第140話 古代種



 ここ数日、俺はイグナートたちも連れて空からの魔物討伐に勤しんでいた。

 今日も予定は無いしそっちに行こうと思っていたのだが、急遽始まったなぎら王の演説。

 そのお陰で何故か俺が乱入する羽目になってしまった。

 近くにはお爺ちゃんや総理も居たというのに何故俺なんだ。

 いや、顔が知られている人の方が都合がいいと言われたから理由はわかってるんだけど……


 ああ、これじゃもう帝国の町を歩けないじゃん……

 いや、シェン君の所に行く以外はまず無いと思うけども。


 そんな不満満載な状況だが、早期に演説を被せなければいけない理由もわかる。

 このままあれが神だと認識されてしまったら後世まで問題が延々と残るだろうことは想像に容易い。


 俺は致し方なしにメイ、お爺ちゃん、総理たちのサポートを受け、必死になぎら王と俺は人だと訴えていた。

 いや、俺はどう見ても人だろ。


 ……何故俺を疑うのか。

 お前ら、メイのお陰で全て聴こえてるんだぞ!


 と、プリプリしている時だった。

 何故か突如俺の視覚が室内へ戻された。

 驚きながらもメイが移しているスクリーンを見れば俺の立体映像が消え、同時に上空から乱入者が現れていた。


『ほう、巨大な物体が何かと思い見に来てみれば、ここにもあの珍しい種と同種が居ったか。これは良い発見をした』


 そう言ってそれは上空から城のてっぺん辺りまで降りてきた。

 背中に翼を、頭には雷のマークにでも使われそうな角が生えているが、他は人と変わりがない。

 異物を抜かせば屈強そうなイケメンのおっさんだ。


「あれ、魔装だよね?」


 あまりに自然な作りだが、別に羽ばたいている訳でもないし、風の噴射も見受けられない。

 ならばどうして浮かんでいるんだという疑問もあるが、とりあえずそっちを問いかけた。


『結合部位から魔装では無いと判断します。

 別大陸に生息する、古代種と推定されます』

「こ、古代種、ですって!?」

「何ですかな、古代種とは……」


 テーブルを叩き立ち上がった彼女に全員の視線が向き、お爺ちゃんが彼女に問いかけた。


「はい、我らのご先祖がまだ別大陸に居た頃、本船の全力攻撃を耐えたほんの一握りの魔物たちです。

 全力照射を続け魔物の動きを制限しながら宇宙に避難しなければ、まず間違いなくやられていたと記載されてありました」


「「「――っ!?」」」


 そ、そんなにヤバイ奴がいんのかよ!?

 確かに一部、全力で倒せないのも居たみたいには言ってたけどさ、そこまでなんて聞いてないよ!?


『超長距離から全力照射を数分続け、それでも追って来れる程度の損耗でした。

 その魔物と同一ではありませんが、あれは刺激しない事をお勧めします』


 ああ、それでメイは俺の映像切ったのか。

 助かる。


 そうメイが説明を入れている間にも事態は進む。


『面白き種、人間よ。我を楽しませよ。我を満足させれば庇護してやってもよいぞ?』


 元々がカオスな状況下からの登場。

 箱舟が無い大阪勢力にはあれが何かわかっていない。


 だが、あいつは種で見ている。

 下手をしたら一蓮托生の事態だ。


 なので、京都勢力も含め、急遽メイに頼んでリンク設備から無理やりにでも古代種だということを伝えて貰った。

 すると数秒遅れでなぎら王は反応し、青い顔を見せた。

 どうやら、元より古代種の事は知っていた様子。これで一安心だと安堵したその時。


「魔物風情が神の御前で何たる不敬!

 誰か、あれを叩き切りなさい!!」


 と、荒ぶった声を上げたのは北方教会のトップ教皇だった。

 しかし聖堂騎士はもう居ない。

 近くに居る近衛たちも困惑を見せていた。この間になぎら王が止めてくれれば。

 そう、思っていたのだが……


『ほう、そうかそうか。先ずは力を見せるところからだったな。

 前も最初はそうであった。

 少し目を離すと簡単に絶滅する様な種だ。出来るだけ加減せねばならんか』


 そう言って古代種の魔物は何もない平野の方に向けて手を払うと恐ろしく高密度の魔力の塊が斬撃の様に打ち出され、着弾個所の周辺全てを消失させた。

 爆発で出来たクレーターは帝都の二割を超える程の大きさ。

 その威力に遠くに居る俺たちもあまりの驚愕に押し黙る。

 最中、こちらにも大きな揺れが伝わってくる。

 周囲が目を見開いて固まる中、強い疑問が湧いて思わず口を開いた。


「メイ、あれ、なんなの? 魔法陣が無かったから魔法じゃない、よね?」

『わかりません。不確定な推察ですが、指向性を持たせた魔力の塊かと』


 そ、そんな事できんのか!?

 あ、でも性質を変化させられるなら、衝撃で大爆発を起こす物に変えればできるのか?


 ははは……なんだよそれ。チートじゃん。

 どうしたらいいのこれ。


『幸い、こちらを滅ぼすことが目的では無い様子ですので、出方を見ながら対策を練るのが妥当かと思われます』

「そうですね。可哀そうですが、帝国の民にはその試金石になって頂くほかありません」


 総理がそう呟くと皆眉を顰めながらも状況を見守る。

 その時、京都からの緊急の通信要請が届いたのでそのまま映像通信を繋げる。


 あちらも酷く困惑している様子。


「藤宮様、とりあえず今はヤマトへの通告を最優先でお願い致します。

 多少の時間はあるとは思いますが、兎に角今はあれを刺激してはいけない」

『え、ええ。爺、これは会議を掛ける必要も無いわ。最優先で動いて』

『畏まりました。議員への通達と共に地上への通信を開始します』


 迅速に動いてくれた彼女に感謝を示しながらも総理は現状わかっている全てを伝える。


『その……複数機の箱舟を所有しているとのことでしたが、宇宙に避難する際、うちの民を一機分引き受けてくださいませんか?

 お支払い出来る対価があれば払います』


 その言葉に驚いて周囲を見渡せば、ユリもお爺ちゃんも気まずそうに視線を逸らしていた。

 

「そうか、我らも宇宙へ……メイ、私の思考を読んで下さい」


 総理の言葉に彼らも逃げるつもりなのかと落胆しそうになったが、メイの声で勘違いだとわかった。


『これは通信先に届かない音声です。そのつもりで聞いてください。

 本船であれば、旧ベルファスト総人口の避難は可能です。

 旧ミルドラド民を含めると航行に制限が掛かる上、退避の成功率が大幅に下がります。

 マスター麻生は場合によっては子機の貸し出しも可能だと。宇宙航行を考えるならば彼女たちの力も借りた方が良いと伝えて欲しい、と考えております』


 その声にユリが目を見開くが、お爺ちゃんは伏せていた目を開き軽く一つ頷いた。

 こちらだけに伝えたのは京都にも本船の事は伏せているからだろう。

 所有権問題とかでもあるのかな?


「確かに一機程度であれば交渉の余地くらいはあるかもしれません。

 とはいえ、今はまだ様子見です。国王陛下のご採択も仰いでおりませんしね」

『えっ……そう、ですか。

 ですがその、あれが時を許すかもわかりませんよ』

「そうですね。しかし我らは共に生きると決めましたので、我らは我らの枠組みの中で共に困難に抗う他ありません」

『そうですか。わかりました。

 では、こちらの会議が終わり次第またご連絡させて頂きます』

「ええ。その旨はお伝えしておきます」


 早く帝国で起こっている映像に意識を切り替えたいのだろう、視線がちらちらと中継映像の方へと向かいつつ話していた。

 そんな彼女は一つ頭を下げると急ぎ通信を切った。


「そういえば、親父は?」

『こちらの状況を見ておりますが、繋げますか?』

「いや、人集めて会議もしているだろうし、見てくれているならいいよ。

 あっちから繋げたいって言ったら許可は要らないから」


 あの古代種の動向を見て置かなければ、と映像をじっと見続ける。

 今は皇帝たちの場所に降り立ち、腕を組んで彼らと対峙している。


『ふむ、一発で大人しくなったか。こっちの人間の方が物分かりが良いのかもしれん。

 それで、どうするのだ? 我に言葉を教えた面白き種よ。時は与えた、答えを出せ』


 対峙して問いかけをされているが、強い警戒を向けるだけで一向に言葉を返さない帝国勢。

 それに不安を感じたのであろうなぎら王がサイズを変えて同じ場に立ち問いかけを行う。


『こ、古代から生きる種と見受けられる。主に求めるものが何かを聞きたい』

『なんでも良い。我はただ殺し合う事に飽いたのだ。

 無礼でなければ殺しはせん。なんでもやって見せよ。

 その対価が他の古代種からの守護なら安かろう?』


 あれ……もっと酷いものを想像していたんだけど……

 想像していたよりはまだ話が通じそうな感じだな。


 って、何でなぎら王はそんな汚い笑みを浮かべてるの?


『では、その前に貴殿の事をもっと知らねば。何が楽しいかが当たりもつかぬ』

『ふむ。凡そは変わらんらしいぞ。感性も味覚も個人差の範疇と申していた。

 しかしただ侍るだけの詰まらん女は要らん。あれは邪魔だった』

『おお、であれば出来ぬ事ではなさそうだ。

 では、もし満足いく歓待であったなら、我らの大地を取り返しては頂けないだろうか?』


 その言葉に古代種の彼は「ほう」と顎に手を当てた。


 はっ……?

 ちょっと待った!!

 あのチートが帝国の味方に付いたら不味くね?

 いや、こっちに来られても困るんだけどあっちの味方される方がもっと怖い。


「こ、これはいけません! 攻撃対象をこちらに限定されたら一瞬です!

 メイ、最善手は!?」

『情報が足りません。

 ですが古代種が帝国に付いた想定の場合、この場に居る者のみでの退避が一番現実的かと。

 次点で本船により戦闘を行い、子機での退避を時間が許す限り行うことです。

 過去に戦った古代種と同等の戦力であれば、勝つことは難しいと思われます』


 その言葉に静まり返った時、親父の映像が出現する。


『おい、これはまずくないか!?』

「うん。大変よろしくないね……どうしたらいい?」


 頬を引き攣らせ合って居る最中、話が進み視線そちらに送る。


『それは、知性無き異種族から大地を取り戻して欲しいという願いか?』

『いや、同族からになる』

『なに……身内の喧嘩に手を貸せとは詰まらん事を言うのぉ。そういうのは己の手で成せ。

 そもそもそれはできん!

 我は誇りに掛けて約束を交わした。

 我に直接手を出した者や著しく無礼を働いた人間以外は殺さぬとな。

 言うたであろう。保護してやるのは貴様らではどうにもならん古代種からだと』


 お? もしかしてマジで話せる奴なのか?

 兎に角、どこまで信じて良いんだかわからないけど一先ずは大丈夫そうだ。

 とは言え、到底放置していいレベルの問題ではない。


「さて……時間はあるっぽいけど、どうしよっか……」


 そう尋ねると皆一様に頭を抱えた。


『敵地に居る以上、こちらからは何もできん。

 いや攻撃は出来るが、どちらにしても刺激する様な真似は出来ないからな。

 出来る事と言えば、もしもの時にその宇宙とやらへの退避をするか否かの会議を開くことくらいだろう』

「そう、ですね。安易に宇宙へと飛べばこの地は確実に失われます。かの古代種が自らは攻撃をしてこないと仮定するならばまだ地上に居るべきなのかもしれません」


 なら、徹底して古代種にだけは手を出すなって伝えておかなきゃな。

 って、レスタールにどう伝えよう……


 日本人の事を秘密にしている訳だが、徹底して貰うなら古代種の映像と共にあの強さを見て貰うべきだ。だが色々とハードルが高い事案。

 なにせオルダムのダンジョンから連れて来た人たちの技術なのだから。

 また不機嫌そうに宰相と共に『よくもおめおめと顔を出せたものだな』と言ってくる様が目に浮かぶ。


 いや待て、俺が言う必要は無い。

 まあ、いつか会うだろうし、俺が持ってきた話だとバレれば変わらないんだろうけど。


 俺はそんな諦め顔で親父に問いかけた。

「レスタールにも伝えなきゃね」と。


『そう、だな。資料で渡すより映像の方が良さそうだが……

 ルイ、仲が良いお前が行って説明してきてくれないか?』

「はぁ? 俺は表に出ちゃダメなんでしょ!?」

『そんな時期はもうこれで過ぎ去る。お前が作れる物よりも高性能な物がもうあるだろ。

 ああ、グランドマスターの件は明かすなよ。それでお前は自由だ。良かったな』


 ちょ、ちょっと!?

 絶対面倒だから丸投げしてるだろこれ!

 むっとした顔で見ていれば『ま、待て』と親父は焦ったように口を開く。


『面倒を押し付けたい訳ではないぞ。理由はちゃんとある。

 お前はうちで一番関係を気遣わねばとレスタールから思われているんだよ。

 その最重要人物のお前が言いに行く方がこちらの意思表示としても丁度良いんだ』

「でもオルダムのダンジョンから連れて来たって言ったら絶対俺怒られるじゃん!」

『馬鹿、それは言うな! 後にバレた時でいいんだよ。

 元々他国の話なのだからすべてを伝える必要なんてない。

 確かにレスタールから見れば不都合な話だが、オルダムは元々うちの領地。

 その上でうちに住むことを望んだのであれば問題は無い。もっと強気で行け強気で。

 ああ、当然だが東京勢力の所在地も言うなよ?』


 いや、オルダムから連れて来たんだから本来は話を通す義務はあるでしょうよ。

 国として隠すって決めたなら言わんけども、俺が心苦しいのは変わらんから。

 てかそんなに注文付けるなら自分で行きなよ……

 まあ、一応王子やっちゃってる訳だし国のお仕事で行かなきゃいけないって言うなら行くけどさ。

 気が重いなぁ……


「ユリぃ……」

「ルイならば大丈夫です。堂々としていればいいんですよ。私も隣にいますから」

『おっ、いいじゃねぇか。流石未来の王妃だな』


「そ、そんな!?」と言いながらもまんざらではないユリ。

 それは嬉しいのだが親父よ、そうやって外堀固めにユリを使うな……


 そうして、突如降り立った乱入者のお陰で大坂勢力との戦争はうやむやになったものの、それ以上に大きな問題が舞い降りた。

 レスタール王との面倒な内容の会談も控えている。

 それも嫌だが、あの古代種の強さは何なの?

 絶対無理じゃん…… 

 ああ、何でこんな事に、と俺は全力で項垂れた。


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