第147話 シェン君との密談


 実家に話を聞きに行ったイグナートから状況を聞いた俺は、メイにお願いして帝国の状態を調べて貰う事にした。

 イグナートが聞いた話の裏取りからと先ずは奇病の蔓延具合を中心に。

 これのお陰で兵を動かせないとは聞いたが、それがどれ程かが問題だ。


 すると、頼んだばかりだというのに直ぐにメイは幾つもの映像を宙に映し出した。

 どうやらヴェルさん関連で各地にドローンを忍ばせてあったみたいだ。

 それを動かし、リアルタイムで映像を送ってくれているらしい。


 映し出されたのは各地で村や町が燃やされる光景。

 その状況は様々。

 一軒だけであったり、区画を区切られて火を付けられていたり、村ごとであったり。

 だが、どれも凄惨な光景な事に変わりはない。

 兵や村人が武器を持ち取り囲み、逃げ出そうとする者を炎の中に押し込む光景さえあった。


「これ、本当に今起こっている事なの?」と問えば彼女は短く『はい』と答えた。


「これも助けちゃダメ、なんだよな……」


 簡単に治せる手段がある所為で余計にやるせない気持ちに襲われ口に出る。


「ダメ、でしょうね……敵国ですから」


 悲痛な顔をしたユリが小さく答えた。

 助けたい想いは一緒なのだろう。納得はできていない様子。


「そうか。そうだな……胸糞が悪いが割り切るしかないのか」と気持ちを改め「わかった。ならせめてイグナートの所を助けよう」とユリに返した。


「そうですね」と返すユリも表情を改め「そちらはどうなのですか」とメイに視線を向ける。

 イグナートから聞いた話は他にもある。

 その問いかけの答えを催促すればメイはすぐに口を開く。


『ロイド、ホノカの両名は表向きは戦死扱いとされておりますが、ロイドが率いる兵士の動きから二人は敵前逃亡したと上層部の会議で決が出ています。

 現在将軍が二人もイグナート侯爵家に付いては困ると動いているのと同時に、なぎら王へ協力の打診を行っております』


 皇帝は『自分は騙されて親殺しをしたのかもしれない』と精神的に相当追い込まれている様子で、ずっと引き籠っているらしい。

 現状、宰相のハイドが色々動いているが聖堂騎士を失い動かせる兵士は数千程度。

 帝都には将が一人しか居らず何もかもが手の足りない状況となっているそうだ。


 本来、ヤマト国はなぎら王が神兵を出して抑える筈だったが約束は果たされておらず、教会からなぎら王に願い出ている。

 それが成れば五人の将軍と二万程度は兵を動かせるそうだが、それで本当に全てだと言う。


「待って待って! なんでそれでシェン君の所を潰そうとできるの!」 


 どう考えても有り得ないじゃん!

 そんな愚かしい言い掛かりを通すなら最低限持ち合わせる力ってもんがあるだろ!?


『神命に応えるにはなりふりに構っていられないと教皇が画策し、宰相がその後押しをして実行されました。本来の彼らの思惑では皇都で侯爵を捕らえ人質とする筈でしたが、イグナート侯爵の騎士が彼らの想定を大きく上回っていた事により成りませんでした』


 騙し討ちで捕らえようとしたら逃げられた、のか。

 最低過ぎる所業に言葉が止まりかけるが何とか飲みこみその後を尋ねた。


「自領に戻ってからも反意は無いと掛け合ったそうだけどそこは……?」

『皇帝の名で国賊と宣言し近衛兵までをも動かし応戦した事や、教皇自ら神敵と明言した事で引けなくなった様です。その為、彼らはなぎら王に協力を打診すると決め実行しています。

 彼らは直ぐに動いてくれると確信していましたが、なぎら王は北へ神兵を送る事すらも見送った為一先ずはこの現状で硬直状態となっております。

 先日箱舟本船が撃ち落とした神兵は、補充として急ピッチで製造しておりますので総数は一割も減っていない状態ですが、彼は元より地上の民が減る事を是としております』


 なんだこいつら……

 全員が揃いもそろって教養がある人間とは思えない姿なんだが。

 北とも南とも戦争を起こして負けて大損害を受けたばかり。

 その上で今一番戦力を持ってるイグナート侯爵家が折れてくれたのにそれをマジで蹴ったってのか。

 てか一番意味がわからないのはなぎら王だ。本当に何を考えてるんだ……

 前回で自力では敵わないと理解しただろ?

 もし古代種頼みと考えているなら帝国の安定は必須だろうに。


 国の存続よりも面子の方が大切だと思っているんじゃないか……

 国が潰れたら殺される立場だというのに。

 俺と比べても大きな差がある程に馬鹿なんじゃないのか、と思うレベルだ。


 そう思う程に考えが足りな過ぎた。

 そもそも、兵を奪い取る為に何の落ち度もない家臣に騙し討ちって……それでその家臣の兵が付いてくる筈ないじゃん。やられた方は仕返しを考えるもんだろ普通。


 それに他の貴族だって忠誠を示さなくなるよ?

 下手に前に出れば次は自分の番だと思うだろう。

 そんなんじゃ疑心暗鬼になって自分の身を守る事しか頭に無くなる。

 

 ああ、そういった悪循環の話は元々聞いてたわ。

 その流れの多くは教会からっぽいし、結局なぎら王が元凶なのか。


 あの爺さんは地上の人間は全員敵って考えてるみたいだし、もしかしたら何かを見落としているだけで思惑通りなのか……?


「ちなみに、ヴェルさんはどうしてる?」


 この半年、彼の過去や現在を見ることが多く、親近感が湧く性格をしているのでヴェルさん呼びが定着した。

 そんな彼の動向を聞けば、少し変化があった様子。


『変わらぬ催しに飽きが来た様子で、今日は抜け出して帝都を散策していました。

 特に問題は起こらず今は与えられた屋敷へと戻っています』

「えっ、抜け出してるの!? ……じゃあ接触もできそうだったり?」

『前もって潜んでいる者が居れば可能性はありますが、人の身で赴いて監視の目を掻い潜るのは難しいかと。どんなに愚かでも大阪勢力が古代種の監視を怠るとは思えませんので』


 ああ、そうか。

 なぎら王は箱舟本船には及ばずとも子機とは戦える技術を有しているんだもんな。

 けど、話せるなら話したい。

 ヴェルさんなら話せば分かり合えそうな気がするんだよな。マジで……


「人の身でって事は、通信ならいける?」

『はい。屋敷内は警戒が厳重ですが抜け出した時であれば。

 古代種が嫌がらない限り通話程度は可能でしょう』


 その声を聴きそれをやってもいいかと尋ねたが、スキャンしていない相手では情報量が足りておらず精度がかなり低くなるそうだ。

 しかし現状のデータでも敵意を持たれる可能性は低いでしょう、とメイは言う。


「それ聞いて安心した。正直今の帝国ならなんら怖くないしな」

「ええ。私も不安はありません。ルイを狙ったあの男が味方側というのは少々不服ですが」


 ああ、神速のロイドね。

 まあ遣り合うとなれば俺たちの誰かが直接相手にしなきゃいけないくらいには面倒な相手ではあるし、敵じゃないなら俺はその方がいいんだけど。

 でも確かに一度戦場で矛を交えちゃうとあんまり慣れ合う気にはなれないよなぁ。

 誠実なイグナートですら信用するのに時間が掛かったくらいだもの。


 そんな事を呟けば「ルイ?」と、ユリからイグナートの件は違う理由からだろうとジト目を向けられた。


「いや、うん。ごめんて。もうなるべくヤキモチは焼かない様にする」

「えっ、いえ、その……ちょっと焼いて欲しいのですが……」

「えっ……焼いていいなら自然に焼けるよ……?」


 と、ユリと見つめ合っていればメイが咳払いをした。

 そうして現実に引き戻されながらも話を煮詰めていく。






『シュペルテン様から通信の要請が入りました。準備が整った様です』


 随分と早いな、と思いながらもしっかりと座り直し前を向いた。

 映像が映るとそこには兄弟そろって並んで座る姿があった。

 緊張した面持ちでこちらを見るシェン君に俺から声を掛けた。


「久しぶり。話は聞いたよ。大変だったね」

『お久しぶりです、ルイ王太子殿下。

 殿下とお会いする時はこんな話ばかりで申し訳ない……』

「いやいや、こんな状況じゃなきゃ会話すらも難しい間柄だったし仕方ないよ」

『ご配慮痛み入ります。ルイ王太子殿下』


 深々と頭を下げる彼に「いやいや、俺たちだけなんだし畏まる必要無いから」といつものセリフを返しつつも、シェン君に今後を尋ねた。

 どういった形でこの状況を生き残る算段なのかを。


『戦うしかありません。一応、抗う算段は付けてあります。

 殿下から頂いた情報でまだまだ準備が足りないと気付かされはしましたが……』


 彼は、今出来ることは自領の防衛のみ。

 それをしながら領土の強化を相手が諦めるまで延々と続けるしかないと言う。

 発展でも兵力でも帝国の上昇率を上回り続ければ自然と生き残れるでしょうと語る。

 簡単なことでは無いが、今、帝国は奇病の打撃が大きすぎるので不可能な話でもない。


「んじゃ、先ずは防衛の話だな。今、教会が色々動いててな――――――――」


 と、先ほどメイに調べて貰った内容をシェン君に伝えていく。

 シェン君は自分が出した情報のその後の話が返ってきたことに目を剥いている。


『えっ……殿下は何故帝国の内情をそこまでお知りに?』

「ふっふっふ、そこは秘密だ。シェン君が名実ともにこちら側に来たら教えてあげよう」

『そ、それはベルファストに降れ……と?』

「えっ、違う違う! 国同士仲良くした上で友達になったらだよ」


 そんな大事俺の一存では決められないと大きく首を横に振るが、その返答にも彼は驚く様を見せた。


『えっ……うちを国と認めて頂けるので?』

「いや、独立したんなら国でしょ。認めるとかそういうのよくわからんけど。

 親父ももし安定するようなら仲良くしたいって言ってたし、多分そうなるんじゃない?」

『おお!! それは! それはとても有り難いお話です!』


 先に不安を抱えていたであろう彼は腰を浮かせ喜びを露わにした。

 その話は落ち着いたらしようと落ち着かせ、現状を伝え切る。


『知りもしない勢力が居た影にはそんな事が……教会がおかしい事は存じていましたが、よもや神の名を騙る者に騙されていたとは……』

「うん。今映像で話している様な進んだ技術を見せつけて信じ込ませていたんだろうね。

 まあ、俺からするとどっちにしても教会の連中はイカれてるとしか言いようが無いんだけど」


『あはは、ごもっともです!』と、彼は理解者を得たと言いたそうに言葉を強調しつつも続ける。


 その後、彼は教会や皇帝への恨みつらみを混ぜながらも今後の兵の配置状況などを語った。

 当然侵攻しないのであれば相手が攻めて来た時の防衛戦となる。

 だから基本は帝都から整備された道が伸びる三つの経路を領地の境界線である外壁にて食い止めるくらいしかないそうだ。

 その間にシェン君が頑張って内政に勤しむのだとか。


『北側から回り込んで来た場合にも常時備えたい所ですが、流石に兵が足りません。

 そこはヤマトと遣り合っていた兵士たちと、帝都の兵士の動向をきっちり把握し誤魔化すしかなさそうです』

「ああ、じゃあ動いたら教えてやるよ。当然俺たちも監視してるしな」

『おお、それはありがたい!

 是非ともお願いしたいお話ではあるので、対価の程をお伺いしたく……』

「えっ……あー、んじゃイグナート、俺が手を貸す対価をお前が決めろ。

 お前の実家だし俺は最低限しか要らないとだけ言っておく」


『ハッ!』と何故かお外向きの返事を返したイグナートだが、何故か考え込んでいて返事が返ってこない。


「どした?」と首を傾げれば漸く彼は口を開いた。


『いえ、シェンが差し出せる物で殿下にお喜び頂ける品が一切見当たりませんので……』

『いやいや、兄上!? そんなはずが無いでしょう!?

 幾ら殿下と言えど、この広大な領土に欲する物が一切無いなど……冗談、ですよね?』

『冗談ではない。殿下は富、名声、力、全てにおいて有している。

 それどころか容易に今以上を生み出すお力を持っている。

 せめて趣向品でなにか、と考えたのだが……無いのだ』


 いや、全ては持ってねぇよ?

 今は力がついたってだけだろ!?


 あ、でももうお金は沢山持ってるな。

 けど、侯爵家を唸らせる程はねぇよ?

 いらんけど。


 それに……「少なくとも名声は無いだろ」と否定したのだが「ルイ、無い訳がないでしょう?」とユリに呆れた視線を向けられた。


 いやいや、どこにあんの!

 と、真面目に問いかければ彼女は喜々として語りだした。


「ルイは自分の事を知らな過ぎです!

 貴方がベルファストで民の前に名乗り出れば大歓喜で迎えられますよ。救国の英雄なのですから!

 レスタールにもその武勇と智謀が伝わっていて、噂の的だそうですよ?

 敵である帝国の民にすら神と崇められそうになっているではありませんか!」


 や、やめて……

 色々嫌だけどその智謀ってのだけは絶対にやめて……

 自分でも残念王子な自覚はあるんです。俺に智謀とか、考えるだけで恥ずかしくなる。


「あー、んー、じゃああれだ。

 国として落ち着いたら奇病で引き取った住人たちに家族を呼び寄せるチャンスを与えてやってくれ。

 前も言ったように迎えた者を帰すことは出来ないが、一生家族と離れ離れってのも可哀そうでさ」


 それが報酬って事でどうだと問いかける。


『えっ、それは全然構いませんが、それだけですか?』

「うーん、マジで特に無いんだよなぁ。

 でもこういうのは見合う対価を貰わなきゃいけないんだっけ……

 じゃあ大金貨千枚でどう?」


 そう問いかければ、彼は安堵した笑みを浮かべ『ありがとうございます』と頭を下げた。


 その後は俺たちの参戦はお忍びで行う事や、ロイドやホノカがどんな奴なのかを尋ねた。

 思いの外悪い奴らではないらしい。

 殆どの将軍に言えることだが生い立ちが特殊で変わり者が多いが、半数程度は根っからの悪人ではないそうで、その二人は常識的な方だと語った。

 特にホノカの方は善人寄りだと言う。


 それから雑談を少し交わし、話が尽きてまた何かあれば連絡を寄越すと通信を切った。

 イグナートには飛空艇の権限を与えてあるので、好きに村を行き来して構わないと伝えた。

 ナタリアさんに彼の口からは何も言わずに置いてきたままだから必要だろうと思ってだ。


 恐らく、ロイドたちが居るので彼女を連れて行きたくは無いだろう。

 まあ、通信機は二人に渡してあるので連絡なんて何時でも取れるのだけれども。

 傍に居ないと満足できないくらいのおしどり夫婦だからな。


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