第150話 守護騎士選定


 イグナートの家を出て俺たちは早速カイと合流した。

 合流先はベルファスト城だ。

 親父たちを交えて相談する手筈も整えた。


 先ずはカイを呼び、シェン君が帝国からの独立宣言をした話を伝えた。

 彼は驚き立ち上がると「では、今すぐ私も向かいます!」と言い出したが、それを止めて事情を伝えつつ、先に婚姻を進めても良いかと問いかけた。


「その、ユキナにもこの事は伏せるべき……ですよね?」

「あー、そうか。帝国出身って事も伏せてるのか」


 となると、結婚した瞬間に詳細も無しに長期で引き離すことになる訳だよな。

 うーん……でも帝国の出身だと伝えるのもなぁ。

 敵国だもの。


 あれ、でも今はもう独立してんだよな……

 もしかしてうまくやればいける?


 そこら辺は親父に許可を貰うべき話だと隣に座る親父に視線を送る。


「うむ。うちが帝国側への影響力を持っていると知らせるのはプラスだ。

 イグナート侯爵家との繋がりを明かすなら確かに悪くないタイミングではある。

 問題はレスタールが素直に受け入れるかどうかだが……」


 現在、帝国との国境線はレスタール国とだけ繋がっているので、うちが帝国側へ干渉するのは容易ではないと考えられている。

 しかし、イグナート家との深い繋がりがあると知らしめれば向こう側への干渉力を持っていると知らせることになる。 

 イグナート侯爵家がうちと深い繋がりを持ち独立宣言までしたのであれば、普通に考えてうちの策でこちら側に寝返ったとなるので全体的に見れば国的にプラスなのだそうだ。


 しかし、元帝国の人間という話を伏せていたのだから、レスタールはカイとユキナさんの婚姻を無かったことに出来る立場になる。

 当然、隠して婚姻を押し通そうとしたことへの説明も求められるだろう。


「ユキナ嬢の身分の低さから変な疑いが掛かる可能性は低い。

 だが、恐らく何かしら要求されるぞ。そこはどうするつもりだ?」

「あー、言わずに婚姻を進めた詫び的な感じか。金を出すのは失礼になったりする?」

「そうだな。状況や相手の性格にもよるがこういう場合は高価な贈り物が基本だ」


 うーん……贈り物か。

 ランドール侯爵家は武家の名門だし装備類がいいよな。

 となるとやっぱり第三の奴らが作った物か。


「じゃあさ、高性能な防具を贈り物にするって感じでどう?」

「ほう。武具ではなく防具か。それなら良いんじゃないか」


 親父の助言を聞いていれば、カイが自分の為にいいのでしょうかと不安そうに問いかけてきた。


「いや、このくらいはさせろよ。

 お前はいつも面倒な役目を引き受けてくれてるんだから」


 戦時には何度も帝国と村を往復し情報を搔き集めてくれていた。

 イグナートがナタリアさん関係でポンコツになっている時のフォローも全部してくれてたし。

 このくらいは世話を焼かせろと告げ、お前は一番重要なユキナさんの了承を貰う事に注力してくれと伝えた。


「はい。そこは私の願いですから全力で」


 じゃあ二人の話し合いが終わったら戻ってきて。とカイを彼女の元へと向かわせた。


 そのまま俺とユリは親父との話を続けていれば、イグナート家の軍議の話になりユリが親父に俺の失態をチクった。

 いや、凄いんですと報告したのだが、そこは黙っていて欲しかった……


 親父は驚愕の瞳をこちらに向ける。

 お前本当にそんな事をしたのか、マジかよ、と言わんばかりに。


「人目を怖がる癖に変に度胸があるよな。俺でも出来んぞ。そんなこと……」

「いや、うん……あれは自分でも後悔してる。せめて外見をそれっぽくしておくべきだったよ」


「いや、そこか?」と親父は困った顔を見せた。


 外見をもうちょっと年配にしていれば……いや、それなら演技をする必要が無いのか。

 なるほど……確かにそこじゃなかった。


「まあ拗れていないのであればいい。ルイが自ら参戦してその報酬では安すぎるからな。

 バレてもその配慮だと伝えれば問題は無いだろう。

 それよりも最近状況が変わり始めているのは気が付いているか?」

「先日の古代種が外出をした件でしょうか?」


 と、ヴェルさんが屋敷を抜け出した話をユリが出せば親父は頷く。

 この半年ずっと大人しくしていたがとうとう自発的に動く様になった、と。


「長い間、観察分析をしてきたが、あれはルイに似ている」

「はっ? いやいや、どこが?」

「そうです! どこが似ているんですか!」


 親父は「馬鹿にしている訳では無い」と言いつつも話を続けた。


 どうやら情で動くという面で俺と似ていると言いたいらしい。

 ある程度は人の事情も理解するくらいには理性もあるが、基本的には感情に流されて動くタイプだ、と。


「だからこその懸念がある。

 あの古代種が奇病に侵された人間を見た時どういう行動を取るのか、とな」


 た、確かに。

 あれはとても凄惨な光景だ。

 もしうちが治療法を隠している所為だと吹聴されよう日には激怒する可能性がある。

 あちらも弱い光魔法ならば使えるのだから、治療できることに感づいてもおかしくない。


「ルイならば、あの光景を見れば何かしらの形で自ら行動に移すでしょうね……

 敵でなければもう既に解決しているでしょう」

「ちょっとユリさん、先ず俺基準で考えるのやめようか。

 でも頭には入れておくべきかぁ……

 メイ、ヴェルさんがその状況に陥りそうになったら教えてくれる?」

『畏まりました』


 そんな話を続けていればカイが戻ったと使用人から報告を受け、通して貰った。

 彼の表情を見るに普通に受け入れて貰えた様だ。

 ユキナさんは直ぐに受け入れ、両親の説得は任せて欲しいと言ってくれたそうな。


「じゃあ、早速レスタールへ先触れを出そうか。この場合、ランドール侯爵家でいいの?」

「そうだ。侯爵とユキナ嬢の実家に話を通せれば問題無い」


 そういう事ならばと、メイにお願いしてランドール侯爵家に先触れに出て貰った。


「そうと決まったならば、カイには正式に爵位を与えねばならんか」


 そう言って親父は目くばせをすれば、直ぐに準備が成された。

 と言っても簡易的なもので、誓いの言葉を述べせさせていくつかの書類にサインさせた後、徽章、ワッペン、証書を渡しただけだ。


「一応、こちらでも王太子の子爵位授与と守護騎士任命の布告は出しておくが、お披露目はイグナート家の件が落ち着いたらにする。それでいいな?」


「ご配慮、感謝致します」とカイが敬礼を行えば、ユキナさんも綺麗な所作で頭を下げた。


 よし、後はリアーナさんの実家に行くだけだ。

 と意気込んだのだが親父に呼び止められ振り返る。


「ルイ……イグナートとカイのお披露目をする前にあと二人は守護騎士を選んでおけ。

 もうお前らに戦力は必要ないだろうから簡単な話だが、勿論由緒正しきベルファスト貴族からだぞ。そういった配慮を怠れば誤解や不満が溜まる。

 選定は任せるから使用人を兼任できる女性騎士を選べ。頼んだぞ」


 その言葉にそれはそうだと納得はしたのだが、どこから選べばいいのかわからない。

 二人のお披露目までとなると割と急務だから一応選出基準などを聞いた。


 上位貴族の息女からが好ましいが、教養があり他国でもサポートできる人材なら男爵家でも構わないそうだ。

 女性限定なのは異性への対処をする時に必要になるからだそうだ。

 立場上ユリに世話をさせるのは良くないから、弱くて足手まといでも一応連れて歩けということらしい。


 その話を聞いてユリも納得の意を見せていた。


「そういう理由だとユメじゃ絶対に無理だな……」


 叔父さんに傍付きにすると言われたことを思いだしたものの、明らかに不可能だと人選から除外すれば、同じ思いを感じていたユリも苦笑した。

 今は二人ともオルドに居るらしいが、叔母さんを含めあの一家にこの仕事は無理だ。


「となると当てが一切無いんだけど」と視線を親父に向けた。


「あー、そりゃそうか。じゃあこっちで決めてもいいか?」

「うん。そうしてくれるとありがたいな」


「勝手に決めていいならこちらも助かる」と親父は言い、直ぐに知らせを出させていた。


 間髪入れずに決まったことを疑問に思いながらも何処の家かを問えば、知らない名前が出て来た。

 ムーア伯爵家とテイラー子爵家だそうだ。

 この二つの家はダールトン戦の勝利後に戻ってきた城詰めの文官貴族。

 テイラー子爵はお爺ちゃんの寄子で間接的に親父を支えてくれていた家で、ファストール公爵家の派閥。

 ムーア伯爵は後から帰参した者たちで派閥を作ろうとしているから懐に引き入れておきたい貴族。


 この人選には後から帰参した者たちに思う所は無いと知らしめたいという思惑もあると説明してくれた。

 参戦した者たちとは与えられている仕事に大きな差がある。

 それは当たり前の事だが、今後は取り立てもしていくと意思表示しておきたいのだそうだ。

 ちなみにラズベル家も派閥を有しているが、ユリとの結婚があるのでラズベル家の派閥から騎士を選ぶ必要は無いとのこと。


「色々あり過ぎて要であるランドルフとファストールが揃ってここを長く離れていたからな。

 漸く二人とも戻れたがランドルフはそういう手回しは苦手だろ?」


 だからそこら辺はこっちでフォローを入れてあげたいらしく、良い機会なのだそうだ。

 うちは再建したばかりだから大きく括ってしまえば全員が王家派閥だが、そういう配慮をしていかないと直ぐに分裂するものらしい。

 最初は伯爵の方は面倒な案件かと思ったが「反意のある家の者をお前の守護騎士に付ける筈が無いだろ。ただの配慮だ」と笑われた。

 だが直ぐに真顔に戻り「裏切りに遭うのはもうごめんだからな」と苦い顔を見せた。


 俺は普通に仕えてくれるなら誰でもいいのでそういう事なら、と即了承した。


 その話が終わる頃にはメイが戻り、明後日にランドール侯爵と会う予約を取ってきてくれた。

 女性騎士の方もすっとんで来てくれた様で、知らせを出してたった数時間で親子揃って顔合わせとなった。

 ムーア伯爵とテイラー子爵は緊張した面持ちの娘を引き連れて、部屋に入ってきた。

 俺は彼らを迎え入れて挨拶を行い同じ席に着いて貰う。


「この度は大変名誉なお話を頂きまして、誠にありがとうございます!」

「まさか王太子殿下からこのような誉のお言葉を頂けるとは!」


 二人とも本気で喜んでいる様が容易に見て取れた。

 その様に安堵しつつもユリに視線を送る。


 どうかな、と彼らが連れてきた令嬢を受け入れても良いかを問う。


 正直な所、俺の守護騎士と言っても主にユリの話し相手になって貰う形になるだろう。

 俺はユリを不快にさせない程度には女性を避けるし、戦力は必要ないから。

 だからユリが嫌じゃなければ、とそんな思いをメイを通して伝えれば『恐らくは問題ありません。一応面識はありますし』と彼女は言う。


 どうやら、幼少期に道場の方で一緒だった事があるそうだ。

 幾つも渡り歩いていて長い間では無かったそうだが真面目に師事を受けていたらしい。

 テイラー子爵の息女がクインさんといい二つ上。

 ムーア伯爵の息女がアテナさんで同い年。


「今は色々立て込んでるから俺の騎士になるとここを離れることが多くなっちゃうけど、大丈夫?」 


 問題ありません、と声を張る二人。

 緊張し過ぎで二人の人間性が殆ど見えないが、指示に従ってくれるならば特に問題は無い。

 親父の推薦だから教養も問題ないだろうし確認すべきはもう一つくらいか。


「えっと、念の為もう一つ。

 二人には戦闘というより常に俺と一緒に居て異性のお相手をして貰う形になる。

 それも問題無い?」

「えっと……はい」

「その、私で宜しければ……」


 真っ赤な顔で俯く二人。

 あれ、何かがおかしい、とユリの方へと顔を向ければ言葉が足りないとお叱りを受けた。


「ルイ殿下にとっての異性。つまりは女性のお世話を担当して貰いたいと仰ったのです。

 この先、殿下の優しさにつけ込もうと介抱を願い出る様な者も出てくるかもしれませんから」


 ユリの声に困惑して視線を彷徨わせる二人。

 返事を返すのが遅いと感じたのか伯爵が代わりに声を上げた。


「なるほど。そういう事でしたか。

 私としては気に入って頂いたのであれば手を付けて頂いた方が嬉しいのですがね」


 はっはっは、とムーア伯爵は冗談めかして笑うがそんな事を言えば当然ユリの圧が強くなる。

 伯爵は笑みを崩さなかったので、ユリの圧を受けても平気なのだろうかとじっと見ていれば、ハッハッハッと、彼の息が段々と浅くなっていった。


 ちょっとユリさん、流石にもうやめてあげようか。

 と、彼女を制止させつつも話を纏める。


「じゃあ、問題無さそうなのでお願いするね。

 これから宜しく」

「「ハッ!」」


 その後、緊張を解そうと緩い感じの雑談を続ければ、二人に戦争の時の話を聞かせて欲しいと願われて当時を思い出しつつもユリを助けたいと奔走した話をした。


「す、素敵……」

「まるで物語の英雄そのものです……」


 瞳を潤ませる程に感動を示す令嬢二人。

 ユリが嫉妬しないかなと不安に思っていれば今回は胸を張りそうでしょうそうでしょう、と笑みを浮かべていた。

 基準がわからん……


 そんな疑問を浮かべたまま話が終わりハニートラップ回避用に抜擢された二人が俺の守護騎士となった。

 その後、そのまま護衛に付くと張り切っていた二人だが、お城では必要ないので注意事項を伝えますとユリが実家に連れ帰り一晩が明けた。


 そうして再び合流してみれば何故かユリの方がしょぼくれた顔をしていた。

 俺はてっきりユリが二人を教育して彼女の傍付きみたいなポジションに落ち着くと思っていたので驚きながらも事情を聴いた。


 すると、どうやら彼女は逆に説得されてしまった様だ。


『救国の英雄である王太子殿下の側室ともなれば国内外問わずとても強いカードになります。

 殿下には御子も沢山残して頂かねばなりませんし……

 国を想うならば、ユリシア様から側室を迎える様にお伝えするべきでは』と。


「彼女たちの言葉に反論できませんでした。これは正すべき我儘なのかもしれません……」


 そう言って想い悩むユリ。

 そんな気はさらさら無い俺はぼそぼそと彼女に耳打ちする。

「ベルファストは強いカードを一杯持ってるし、ユリが俺の子をいっぱい産んでくれれば我儘にはならないんじゃない?」と。


 その後、彼女は真っ赤になったままあたふたしたり悶絶したりを繰り返した。

 そんな可愛い彼女を堪能しつつも方々に連絡を取って情報収集をしながら一日を過ごせば、守護騎士の二人も俺たちの関係を少しは理解してくれた様子。 


 さて、これでカイとユキナさんの縁談を纏めれば独立の事に専念できるな、と気合を入れた。



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