第154話 予定変更!?
朝、意識が覚醒すると俺は何かに拘束されている事に気が付いた。
ハッとして目を向けると眠ったままのユリに抱きしめられていた。
俗に言うだいしゅきホールドというやつだ。
なんという至福。
足まで回されているので完全密着だ。
今まで何度か同じ布団で寝た事はあるが、紳士では居られなくなるという理由から自分からの密着は避けていた。
だというのに、彼女は俺の胸に甘える様に顔を寄せて綺麗な顔を晒している。
浴衣も着崩れ、胸元が大きく開いている。
いや、それはまだいい。
良くないがいい。
問題は小柄な彼女が胸に顔を寄せている点だ。
いや、物事は正確にとらえよう。
当たっているのだ。腰と腰が……
こんなの耐えられる筈がないやろがい!!
と、くわっと目を見開いた瞬間、極小のメイの立体映像が目の前に現れた。
「おい、メイさん? ……幾ら何でも今は出てきちゃダメだろ?」
今ここは恋人同士の寝室だよ?
何してんの、信じらんないと不信感を露わに疑問を投げかけた。
『……いいえ、今だからこそ出てきました。
もう少しお考え下さい。今は早朝、それも他国の迎賓館です。
ここで音を立てれば人が参ります。本当によろしいのですか?』
「うぐ…………ご、ご忠告ありがとうございました」
メイの言葉でスッと我に返り力を抜く。
俺の意思を感じ取ったのか手の平ほどの大きさのメイは、一つお辞儀をすると姿を消した。
確かにそんな初めては俺も嫌だし何よりユリを傷つける。
しかしながら、そんな事をお構い無しに決起しようとする輩が居た。
俺の不肖の息子だ。
おい馬鹿、やめろ! 今は駄目だ!
メイに言われてもう無理だとわかっただろ?
フーッ、フーッと集中して意識を別の事へと持って行くが未だその甲斐は無い。
元気一杯である。
なんてことだ。若さとは時としてもろ刃の剣と化すのだな……
「んっ……ル、イ?」
メイとの会話で音を立てた所為か、とうとうユリが目を覚ましてしまった。
まだ元気一杯マイサンが当たっている状態だ。
だがしかし、俺はまだ隠すことを諦めていない。
彼女が覚醒する前から俺たちは密着していた。
つまりはユリが目覚めてからは何の変化は無かったという事だ。
大丈夫。気付かない。
大丈夫と言い聞かせて返事を返す。
「お、おお。おはようユリ……?」
「っ!? ~~~~っ!!!」
ユリはバッとだいしゅきホールドを解いて胸元を隠しながら寝返りを打ち背を向けた。
き、気付かれてた~~!!
「いや、違うぞ? そのあれだ。これは自然な事だ。そう、大自然だ!」
「わ、わかってます! で、でも恥ずかしいので見ちゃダメです!」
良かった。わかってくれたか。
冷たい視線を向けられることも覚悟していたが、天使なユリは理解してくれたらしい。
彼女がそそくさと着崩れを直してこちらに顔を向ける。
お布団のぬくもりをお互い手放したくないので膝に掛けたまま顔を向けあった。
「えーと、今日は観光案内だっけか?」
「はい。案内人を寄越してくれると言っていましたね」
じゃあ着替えようか、と畳まれて置いてある服を取り隣の部屋へと移動する。
昨日は入る前に寝てしまったが、こちらには二組の布団が敷かれていた。
もしかしたら風呂を上がった後にすぐ寝なければ『どちらでもお好きな方で』みたいな説明を貰えたのかもしれない、そんな事を思いつつも着替えてユリの声を待つ。
船内で半年以上共同生活を送っていたので問いかけも行わずただただ待つ。
隣でユリちゃんがお着換え中でももう慣れたものだ。
まあ、浴衣姿は新鮮すぎて流石に意識させられたが……
「ルイ、もういいですよ?」
「はいよ」
その後すぐに使用人さんが現れ、朝食を運んでくれてそれを頂いた。
食べ終わると直ぐに片づけられ、一息ついたと同時に再び声を掛けられた。
「陛下より客人の案内を承った。上条家のミヨリと申す。失礼して宜しいか?」
「あ、はい。どうぞぉ」
入ってきたのはまたもや女性。外見年齢は四十代半ばと言ったところ。
何故か眉を顰め、見下しながらの入室。その所為で底意地の悪いおばさん臭が酷い。
座布団に正座で座り何故かこちらを睨むミヨリさん。
「客人、失礼を承知で言わせて貰うが主人が姿勢を正しているというのに、貴様が胡坐をかくとはどういうことだ? 下賤な男風情が無礼な!」
あっ、胡坐が気に入らなかったのか。
しかし口が悪いな……
「こりゃ失礼」と俺も正座をして向かい合う。
「勘違いしないことだ。
私は貴様らが始祖だなどと認めてはいない。ただの分家がつけあがるなよ。
その方も主人ならこの駄犬にしっかりと躾をしておけ」
「……ルイ、ここは私に任せてください」
あら、なにやら勘違いされているご様子。
俺は京都勢力がベルファストから雇った傭兵なんだけど……
オイチさんは気を使って伝えなかったのかな?
しかし、そうかぁ。
ヤマトの内部ではこんな感じになっているから藤宮さんはベルファストとの橋渡しに自信がなさそうだったのか。
それはいいが、ユリちゃんがめちゃくちゃ怒っている。
「貴方は王の命で動いていると先ほど仰いましたね。
王の名代であれば貴方の所業は国の所業です。ヤマトという国は客人にそのような態度を取る下劣な国、という喧伝を自らしてしまっている事を気付いていてそのような態度を?」
「なんだと……?
何故その様なブサイクな男を庇い建てするのかは知らんが、調子に乗るなよ小娘」
はっ?
不細工って酷くね?
と、抗議の声を上げようと思ったが彼女は既にユリちゃんの威圧を受け可哀そうな事になっていた。
ユリは無表情な笑みを浮かべながら、精神と肉体に負荷を掛ける魔力を操って彼女に押し付けている。本来、変質させた魔力は可視化されるものだがその不可視化も完璧だ。
魔力を見る魔法を使った俺以外、理解できていないだろう。
ただ苦しむ人に笑みを向け続ける少女、という怖い構図が出来上がっていた。
「も、もういいんじゃないかな?」
「はい? 何のことですか、ルイ」
おおう、まだダメらしい。
限界を見極めようとじわじわと圧力を上げていく様が俺には見える。
「な……にを……した……」
「はい? 何か、教えを乞いたいのですか?
ですがそんな態度では何かを教えることなどできません。
そうですね。私の主人であるルイに誠心誠意謝罪してくだされば、そのわからない何かをご教授させて頂いても構いません。
まあ、先ず何がわからないのかを教えて頂かねばなりませんが」
「ふざけ……」
お、おおう……涎を垂らし白目を向きそうになってる……
「はい、もう終わり。ユリ、ここには争いに来たわけじゃないよ」
そう告げてユリの魔力を無理やり霧散させた。
「……わかってますよぅ」
「はいはい。ありがとな」
プイッと顔を背けたユリの頭をポンポンしつつも大変汚らしい顔になっている彼女に視線を向ける。
彼女は白目を向き、涎を垂らして気を失った。
気絶したままの彼女からお小水が音を立ててシミを作っていく。
その様を見た使用人さんたちは可哀そうなくらい青ざめていた。
「うーん……そこの人、今のやり取りを全て正確に女王かウタさんに伝えてくれる?
それと意趣返しは済んでいるので全て無かった事にしましょうって付け加えて」
「は、は、はいっ……た、ただいまっ!」
急いで立ち上がろうとした彼女が足を滑らせたので受け止め「大丈夫だよ。キミたちが責められない様にちゃんと伝えるから」と手を取りしっかりと立たせた。
そして俺たちは無残な姿のおばさんを放置してその場を後にした。
「しかし丁寧に扱われると思っていたんだけど、面倒ってどこにでも転がってるもんだなぁ」
道も舗装されていない木造建築が立ち並ぶ街並み。
そんな中を見回しながら屋敷を出て来た俺はユリと二人散策する。
「正直に言ってしまうとあの無礼者を寄越した女王が元凶です。本来は楽な筈でした」
「あー、ね? 確かに考えてみると思惑ありきな人選っぽいなぁ」
話した感じ少なくとも女王は京都勢力派だろう。
俺たちの力を見せて大人しくさせたかったのかなぁ?
ただ、まあ……これが想像通りだったとしたら寄越すのがあれでは悪手に過ぎるが。
「多分、目上には己を見せないタイプなのでしょうね」
「それにしたって外交なのだから慎重な人選を……ってよく考えたらこの国外交なんてした事無いのか?」
「あー、そう言えば帝国に阻まれているので孤立していますね。ずっと戦争してますし」
そんな会話をしながらの散策だが、折角他国に来たというのに余り面白くない。
どこもかしこも男が奴隷の様に扱われていて顔を顰める光景ばかりだ。
「未熟な文明ですね……」
「だなぁ。どっちが上に立っても文明が育つまではやる事は変わらんってわけか」
「ベルファストはそんな事無かった筈ですよ?」
「あー、そう考えると創始者の人間性ってのは大切なのかもなぁ。
あれ……そう言えばヤマトって創始者は現地人だっけか?」
「日本政府に付いた現地協力者が寄り集まって出来た国でしたね」
なるほど。ある意味唯一の純正現地人なのか。
にしても見る所が無いな。
道も広い建物も大きい。だがみすぼらしく何もない。
こんなんでよく生き残ってたな……
あっ、でも帝国の狙いはずっとベルファストだったっけか。
イグナートと一騎打ちした時、先代皇帝の悲願とか言ってたし。
それに帝国が力を付けたのはここ十年でだとも言ってたな。
まあ、それにしたって綱渡りだっただろうけど。
しかし……これで全国を練り歩いた事になるのだが……
こんなもんかぁ。
お爺ちゃんやアーベイン候、コナー伯ってかなり優秀な文官だったんだなぁ。
あの人たちが手配する人選に間違いはまず無いもの。
あんな最悪な人選だけは間違ってもしない。
世界の政治はもっと一分の隙も許されない高度なせめぎ合いがあると思ってたんだけど。この程度なら何とかなるかな。
ちょっと安心した。
俺でもベルファストを守ることはできそうだ。
まあ、元より武力でなら余裕だけどそれやると後に負債を残す事になるからなぁ。
「ルイ、考え事ですか?」
「うん。やっぱりうちは臣下に恵まれてるなぁってさ」
「……確かに。元より思ってはいましたがあんな人ばかりだったらと思うと寒気がしますね」
まあ流石にそれは無いでしょ。
そう思いつつも、道行く女性が下を向く男性を蹴り飛ばしている姿をみて有り得なくもないと考えさせられてしまった。
『マイマスター、面倒な事になりました』
と、珍しく顔を顰めたメイが突如姿を現した。
「えっ!? 待って。
メイがそんな顔するって事は……まさかヴェルさん関係で何かあったの!?」
『いいえ。古代種ヴァヴェルは現在、皇都を散策中ですが特に問題はありません』
お、おお。それはよかった。
でも面倒な事態って?
『はい。なぎら王が今朝がた不定期に起こる癇癪を披露しヤマト襲撃の予定を早めろと言い出しました。
それだけではなく、事前に高出力砲撃を行い危機意識を高めさせ大々的にやれとの指示を出しました』
どうやら、ヤマトに最大限の準備をさせてからじゃないとデータを取る意味が無いと言い始めたそうで、その為に無差別砲撃を行うらしい。
「そういう事なら、とりあえずオイチさんの所へ行こうか」
『はい。この国の京都に対立する組織は人を貶める行為を好みますので、国の指示に外れる行為をする場合、面倒な事になる可能性が高いとお考えになっておいてください』
んん?
一番最初に面倒な事になりましたって言い切ったよな……
メイが場所を教えてくれれば砲撃も軽く防げるし神兵倒すのも予定通り。
だとすると……俺が指示を外れる行為をするって言外に言ってね?
『気のせいです』
「いやまだ何も言ってねぇよ!?」
「ルイのそういう所、大好きですよ」
「いや、だからまだ何もしてないし、考えてもいないってばぁ!」
そんな事よりも早く行くぞと急かしたが、メイが『お待ちください!』と俺たちを引き留める。
「どうしたんだ?」と問えば『先ずはその先にある店の個室に入ってください』と言ってきた。
理由はわからんが、メイの言う事ならばと迅速に動き茶屋の個室に入って、とりあえずお茶と団子を頼んだ。
「ルイ、お団子を食べている場合では……」
「いや、茶屋の個室使って何も頼まん訳にはいかないだろ?」
「あっ、そうでした。まだ何も起こっていない状態ですものね」
それで、どうしたらいいんだ、とメイの顔を覗き込むと『そんなにじっと見ないでください』と言われた。
冗談かと思いきや緊迫した表情だ。意味がわからん。
「ちょっと、メイさん今日はどうしたの?」
いつもなら、効率的に事が進むようサポートしてくれる。
だからここに入った事にも意味はあると思うが……
『ユリシア様、マスターを抱き止めてください。今すぐに』
「えっ、は、はい……」
ユリが膝立ちになり後ろから抱き着く。それは俺にとっても喜ばしい事だが、意味がわからない。
「いや、だから、どうしたんだって――――――――――」
と、再び問い直そうとした所で爆風で部屋の窓が割れ飛び散った。
瞬時に空間を固定し飛んで来たガラスを弾く。
「――っ!? ユリ、行くぞ!」
『ユリシア様、どうかそのままで』
「えっ? あの、どういう事ですかメイさん。
これがルイの為だとしても手短な説明くらいは下さい」
視線を向ければメイが頷いたので、立ち上がる事をやめて魔力で割れたガラス片を全て浮かせ外へと捨てた。
『古代種ヴァヴェルが砲撃を行う神兵に強い興味を示していましたので予定を変更しここへ誘導しました。抱き止めて頂いたのは現在、こちらへ飛行中の為です。数秒で到着するかと……』
――――――――メイのその言葉を聞いたユリは絶対に離さないと言わんばかりに抱き止める腕に力を込めた。
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