第149話 師匠といえば老師だろ?
イグナートはどうやら俺とユリの強さを認知させたい様だ。
身分を隠しているんだし俺としてはお前の小間使い的な立場がいいんだが……
まあ、もう遅いけど。
「ほう」とロイドも興味津々な視線を向けているし「冗談、ですよね?」とホノカも問い直している。
そんな中、ユリと二人どうするかの会議をメイを通して心の中で行う。
『幾ら何でもこの年齢じゃ簡単には受け入れてくれませんよね……』
『じゃあさ、もういっそのこと若いけど年いってる風に装う?』
『そんな事できるんですか?』
『わからん……』
ユリにジトっとした目を向けられている間に、ホノカがこちらに寄ってきた。
「悪いのだけど、少し立ち会って貰えないかしら。
こんな状況だから、把握はしておきたいの」
どれ、じゃあちょっとやってみるか……と軽い気持ちで口を開いた。
「せっかちだのぉ……しかし真面目な子じゃて。良かろう、一手じゃぞ?」
好々爺を装ってほのぼのスマイルでうんうんうんと何度か頷く。
だが、咄嗟にやったものの違和感しかなかった。
あれ……流石にこの外見じゃ無理筋じゃね、と冷や汗が流れる。
後ろで口元をニヤつかせて震えているユリに『なんでお爺ちゃんにしちゃうんですか!』と怒られた。
『ごめん。中年男のレパートリーが無くてつい……咄嗟だったし』
『お馬鹿ぁ!』と言いながらも声は楽しそうに弾んでいる。
ただただそれだけが救いだった。
「はぁ……? 馬鹿にしているの? まあいいわ。見極めさせて貰うから」
おおう、怒っていらっしゃる。
どうやらお気に召さないご様子。
そりゃそうだ。
お爺ちゃんムーブしたギャルゲ主人公にほのぼのスマイルで子供扱いされればそりゃイラつくよな。
失敗した。レーベンの時のノリで適当にやり過ぎた。
だが本当に子供じゃないと思われた方が色々やり易いのは事実だ。
異常に若く見える人はちらほら居る世界だし、もしかしたらワンチャンあるかもしれん。
重い嘘じゃないしもう少し続けてみようかな。
うん。仮初の存在だし大丈夫大丈夫……多分。
いや、正直に言うと今更取り下げられる空気じゃないから続行する他ないだけだが。
とスマイルを継続しながらも冷や汗を流していれば彼女は剣を作り出し切り掛かってきた。
腰が痛いと言わんばかりに後ろ手に腰に当てつつも、瞬時に手を動かし彼女の剣筋の通り道に指を一つ置いた。
当然そんな事をすればそのまま切り落とされるので指先に魔力を集め圧縮して硬化させる。
鋭く振られた剣は指先に触れた途端、割れる音を響かせ砕け散った。
「えっ……」と驚きを見せながらも彼女は、瞬時に剣を作り直し下ろした刃先を返して切り上げる。
どうやらまだ続けるつもりらしい。
会議室の様な場所で戦い続けるのも気が引ける。
動きを止める為に少しビビらせてやるかと剣を避けて間合いに踏み込んだ。
「一手と言ったぞ?」
至近距離で彼女の側面に立ち、指先をこめかみに突きつける。
強化魔法の出力は上げていないのだが、何故か限界くらいまで上げた速度で動けたことに驚きつつも平静を装う。
流石の彼女もこの速度には反応すら出来なかった様子。
「っ!?」
ビクンと震えて距離を取ると彼女は漸く剣を下ろした。
「失礼しました……外見からつい貴方が私を謀っているのかと」
少し怯えた様子でこちらの顔色を伺う彼女。
いえ……それで合ってます。ごめんなさい。
「……わかれば宜しい。
力を見せたのだから伝えておこう。手助けには来たがわしは基本的に勝手に動く。
味方であるならば一度顔を見せるべきだと弟子に言われて来ただけよ。
話の途中であろう。もう顔は見せた。軍議を続けるがよい」
よし、何とかやりきった!
このタイミングだ。
早期に出ていくならばこのタイミングしかない!
『ユリ、もう行こう?』
『あれ、軍議を聞いていかないんですか?』
『いやいや、えっと……ほら!
このままだとユリも演技しなきゃいけない感じじゃん。嫌でしょ?』
『えっ……ルイだけで大丈夫ですよ?』
えっ……あ、そうか。
これはイグナートがお家の用事で俺たちに付けない時用だろうから常に一緒に居るユリは別にいいのか。
てか、別にもう部屋から出てもいいじゃん!
イグナートから話を聞かなくてもメイに映像で見せて貰えるんだから不都合は無いでしょ!
楽しみたいからって苛めないでよ、とユリの背を押して出て行こうとしたら何故かイグナートが俺たちの横で膝を付いた。
「お待ちくださいお師様。ご不快な思いをさせてしまったのであれば謝罪致します。
どうか、今しばらくお時間を……」
ちょ、イグナートさん!?
いや、こいつは俺の策略と思って合わせてくれているんだろうけども……
うぐぅ。こうなっては突っ撥ねて出て行っては心象が悪すぎる。
「う、うむぅぅ……」と曖昧な返事になってしまいつつも俺はユリと案内された席に着いた。
周りを見回してみれば、概ね受け入れられていて「流石はシュペルテン様が師と仰ぐお方」と感銘を受けた様子を見せていた。
一部の恐怖している者を除くと、だが。
そんな俺へと集中する視線を逸らすようにイグナートが立ち上がり、家を出た理由とずっとは居られない事を告げ謝罪の言葉と共に頭を下げた。
微妙な空気になるかと思ったが、皇帝許すまじと家臣団は怒気を滲ませ目を尖らせた。
そこからは直ぐに軍議へと移ったのだが、やはり事情を知らない者たちは攻め上がるべきだと上申し勢いづいている。
その声を受けたシェン君が立ち上がり言葉を返す。
「皆、聞いてくれ。
私は少なくとも今の状態で攻め上がってはいけないと考えている。
理由はいくつかあるが一つは皆も知っての通り、奇病の存在だ。
それが落ち着くまではただただ我が領地内で線を引きたい」
帝国では奇病の恐ろしさは知れ渡っている。
「それは、確かに……」と呟く数名の声に納得を見せる者が多数と言える空気だ。
しかし、軍属であろう感じの男が立ち上がり声を荒げる。
「私は納得ができませぬ!
御屋形様を愚弄したゴミどもには相応の捌きを与えるべきです!
今が、今だけが積年の恨みを晴らせる好機! どうか、どうかご再考を!!」
他の者からも「そうです! お前たちは許せるのか!」と納得しかけていた者たちに向けての問いかけが飛び「許す気などある筈がないだろうが!」とまるで喧嘩の空気を醸し出す。
「待て。私は理由の一つと言ったはずだ。今打って出れば負けるのだよ。
だが、守りに徹すれば防衛戦では勝てる。
だから侵攻はしないと決めた。ただそれだけのこと。それが一番重要だろう?」
そう言ってシェン君は古代種の話を持ち出した。
世界を滅ぼしかねない知性ある魔物を帝国が飼いならそうとしていると。
そうして凡そを語り終えた後、これは確度の高い情報であり嘘は一切無いことを誓うと宣言した。
「で、ですが、それでは……」
「ああ。その魔物が飼いならされたら終わりだ。だからその妨害もせねばならない。
その手筈は整えている最中だが、まだまだ時が掛かるだろう。
今攻め上がりその知性ある魔物を刺激したら真っ先にうちが潰されてしまう。
仮に幸運に恵まれて潰されなかったとしても、災厄を自ら刺激し世界を危険に晒したと非難されるだろう。
わかってくれ。こんな状態で周辺国からも睨まれれば、うちが生き残る事が出来なくなってしまうんだ」
八方塞がりの様にしか聞こえないシェン君の声にほぼ全員が深刻な顔で考え込んだ。
「ロイ殿、貴方でも敵わないのですか?」とホノカが言葉を発すると再び全員の視線がこちらへと向く。
『ほら、ルイ?』とユリに肘で突かれ流し目で期待した視線を向けられた。
自業自得なのはわかっているがせっつかなくても……と息を吐く。
「無理、じゃな……この時の為に鍛えてきたが、古代種に抗うにはまだ足りぬ」
初めて出た古代種という言葉に反応を示されたが、シェン君が「やはりロイ殿もご存じでしたか」と一言入れてくれたので聞き返されることは無かった。
「そう。ロイ殿でも無理なの……
極めたつもりだったのに、私は所詮井の中の蛙だったのね」
「まあ、元よりわしの目的はそれを止めること。諦める気は毛頭ないがな」
俺たちがヴェルさんの対応をするのが自然と考えて貰える様そう伝えれば、他からも問いかけが飛ぶ。
「この戦いに命を懸けて下さると?」と。
「敗北が世界の滅びであれば同じこと。
であれば一番可能性が高そうなわしが動くのが自明であろう?
そもそもわしはその為に長い事準備をしてきた。簡単には終わらせんよ」
その言葉に「お、おぉ……」と希望を滲ませた声が響くと、再びシェン君が口を開いた。
「皆、守りに徹する理由に納得して貰えたと思う。
これは命令だ。今回ばかりは感情に走ることを絶対に許さない。
その行いはお家どころか人類を滅亡させると理解してくれ。
私に親愛なる家臣を討たせるような真似はさせないでくれよ?」
『ハッ!』と息の揃った返事が返され、守備隊の編成に入ったが、その話は直ぐに終わる。
なにせ軍事の全権をイグナートに渡し、全て任せるというものだったからだ。
その後は内政の話に切り替わり各地の代官との密な討論に移り変わる。
長期に渡るであろう戦争を鑑みた軍事予算調達の為の会議だ。論点は主に経済の活性化。
現状供給が過多と言える最中。需要を引き上げるにはどうしたらよいかという話をずっとしていた。
他国の内政の話に口を挟む訳にもいかないとずっと黙って見ていると、大筋は決まった様で会議は一度解散となり、次は軍内部の軍議へと移り変わる。
イグナートが席を立つと、皇帝討つべしと声を荒げていた連中が一斉に立ち上がり彼の後に続く。
そんな大人数を引き連れた彼は真っ直ぐに俺の元へと来た。
そ、そんなに引き連れて来られると困るんだが……
「お師様、場を移します。参りましょう」
「う、うむ……」
もうよくない?
俺、十分頑張ったよね?
と、小声でイグナートに問うが「もう少々お付き合いください」と彼は言う。
自業自得なのは重々承知だが、もう帰りたい。
と思っているとユリがキラキラした視線を向けていたので何故、と目を合わせた。
「やっぱり凄いです。あんな無茶苦茶を通せてしまうなんて!」
「いや、うん。無茶苦茶、だったよね……」
と遠くを見詰め現実逃避をしながら場を移した。
移った先でイグナートが上座に座り、会議は守護代という役職の任命から入った。
戦時特例の役職で一時的にその町の守護に付き代官よりも上の権限を持つことになるのだそうだ。
攻め上がりたいと言っていた者たちで固めて大丈夫なのか、と心配に思いつつも見守る。
続いて、ロイドたちの配属先が告げられた。
そこはここから帝都までの通り道にある帝都から一番近い町グエールだった。
異論は無さそうでそのまま話が進み俺とユリの話になる。
「御師匠様も先ずはグエールに赴いて頂きたい。
あそこからであれば何処へでも迅速に向かえます」
構いませんか、と視線を向ける彼にゆっくりと頷く。
「ありがとうございます」とイケメンスマイルを決めると今度は守護代に任命した者たちへと向き直る。
「皆も知っての通り、私はこの時を待ちわびて来た。帝国という重い枷が外れるこの時を。
だがそれは己の鬱憤を晴らす為ではない。私の愛するすべての者を守る為だ。
鬱憤を晴らせないというのがいかに辛いかは共に嫌がらせを受けてきた私は知っている。
そして皆の怒りが私やシェンの為だともわかった上で言わせて貰う。
心を軽くしたいという甘えは捨て領地に尽くせ。私が信ずるお前らならできるな?」
ぐっと堪える様な表情を見せる者も多く居たが、全員が頭を下げて了承の意を示した。
「すまない……今の私にそんな言葉を言う資格は無いのだが、それでも言わねばならなかったのだ」
「許してくれ」と頭を下げるイグナートに「おやめください!」との声が飛ぶ。
「資格が無いなどとは毛頭考えてございませぬ!
わたくしどもは貴方様が死んだと聞かされ無念を晴らせなかったことを悔い、今こそと……」
「そう、か。家を捨てたと知った今もそう言ってくれるのか……嬉しいものだね。
うん。皆が付いていてくれるならシェンの今後も安心だ。みな、イグナート家の宝だな」
その言葉に彼らは悲しそうな視線を向けた。
イグナートからはっきりと家を捨てたと言われたからだろう。
だが、彼はその事には触れず話を戻した。
「では、軍議に戻ろうか。
戦争になれば高確率でグエールが中心になるのは皆も承知のことだろう。
帝国軍が攻めて来た時にはそこから私、ホノカ殿、ロイド殿が動く。
皆は我らが到着するまでの防衛を頼みたい」
「それは私の軍を先頭に立てるという意味かな?」とロイドが鋭い視線を向ける。
「客人の貴方にそんな真似は致しませんよ。当然、最前線には私が出て支えます。
ロイド殿とホノカ殿は状況を見て己の判断で押し引きしてくださって構いません」
「それは北の二万が来ても、かな?」
「ええ、勿論。私では手が回らぬ時はお師匠様が手を貸して下さるのでご安心を」
「ああ、なるほど……」と意味深な視線をこちらに向けた後彼は「了解した。後悔させない程度の仕事はしっかりとこなそう」と言葉を返す。
「それは心強い。では、他に問わねばならぬことがある者はいるかい?」
「そ、その……カイ殿は……」
「ああ、カイは外で各地を回っている筈だよ」
意味深なスマイルを返すと問いかけた方は顔を綻ばせる。
いや、確かに旅行してくればと言ったのだから各地を回っている筈だが……
あいつは彼女と宜しくやってるだけだよ?
言葉と表情を上手く使えばそうなるのか。勉強になるな、とイグナートを観察していれば、特に俺が喋る必要も無く軍議は終わりを告げた。
漸く人の目から解放され、イグナートに案内された部屋で一息ついた。
「そういえば、カイはどうする?
伝えてやるべきだとは思うけども、ユキナさんの預け先もあるんだよなぁ」
村に置ければ一番良いんだけどそれは無理だし……親父の所へ連れて行くか?
「そうですね。万全を期さねばなりませんし、カイの手も借りるべきかと。
開戦までは時間もありますから、ユキナ嬢との婚姻を急ぎ進めるのは如何でしょう」
ベルファスト貴族の妻として入籍すれば、国外への手紙のやり取りも審査が入れられるそうなので情報が洩れる可能性は低くなる。
王子の守護騎士の妻ともなれば彼女自身の立場も向上するのでユキナさんにとっても良い事だ。
そうした足場固めを行ってやれば安心して預けられる場所が増えるでしょう、と彼は言う。
えっと、今現在は親父の方からレスタール側に話を通して婚約は成ったという所で話が止まっている状態なんだっけ。
その時はランドール侯爵家もユキナさんのご両親も乗り気だったそうだから、問題無さそうだな。
「おし、じゃあ先ずはカイを連れて親父の所に行ってちゃんとした役職を付けて貰わなきゃな」
現在は俺が自分の騎士だと言ってはいるが、それだけだ。
ちゃんと地盤を固めるには親父から爵位を与えて守護騎士に任命すると明言して貰う必要がある。
「ええ。そうなればカイも喜ぶでしょう。どうか、宜しくお願い致します」
カイが亡命することになったのは自分の所為という想いがあるのだろう。
イグナートは神妙な面持ちで深く深く頭を下げた。
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