第151話 縁談再び
俺たちは予定通り、カイとユキナさんの婚姻を進めようとランドール侯爵家に来ていた。
ちゃんと準備してくれていた様で、ユキナさん家の親父さんも同席している。
こちら側は当事者二人と俺とユリが席に着き先日守護騎士となった二人は後ろに控えている。
そんな中、自己紹介を行えば彼らはやはりカイの名乗りに驚きを見せた。
「……これは驚いた。貴殿は本当にイグナート侯爵家の懐刀と言われたカイ殿なのか?」
流石レスタールの将軍。イグナートの事だけじゃなくカイの事も知っていた様子。
カイも侯爵に臆することなく淡々と受け答えする。
「はい。ルイ殿下に亡命を受け入れて頂くまでは将軍補佐として働いておりました」
その流れでランドール侯爵に一通りこれまでのあらすじを伝えた。
命がけで山を越えてきたカイにナタリアさんの治療を頼まれ受けた事。
イグナートが皇帝に敗戦の責任を取って嫁を寄越せと言われ亡命を決めた事。
亡命を受け入れ、二人を俺の守護騎士にした事。
中には言えない事も多々あるのでかなりダイジェストにだが、一緒に居る経緯としては十分だろう。
そう思える説明をしたつもりだが、侯爵は話を飲みこめていない様子。
「いや、話の流れ上、家督を譲って亡命した所まではわからなくもないのだよ。
歴史のページを捲れば似た話はいくらでもある。
しかし何故ルイ王子は敵国の元侯爵とカイ殿を守護騎士に?」
守護騎士には一番信頼のおける騎士を据えるものだが、と彼は訝し気な様子を見せる。
「最初は監視の為に傍に置いていただけなのですが、守護騎士になって貰ったのはやっぱり彼らが本気で忠誠を誓ってくれたからですね」
有能で強くて気の良い奴らが俺の騎士に成りたいって言ってくれたんだから俺からしたら当たり前の事だが、そう伝えても難しい顔を見せていた。
「独立宣言をしたと聞いた今であれば飲みこめなくもないが、当時の状況下でよくベルファスト王が許したものだな……」
いや、流石に親父も最初は渋ってた。
恐らくはイグナートが帝国の秘術を持ってきていなければ受け入れなかっただろう。
イグナートを俺の守護騎士にするのを認めたのも最近だし。
まあレナ姫の要求を回避する為の成り行き的な感じだけども。
「そんな事情から帝国軍の動きを前もって察知できていたんです」
「強さすら正確に把握していたことを少し不思議に思っていたが……なるほど」
こちら側に貢献してくれていた事や、情の厚い忠臣だと説明しつつも雑談を続けた。
話が一段落を見せた頃、本題に入る。
その事実を知った上で今一度二人の婚姻を認めて貰えないだろうか、と。
「ふむ……元帝国籍カイ殿とユキナの婚姻か。
イグナート家が帝国から独立していてベルファストがカイ殿を貴族として迎え入れたのであれば特に問題視する必要は無いと思うが、その事情を伏せていたのは頂けないな。
貴族にとって血の繋がりというのは大切なもの。どうしても戦時の機密として伏せねばならぬのなら婚約そのものを控えさせるべきだったのではないかな?」
そう言われてしまうと返す言葉も無い。
うっ……と、言葉に詰まると隣に座るカイが口を開いた。
「ランドール侯爵閣下、殿下はリアーナ嬢の『口説かせてもいいか』という問いかけに『本人の意思次第』と答えただけで決して隠す意図があった訳ではありません。
私がユキナ嬢に惚れ、無理を押してお願いしたのです」
俺が困っている様を見せたからか、カイが懸命にフォローを入れてくれて頭を下げている。
だがこの件に関してはカイが負う責では無い。
カイに「ありがとう」とお礼を告げつつも彼を止めランドール侯爵と向き合う。
「はい。侯爵閣下の仰る通りです。
私の浅慮な考えで信頼に欠ける行いとなってしまったこと、深くお詫び申し上げます。
お詫びの気持ちとして贈り物をご用意させて頂きました。受け取って貰えますか?」
前向きに考えて貰うためにもと姿勢を正し誠心誠意謝罪して頭を下げ、収納魔法から木箱に入った防具一式をテーブルの上に出したのだが、何やら焦った様な声が聴こえてきた。
「いやいやいや、強く責めるつもりなど元より無いのだよ?
同盟国として共に立つ関係上、これからを考えて一言言わせて貰っただけなのだ。
貶める意図が無かったことは重々承知している。だから、どうか頭を上げてほしい」
取りあえず受け取ってください、と頭を下げたままどうぞどうぞと木箱を少し押し出す。
「いや、突き返す気など無いし、反対するつもりも元より無いから本当に頭を上げてほしい」
「そう、でしたか……ホッとしました。ご温情、感謝致します」
あぁ、よかった。
侯爵が反対するつもりが無いのならばもうほぼほぼ決まりだろう、と頭を上げて胸を撫でおろしたのだが、何故か侯爵の方がホッとした様子を見せていた。
「しかしここまでする理由が思い浮かばないのだが、ルイ王子はどうしてそこまでこの婚姻を?」
彼は、普通に考えて身分が釣り合わないのはこちら側なのだが、と疑問を投げた。
その答えは単純なもの。
俺は結婚相手の身分を気にする人間ではないからだ。
「いや、二人とも友人なので俺の所為で台無しになるのは忍びなくてですね……」
理解して貰えないだろうと思い少し気後れしながらも彼に本心を告げたのだが、予想とは反した返事が返ってきた。
「ああ、そうか。娘と交流があるのだからユキナとも学生時代からの仲なのか。
その上でリアーナからの提案であれば疑う余地も無いな」
そう言ってすっきりした顔を見せると流し目で視線を送る侯爵。
「ヘイスケ構わないな?」
侯爵の問いかけの直後、ユキナさんが親父さんに強い視線を向け、何度も頷き『了承しろ』と言外に言っている様が見て取れる。
彼女は口を開きたそうだがランドール侯爵からの問いかけを遮る訳にはいかないのだろう。
一生懸命に表情で合図を送っていた。
しかし彼は「えー、勿論やぶさかではありませんがぁ……」手でごますりをしてこちらを覗き見た。
卑しさを露わにした瞳が鈍く光る。
ああ、なるほど。これは何も言わなくてもわかる。
こっちにも何か寄越せと……
それを察知して収納魔法を起動させたのだが、その瞬間―――――――
「馬鹿者!! ここまで誠意を示された上でまだ強請るのか! 恥を搔かせるな、愚か者が!」
「ひぃっ! そんなつもりはございません!
と、当然祝福させて頂きますとも!」
恐怖に身をすくめ防御姿勢を取る親父さん。
父親が全力で小物感を撒き散らした所為でユキナさんは「もう嫌……」と俯いて両手で顔を隠してしまっていた。
ずっと緊張した面持ちだったカイも苦笑している。
それから直ぐに侯爵から謝罪を受けたが、微妙な空気となってしまったのでそれを払拭しようと防具の性能を語った。
これも奈落のボスから作った防具なので高性能な物だ。
イチロウが勉強の気分転換に短時間で作った物なので俺とユリが着ているパワードスーツよりもかなり性能が落ちるが、それでも既存の装備から見れば十分破格である。
先ず第一に自動的に魔力を圧縮するので滅茶苦茶硬く頑丈だ。
圧縮する関係で魔法の威力も上がり、何故か魔力を操作できる範囲も広がる。
「ほう。それは中々な品だ……」
「ええ。強化魔法も強化上限が向上するので強敵の相手には重宝すると思いますよ」
「なっ!? そ、そんな魔道具があるなど聞いたことも……」と驚く侯爵。
これには俺もびっくりした。
体内で作用させる魔法は増幅器の効果が乗せられないので、強化系は魔道具による増強が出来ない。
魔法陣は大きさによる強弱は付けられるが、同一の大きさだといくら魔力をつぎ込んでも限界がある。それは魔法を扱う者には常識だ。
しかし、この装備はその限界値を引き上げる。
月根さんは魔法が使えないからか、圧縮されることは教えてくれたが後はメイに分析させて色々試して欲しいと言っていただけだったので気付かなかったが、ホノカと一手交えた時もその効果が乗っていたのだと、イチロウの説明を聞いて初めて気が付いた。
強化魔法が使えて魔力操作が出来る者ならば出力を上げればいいだけじゃないのかと最初は思ったが、上限そのものが上がると知り、その時は俺も驚いた。
この鎧でも身体能力強化の効果が七割増しくらいに跳ね上がる。
しかし、これは増幅ではなくて圧縮なので効果が上げると当然魔力消費も上がる。
馬鹿みたいに跳ね上がる訳ではなく普通の強化の七割増しだ。
魔力が多い人ならば、本来どんなに魔力を送っても三倍程度が限界の強化魔法が五倍まで上限が上がるというのは大変魅力的なもの。
そんな装備に自ら陣頭に立つ彼が興味を示さない筈が無かった。
「こ、これほどの物を本当に頂いていいのだろうか……」
「ええ、勿論。私の騎士の幸せを願ってのことですから」
と、ユキナさんをチラチラと見ながら言えば侯爵は理解してくれた様子。
「なるほど。こちら側からは障害が出来ぬ様、出来る限り取り計らおう」と笑みを浮かべ頷いてくれた。
良かった、予想通りの反応だ。
ぶっちゃけ俺がよく考えずに了承した所為で色々面倒な状況になったからな。
ユキナさんがうちや帝国へのスパイとして使われないようにしたかった。
こう言ってくれたのならばランドール侯爵なら本気で気を使ってくれるだろう。
その後は、リアーナさんと顔を合わせたりユキナさんがカイと挨拶回りに行ったりと割と拘束される時間は長かったが、漸く心から二人をからかえる様になったと三人で盛り上がったので然程長くは感じなかった。
リアーナさんが幸せそうな二人が戻ってきたのを見て、盛り上がっていた流れのまま「あらぁ、そんなに身を寄せ合ってしまって。もうそれ程にお熱になってしまったのかしら?」と茶化す言葉を吐いたのだが……
「はい。お陰様でそれはもう。ありがとうございますっ。うふふ」とカイの腕に抱きつき幸せ一杯に返されて、こっちがお腹いっぱいになってしまった。
楽しそうにしていた筈のリアーナさんは俺たちを一人一人見回していき、段々と悲しそうな顔になっていった。
「もうやだ……どうして私にはお相手が出来ないの。ルイさん、ねぇどうして?」
いや、それは狙った相手が既婚者だったからなだけでしょ……と思いつつも失恋の傷を抉るだけだと言葉を変える。
「き、綺麗なのにどうしてだろうな。ユリ?」
「えっ!? いや、その、高嶺の花だから、ですかね? ユキナさん」
「ええ。私にもできたんですからお嬢様にもきっとすぐできますよ」と幸せを撒き散らす様な顔で言われたリアーナさんは泣き崩れた。
留めを刺すつもりは無かったのかユキナさんは「えっ……」と困惑した様子を見せた。
可哀そうなので早くお相手が見つかって欲しいとは思うが正直あまり心配はしていない。
彼女は容姿中身共に魅力的な女性な上に侯爵令嬢だ。
見つけようと思えば直ぐに見つかる筈だから。
あたふたしつつもリアーナさんを慰めるユリの頑張りが利いて彼女が復活した頃、侯爵家をお暇することになった。
ベルファスト城に戻り親父に承諾を貰って来たことを伝えれば、入籍が決まったのなら住居が必要だな、と小さいお屋敷が充てがわれた。
どうやら俺が好きに使える様にと用意してくれていた屋敷の一つだそうで、他にも小さいのと大きいのが一つずつあるらしい。
それと同時にカイに国からの給与が支払われた。
どうやら俺の騎士のお給料は国が出してくれるらしい。俺用の予算があるそうだ。
そりゃそうか。
普通の王子は出稼ぎには行かないのだから自分では払えないよな。
と、笑っていれば親父は真面目な顔で頷き「お前が取ってきたミスリルの一部だ。自分の予算は用途を気にせず自由に使え」と言っていた。
そう言われてもお屋敷が用意されてて騎士のお給与の支払いも無くなったらもう殆ど使い道は無い。
これ以上の使い道は考えられないと返せば「おいおい、嬢ちゃんとの結婚式があるだろ」と笑う。
「おっ、おお!! ユリ……とうとう俺たち、結婚式を挙げられるって!」
「は、はいっ!」
「いや……振ったのは俺だが変に焦るなよ?
お前たちの結婚ともなれば準備に時が掛かるからまだある程度は先だ。
セッティングはやっといてやるから先ずは今は古代種の事に専念しとけ」
親父はそう言って部屋を出て行った。
当然そんな事はわかっている。
王族としての結婚式として大々的なものになるのは確実だし、準備が整った後も招待する人たちが余裕を持って来れる様に多少期間も必要だ。
だがしかし、俺は念願の結婚が現実のものとして動き出したことに感激していた。
それはユリも一緒だった様でさりげなく手を握ってきた。
「こればかりは邪魔されたくない。帝国のいざこざにも本気で取り掛かろう」
「はい。ですが、元々難しい案件です。
ヴェルさんさえこちら側に引き込めれば帝国なんて一瞬で事が済むのですが……」
そうなんだよな。
ぶっちゃけ接触のタイミング待ちみたいなもんだ。
難しいのはわかってる。
でもやる。
その先にユリとの結婚が待っているのだから!
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