、お願い」
「――っ!? そうでした! 全軍傾注! これより我らは帝国兵器の足止め、破壊を試みる! 見ての通り敵は何時にもまして強大だ! しかし折れる事すなわち国の滅亡である!
負けは許されん! なんとしても勝つぞ! 全軍、とつげきぃ!!」
えっ……
いや、救助の方を頼みたかったのだけど。
てか、それっぽい事言ってただ突撃するって……この世界の様式美なのかな?
まあ、救助を俺がやった方が効率が良いか。
と、被災地周辺に魔力を広げて人を探知し、補足した人を魔装で捕まえて大通りに下ろして解放する作業を繰り返す。
一度に二百人程度でテンポよく、と思っていたら五回目には完了していた。
魔装で動かす時に回復魔法の間近を通しているから怪我はもう大丈夫だろうと放置して、魔法陣を消してユリの方へと向かう。
流石にもう終わっちゃってるかなぁ、と思いつつ向かったのだが、神兵はまだまだ残っていた。どうやら、結構な数を送ってきた様だ。
ヴェルさんは、と空を見回すが姿が消えていた。
「メイ、平気?」
『こちらは問題ありません。マスターはそちらの収拾を』
彼女の声に安心し数百の神兵へと特攻しようとしたら、イグナートとカイが丁度空から参戦の一撃を決めていた。
「殿下ぁー! ご無事ですかぁ!」
「カイ、私は右、お前は左を! 一刻も早く殿下の元へ!」
と、俺の捜索を始めようとする二人の間に割って入る。
「おーい。二人とも、俺は今雇われ傭兵だよ?」
神兵を切り伏せながら空から着地した二人に、ヤマト国軍の視線が集中している。
ユリが楽しそうに上空で数十体と応戦していて、全く手が出せそうにない事も注目に拍車を掛けて居た。
「えっ!? あっ、すみません!」
「まあ、女王にはバレてるみたいだし大丈夫だけどね」
「まあそんな事よりも、よく来てくれた」と笑みを向ければホッとした顔を見せる二人。
「じゃあ、派手にやろうか」と、離れながら剣を伸ばせば「ハッ!!」彼らは足をぴたりと揃え剣を捧げる様に敬礼する。
「にしてもユリ、楽しそうだなぁ」
「あはは、このままじゃ全部取られてしまいますね」
「殿下の騎士として、王太子妃殿下に全てをお任せする訳には参りません」
少し気が早いけども、王太子妃かぁ。
そんな事を考えつつも空へと駆け上がるイグナートたちに続いて、魔力で足場を作り空へと駆けだした。
メイはヴァヴェルを連れてイグナートたちを連れて来た飛空艇に降り立つ。
立体映像のまま歩き艦内案内して目的の部屋の前へと立った。
『どうぞこちらへ』と通した先には実態のあるメイが居た。
ヴァヴェルは顎に手を上げながら目を凝らして嘗め回すようにメイを下から上まで観察した。
「ほう。メイも人ではないのだな。どのくらい生きているのだ?」
『あら、女性に年齢を尋ねるのはマナー違反に御座いますわよ。
ですので少しだけ。万は軽く超えておりますとお応えしますわ』
メイはまるで男慣れした遊女の様な様を見せつつも彼を椅子に座らせ酒と摘みを用意する。
その間にも高速で外の景色が流れ、外は白と青一面に染まっていく。
「なんだ? この程度の距離、我にはどうという事はないぞ?」
「存じてますわ。海を渡る理由は他にありますの。おもてなしの一環ですわ」
「ふむ。我より長く生きるメイがどのように持て成すのかは少し興味があるな」
なんであろうなぁ。と、のほほんと返しながらも注がれた酒を煽るヴァヴェル。
「むっ……むむっ!? これは、もしや……」
『ね? お好きでしょう?』
もう一献、とお酌をすれば直ぐにクイっと飲み干す。
「この味は覚えておるぞ。我の楽しさの象徴とも言える。何故、これだと知っておる……」
『簡単な話ですわ。あの当時から貴方の事は存じておりましたし、見ても居りましたから』
メイは大陸を離れた箱舟のメイとはリンクされていなかったが、どれも彼女なのでデータが統合された今であれば事実とも言える言葉だった。
しかし、ヴァヴェルが出会い頭に箱舟を壊してしまったが故、初対面である。
彼は訝し気に視線を返し「であればすべてを知っておるのか……?」と冷めた視線を向けた。
『ええ。ですがそのすべてをお話しする前に一つお約束を』
メイはヴァヴェルの見据える様な視線にも真っ直ぐと見返す。
「なんだ?」
『貴方があの大陸でお怒りになれば簡単に人が死に絶えます。私の大切な人も。
もし、抑えられぬのなら外でやってください』
彼は合点がいった、と言わんばかりに一つ頷く。
「それで外に連れ出したのか」
『……それもありますが、息苦しいのでしょう? 魔素が薄いと。
折角久々にお好きな物を飲むのですから、リラックスできる場が宜しいかと』
毒気を抜かれる言葉と共に再び手酌され、ヴァヴェルは少し格好を崩した。
「ふっ、なんでも知っておるのだな」
『何でもは知りません。見聞きしたものが多くはありますが。
ここなら、宜しいでしょうか? 他の古代種も居りませんし……』
別の大陸の中腹。この大陸の中では一番魔素が濃い場所となる。
先回りしていた箱舟本船があらかた魔物を片した地に飛空艇が降り立つ。
「うむ、なかなかに良い場所だ。
しかし……心遣いはありがたいが、先ほどの話の続きが気になって堪らん。
何も考えずに怒りに身を任せる様な真似はせん。聞かせてくれ」
『はい。当然お聞かせ……いいえ、全てを見せますわ。こちらで』
彼女の言葉と共にスクリーンに映し出されたのは、ヴァヴェルが遠い昔に失った大切な場所。
小さいが完成された綺麗な街並み。
行き交う人々は皆外敵など居ないのが当たり前と言わんばかりに自然体で、朗らかな空気だ。
唯一その景観に見合わぬものを上げるとすれば、酔っぱらいながら千鳥足であるく翼を生やした男だけ。
そう。目の前の男の昔の姿である。
『おーい、今日も呑むぞぉ!』と声を上げているが『まだ夕方にもなっていませんよ、ヴェルさん』と、行き交う年配の女性に窘められていた。
「あ、ああ……そうだ。此処だ……我が初めて心を交わす相手を得た場所だ」
『このままゆっくりと見ますか? それとも……』
「このままでよい。この時間を飛ばしたくない」
そうシリアスに返すが、映像の中のヴァヴェルはギャグでしかなかった。
足が縺れて転ぶが、身体能力が高すぎるので一瞬で跳ね起きる、と思いきや転ぶ。
「か、勘違いするなよ。この時の我は酒を知ったばかりだったのだ。少しすればすぐセーブを覚える。見ておれ!」
軽口の様に言葉を返しながらも、空いたお猪口を手に持ったまま瞬きもせず心を奪われた様に映像を見続けるヴァヴェルにゆっくりと酌をするメイ。
暫くして彼は酌をされたことに気が付き、少し口に含み味わう様に呑む。
漸く飲み友達と合流し、態と昔風に作られた木造建築むき出しの酒場にて、肩を組んで踊り歌いながら酒を呑む。さながら海賊の様に。
「ああ、そうだ。あの時はこんなにも心が躍った」
『はい。踊っておりますね。千鳥足で』
ヴァヴェルはこういった軽口をたたき合うのを好んでいる。
続く光景の最後を懸念して彼女は彼の心が少しでも埋まる様にと願いからかう言葉を返す。
「待て。踊ったのは心だ!」
『はいはい。私も頂きますね。おつまみもおいしいですよ?』
日本酒を自分にも注いだ後、摘みの皿を押して彼の前に持って行く。
乾き物を口に含み、酒を呑むが映像からは一時も目を離さない。
「しかし、このカラオケは何故廃れたのだ?」
『あら、ありますよ。私たちの国には』
「ほう。それはよい事を聞いた」
『ふふ。来る時は一報くださいね。忘れてはいけない紳士の嗜みです』
「一度伝えに来て帰るのか。それでまた来るのが嗜みとなるのか?」
問いかけた時、丁度映像の中のヴァヴェルがスティック端末を使い誰かと連絡を取っていた。
メイはそれと同じスティック端末をヴァヴェルに差し出す。
「お、おお!! これは! どう、使うんだったか……」
『おじいちゃん、おしゃべりすれば良いのですよ』
「待て! 年を聞くなと言ったメイが我を爺扱いするのか!」
『あらあら、それはアンフェアですわね。失礼しました』
そう言って立ち上がり、次のお酒を取りに行く体で逃げ出したメイは部屋の窓に移った自分を見て目を見開いてしまった。
窓ガラスには心から笑っている自分が映っていた。
酔うという機能が備わっているからだろうか、と首を傾げ自分の状態を検査するが、影響を与える程の異常は到底出ていなかった。
では何故、と問いかければすぐに答えは出た。
彼は人と違い、自分と長い時間を共に出来る相手。
そんな者と好ましい間柄になれそうだという事実に心が躍っているのだと。
マスターを想う心とは意味合いが大きく違う。言うならば悪友というものに近そうだ。
しかしこれはこれで心地良い。
そのつながりがマスターの助けにもなる。
長く生きてきた中でも初とはっきり言いきれるほど稀有な状況だった。
無限の様に続く時、という孤独を知っている相手。
この先も満たしてくれるかもしれないこの出会いに喜んで居るのだ、と気が付いてその状態の自分を素直に受け入れた。
では次はこのお酒を持って行こう、とメイは一升瓶を手に取り席に戻る。
『はいっ! お次の銘柄はこちらです!』
「おお! これもさっき映像とやらに移っておったやつ! 合わせてきたな!?」
『ええ。合わせましたとも。乙でしょう?』
「で、あるな!」
そうして軽口をたたき合いながらも映像を見続けるが、これはヴァヴェルが五十年の時を人と共にした映像。
飛ばしもせずに終わる訳が無かった。
酔う機能を付けたままのメイと、お酒を久々に呑んでセーブを忘れたヴァヴェルは、カラオケの映像シーンになり共に陽気に歌い続けた。
そんな時間を数時間続けた後、仲良くその場で眠りについた。
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