第142話 舌打ちから始まる婚約
姫たちに現状を伝え終わった俺は話を纏める。
「ま、まあここに来た古代種は話せる奴っぽかったし、自衛の対策は必要だけど無理に争う必要は無いだろ?」
そう。知性があり、敵対的じゃないのなら戦う必要は最初から無い。
近くに自分たちを滅ぼせる存在が居るのは恐ろしいが、だからと言って出てけと言っても不興を買うだけでマイナスにしかならない。
「そうですわね。見ている感じ人と何ら変わらないのだから、ルイさんがもう一人増えたと考える程度にしておくべきかしら……
聞いたわよ。一人で三万の兵を吹き飛ばしたんですってね」
「いや、魔道具でな? 俺固有の技能じゃねぇから。詳細は言わんけど」
だから古代種と一緒にするのはやめてくれと頬を引き攣らせた。
「何にせよ、伝えるのは急務じゃん。だからこの映像を陛下たちに見せて欲しいんだよ。
それをレナ王女にお願いしたいんだけど、いいかな?」
「勿論ですわ! ベルファストからの情報提供、レスタールの姫として深く感謝致します」
「良かった。それで伝令用に貸し出したい物があってな?」
メイ、話は着いたから飛空艇送ってくれる?
『はい。既に上空に待機させてあります』
大丈夫? また古代種に見つからん?
『問題ありません。ステルスモードにての待機ですので』
「あの……? その貸し出したい物ってなんですの?」
言葉を途中で止めたままにし過ぎたみたいだ。姫が首を傾げている。
「乗り物ですわ。とても進んだ技術で作られていて、重宝する物ですの。
ルイ殿下はレスタールの皆様とは末永く仲良くしたいと思っておりますので、好意と思って下さると幸いです」
そんな状況を作ってしまった所為で、ユリちゃんがレナ姫相手に必死にお嬢様口調で俺のフォローを入れてくれていた。
いや、お嬢様口調は元々なんだっけ?
でもこれはこれで新鮮でいい。
「ってな訳で、続きはそっちに移動して話そうか」
と、別室に待機していたヒロキたちにも声を掛けて外に出て、一つの飛空艇に全員で乗り込み、機能する様を見せる為に飛び上がる。
レーベンの町中でずっと浮かんでいるのもあれなんで、適当に南に町を避けて海の方へと飛んで貰う。
「うおおおおお! すっげぇ! おま、これなんなの!?」
言われるがままに訳もわからず乗り込んだヒロキたちだが、飛空艇が飛び上がれば目を輝かせた。
「すげぇよな。言葉一つで行って欲しい方に飛んでくれるんだぜ。
全速力ぅ! なんて言えばほら!」
「凄いすごーい! うわわ、もう海に来ちゃったよ!?」
「ねえルイ、これほど大陸の外に出てしまっても大丈夫なのかな……?」
「そうだよ! 迷子になっちゃったら危険だよ!?」
そんな心配をする三人を宥めつつも、船を反転させた。
まだベルファストの近海だが、また古代種を引き寄せても困ると。
そうして姫たちに飛空艇の使い方を説明して艇内を回る。
至る所にある超技術にもう半ば放心状態になっていたリアーナさんとユキナさん。
説明を求められますので宜しければ、と説明を懇願する姫付きのメイド。
まあ、俺は何も知らんので用途以外は答えられんのだが。
そうして雑な説明会も終わり船の権限を渡した事でこちらの要件は終わった。
そうなると当然あの話になる。
「シュ、シュペル様! わたくし、貴方と過ごした一夜が忘れられませんの!!
どうか、どうかわたくしを受け入れてくださいまし!」
ビクンと肩を震わせ青い顔でゆっくりと姫を見るイグナート。
大変珍しい光景だ。
「あらぁ……」と何故か楽しそうな顔でイグナートを横目で見るナタリアさん。
「ち、違うよ?! 婚姻を申し込まれたけど、私にはもうリアが居るからそれは出来ないと伝えたんだ! それに納得して貰うのに一晩を要したという話で……」
「ふふふ、そうよね? シュペルはそう言ってくれるわよね」
そう言うと彼女はレナ姫と向かい合う。
バチバチとした空気を醸し出すのだろうと不安を抱えて見ていたが、ナタリアさんは無垢な笑みを浮かべたままだ。
「貴方がシュペルを諦められないと言うなら、私とシュペルをちゃんと口説き落として。
私も貴族として家に嫁いだ女よ。側室を迎える覚悟はあるわ。というか、楽しみ!」
『えっ……』と、方々から疑問の声が飛ぶ。
色々疑問はある。相手からして側室はお前だろとか、侯爵家は捨てただろうとか、口説く相手にナタリアさんも入っていることとか。
しかし、主に最後の一言に、だろう。
何故楽しみにする……
「その、ナタリア様はお嫌ではないのですか?」
レナ姫は驚きに満ちた顔で問う。
「あら、元々貴族社会とはそういうものでしょう?
シュペルは絶対に私を大切にしてくれるのだから、二人よりも三人の方がきっと楽しいわ。
でも私とは仲良くしてくれない子はダメよ? 甘える時も二人で。嫉妬しちゃうもの」
あー、なるほど。
ナタリアさん的には妹が出来るくらいのつもりなのか。
「ちょ、ちょっと待ってくれないかなリア! 私はもうキミで手一杯で……」
「何よ! 私がそんなに手が掛かる面倒な女だって言いたい訳!?」
「違う! 私の心はもうキミで埋まっていると言いたかったんだ」といつもの二人の空気を出してイチャイチャを始めた。
それを見ている姫は困惑の真っただ中。
リアーナさんは諦め顔を見せていた。
そんな中、他の女の子たちは女子トークに勤しむ。
「なるほどぉ。確かにビックリするほどイケメンだね!
けど、私はあそこまで整ってると逆に困るかなぁ。多方面からの気疲れで辛そう」
「あっ、アミさんの言いたい事わかります!
もう少し平凡な方が良いですよね。私はルイさんくらいが丁度いいかと……」
「ダメですよぅ! ルイは私のです! ユキナさん、本気になってはダメですからね!」
「ふふふ、安心してくださいユリシア様。今更ルイさんに惚れるなんてありえませんので」
だから何故キミはいつもユリをからかう為に俺を使う……
と不満に思いながらも、あの枠に入りたくはなくてジョージさんたちに挨拶する。
「お待たせしてしまってすみません。ご厚意で手伝いに来てくださったのだとか?」
「あ、ああ。そうなんだけどよ……これを見るに要らなそうだな」
「色々驚いてしまったわぁ……王子様なんですってね」
おお、村には入れられないからそう思ってくれたのなら助かるわ。
そう思って愛想笑いを返しながらも「お気持ちだけありがたく頂きます」と返した。
本当に気持ちは嬉しかったので、ジョージさんを一人呼び出して内緒話をする。
「その、効くかわからない前提で聞いて欲しいんですけど……」
「な、なんだよいきなり。怖いな……」
と、何故か怖がるジョージさんに薄めたエリクサーの小瓶を一つ渡した。
「子供が出来ないって言ってましたよね。
もしかしたらこれで出来る可能性もあるんで……」
「ほ、本当か!?」と大声を上げて肩を掴む彼を落ち着かせてエリクサーの効果を伝える。
「ジョージさんには毒の時に飲んで貰っているので、しばらく様子を見て出来ない様ならシズネさんに飲んで貰ってください。驚くほどの回復力ですから、冒険にも重宝しますからね」
「マジかよ……いいのか、こんな高価そうなもん」
「ええ。代わりにできるだけ俺の情報は流さない方向でお願いします」
「おお。姫たちにもシーレンスの町で報告した事以外は言ってねぇぜ」
「助かります」と伝えつつもみんなの所へと戻れば、ジョージさんは隠さずシズネさんに全て伝えていた。
もしできなかったらショックなんじゃないかと思ってジョージさんだけに伝えたのだが、彼は「こいつにはできるだけ隠し事はしないって決めてんだ」と笑みを浮かべシズネさんが嬉しそうに寄り添う。
「いいなぁおっさんは。どうやったらそんないい感じの相手が見つかるんだよ」
「色んな奴と関わってればいつか見つかるもんだ。
こいつだけは口説き落としたいって出会いがな。
ま、口説き落とせるかは別問題だがな。はっはっは!」
チッと舌打ちの音が聴こえ、思わず視線を送ればその先にカイが居た。
出会いが沢山あっただろうに親友に存在だけで可能性すらも砕かれ続けた男。
おおう、涙が……
「あの方はお相手が居らっしゃらないの?」と、話題の所為で女子トークから浮いていたリアーナさんから問いかけが来た。
「ああ、傾国の美男子が親友の所為でな……」
涙を拭いながらカイに悟られぬように言葉を交わす。
「あら、それはおかしいわね。貴方の騎士を務められる程度には強いのでしょう?
外見も悪くないのに。他に問題のある方なのかしら……」
「そう言われればそうですね。とてもお強いですし。でも、カイさんに問題は感じませんが……」とユリもこちらに視線を送る。
「ああ、有能だし働き者だし常識もある。情の深い奴だから俺もかなり信用してる。
俺は女性から見てもかなり付き合いやすいと思うんだが……
でもやけに気にするね。リアーナさんが口説いてみるの?」
「馬鹿言わないで! これでも傷心中なのよ……
でも、そうね。口説いていいのならユキナとかどうかしら?」
いや、どうかしらって言っても……そういうのは本人の意思なんだから。
でもカイも交際相手を見つけたそうだったし、問いかけてみるのはマジでありだな。
そんな言葉を返せば彼女はニヤリと笑みを浮かべ女子トークを続けていたユキナさんを連れて来た。
うん? 別にそっちで話してて良いんだけど?
そう思いながらも視線を向けていれば……
「ユキナ、あの方と結婚なさい。ルイさんのおすすめだから良い方のはずよ」
「えっ……あ……はい」
ええっ!?
いや、めっちゃ無表情で返事してるんだけど!?
「いやいやいや、いきなり言われても嫌でしょ!?」
「あっ、そう、ですよね。私と、と言われても困りますよね」
「そうじゃなくて、ユキナさんに言ってんの!」
「いえ、それはお相手次第ですが……嫌だと思うような方なのですか?」
「いや、良い奴だけども……」と返しながらも常識の違いに一歩引いた。
「ルイさん、私たちは基本的に自分で相手を選べないんですの。
これが私たちにとっての普通なのよ。先日のが我儘なの。通らなかったけど……」
と、目の端に涙を浮かべるリアーナさんは言葉を続ける。
「王太子の直属の騎士なのでしょう? なら有望株なのは確実。
それにルイさんが心を許す相手なら下手に家柄とかで決めた相手よりよっぽど安心だわ」
「そこまで言うならカイに聞いてはみるけど、俺は本人の意思派だから口説くのはユキナさんがやってね?」
「えっ……」と頬を引き攣らせるユキナさん。
いや、合わなければ適当にやって無理だったで良いんだからいいじゃん。
そう伝えれば「まあ、そうですが……」と困った顔を見せている。
だが、俺としても彼女とカイならば安心して見ていられる。
先ずはカイに聞いてみようと彼を呼んだ。
「なあ、ユキナさんからお前へ婚約の打診が来たんだけど、どうする?」
「はっ……私に、ですか? 確かランドール侯爵家ご令嬢の御付きの方ですよね。
ああ、ご令嬢がシュペルとの繋がりを欲しているのですね?」
「いやいや、違う違う。リアーナさん……違うよね?」
聞き耳を立てていた彼女に確認を取れば「そんな訳が無いでしょう……ユキナは大切な幼馴染よ?」と睨まれた。
「ええと、殿下はどうお思いなのですか?」
「そりゃ、どっちも良い奴だし、くっ付いてくれれば俺も安心だけど?」
「そうですか。わかりました、御受けします」
えっ、軽っ!
もしかして俺からの命令だと思ってるのか、と少しユキナさんたちから離れてカイに問いかける。
「いいのか? もうちょっと時間を掛けてお互いに相手を知ってからでいいんだぞ?」
「えっ、良い人なんですよね? 政略結婚でも俺は嬉しいですよ。可愛らしい方ですし」
カイは「そもそも侯爵家時代は政略結婚すらもできなかったんですよ俺」と諦め顔で嘆く。
どうやらイグナートの近くに居たくて結婚を申し込む人も居たそうだ。
しかし他の女を近づけたくないと、それを妨害する者も居た。
というかそれが一番の元凶だった。
過激だったらしい。暗殺とか毒殺とかそのレベルで。
学生時代はお相手が出来ないのはイグナートがナタリアさんを守る為に婚約を公にしていなかったからだと思っていた。
だから漸くイグナートが結婚して落ち着くかと思ったが、カイと結婚すると殺されるという通説が知れ渡っていてお相手が見つからなかった。
ナタリアさんが病気で長くないと言われていたことや、側室の望みなどがそれに拍車をかけたそうだ。
おおう。他の男の近くに居たいから結婚するって何たる非道。
あれっ、それ最近どこかで……
あっ、レナ姫じゃん……
と視線を送ればイグナートが必死になって二人を納得させようとしていた。
だが、ナタリアさんが認めてしまったことで姫はニコニコと余裕の表情で聞いている。
「じゃあ、受けるって言っちゃっていいのか?」
「えーと、俺は構いませんが、いいんですか。村の事とか……」
「えっ……あっ……」
言われてみるとそうだ。村に入れれば情報は駄々洩れ。
カイを外に出せば俺は有能な騎士を失う。
「ど、どうしよう」
「まだお若い方ですし、婚約一歩手前のお付き合いを続けて意図を探りますか?」
「ああ、うん。カイが乗り気ならそれでいいや。
ただ、状況が大きく変わらない限り村には入れられない。
その場合、離れた場所で働いて貰う事になっちゃうけど……」
「わかりました。頭に入れておきます」
どうやら彼は是非とも受けたい様子。口元がにんまりとしている。
であれば少しくらいは不具合があっても見守ろうと彼女たちの元へと戻り返答を返す。
「どうやらカイも受けたいらしい。
とりあえず婚約を結ぶ前段階として二人で話し合ってみてくれる?」
「あら、よかったじゃない。因みに、彼は貴方の騎士の中で何番目に強いの?」
「二番目、って言ってもそもそも俺の騎士は二人しか居ないけど、普通に強いよ。
ベルファストでも十本の指には間違いなく入る」
うん。パワーレベリングの件を抜いても元々そのくらい強いだろう。
将軍たちには勝てなかっただろうが、良い勝負はしてた筈。
聞けばイグナートとの模擬戦で一割程度は勝つそうだし。
ああ、でも移動の魔法を皆が使い慣れたら話は変わるかな?
「えっ……それほどに凄い人なの!? そんな人のお相手がユキナでいいの?」
「は? 良いも何も本人が受け入れたんなら俺がとやかく言う事じゃなくね?」
「いえ、主なのだから口を出すところなのだけれど……まあ、いいならありがたいわ」
「ルイ、流石に国の外に出す場合は陛下に聞かなければ駄目ですよ?」
あぁ……それはそうか。
カイも機密を握ってるんだから。
「えっと……ごめん、親父に聞いてみるまでちょっとわからんくなった」
「わかっているわよ。それが普通なの。
今はまだ話が一歩進んだだけだって皆分かっているわ」
あ、そういう事なら別にいいか。
「よし、じゃあ上手くいったら今度は皆でユキナさんをからかうか!」
「うふふ、そうですね。一杯苛められました!」
「ええ。私もそういう系統の恨みは一杯あるわ。楽しみね?」
その後、景色を楽しんでいたヒロキたちが輪に入り事情を説明すれば「お貴族様って大変だなぁ」と俺と同じ小並感溢れる感想を漏らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます