第153話 もうすぐで紳士


 あれから話し合いを進め、イグナート領の守りはお任せしてヤマトへの参戦をすると決まり、親父やお爺ちゃんとも相談して京都の代表である藤宮さんとも話し合いを重ねたところ、京都勢力からの使者として赴くこととなった。


 その理由は簡単だ。

 他国の王子ですと名乗られては簡単には戦場に出せないから。

 とは言え、自国の者と思われては要らぬ期待をさせてしまうので、信頼関係がある京都からの助力とするのが一番スムーズだろうという話に落ち着いたのだ。


 しかし、ヤマト国は神兵の力を正しく認識できていない。

 危機を伝えても尚、おもてなしのパーティーを開く為に一週間待ってくれと言ってきた。

 今まで、助言をするだけで会う事は一切なかった京都勢力からの初めての接触に、張り切ってしまっているそうだ。

 とはいえ凡そ一週間後に神兵が攻めてくる予定。流石にそれでは遅すぎる。

 何とか状況を説明し最初に上層部との接触だけはしておいて緊急事態に備えることとなった。


 そんなこんなで現地入りした俺とユリ。

 入国時に話を通せば既に獣車が用意されていてそのままお城へと直行だった。


 城内に入り、その一角にあるお寺の様な作りの屋敷に着いた。

 どうやらここは国会議事堂のような場所だそうだ。

 中に案内され、奥の方の部屋へ通され部屋を見渡せば思わず感嘆の声が漏れた。


「これは凄い……」


 黄金の屏風、切り取った大木を芸術的に加工した意匠の凝らされたテーブル。

 外の景色も一面の真っ白な敷石に池や木々、全てがここぞという位置に備わっていた。


「あら嬉しい。お褒めに預かり光栄に御座いますわ」


 声の方へと視線を向ければ、畳に正座した三人の年配の女性が三つ指付いてこちらに頭を下げていて、明らかに使用人じゃない艶やかな着物を着ていた。


「わたくしはヤマト国女王、オイチと申します。以後お見知りおきくださいませ」

「城代家老のウタと申します」

「国軍をお預かりしております、ミドリと申します」


 えっ!?

 国の最上位の身分じゃん……てかなんで女王様が三つ指付いて頭下げてんの?

 と、頭が混乱しかけるがそういう文化なのかもしれないその場で正座して頭を下げ、ユリもそれに続く。


「歓待痛み入ります。私は藤宮様に雇われ遣わされたルイと申します」

「同じく、ユリシアと申します」


 今回、俺たちは変装はしていないので名前はそのまま名乗った。

 これも話し合いの結果で決まったことだ。

 そのまま京都の力という話にしては今後も同様の戦力を期待されてしまう。

 だから雇った者として、戦場に出した責任は藤宮さんが取るという形にして欲しいのだそうだ。

 ベルファストとしても力を見せた上で友好的な相手と感じて貰えるのは今後の為になると案が採用された。

 なのでどっちにしても最終的には身分を明かしてから戻る予定だ。


 同じように頭を下げたのが意外だったのか少し目を見張った後、直ぐに柔らかく微笑み「どうぞ、こちらへ」と座布団の方へと手を差した。

 それに従い対面の席に着き向かい合うと、軍のトップであるミドリさんがこちらへ視線を向けた。


「ルイ殿、帝国の自立型という新兵器のお話は聞き及びました。

 始祖様からのご助力も大変喜ばしく思っております。

 しかしながらお年を見るに最前線には出しかねます。それでも宜しいですか?」

「こら、ミドリ! お話を伺う前からなんと失礼な……

 おほほ、頂いた情報だけでも十分でございます。

 どうか、お気を悪くなさいませぬよう」


 城代家老のウタさんがミドリさんに黙ってなさいと言わんばかりに強い視線を向けている。

 だが、ウタさんも戦場には出せないと思っている様子。

 それでは話を通して貰った意味が無いと言葉を返した。


「いいえ、それでは困ります。戦場に出る為に雇われた身ですから。

 必要であれば、力も示しますが?」


 と、発言を控えていた女王オイチさんに向けて言えば彼女は一つ頷く。


「わたくしもとても悩ましいと思っていた問題ですの。

 噂に聞く武勇もありますしなおさらに……」


 噂に聞く?

 ああ、完全にバレてるのね。けど一応家名は名乗らない方が良いよな。

 スルーしておこう。


「なるほど。ではますます確かめた方が宜しいかと。

 藤宮様は何の心配も無く切る抜けられると判断されたからこそ方々に話を通すことができ、私が出向くことになりましたので」


 心配無いよぉ。大丈夫だよぉ。

 と、説明を入れた後ニコリと柔らかいスマイルを送れば女王様は頬に手を置き首を傾けた。


「あらあら、こんな勇ましい殿方に会ったのは初めてではないかしら?

 うふふ……では、見せて頂きましょうか」

「お、オイチ様!?」

「ミドリ……始祖様のお言葉よ。

 当人が望まぬならまだしも、望んでいるなら無下にはできません。わかるでしょう?」

「で、ではコハルを連れてまいります。それは構いませんね?」


「ええ、それでいいわ」と女王が返すとミドリさんは「暫し失礼を致します」と頭を下げて部屋の外で出た。


「ごめんなさいね。

 ミドリは激化する戦争の所為で若年層を戦争に駆り出していることを酷く気にしていますの。

 正直わたくしも心を痛めております。

 不安を吹き飛ばせるほどでなければ参戦は諦めてくださいね?」


 おや、思っていたよりも気の良い人達だな。

 もっとダメな王を想像してたんだけど……


 そう思いつつもそれで構いませんと頷いて返せば、すぐに修練場である道場に案内された。

 そこにはミドリさんともう一人の若い女性が待っていた。

 恐らく対戦相手として用意したのだろうが、外見年齢は普通に若く俺とそう大差ない外見だ。


「コハルはこう見えても二十三ですので、十分修練は積んでいますのよ」


 うーむ。戦場に出てる人ほど若く見える人が多いな。

 魔物を討伐していると成長が遅れたりするんだろうか?

 まあでも、彼女はロイドとかランドール侯爵とかと比べたら誤差だ。体感的には俺よりも一つ上程度だもの。


「ええと、俺はもうすぐ十八なのでそう変わらないと思うんですけど……」

「あら、その年齢で五年の歳月はとても大きいわ。舐めては駄目よ」


 そう言われればそうなんだけれども……まあいいか。

 どっちにしても力を見せれば納得して貰えるだろう、と剣を作り中央に出ようとしたらユリに腕を引かれた。


「ルイ、私と模擬戦をしましょう。それが一番早いと思います」


 ああ、そうか。

 コハルって人じゃ一瞬で終わっちゃうし、そっちの方が確実だ。


「よし! 純粋な剣技で一本入るか剣が折れた方が負けな?」


 室内だし魔法は使えない。性質変化形は制御次第で使えるが俺が有利になり過ぎる。

 剣技で打ち合うだけでも十分だろうとそう提案したのだが……


「えっ……それだと私が勝ってしまいますけど?」と、ユリが煽ってきた。


 最近彼女はやんちゃだ。

 口元をニマっとさせながら挑戦的な瞳を浮かべた。


「いや、硬化はするよ?」

「えっ……硬化だけで私に勝てると?」


 ……いやいや、可能性くらいはあるじゃん!

 少しならあるじゃん!


 と剝れながら返せば「はい、期待していますね。優しい旦那さまっ」と頬を染め笑みを向けるユリ。

 嬉しいような腹立たしい様なそんな面持ちでユリと二人道場の中央に立ち剣を向け合い、チラリとミドリさんたちへと視線を向ければ異論は無さそうなのでそのまま始める。 


 先ずは魔力で室内を俺のテリトリーにしつつ足元の固定だ。

 ある一定の力を越えてくるとそれをやらねば床どころか地面でも簡単に抜けてしまう。

 逆にそれをやれば体重移動さえ考えない乱暴な動きさえ何の負担も無く出来るので便利だ。


 それを見せつける様に棒立ちの姿勢から一瞬で移動する。


 そんなスタートダッシュで先手を仕掛ければユリは剣に視線を向けることも無く紙一重で躱し、反撃の一手を放つ。


 俺の魔力のテリトリー内だ。彼女の動きは魔力でも把握できている。

 その程度は俺も出来ると避けて切ってを繰り返し、速度を上げていく。


「うおぉぉぉっ! 今日は勝つ! 今日こそはっ!!」

「うふふふふ、まだまだですっ」


 口元に手を当て、ふざけて踊る様にひらひらと躱す彼女に、一矢報いてやろうと圧縮した魔力で強化を限界まで引き上げ攻撃ラッシュの速度を上げる。


 ユリもここまでされれば流石に本気を出さざるを得ないのだろう。笑みを消し立ち止まると打ち合いに変わる。


「そいっ!! そそい、そそそそそいのそいっ!!」

「ちょ! 笑わせるのは卑怯です!」

「いや、俺の本気を笑って心を折りに来るとか卑怯です……」

「ぶふっ!!」


 集中が切れたのか、彼女の剣の硬化が弱まり折れた刀身が天井に突き刺さり消えていく。


「あっ……勝った! ちゃんと剣で勝った!!」

「ううぅ。不本意ですが、負けは負けですね。

 でも剣でも勝てなくなるのは嫌ですし本腰入れないと……」


 勝利の喜びを噛みしめながら歩いて女王様方の方へと向かうと彼女たちの声が聴こえてくる。


「ミドリ、あなたには今の見えていて?」

「ご、ご冗談を。姿さえ見えてない時間の方が断然多かったですわ……」

「私、今から戦うんですか……あの方々と?」


 反応を見るにもう十分だろうと武装を解き彼女たちと向かい合って座ると、あちらも佇まいを直したが緊張した装いで黙ったままだ。

 なのでこちらから声を掛けた。


「……神兵の強さは武神ホノカをわずかに上回ると聞きます。

 要らぬ被害を受けて欲しくはありません。共に前線に出ることを許して頂けますか?」

「はい。帝国が全軍を上げても軽く追い返された理由がわかりましたわ。

 是非ともご協力のほど、よろしくお願いいたします」


 伸びた背筋のままたおやかに頭を下げる様は流石女王だけあって気品が半端ない。

 その気品は出せないがせめて表情だけでもとキリッとした顔で「お任せください。必ず守ります」と自信を持って返せばオイチさんは目を細めて微笑み「男性優位の国であれば私もこの様な方と出会えたのかしら……」と呟いた。


 その言葉の直後、放心していたコハルと呼ばれていた女性がハッとした様を見せて口を開く。


「か、感服致しました!

 どうか、どうかわたくしめに剣術の手解きをお願いできませんでしょうか!!」

「こら、コハル! 立場を弁えなさい!」

「お叱りは賜ります!

 ですが、わたしには力が! あの帝国第一席に打ち勝つ力が必要なのです!!」


 突然の大声にビックリさせられつつも、剣術の手解きならユリだよなと視線を向ける。


「先ず第一に剣の技術はどんな流派にしても一朝一夕で身につくものではありません。

 もしある程度の技能に達しているのであれば魔物をひたすら狩るべきですが、コハルさんの剣技を見ねばわかりません。少し、試合ってみますか?」

「は、はいっ!」


「では、やりましょぉー!」と元気に稽古場の中央へと歩いていくユリ。


 物怖じする事が無くなったなぁと彼女の様をじっと見つめる。

 堂々としているからか、体の方も成長した様を実感する。

 前は十三から四程度に見えたが、今は十六歳くらいにちゃんと見える。

 いや、大人びた髪型をしているというのもあるし、一応見えると言った方が正しいか。

 まあ綺麗な女性に成長しているのだから良い事なのだが、女性の色気を感じさせられる時がちらほらあって色々精神面で危ない時が増えてきた。


 しかし、もうすぐ結婚だ。

 そう、あと少し。あと少しの我慢で俺は紳士なままでいられるのだ。

 そうだよ。もう二年も我慢してきたじゃないか!

 そう、待てば紳士の日和あり。


「凄い、ですわね……ベルファストでは普通の事なのですか?」


「えっ!?」とミドリさんの声に驚いて顔を跳ね上げた。


 深く深く思考に海に沈んでいた所為で、俺が待てが出来る紳士な事を凄いと言われているのかと考えそうになり驚きの声を上げたが、直ぐにユリの剣技だとわかり気持ちを切り替えた。


「いえ、恐らく剣技は国で一番でしょうね」


 というかもう世界一だよね?

 剣術に関してだけはあの子おかしいもの。最近避けながら可愛いポーズまでとるもの。

 なんで魔力を張ってもいないのに視線も向けないで避けられるの?


「まあ! では今日でルイ様が一番になられた記念の日になりましたのね」

「あはは、今日の勝利は言葉で集中を乱した所為ですからねぇ」

「その奢らない姿勢、とても感心してしまいますわ。ルイ様はヤマトでも大変おもてになることでしょう。

 もし、気に入った子が居たら相談してくださいましね?」


 オイチさんやウタさんも話に混ざりよいしょが始まった。

 しかしその方向性がよろしくない。

 ユリさんの可愛らしい短い眉毛がピクリと反応しましたもの。


「いえ、私は彼女一筋ですのでご心配無く」


 ははは、と紳士を装い断りを入れる。


 その後すぐにユリはこちらに戻り、コハルさんへの結論を出した。

 成長を急ぐのであれば今は魔物討伐だと。

 成長の余地はまだまだあるが、修練を欠かさず続けてきた人の剣だと満足そうに言っていた。


 その後、顔合わせは修了して場所を移動し宿泊用の屋敷に案内される。

 着物を着た四人の女性が立ち並んでのお出迎え。

 部屋に案内されて直ぐに「お食事を用意いたします」とちゃぶ台が用意され和食が並べられていく。

 いざ食べようとナイフとフォークを取ったユリに「通は箸を使うんだぜ」と茶化したりしつつも食事を楽しんだ。


 食後少しゆっくりしてから二人でお風呂に向かう。

 着いてみれば別々の風呂。

「知ってました」と一人呟きながらも風呂を堪能し、用意されていた浴衣を着て部屋へと戻ると、そこには一組の布団に二つの枕。


 お、おお……?

 神は完遂を待たずして俺に紳士をやめろと?


 そんな神託を受けた様な気になりながら部屋の中をぐるぐると回る。

 そしてとうとうユリが戻り戸が開いた。


 湯上りで蒸気した体。

 一纏めにして肩から前に流している濡れた髪。

 そして色っぽい浴衣姿。


「わかった。いいだろう。俺に紳士をやめろという事だな?」

「はい? そんなことよりももう寝ましょ。今日は少し気疲れしました」

「は、はい……」


 くそぅ。

 はしゃいだ時は何故かいつも塩対応だ……


 彼女の態度的にチャンスは無いなと気落ちしつつも一緒の布団に入り、せめてこの色っぽいユリを目に焼き付けてから寝ようと視線を向けると彼女の細い指で俺の視界が遮られた。


「もぉ、そんなに見ちゃダメです! ルイのえっち!」

「くぅぅ! 俺の彼女は今日もかわいい!」

「ば、馬鹿ぁ!」 


 そっぽを向いて布団を被ったユリを微笑ましく見つめながらも満足して眠りについた。

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