第143話 魔力を貯めるだけの簡単なお修行です。


 レナ姫を国境付近まで見送り、王女御一行は十の飛空艇を引き連れて国へと戻って行った。


 だが、俺とユリの乗る飛空艇に残った者たちも居る。

 ヒロキたち。それとユキナさんだ。

 ジョージさんたちは手伝いが必要無いのならと、レスタール国境でいそいそと降りて行った。

 恐らく勤しむのだろう。情事ジョージだけに……


 ユキナさんはリアーナさんが使用人として貸し出させて欲しいと言い残る事になった。

 どうやらカイとの婚姻を是非とも成功させたいらしい。

 ユキナさんに『こんなチャンスはもう来ないわ。頑張りなさい』と強く言いつけていた。


 それは良いのだが、この先どうしようかと頭を悩ませていた。

 友人枠の奴らしか残らなかったとはいえ、流石に機密満載になり過ぎたあの村にはもう連れて行けない。

 かと言って帰れとも言えない。特にユキナさんには。


 どうしようか、とユリに相談する。


「このまま帰らずに好きにやりたい事をやればいいんじゃないですか?

 連絡はお互いに取れるのですし、一報入れておけば少しくらい戻らなくても大丈夫だと思います」


 ああ、そうか。無理に戻る必要は無いのか。

 この飛空艇ならば屋敷以上に快適に住めるしな。

 そういう事なら連絡しておこうと親父に事情を伝える。


「――――という訳で暫く村に戻らないつもりだから」と伝えれば、少し慌てた様子を見せる親父。


『ちょっと待て、お前今ランドール侯爵家の者とカイが婚約したとか言わなかったか?』

「いや、婚約したとは言ってないよ。

 正式には親父に聞いてから答えるってちゃんと言ったから」

『そ、そうか。ちゃんと成長して居るな。良い判断だ。

 しかしその話はお断りしておけ。

 それこそが警戒しろと言っていた絆を利用するトラップだからな』


 あら……

 リアーナさんはそういうつもりじゃなさそうだったけど、確かに周囲がそれを知れば利用しようとするか。

 上から命令されれば断れないって言ってたもんな。

 なら、早い方が良いとカイと話しているだろう部屋に赴くが、入る前に不安になった。

 もう既にいい空気になっていたらどうしよう、と。


 今さっきの話だし大丈夫だよな、と部屋の前で足を止めていれば、メイが情報を送りつけてきた。

 恐らくは記録した映像なのだろう。

 それは彼らが部屋に入ってくるところから始まった。


『その、宜しかったのですか? 末席の家の私などとの婚約を受けてしまって……』

『ええ。殿下が認める相手ならば身分などどうでもいい話です。

 それにずっと独り身という訳にも参りませんから』

『その、どうして今までご結婚をなされなかったのですか。

 引く手あまたに見えるのですが……

 騎士として登用されたのですから殿下に仕える前からお強かったのですよね?』


 と、問われた彼は身の上をぼかしながらも話していくが、婚姻できなかった理由に辿り着くと彼女は首を傾げた。


『確かにシュペル様は怖いほどに容姿端麗ですが、整い過ぎていると嫌がる女性も居りますのに』

『いやいや、それは無いですよ。今までそんな素振りを見せた者など居りませんでしたから』


 帝国の話を出す訳にもいかず細かい説明はできなかったが、それでもイグナートを受け入れない女性など居なかったと口にする。


『はい。失礼になりますから普通は表に出しません。

 相手には何の落ち度も嫌悪感も無くこちらが勝手に困っているのですから。

 私もあのお方にそういう素振りは見せない様に心掛けましたし』

『えっ、もしかして……貴方もそう、なのですか……?』

『ええ。私の友人も私と同じ意見でしたので、一定数は居るものかと思われます』


 その声にカイは放心したように彼女を見つめ続ける。

 彼女は突如止まった会話に不安そうに視線を向けた。


『どうか、なさったのですか?』

『いえ、失礼しました。

 突然のお話でご心配かとは思いますが、全力で大切にするとお約束します』

『は、はい……では、その……お言葉に甘えさせて頂きます、ね?』

『は、はい。お任せを!』


 ぎこちないながら意思確認を行い、良い雰囲気を出していた。

 二人は赤い顔で相手の顔を見ては逸らすを繰り返している。


 えっ、ここで俺がぶった切らないといけないの?

 なんて言ったらいいのかわからないんですけど!?


 ダメならダメで放置する方が悪だが、何と言ってよいものやら……

 メイ、親父に今の状況を伝えてどう切り出したらいいか聞いてみてくれない?


『畏まりました』と、メイの声が頭に響き、暫くすると親父の声がした。


『……お前、これを送ってきて俺にどうしろと?』

「いや、心苦しくてさ……何かアドバイス下さい」

『はぁ……先ずは俺が反対しているとは言え。

 その上でごねるなら、その娘に完全にうちに降れと伝えろ。

 それを受け入れた上でお前が責任を持つなら許してやる』

「降るって?」

『ベルファストの民となる事だ。

 カイは渡せん。であればこちらに来てもらうしかないだろう?

 カイにちゃんと家を持たせ、ベルファスト貴族に嫁入りすることを了承させろ』


 ああ、そういう。なら平気じゃね?


「わかった。その線で話してみる」

『ああ、しっかりな。自分にも置き換えて考え色々勉強してこい』


 いや、俺はユリ以外は……でも、確かにどんな話でも迂闊に受け入れないってのは重要だな。

 そっか。物語でよく見た貴族社会の婚姻相手の家柄が、家との関係が、ってのはこういう事を細かく突き詰めて考えたものなのか。

 そりゃ、その上で人間性までは見れんわな。

 運が良くない限りハズレもままあることだろう。


 そんな事を思いながらも親父にお礼を言い、部屋の戸をノックした。


 部屋に入ると、対面に座っていたユキナさんがカイの隣に座ったので俺も対面に着く。


「えーと、早速親父に聞いてみたんだけど、有能なカイを手放したくないみたいでさ。

 もし婚姻するならユキナさんにベルファストの民になって貰いたいって……」

「は、はい。それは当然かと。

 お嬢様も姫様ですら叶わなかった殿下の騎士を引き抜けるとは思っていないと思いますよ」


 あ、そっか。

 イグナートの件があるからそう考えるのが普通か。

 じゃあ、これでいいのか……と考えたところで自分の間違いに気が付き口に出した。


「あっ、最初に一応反対だって事を伝えてからにしろって親父に言われてたんだった……

 その、二人はどう? それでも結婚したい?」

「いや、殿下、それは最初に言ってくださいませんと……

 でもまあ、選択肢があるのなら私は彼女を伴侶にしたいと願います」

「わ、私も、約束して頂きましたから……」


 ああ、うん。

 順番は逆になったけど、これはどっちにしても同じことだったわ。


 そう思う程に意識している二人に疑問が湧いて思わず尋ねた。

 何故人に言われてこうもすぐに受け入れられるのかと。


「そう言われましても……」と頬を掻くカイ。


「好ましいと思える殿方と婚姻できるのですから、受け入れる方が普通かと」

「ああ、まさにそれですね。

 共に居ることすら苦痛な相手と婚姻せねばならぬ者も居りますから。

 素晴らしいお相手を見つけてくれた殿下には感謝しています」


 うーむ。普段からハズレを引くことを恐れているからだろうか。

 真面な相手なら受け入れるのが当然で違和感を感じていない様子。


「そっか。じゃあユキナさん、カイの事よろしくね」

「は、はい。私程度に何が出来るかはわかりませんが、精一杯尽くします」

「いや、普通でいいんだよ、普通で。楽しくやって」


 そう告げながらも「邪魔したな」と告げて立ち上がりユリの所へと戻れば、彼女はヒロキたちの輪で雑談をしていた。


 それは良いのだが、何やら様子がおかしい。

 ユリは困った顔でヒロキを見ている。


「どうしたんだ?」

「おい、ルイ! ヤバイのが出てきたんだろ!?」


 ああ、その話を三人にもしたのね。

 そりゃ深刻な顔にもなるわな。


「ああ、古代種な。あれは本当にクッソヤバイ」

「なら寛いでいる場合じゃねぇだろ! なんか俺に出来る事はねぇのか!?」

「俺が考え付く限りじゃねぇな。俺たちとは強さの次元が違い過ぎる。

 十年とか時間くれるならその限りじゃないかもしれないけども」


「よし! じゃあそれやんぞ!」と立ち上がるヒロキ。


 いや、それってどれだよ。

 と、思いながらもメイに問う。

「十年鍛え続けたらあれに対抗できそう?」と。


『測定不能。

 ですが地上で活動できる時間がそれほどに残されていると仮定するのであれば可能性はあります。

 その為の準備を行いますか?』


 えっ、可能性あるの!?

 指をクイッってやるだけで町を消滅させられる様な化け物だよ!?


「あるならやってくれよ! 代われるなら俺がやってやるからよ!」

「えーと、その前にどんなプランか聞かせて」

『他の古代種に気付かれぬ様ステルスドローンを各地に散らばせ、動向を探りながら魔素濃度の高い大陸にて討伐を行います』


 ああ、先週のやつを他の大陸でもやるって話ね。

 それだけなら簡単そうだけど……

 と思っていたがメイの言葉はまだまだ続いた。

 戦闘技能データや魔法陣データを記憶領域に植え付けたり、魔力の性質変化のデータ取りを行ったり、それを箱舟で活かせる様にしたりと、他にもこまごまとした内容が一杯あった。

 だが、その内容の大半はメイが自動でやってくれるものだ。


「ヒロキ、お前マジでやる気なのか?」

「たりめぇよ! 俺は国を守る為に立ち上がったんだからな!」

「僕もやるよ。ルイばかりに背負わせたくないしね」

「私もサポートくらいならできるよ!」


 そう言ってくれるのはありがたい話だが、ヒロキたちでもできるのか?

 いや、同じ人間なんだから時間を掛ければ出来るとは思うけども……


 と疑問に思っていれば、メイがヒロキたちをスキャンした。


『スキャンにより意思を確認致しました。

 可能性はあります。私は三人に任せる事を推奨致します』


 マジか。


「多分というか、まず間違いなく死闘になるぞ?」

「どっちにしろ戦いになったら死闘だろ」

「うん。戦わないで済むならそれが良いけど、抗う力は欲しいよね」


 ああ、そうか。

 もし戦いになったらの対抗手段なんだから、どっちにしてもか。

 あの古代種の事だから無抵抗な者は殺さなそうだが、こいつらが乗り気な以上戦いになったら前線に出るだろうしな。


「じゃあ、やるか! ユリ、いいか?」

「ええ、勿論です。パーティー再結成ですね!」


 と、良い笑顔を見せるユリ。


「おうっ!」とヒロキが己の拳を突き合わせ気合を入れる。


「んじゃ、先ずお前らはここに魔力を全部入れてくれ。その後適当に何かして遊ぶぞ」

「へっ……なんで遊ぶんだよっ!?」

「えっと、今からでも修行に入った方がいいんじゃないかな?」

「最初から根詰めても仕方ないってこと?」


 ずっこけそうになっているヒロキを傍目にアキトとアミから疑問が飛ぶ。


「まあ、アミの言葉が半分正解。残り半分は魔力を入れればわかる」


 そう伝えれば訝し気ながらも魔力を入れていく三人。

 俺の思考を読み取っていたメイは機体の大半を透過させた。

 急に上空に投げ出された様な感覚に陥るが、俺やユリは魔装で何度も体験しているので慣れたものだ。

 まだ未討伐の山脈に飛んでくれていて、光の柱が地上に落ちていくさまが見える。


 それと同時にアミとユキナさん、ナタリアさんであろう声の悲鳴が聴こえた。


 あっ、何も言わずに機体を透明化させちゃったからか……

 って俺じゃねぇわ。メイだわ。


『彼らを驚かせたいというマスターのイメージ通りです。

 人間関係上も問題はありませんので実行致しました。ご覧ください』


 と、彼らの方へと視線を向ければ、透過されているお陰で様子がよく見えた。

 カイがしがみ付くユキナさんを抱きとめていた。

 別の所で同じくイグナートもナタリアさんを抱きしめている。


『機体が透明になっただけですので大丈夫です。

 もし何かあっても絶対に俺がお守りしますからご安心ください』

『えっ!? あ、落ちた訳じゃないんですね……』


 と足を一度踏みしめると赤い顔でゆっくりとカイから離れる彼女。


「おい! あいつらの恋愛事情は今はいいだろ!

 これ、なんなんだよ!?」

「お前らの魔力で魔道具を作動させて自動迎撃させてんだよ」

「はっ? そんなんで強くなれんの?」

「俺はなったぞ?」

「……」


 納得がいかない。だが言葉が出ないと、口を開こうとはして閉じるヒロキ。

 まあ、真面目にダンジョンで頑張ってる奴から見たら反則だよな。


「後は自動でやって貰えるから、俺たちは基本ここに居ればいいだけだ。

 ドローンが持ってくる魔石を吸収して偶に模擬戦して訓練したりしてればいい」

「偶にって……」

「ああ。まだ遊び程度にでいい。と言うか最初は無駄だからやらなくていいよ。

 素で強化使っている状態よりも強くなってもまだまだ足りないだろうからな」

「そ、それでもまだまだなんだ……そっか、そう言えば十年掛かりって話だもんね」

「お、おう。そんなに時間が掛かるんなら気を張っても仕方ねぇか」


 その後、俺は遊びと称して魔力操作で物を作って伝える伝言ゲームを開催した。

 俺はこれ系は本職なのでアドバイザーとしての参加だ。


 先ずはメイに俺の記憶から魔力操作系の技術を割り出し、全員に植え付けて貰った。

 これでユキナさんやナタリアさんも参加可能な筈だ。

 その上でゲームを行いながら必要に応じてレクチャーを行う。


「す、すげぇ! 完璧じゃね?」


 と、お題のラクを頑張って作ったヒロキだが、棒に尻尾と足を四本付けただけだった。

 だが、それでも凄い進歩らしい。

 技術を提供した俺としてはもう少し頑張って欲しい所だが、ユリの戦闘データを貰った俺もまだまだ活かし切れているとは言えない。

 よく考えたら造形物を作るデータも与えていないし、最初はこんなものかと皆の作品を見て楽しんだ。


 まあ大半は芸術的過ぎて何かわからなかったけど。

 意外にもナタリアさんが一番上手かった。

 お題と全く関係ない花を作っていたが、前の人が何を作ったかが全くわからなかったので仕方が無い。完全に諦めて好きな物を作っちゃうところは彼女らしいが。


 そうして居ればメイの声が聴こえ、時計を見れば結構な時間が過ぎていた。

 

『投入された魔力が尽きました。討伐した魔石はこちらになります。

 このままマイマスター、ユリシア様の魔力に切り替え続行します』


 そう言われてその時初めて外を見てみたのだが、外には人の手が一切入っていない大地が広がっていた。


 どうやらいつの間にか別の大陸に着いていた様だ。


 密林地帯で所々沼地の様な所もある。

 そんな中、恐竜タイプの魔物がうじゃうじゃいた。


「……今更ですがこんなに派手にやって大丈夫なんですか?」


 他の古代種に見つからないかと疑問を投げかけるカイ。

 そこらへんどうなの、と問えばメイから答えが返る。


『問題ありません。古代種ともなればエネルギー探知で確実に感知できますので。

 常に半径千キロはドローンにより索敵が完了している状態になっております』


 おおう。流石メイさん、抜かりが無い。


「んじゃ、魔力を入れたら今日はもう飯食って寝るか」

「は、ははは、本当にそんなでいいんだね……凄いや」


 そうして皆でわいわいと夕食を終え各々割り振った部屋へと戻った後、俺はイグナートとカイを呼び出した。


「いきなり呼んで悪いな。話があるんだ」


 座ってくれと対面席を促すと彼らはユリが隣に居なかった所為か、かなり神妙な顔で頷き席に着いた。

 ユリが居ないのは眠そうだったから先に寝室に行って貰っただけなのだけど。


「あ、それほど悪い話をするつもりは無いよ。

 ただ単に注意事項を伝えておきたいだけ」


 そう伝えるとイグナートは真剣な表情のまま頷き口を開く。


「私の方は、レナ王女との婚姻は受け入れるなということですね?」

「うん。まさかナタリアさんがああ出るとは思わなくてさ。悪いが頑張って欲しい」


 彼はその言葉に「私の願いでもあります。お任せください」と表情を少し崩した。

 それと同時にカイが「俺の方は……」と心配そうに視線を向けた。


「ああ、ただ単に機密は嫁さんになってからも明かすなってだけの話だ。

 何も伝えない方が安全にも繋がるだろうしな」

「それは元よりそのつもりですが……

 もしかしてこちらの女性は夫でも探らない様にという教育は受けていない感じですか?」


 帝国貴族の間ではお国の機密に探りを入れるのは家族であっても絶対にしてはならない犯罪行為として教育されるのだそうだ。

 流石にまだ寝ていないだろうとユリと通話だけ繋げて貰い、うちもそうなのかを聞いてみれば「流石にそれはどこの国でも教育していることかと」と眠そうな声が返ってきた。 


「そう、ですか。もし探られた場合は……」

「そん時はお前から注意しろ。報告入れてくれれば俺からもリアーナさんに言うから。

 何かあっても言ってないなら疑われないんだから宜しくな」


 その言葉に安堵を覚えたのかカイはやっといつもの表情に戻り口を開いた。


「わかりました。ご配慮感謝します」


 カイも頷いたのでその後は三人で少し雑談を交わして過ごした。

 


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