第152話 開戦の兆し


 さて、カイの件も形がついた。

 これで気兼ねなくグエールに向かえる、と思っていたのだが結婚の手続きをした次の日に夫が戦場へ行くと知ったユキナさんが泣き出した。


 置いていかないで、と。

 

 幸せの絶頂の次の日にそんな事態に陥ったのだから気持ちはわかる。

 しかし帝国にユキナさんを連れて行くのは……

 いや、レスタール側にイグナート家との繋がりを明かしたのだから特に問題ねぇのか?

 ユキナさんなら顔バレする心配は無いし、バレても現状なら他国との繋がりは歓迎すべき事だろう。大きなマイナス要素が無ければカイの嫁さんならビップ待遇だろうし。


 そもそも危険な目に遭う心配が無いくらいにはユキナさんにも魔物を狩らせてある。

 流石にロイドたちには敵わないだろうが上級騎士数人程度なら一人でねじ伏せるだろうから連れて行く事にそれほど不安は無い。


「カイ、お前が決めろ。俺はあっちでは外様だ。

 一緒に居ない時までは責任持てないからな」

「ありがとうございます! ユキナ、俺が守るから一緒に行こう!」

「はいっ! もう、離れませんからっ!!」


 即答だった。

 泣きながら抱き着くユキナさんを覆う様に抱きしめるカイ。


 主人の悪い所を真似たのか、待てども視線を向けることは無くもう俺たちは蚊帳の外。

 なので仕方なく四人で抱きしめ合う二人を見詰めて待つ。


 取りあえず、おめでとうと言いながら拍手でもしてみるか。


 そんな冗談にも目もくれず、抱き合う二人。

 いい加減長くなってきたので声を掛けた。


「おーい、そういうのはイグナートの前でやれ。

 あいつに反面教師として教えてやってくれ」

「……既に殿下とユリシア様が何度もやってるじゃないですか。

 効きませんよ、どっちにも……」


 名残惜しそうに離れたカイにそう言われて自らの行いを顧みた。


 あ、うん。言われてみればそうかも。

 よく考えたら俺らも偶にやってるわ。


「でも殿下やシュペルの気持ちが漸くわかりました。この幸せには抗えませんね」

「お、おう。そうだな」


 と、同意はするものの、全員が全員これで良いのかと少し不安になった。


 そんな不安を抱えつつも、俺は守護騎士たちを連れてグエールへと飛び立つ。

 ベルファストからイグナート領までは結構距離があるが、最高速度で飛びながら新しく輪に加わったアテナとクインを交えての雑談を行っていればすぐだった。


 そして俺とユリは彼女たちの目の前で変身を行う。

 俺はギャルゲ主人公。ユリはさえない村娘。


 それを見た皆は何とも言えない顔でこちらを見ていた。


「俺はロイ。ユリはマリアって名前だからよろしく」

「私たちは平民なので、友人として接してくださいね。

 あっ、それとルイはお爺ちゃん役なのでそのつもりで」


 ユリがそう告げると全員が首を傾げた。どういうことだ、と。

 何度も説明をしたくない俺は、色々あるんだよと告げつつ視線を逸らす。


 そんなこんなで辿り着いたイグナートが滞在している屋敷の庭にステルスモードで降り立てば、彼に迎えられて漸く全員が合流できた。

 新入りを紹介すれば直ぐに意図に気が付き頷いたが、ユキナさんに目が止まり少し驚いた顔を見せた。


「おや、ユキナ嬢を連れて来てしまってよかったのですか?」

「うん。カイの出身はもうレスタールに明かしたし、ユキナさんもこちら側になってきてるしでもう大丈夫かなってさ」


 そう返すと彼は物欲しそうな目でじっとこちらを見詰めている。

 なんだよ……って羨ましいのか。


「あー、うん。お前も正体明かしたんだし、カイと同様に自己責任で連れてくるなら別にいいよ?」


「ありがとうございます」と微笑むと彼は早速ナタリアさんに連絡を入れこちらに向かうよう伝えていた。

 彼は彼女を乗せて戻ってくる様に設定した無人の飛空艇を村に送っている。

 数時間後にはこちらに着くそうだ。

 あのすぐ迷子になりそうな子を迎えに行く必要も無いとか、便利な世の中になったものだ。


「ではお部屋にご案内いたします」とイグナートに案内され屋敷に入った。


 かなり豪華な広い部屋に通され、一先ず腰を下ろす。

 イグナートはお仕事があるらしく「リアが到着するまでには終わらせて戻ります」と執務室の方へと向かった。

 じゃあそれまで寛ぎますか、と脱力すれば立っているクインとアテナが目に入る。


「ああ、二人も座って。変装している間は友達感覚でいいから」


 困惑する二人に、逆に演技をしなきゃいけない状況なんだと真面目に伝えれば、アテナは「わかったわ」と直ぐに順応してくれた。

 二つ年上である子爵令嬢のクインの方は相当心苦しい様で喋らない方向でいくらしく首を縦にコクコクと振りつつも座った。

 それと同時にユリがワクワクした顔で俺の脇をツンツン突いた。


「演技をさせるならロイもした方がいいんじゃないですか?」

「……マリアちゃん? わかって苛めてるよね?」


 先日も偽名を使っているだけで『ふふ、秘密の作戦です!』と嬉しそうだったユリちゃんは今もちょっと暴走気味だ。


「苛めてなんていませんよぅ。面白いので見たいだけです!」


 何故か自信満々に言い張り、口元を緩ませる向くユリ。  

 そんな最中、カイが立ち上がる。


「ユキナを連れて屋敷を回ってきたいのだが、構わないかな?」

「ああ、行ってこい行ってこい! 好きなだけ自慢してこいよ」


 カイの珍しい口調に笑いそうになりながらも、言葉を返した。


「いえ、そういう訳じゃ……」と一瞬素に戻りかけるカイだが、一つ咳払いをするとユキナさんを連れて出て行った。

 二人が居なくなると、心細そうな目でクインが口を開く。

「本当に、戦争に出ることになるのですか……?」と。


「いや、戦場に出るのは俺とマリアだけ……ってカイも合流したしその必要も無いか」

「そうですね。必要されるならば出ますけど無駄に前に出る必要もありません」


 どちらにしても二人は出さないよ、と告げれば「そういう訳にも」と困った顔を見せる二人。

 うーむ。これは後で俺とユリの模擬戦でも見せて差をわからせなきゃダメだな。


 いや……ここでは王子として異性と接触する事なんてないから俺の傍に置いておく必要は無いな。

 だったら彼女たちにもあのチートレベリングさせちゃうか。


「それなら魔物の討伐をして強くなって貰うしかないな」

「「えっ……」」


 クインが「ですが守護騎士がお傍を離れる訳には……」と申し訳なさそうに視線を返す。


「じゃあ、テストだ。お前らにこれが見えるか?」と彼女たちの後ろに回り込む。

 案の定、反応出来ない様で後ろから声を掛ければ彼女たちはビクンと肩を震わせた。


「強化無しでも応戦出来ないんじゃ参戦させられないよ。

 今回はちょっと厳しくなる可能性もあるからさ」

「で、ですが我らのお役目には殿下の盾になる事も含まれている訳で……」


 クインは理解してくれた様だが食い下がるアテナ。

 盾になんてなって貰っては困るので彼女の説得を試みる。

 参戦しなくてもお咎めなんて無いよ、と彼女たちが安心できるように伝えてみたが意思は変わらない様子。

 なのでアプローチの仕方を変えてみる。


「もしかして二人は短期のお仕事だと思ってる?

 それとも今の強さのままでこの先ずっと俺を守れると?」

「この先……」

「そう。皆若いんだから先は長いだろ。その間ずっと戦えない騎士のままで居たい?」

「いいえ。殿下の足を引っ張るなど、嫌です……」


「うん。じゃ、行っといで」と、メイに視線を向ければ意図を察して彼女たちの背を押し連れて行ってくれた。

 一応メイに、俺たちの今の強さを理解させて置いて欲しいとお願いしたので、上手い事やってくれるだろう。

 そうしてユリと図らずも二人きり、と思ったのだが村娘状態なのでイチャ付き難い。

 それ以前に何か浮かない様子だ。

 

「……もしかして二人を行かせたのは今朝の事が原因ですか?」と少し困り顔のユリちゃん。


 ユリはそう言ったが、側室を薦めてきたからというのは関係無い。

 本当にただ危険に晒すだけの状態で連れまわすつもりが無いだけだ。

 暫くはレベリングして居て貰って必要な時に来てもらえばいい。


「いやいや、今は身分を隠している状態だから必要無いでしょ?」

「あっ、その時間は育成に当てた方が良いという事でしたか……」

「そうそう。それに今朝の話はユリが子作りを頑張るって事で話は落ち着いただろ?」

「――っ!? も、もうっ!!」


 バシバシと背中を叩かれる度に衝撃波が起こる。


 だから、何でキミはいつも恥ずかしいと強化使うの!

 必要無いでしょ!?

 それ、絶対他の人にやっちゃダメだよ?

 マジで死ぬから……


 そうしてゆっくりしていると、イグナートとカイが嫁さんを連れて戻ってきたので本題に入ろうと佇まいを直す。


「おかえり。それで、早速だけど俺とユリは何をすればいい?」

「いえ、特にありませんのでお好きになさってくださって構いませんよ。

 カイが来てくれたので古代種が絡まなければ戦力はもう十分ですし」


 まあそうなんだよなぁ。二人が居れば二方面から攻められても対処できるもの。

 ロイドたちや兵士たちも入れると帝国の残存兵力だけが相手ならもう万全だ。


 うーん。そうなるとヴェルさんが動くまでは俺たちは要らないのか。

 レベリングに戻るか?

 でも流石に遠いんだよな。事が起こってから戻るまでの時間が不安だ。


 じゃあ、もう接触しちゃうか。

 メイはどう思う?


 その後すぐにメイの立体映像が浮かび上がり彼女の声が響く。

 いつもは脳内で言葉を返すだけなのに、と少し驚きながらも耳を傾ける。


『今、なぎら王がこちらとヤマト国への派兵を決める会議中なのですが、出す方向で決まりそうです。

 神兵をどれほど出すかはまだわかりませんが、このままではヤマトは落とされるでしょう』


 どうやら、地下で賄えるエネルギー量を超えたらしく神兵を地上に出し始めたらしい。

 箱舟を失った上で神兵の製造を全力でしまくっていたら貯蓄が無くなってヤバイと動き出したそうだ。

 神兵にエネルギー補給をさせつつ、ついでに出兵もするつもりらしい。


「えっと……どこまで聞いていいんだっけ?」

『マスターの命に係わる事であれば何なりと』


 先日、何でもかんでも頼っては駄目だと言われたので聞いてみたが、今回は何処まで頼ってもいいらしい。


「神兵なら本船からの攻撃で落とせるよね?」

『可能ですが、余りに派手な攻撃は控えるべきかと』


 ああ、ヴェルさんの不興を買う恐れがあるからか。

 確かに、帝都から見える場所にあの光を落としたら好奇心で見に来るのは間違いなさそうだな。

 その時にヴェルさんが俺たちの戦闘を見てどう反応するかはわからんが、ファーストコンタクトが戦場じゃない方が良いのは確かだ。敵側だし……


 そうなると神兵は自力で倒す方が良さそうだけど、やれるのか?


「神兵って今の俺たちでも戦える?」

『はい。武神ホノカよりも強くはありますが、それほどの差はありませんので問題無く』


「あ、あの程度なんですね。安心しました」とユリが胸を撫でおろすが、カイが慌て始めた。

 彼女よりも強いのが千も居るんですか、と。


 そんな彼に先日のホノカとの立ち合いの映像を見せた。この程度だぞ、と。

「あ、あれ……」と呆けては居たが、それほどの危機ではないと理解はした様子。


「それで、決行は何時頃の予定?」

『暫定ですが凡そ一週間後と定めておりました。

 先ずはヤマト国へと神兵を送り、戦闘データを取る算段です。

 どうやら神兵の評価に誤りがあるのでは、と今更になって気が付いた様です。

 そうしたデータ取りをして改良を重ねて備える計画です。間に合う筈がありませんが』


 ふっ、と鼻で笑うメイさん。

 彼女がこんな態度に出るのはなぎら王だけだ。相当怨んでいるご様子。

 まあ、普通に考えて感情があるのにあの爺さんの命令から逃れられないって地獄だよな。


 メイは『わかってくださいますか』と切なげな声を上げる。


「お、おう。俺には嫌な事は嫌って言っていいからな」


 お世話になりっぱなしのメイに嫌がる事はしたくないので「ちゃんと言葉にしてくれよ」と伝えれば彼女は首を横に振る。 


『問題ありません。

 マスターと居るとエラーが沢山出ますが、心地よいエラーですので』


 は? なんで俺と居るとエラーが沢山出るの?

 てか、エラーなのに心地良いってなに?

 俺だけ?

 エラー出るの、俺だけ?


『秘密です。いいんですよね、嫌な事を嫌だと言って……』

「お、おう……苦痛じゃないじゃないならいいけど……」


 うーむ。最初は本当に事務的な感じだったけど、最近は砕けた感じを出すようになったから本当に普通の人間としか思えない。

 表情も全く違和感を感じないもんなぁ。


 そうしてメイをじっと見ていたのだが、ふと視線を感じた。


 何だと視線を向ければ俺がメイを見ていた様にユリは俺をじっと見ていた。

 ユリがメイが相手で嫉妬する様な事は今まで無かったからどうしたんだろう、と少し首を傾げれば何やら意を決したように飛びついてきた。


 お? 私の、というアピールかな?

 よくわからんが大歓迎だ、と俺の腹に顔をうずめるユリの頭を撫でつつ思考する。


 つーか、先に攻められるのはヤマトなのか。

 こっちが先なら壊滅的ダメージを与えて撤退させられたかもしれないのに。

 流石に神兵を放って置いたら大虐殺が始まるよなぁ……


 けどあっちにはまだ行ったことが無いしヤマト国の人間と話した事すら無いが、協力的な京都勢力の人たちは守りたいしどっちにしてもだよな。

 折角ここでの参戦ポジションをゲットした所だと言うのに。

 いや、整えたからこそ気兼ねなくここを空けられるって考えておくか。


 しかしどうやって戦いに介入したらよいものやら……


 イグナートに相談しても流石に「北は敵国でしたから私も繋がりはありませんね」と困った顔を見せるだけだ。

 こうなったら京都勢力と連絡を取ってあっちの王様との繋ぎをお願いするしかないか?


 でも正直な所何時でも自由に動ける状態にしておきたいのであっちの王族に招待とかされたくない。

 ここに来ている本題はヴェルさんの事の方なのだから。

 こうなったらシーレンスの時みたいに勝手に参戦して勝手に帰る感じでいくか?


 ユリの頭を撫でながら悶々とそんな事を考え続けた。


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