第146話 独立の理由


 こんな時に何故シェンが独立なんて真似を……

 私の頭の中はその想いで一杯だった。


 一刻も早く屋敷の中に入り問い質したい所だが、独立宣言をしたからと言って現状を確認できていない今、私の存在が明るみに出るのは宜しくない。

 逸る気持ちを抑え、全身武装の一兵士の振りをして書状を門番に渡す。

 宛先は架空の人物だが、その名で出せば問答無用でシェンまで届く名前。


「名を確認して貰えればわかって頂けると聞いている。

 至急返答を伺いたい。密命故、姿を明かせない身ではあるが待たせて頂けるだろうか?」

「む……了解した。案内を付ける。暫し待たれよ」


 この非常時だが素直に受け入れてくれた様だと安堵し、案内に従い中へ入る。

 久々に戻った我が家の応接間に案内されるというのももどかしい。

 このままシェンの元へと駆けたいところだが気持ちを落ち着けてじっと待てば、暫くすると戸が開き人払いがされ、その後すぐにシェンが入ってきた。


「やっぱり来てしまったんだね、兄上」

「そんなことよりも聞かせてくれ! 何故、今独立なんて……」

「あはは……聞いてくれよ。とても、とても大変だったんだ……」


 弟の頬を引き攣らせ力なく笑う様を見て、已むに已まれぬ事情があったのだと悟った。

「聞かせてくれ」と気持ちを落ち着けて頷き、席に着いた。


「半年前に戦があっただろ? それに呼ばれたんだ。前日にね……

 皇帝の勅命の書状で教会が聖戦と謳っていると聞いて大至急で準備して本当に無理をして向かったんだ……けどさ、前日に言われたって間に合う訳がないじゃないか!」

「それは当然だろう。しかしその様子だとそれで難癖を付けられたのか……」


 シェンは瞳に涙を溜めていた。

 辛い事があっても笑って流す子だ。よっぽどの事があったのだろう……


「ああ……僕らが城に着いた時に言われたよ。

 勅命を成さなかったイグナート侯爵家はお取り潰し。連なる者は国家反逆罪で処刑だとさ。

 当然、そんな言葉には従えない。反逆などしていないと訴えようとしたが城門を通るどころか兵に槍を向けられたよ」


 その後、皇帝に会えぬのならば居ても仕方が無いと帰る事になったのだが、国家反逆罪という名目で引き留められることになった。

 だが、それに従ってはただ処刑されるだけ。

 できるだけ被害を出さぬ様に防戦しながらイグナート領まで撤退することを余儀なくされたと語る。


「そうか……」

「勿論、僕だって直ぐに独立を決めた訳じゃない。

 中央の要望に応える形での取り消しを願ったよ!?

 けど、うちを丸ごと奪わなきゃ気が済まないみたいでね。最低でも領地と一族の首は出して貰うなんて書状が返ってきただけだったよ……」


 今までも政争による難癖は多所あったが、その中でもこれは余りに酷い。

 どんなに心無い貴族でも最低限傍目から見て被害者と言う立場を装うものだ。


 しかし今回に限っては大半の者が間に合わないと知っている状況でのこと。

 それを皇帝が行うなど、とうとう帝国はここまで落ちたか。

 こんな幼稚でどう見ても道理の通らない無い謀をされていたなど、思いもよらなかった。


「確かにそうなってはもう戦う他道は無いか。

 だが、それであれば何故私に泣きつかない。確かに私はもう他に主君の居る身だが、少しでも可能性があるならば長として頭くらい下げるべきだろう?

 殿下は素晴らしいお方だ。理由もなく無下にする様な真似はしないぞ」


 私はお前には申し訳なさを感じているのだ。

 本音を言えば、今すぐにでも力になりたい。


 そう思って口にした言葉だが、返答が帰る前に部屋の戸が開いた。


「それは私が居たからだよ。イグナート元侯爵殿。いや今はどちらも元侯爵か。

 それにしても生きていてくれたとはね。騙されたよ……しかし良かった」


「――っ!?」


 何故、うちの屋敷にこの方が!?

 突然の乱入者、神速のロイドの出現に思わず身構えた。

 驚いてシェンを見たが、彼は立ち上がりロイドの前に行っていてこちらの視線には気付かなかった。


「ロ、ロイド殿!

 ご助力は大変感謝しておりますが、流石に来客時に勝手に入って来られては!」

「いや、すまない。だが死んだと思っていた友の声が聴こえてきてはね?」


 友か……確かに彼が将に抜擢されたばかりの頃はよく交流を持っていた。

 一時期は私もそうなれたらと思っていたが、結局彼も帝国の闇に染まってしまい疎遠となってしまっていたな。

 まあ、その行いは残忍ではあるものの己の身を守る為。私みたく家柄という盾が無かったのだから責めるつもりは毛頭無いが。


 しかし何故。

 何故神速のロイドと謳われた彼が帝国を裏切ってまで助力する……


「聞いてもよろしいでしょうか。ロイド殿、貴方は何故こちら側に?」


 そう問いかければ、彼は出会ったばかりの頃の様な気の抜けた笑みを浮かべた。


「簡単ですよ、イグナート卿。

 私たちは聖戦の時、余りの馬鹿らしさに敵前逃亡したからです。

 当然でしょう。私は望んであの地位を得た訳じゃないのですから。

 生きる為には従うしかなかっただけだというのに死ねという指示に従う筈が無い」


 そうか。

 彼はあの場で光の柱を見ているのか。私とは違い肉眼で。

 あれを撃たれては流石の彼も生き残れない。

 それで離脱を決めたのか。


「今度はこちらが聞いても?」と彼はこちらに視線を向けた。


 問いかけの内容は聞くまでも無い。

 私が死を偽装した理由だろう。


「貴方なら、もうわかっているでしょう。最後の軍議に居たのですから」

「なるほど。やはりあれで……」


 殿下に迷惑が掛かってはいけないので詳しくは言えない。

 だからその後は口を閉ざせば彼は察して話を変えてくれた。


「しかし良かった。これでここは安泰だ。

 将が三人居てイグナート侯爵軍と私の軍が居れば今の帝国ならば余裕がある程でしょう」

「三人……ですか?」

「武神ホノカ殿も助力してくださっているのですよ、兄上」


 なっ!?

 あの帝国最強のホノカ殿が!?

 であれば確かに一応守り切れる算段は付く。


「そうか。それで……」とシェンに視線を向ければ、彼は自信を持った顔で頷いた。


「しかしロイド殿はあの古代種の異常性を見た筈だ。

 刺激するべきでは無いとは思わなかったのですか?」

「いや……その話は知らないな。古代種とは?」


 そうか。判断の早い彼の事だ。

 光の柱を見るや否や手際よく離脱したのか。


「古代から生きる知性を持つ魔物です。恐らくホノカ殿でも一瞬で殺される力を持っています。

 帝都で例えると三割くらいの広さの土地を一瞬で消失させました」

「……話が読めないな。貴方がこういう嘘を吐くとは思えないが、荒唐無稽過ぎる。

 仮にその話が本当ならばもう帝国は滅んでいるでしょう?」

「いいえ。奇怪ながらも本当の話です。

 古代から生きる魔物で、長い時間人と過ごした事もある魔物なのですよ。

 自分を楽しませるならば庇護するという条件を出し、なぎら王はそれを飲みました」


「っ!? あの場に居なかった貴方からその名が出るという事は、やはりあの王子に……

 道理でこちら以上に状況を掴んでいる訳だ」


 し、しまった!

 なぎら王の事は伏せるべきだった……


 いや、説明を行えばどちらにしても辿り着いてしまう話。

 否定はするが状況を理解して貰う方が優先だ。特に最前線に出るだろうロイド殿には。


「いいえ、古代種の話を中心にあの日の事は今や帝国の外では割と共通認識なのですよ。

 そんな事よりも、古代種を刺激しない事が最優先です。あれに出てこられては勝ち目が無くなります。

 一応、人同士の争いには与さないと宣言していますが、侵攻だけはしないで頂きたい」


 ロイド殿に向けて口を開きながらも視線でシェンにわかっているな、と伝える。


「元よりそのつもりはないよ。

 僕はただ、兄上から引き継いだこの家を守る為に動いているだけなのだから。

 皇帝を撃つほかに道が無くなれば長として動かねばならなくなる事もあるだろうけど、今の段階でそんな化け物を刺激するほど馬鹿じゃない。

 しかし、そうなるとこの先は当分防衛線が続くのか。大変だなぁ……」


 民の命を背負う領主としては立派な答えだ。

 しかし事の重さに気が付いていない。

 認識が甘いと叱りたい所だが、それを説明するにはロイド殿の存在が邪魔をする。

 どう転ぶかはわからない状況で確証は与えたくない。


 そうして悩んでいればシェンが私の想いに気が付いてくれた様だ。


「ロイド殿、もうそろそろよろしいでしょう?

 今は久々に会えた兄上とお話をさせて頂きたいのですが」

「そう、だった。乱入して居たんだったな私は。

 大変失礼した。では落ち着いたらまた話そう」


「ええ。お時間が合えば是非」と握手を交わせば彼はそのまま退室した。

 今が好機と殿下に貸し与えて頂いている魔道具を使いシェンに詳しい説明を行う。


 初めて見る立体映像に驚くシェンだが、直ぐに気を取り直して説明を真剣に聞いた。

 そのお陰で脅威度の認識が甘かったことにも気が付いてくれた。


「困ったな。うちが下手を打てば世界の危機となる状況なのか……」

「そうだ。それで殿下も一度話をしたいと仰っていた」


「……やっぱり止められるのかな?」と困った顔で問うシェン。


「どうだろうな。だが殿下のお人柄からして黙って死ねとは絶対に言わない。

 お前もそれはもうわかっているだろう?」

「そうだね。奇病の件では僕も兄上が信頼するお人だと思ったよ。

 普通は受け入れないし治療も引き受けられないよね。まるで身内の様な扱いだ」

「ああ。私も本当にのびのびやらせて貰っているよ。自由すぎて困ってしまうくらいに」


 そうして殿下のお人柄を伝えた後、ロイド殿やホノカ殿の思惑を尋ねた。

 どんな条件で剣客として迎えたのだ、と。


「いや、向こうから匿って欲しいと言われただけだよ。

 参戦も成り行きで特に約束事はしていないね。

 ただ、最後までは付き合えないとは言われているけど」


 問題が起きる前に受け入れていたこともあり、本当に成り行きでそうなったのだそうだ。

 独立を宣言すると決めた時に彼らに今後を尋ねたところ、手に負える範囲なら防衛にも手を貸そうと言われたそうだ。


「そうか……帝国を見限ったという言葉は本当に信じていいのか?」

「まあ僕の調べさせた範囲ではね。

 あれほど中枢の人だと皇帝からの一言で済んじゃうから簡単に密命を受けられちゃうだろうけど、これ以上の無い難癖で潰すと決めた家ならさ……武力で潰させればいいだけなんだよね」


 それはそうだ。

 あの二人が軍を率いれば私の居ない状況では簡単に落とされるだろう。

 まあ、私とカイが居ても殿下の元へ行く前の強さでは多少長持ちした程度だろうが……


 しかしそうなると二人の願いは今後の身の置き場の可能性が高い。

 現状、一番枕を高くして寝れる場所がここだったという訳か。


 そうして彼らの推察をしていると、シェンが苦い顔で口を開く。


「武力は十分だと思っていたけど、兄上の話が色々予想外過ぎて僕も混乱しているよ」


 十分か?

 確かに完全に落とされはしないだろうが、いくらあの二人が居たとしても帝国全土が相手では周囲は切り崩されるだろう?


 そんな疑問をシェンにぶつけてみたが今、帝国は奇病が蔓延し過ぎていてそれどころでは無いそうだ。

 それでも中央は相変わらずみたいが、他はもうどこも出せる兵は居ないそうだ。


「うちくらいだよ。早期に手を打って完全に封じ込んだのは。

 どこも酷い事になっているみたいだ。色々な所で焼き討ちが行われている」


 シェンはそう言った理由で北に置いている戦力を全て持ってきたとしても対抗できると言った。

 それほどに酷い状況だとは知らなかったので少々驚いたが、それは私にとってはどちらから見ても都合の良い状況だ。


「そうか」と安堵の息を吐いた。


「それで、ルイ王太子殿下との会談は何時だい?」

「早い方が良い。だが、次は乱入の無い様に頼むぞ」


 前回殿下を案内した時もシェンが乱入する形になってしまっている。

 今回もそうなっては殿下の信頼を失ってしまうだろう。

 本当に頼むぞ、と念を押した。


「うん。今回はいきなりで僕も準備が無かったからね。

 次はちゃんと邪魔の入らない場所を用意する」


 その声にそれもそうかと納得した。

 今回私は前触れもしなければ匿名で手紙を出しただけだ。

 そんな突然の状態ではシェンの落ち度とは言えないかと思い改めた。


 シェンに頷いて返せば「僕の方はいつでもいいよ」と続けたが、わかっていっているのだろうか。 

 恐らく殿下は『じゃあこのまま話を聞きに行く』と言い出すぞ。


「もう準備が整っているのか?」

「まあ、時間のかかるものじゃないしね。

 僕が彼らの居ない別館に移動すれば事足りるだろ?」


 もし、それでも後を付けて無理やり入ってくる様ならもう僕にはお手上げだよ。とシェンは笑う。

 一部の将なら興味本位でもやりかねない所業だが、あの二人であれば後を付けて押し入る程の強引な手法は敵対者と定めない限りは取らないだろう。

 今回の不作法もロイド殿にしては意外な行動だ。

 しかし、シェンに対策をしろと言っても強引な手法を取られたら対策は難しい。


 ならばそうなる可能性を考慮した報告をすればいいだけだ、と頷き一度別室に移り殿下に魔道具で問いかければ将の存在に懸念は示していたが、映像通信でならば秘匿は容易。

 少しでも早い方が良いとの返事を頂いた。


 その際に現状掴んでいる情報を一つ一つ事細かに伝えた。


 シェンが独立を宣言せざるを得なかった理由。

 ロイド殿とホノカ殿がイグナート家に付いている事とその経緯。

 奇病による帝国の惨状。


 殿下は、最も驚くと思っていた将二人の参戦にはさほどの驚きを見せず、シェンが陥れられた事や奇病に何も手も打たない皇帝にお怒りになっていた。

 この様な時でも下の者の心配とは、やはり私の主君は器が違う。


 そんな想いで報告を終えれば殿下からのお言葉を頂いた。


『親父に俺が直接動く許可も貰ったからさ、話し合ってお前んところを助けられる様に一緒に考えてみようぜ』


 私の想像を遥かに超える温情のお言葉だった。

 殿下の言葉に目尻が熱くなり涙が零れる。


 私の参戦を許して下さるだけでなく、殿下まで動いて頂けるとは。

 素晴らしき主君に巡り合えるというのはなんと喜ばしきことなのか……


 今まではリアが不安で死ぬことも出来ないと思っていたが、殿下ならば願わずとも守って下さる。

 ならば、私は殿下の騎士として全身全霊を持ってお守りするだけだ。


 敵わぬ敵に命を投げ出すことになろうとも私はそう在りたい。


 ――――これは、私の是だ。



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