第148話 何故か師匠にされた



 会談を終えた俺とユリは、暇そうなナタリアさんも連れて魔道具研究所へと足を運んだ。

 ヒロキたちに装備を届けに行ったから今日は帰らないかもしれないとも思っていたのだが、顔を出せば全員作業に勤しんでいた。


「よぉ。俺たちも装備を頼みたいんだけど、いいか?」

「当たり前じゃない! 私たちは元々ルイ用に装備を作ってたんだもの!」


 笑って胸を張るミズキ。

 勉強の方はどうだ、と聞けば渋い顔をした。

 やはりこの天才たちも勉強は苦手か、と親近感を覚えたのだが教師役である秋田なつみさんの一言でその想いは消え去った。


「流石はルイ殿下のお抱えですね。凄い速さで習得していっていますよ。

 この分なら二年もあれば技術者の必修科目は修了するかと思われます」


 マジか。とイチロウたちにも視線を向けるが、彼らも苦い顔を見せている。

 相当に大変らしい。


「なつみさん、勉強の話はやめてくれ。今は息抜きでこっちに来てるんだからよ」

「そうだね。確かにあれらは僕らに必要なものだが、今は思い出したくない。

 湊が羨ましいよ。あの素材を自由に好きなだけ弄れて……」


 湊?

 ああ、あの変わった科学者の月根さんか。


「それはいいとして、お忍びで戦争の助っ人に出ることになったんだけど、顔を隠せる装備無い?

 性能は防御力だけでいいから室内でもおかしくない衣服系の装備が良いんだけど……」


 彼女たちが作ったものを見せて貰うが、やはり見た目からして武器防具というカテゴリーだ。

 普段着っぽいのはないのか、と視線を送る。


「ええぇ……性能を求めたいならまだしもそういうのは専門外よ。

 デザインなら針子さん呼んで相談するのが先じゃない?」


 ああ、それもそうか。

 今回は本当に性能よりも姿を隠す為だもんな。

 行くのが帝国の地だから一応念の為である程度の防御力が欲しいだけだ。

 デザインが決まったら使える強度の素材で作って貰えばいいか。


 そんな言葉を交わした後、部屋を出ようとしたら月根さんに呼び止められた。

 彼は「ちょっと来てくれ」と俺だけを呼び奥の部屋へと戻っていく。

 ユリに行ってくると伝えて奥の部屋に入れば、彼は何かを手に持っていた。


「話は聞こえていた。それならば私の作ったパワードスーツを使うといい。

 これであれば必ず役に立つだろう」


 そう言って差し出されたのはダイビングウェットスーツの様な装備だった。

 全身は隠れるが、顔は丸出しである。


「いやいや、顔を隠したいんだってば!」

「そんなもの、光情報をごまかすだけなら箱舟の機能で簡単に弄れる。

 一般では禁止されているが、権限を持つ殿下なら使えるだろう?」


 えっ、そんな事できるの?

 と疑問に思えば『可能です』とメイから返答が来た。


「ああ、じゃあやっぱり装備はいいや」と告げたのだけども腕を掴まれ「測れる程の者がほかに居ないのだ! 使えるなら是非使って欲しい!」と切実に頼まれた。


 ええっ、これを着て戦うの?

 全身タイツを少し厚くした感じのこれを……?


 と嫌そうに返したのだが、メイにも着用を勧められた。

 月根さんからも先ずは試着してくれと押されて着てみれば凄いフィット感だった。

 魔力がスーツに吸い付く感じがする。下手に圧縮しようとしなくてもどんどん素材に吸収されていく。

 それだけでわかる。これの防御性能は物凄く高いと。


 何で作ったのかを聞けば奈落のボス素材だった。


 ううむ。確かに凄く良いものだが、これは圧縮する手段を知る前に欲しかったな……

 まあ普段から勝手に圧縮してくれるのは助かる。俺以外は少ししか圧縮できてないし必要な物だ。


 ユリの分もお願いしようと思っていたら「やはり着れたか!」と歓喜する月根さん。


 どういう事かを尋ねれば、普通は着れないらしい。硬過ぎて。

 確かに着る時に少し硬さは感じたが……って今の俺がそう感じるのだから相当か。


 そう思いつつも、物は試しと顔をイグナートに見える様にして欲しいとメイに頼んだ。

 そして彼の専用武装を作り装着し、魔装で身長も合わせてみた。


 これでバレなければ問題無いだろうとそのまま部屋を出てユリとナタリアさんの前に立つとナタリアさんが飛びついてきた。


「シュペル! うん? シュペル?」

「ルイ、何故ナタリアさんを抱きつかせているんですか……

 イグナートさんに言いつけますよ?」


 こんな目を向けられたのは何時ぶりだろうか、と思う程に冷たい視線を向けるユリ。


「待て待て待て! これはお忍びが成功するかの実験だから!」

 ナタリアさんにイグナートを見せるのが一番わかり易いと思ったんだよ」


 そう言って姿を戻して貰い「やっぱりわかっちゃうか」と問いかければその場にいる全員が変装は完璧だと答えた。 


 えっ、とユリとナタリアさんの二人に視線を送る。


 ユリはメイの声が聴こえるから知っていたのだそうだ。

 ナタリアさんは抱き心地に違和感を覚えただけで普通に騙されたと言う。


「じゃあ、これで変装は大丈夫そうだな。月根さん、これユリの分もある?」

「一応あるが男性を想定して作っている。

 胸は……全く大丈夫そうだな。ではこれを使え」


「はい……?」と、笑みを浮かべながら怒気を解放するユリ。

 溢れ出る魔力が部屋の中を覆いつくす。

 圧し掛かる魔力の重圧に耐えきれず彼は膝を屈した。


 あれ、ユリは高度な性質変化は出来なかった筈だが……

 と疑問に思うが口は出さない。今は触れてはいけない。


「魔力による自動調節機能が付いている。

 スレンダーだから着ることに問題が無いので大丈夫だと判断したのだ……」


 四つん這いになって重圧に耐える彼に「そうですか」と不服そうに受け取るユリ。


「ユリシア様がお優しい方で良かったですね。湊さん……今のは普通にアウトですよ」

「そんな事はどうでもいい!

 魔力とはこんなこともできるのか!? 精神にすら直接作用したぞ!」

「あはは、そりゃあんたがビビっただけだろ?」


 とイチロウが混ざり「違う!」と語尾を強める彼。

 その後すぐに湊さんは研究が必要だと奥に引っ込んでいった。


 その後、お屋敷に戻り色々試そうとユリと二人どんな姿にするかを話し合って決めた。

 まあ殆どユリに決められたのだが。


 容姿の設計が終わりメイに頼めば瞬き程度の時間で一瞬で姿が変わる。


 そうして俺はキラキラ爽やか美少年。

 ユリは魔装で身長を伸ばしグラマラスで綺麗なお姉さんに成り代わってしまった。


「これ、本当にヤバいな。別人過ぎて近づくのにも躊躇うレベルだ」

「そうですね。勿論触れては駄目ですよ。この姿に鼻の下を伸ばしたら怒りますからね」

「そんな理不尽な……ユリが相手なんだから無理に決まってるだろ」


 触れるなってのはまだしも、好意を向けるなっていうのは無理だと反論すると彼女は口を尖らせて下を向く。


「だってぇ……こっちの姿の方がいいって思われたら悲し過ぎるんですもん」

「アホ! 立場を逆にして考えてみろ。有り得ないだろ!」


 そう返してもしょぼくれたままなのでお互いに容姿のレベルを少し落とそうという話で落ち着いた。

 再びキャラデザに時間を使い出来上がったのは、影の薄いギャルゲ主人公と大きな三つ編みをツインテにした村娘っぽい少女が出来上がった。


 正直俺としても都合が良い。

 これならばユリが変な男に言い寄られて気を揉む必要が無い。


「おし! んじゃ、この姿でそのままイグナートの家に乗り込むか」

「はい。これなら安心ですからくっついてもいいですよ?」


 じゃあお言葉に甘えて、とくっついたのだがやっぱり違和感しかなくどちらともなく直ぐに離れた。


「ま、まあ、ずっとこの姿で居る必要は無いしな……」

「そうですね……私もやっぱりいつものルイじゃないとちょっと嫌です」


 名前の方は俺がロイ、ユリがマリアと変名した。

 余りに関係無い名前にするとうっかりしそうなので俺は親父の名前から、ユリは姉の名前を借りた。





 そうして姿が漸く姿が決まった俺たちは、イグナートに連絡を取り姿を変えた事を伝えてから侯爵家へと向かった。


 屋敷に着いて名を告げればそのまま通され、すぐにイグナートと会う事が出来た。


「肉眼で見ても全くわからないとは……本当に凄い技術ですね。完全に別人です」

「だよな。これは事前に見せないと口で言っても絶対にわかって貰えないって思ったもの」


 俺たちの事は今の所イグナートにしか明かしていない。

 俺が直接戦場に出たという事は知られない方がいいだろうとの考えだ。


 帝国側に隠すのは当たり前として、報酬の金額や戦場のポジションでシェン君が気を揉むことも無いし、俺も自由なポジションで好き勝手動きたい。

 それならばイグナートの手駒として身を置く方が良さそうだからな。

 そんな話をしていれば彼は少し困った顔を見せた。


「今は姿を隠しているのでシェンを通さなければ私もただの外様です。

 申し訳ないのですが殿下が思われるほどの発言力はありません……」


 今、丁度ロイドやホノカの紹介や、今後の方針を定める為に今までに無いほどに人を集めた軍議を行っているそうだ。

 彼はこのままではそれに参加も叶わぬ身ですと言う。

 シェン君と気軽に会う事も出来ないそうだ。


 それは確かに面倒そうだなぁ。

 ああ、でも今の状況なら……


「ベルファストの名前を出さなければ明かしてもいいんじゃない。

 ナタリアさんの為にイグナート領で身を隠していたって事にすればいいだろ?」

「……なるほど。その後の引き留める者たちを説得するのが大変そうですが、今は自由に動けるようにする方が大切ですね。お任せください」


 ああ、明かしたら当然そうなるか……確かに。

 ナタリアさんが理由なら帝国から離れたんだから戻ってきて欲しいと詰め寄られるよな。

 俺的には敵国じゃなければ戻っても、と思うが国的にはどうあっても帰せないしなぁ。


 だが戦場での発言力が一切無いのも本当に困る。

 もしヴェルさんが介入した場合、軍を止めて話し合いに持って行かなきゃいけない。

 そう考えると今回もお願いするしかなさそうだな。


「うーん……また面倒なポジションで悪いな」

「私の事はご心配無く。

 うちの者が多方に妙な探りを入れないかを心配しているだけですから」


「では、参りましょうか」と彼は微笑む。


 どこへ、と視線を向ければ軍議へ、と返ってきた。

 先にシェン君に相談しないのかと問うが、彼は士気向上の為にも明かせるならお願いしたいという立場なのだそうだ。

 そういう事なら、とユリと二人で帝国の公式武装を解いたイグナートの後ろを付いて行く。

 廊下を歩けば当然使用人たちとすれ違う。


「シュ、シュペルテン様!?」と、執事やメイドが彼の姿を見て声を上げた。


「ああ、久しぶりだね。だが来客中だ。余り騒いではいけないよ」

「えっ……で、ですが……」


 彼がウィンクして口に人差し指を当てれば、執事は静かになった。

 しかしメイドは逆にうるさくなる。

 

「「「きゃぁぁぁ~~~」」」と歓喜の叫び声をあげた。


「貴様らぁ! 今がどんな時かわかっているのか!!」


 響き渡ったのは明らかに女人の歓喜の声。

 お家の存続を掛けた軍議の最中。駆け付けた警備の兵が本気で怒るのも当然である。


「全くだね。キミたちはもう少し慎みを覚えよう」

「えっ、そんな……シュ、シュペルテン様……?」

「ああ、皆が心配で戻って来たよ。一時的にだけどね」


「う、うおおおっしゃぁぁぁぁ!!」


 今度は兵士が歓喜の叫び声を上げる。

 この危機に自軍の将軍が帰ってきたのだから気持ちはわかるが……


「「何事だ!?」」と、再び駆け付けた兵士がまた驚きの声を上げる。


 おおう。やっぱりこれはエンドレスなやつ……


「お前たちは職務に戻りなさい。私は今すぐにでも軍議に出なければならない。わかるね?」

「「「ハッ!」」」


 彼らは希望の光を見たと嬉しそうに敬礼をして戻っていく。

 そうして軍議の間に辿り着くと、瞳を潤ませた執事が扉を開けイグナートに頭を下げる。


 入ると同時に多くの者が叫び声に警戒して身構えていたが、彼を見た瞬間時が止まった様に静まり驚愕の瞳がこちらへ向けられた。

 彼はそれを気にも留めず歩を進め、シェン君の前で膝を付いた。


「シェン、波紋を呼ぶとわかっていたが今だけでもお前の力になりたい。

 そんな半端な帰参でも許してくれるだろうか?」

「はい、勿論です兄上。リスクを負う事になっても戻ると決めてくれたのですね。

 私こそ、兄上から託された家がこんな状況で申し訳なく思っております。

 ですが、半端という事は……」


 軽くアイコンタクトを取っただけで合わせてくれたシェン君に「ああ。完全な復帰はできない」と視線を返すイグナート。


「だが、今だけは私の持てる限りの力を尽くすと誓うよ。

 シュペルテン・ベルク・イグナートとして」

「「「おおおおおおおおおおおお!!」」」


 シェン君との会話で実際には死んでいなかったと飲みこめた家臣たちが歓喜の声を上げた。

 嗚咽を漏らしながら涙する者も多数見受けられる。


 まあ、そりゃそうだよな。

 こんな優秀でクソ強くて優しく万能なトップがこの危機に駆けつけてくれたんだから。


 と、微笑ましい気持ちで壁際から彼らを見守っていると、イグナートしか見えてなかった家臣たちが少し落ち着きを見せた頃、若い女性が俺たちに気が付く。


「お久しぶりですね、シュペルテン殿。

 色々お聞きしたい事はありますが、その前にそちらの者は?」

「ええ、お久しぶりです。武神ホノカ殿。

 ロイさんとマリアさんです。平民ですが只者ではありませんのでよろしくお願いします。

 そうですね……私の師匠と思って頂ければ。勿論武力の面でですよ」


 あっ、この人が帝国で一番強いっていう……

 そんな驚きも束の間、何故か俺たちが師匠にされたことで『大丈夫なのか、それ』と視線を送る。だがイグナートは微笑みを返して頷くのみ。


「へっ? イグナートさんが師匠なのではなくて?」


 相当にビックリしたのだろう。口調や呼び方が変わり年相応の様子を見せた。


「ええ。私など軽く転がされてしまいますね。

 ブラッディベアー三体の討伐もロイさんが片手間で行ってくれました。

 世に出ている強者が全てではないと思い知らされましたよ」


 ホノカは訝し気な視線をこちらに向けたが、イグナートの言葉だからか家臣団はそのまま受け入れ視線の色が変わった。

 それを見たイグナートは僅かに口元を綻ばせた。



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