第137話 大阪神国


 東京勢力の受け入れが終わり二週間ほどが経ち、北方教会へと神託を出しているであろう箱舟三号機を所持する者たちと話し合いをする日程が決まった。


 それが今日だ。


 どうやら、主体で話をするのは麻生総理らしい。

 親父や公爵たちも同席し、必要があれば口を出すが基本は任せるそうだ。

 同胞であり、互いの技術を理解して居る者の方が話が纏まり易いだろうと、方針だけを伝えて麻生総理に進行をお願いする形になった。


 主な方針は教会へ決めた事と同じで、不可侵が守られなければ徹底抗戦。

 北方教会へと打って出る事も辞さないという構え。


 勿論、それは戦争に関わっていた場合。

 関係が無い場合は話が別だ。その場合は現状を伝え対応を願う。

 それで少しでも動いてくれる様なら友好関係の構築に動く。何もしないのであればこちらも何もしないという算段。


 箱舟が全て把握しているのでリンクさせてしまえば、真実の程は確認するまでも無い。

 だから今回の会談はとても簡単な部類だそうだ。


 その会談を開く為に俺たちはベルファスト城に来ていた。

 

 出席者はもう会議室でスタンバっている。

 数人程度なので席はガラガラ。そして空中に投影されているスクリーンにより異彩を放っている状況。

 そんな中、入って行き何時のも場所にユリと座ると親父が意味深な視線を向けた。


「ルイ、お前グランドマスターとやらになったそうだな……」

「ああ、うん。なんかそういう状況になっちゃって。まずかった?」

「いや、そんなことは無い。

 しかし、重責は嫌だと言いながらある意味王位よりも重い物を背負ったものだなと思ってな」


 は?

 そんなに重くないでしょ!?


 と驚いて親父に問いかければ「神の園の技術の粋だぞ。箱舟があれば空中都市すら作れるそうじゃないか」と意味深な視線を向ける。


「いやいや、俺のじゃないから!」

「わかっている。だが、それでも重いものだ。

 それを背負えるならついでに王位も継いだらどうだ?」


 ああ、そういう事。

 けどそれは弟が出来なかったらだから。

 妹が何人か出来るまでは粘るよ?


 そんな雑談を続けていれば皆の準備が整った様子。

 文官たちに指示を出していたアーベイン侯が「お待たせしました」と席に着くと、麻生総理が立ち上がり、こちらに一つ頭を下げた後スクリーンの前に出て俺に視線を向けた。


「準備が宜しければリンクをお願いできますか?」

「あ、はい。じゃあ、メイ繋げてくれる?」

『畏まりました。三号機へ強制リンクを開始致します。

 リンク完了、三号機のマスターへ映像通信を行う通達を行いました。

 三号機マスターより、準備の期間を要求されました。如何為さいますか?』


 まあ、そりゃそうだわな。

 でもこの場合どうするんだろう、と視線を総理へ向ける。


「メイ、お相手は大阪勢力で良いのですよね?

 もしそうであったとして、帝国がベルファストを攻めた理由に関わっておりますか」

『大阪勢力の子孫で間違いありません。

 二つ目の問いもイエス。

 過去に第二の日本を築いた地を取り戻し、地上に舞い戻る算段のようです』

「なるほど。現在のベルファストとミルドラド南部が狙いだったという事ですね」


 ああ、それでか。

 当時レスタールだったラズベルを個別で狙ってきた理由が漸くわかった。

 毎年のように小競り合いしていたダールトンが逆に利用されたのね。

 もし戦争でミルドラドが勝っていればミルドラド南部とベルファストを帝国が持って行ったのだろう。それを通り易くする為にミルドラド王を暗殺していたのか。

 王族が居なくなって最大勢力のダールトン公爵が手ごまならどうとでもなるだろうからな。


 しかし、大阪勢力が敵ってのが確定しちゃったなぁ。

 これは穏便には終わらなそうだ……


「考える時間を与える必要は無さそうですが如何致しますか?」

「ああ、麻生殿に不都合が無ければこのまま進めてくれ。

 国として譲れぬところが無ければこちらは静観させて貰うだけだしな」


 その声に総理は頷き、こちらに視線を向ける。

 繋げてしまえということだろう。


「じゃあ、開始って事で。繋げますよ?」と一応俺は周囲を見渡し、開始しちゃっていいかを伺う。


 異論がなさそうだったのでそのままメイにお願いすれば、部屋の中を歩き回る爺さんが映し出された。


「突然の通信、大変失礼致します。

 初めまして。私は第二東京勢力で総理大臣を務めております、麻生五郎と申します」

「なっ!? 時を寄越せと申しただろうが!

 断りも無しに繋げるなど礼を失するにも程があるぞ!」

「そうは申されましても、宣言も無しに戦争を仕掛けて置きながら限定リンクすらも拒絶したではありませんか。

 であれば、我らがそこを気遣う理由は見当たりませんが……?」

「……どうやってそこまで権限を広げた。

 他機への強制リンクは本来マスターでも出来んはずだ」


 話し合いを受け入れたのか、どかっとソファーに座り座った目で総理を見据える大阪のマスター。


「それほどに重い情報を無償でお教えする訳には参りません。

 そんな事よりも帝国を焚きつけるのはやめて頂けませんか?

 このままではあなた方とも矛を交える必要が出てきますよ」

「ほう。我が大阪神国に牙を向くと言うのか。

 しかし、人を乗せたまま箱舟で地中に潜るには時が掛かる。

 我らの所まで来るには地上を制圧せねばならん。仮に強行してもこちらにも箱舟があるでな。

 そちらの手駒はベルファストだけであろう。勢力を伸ばしたばかりの元小国が大国ベルクードに勝てるとでも思っているのか?

 あまり大口は叩かん方が良いぞ。そちらを制圧した後、身の置き場が無くなるでな」


 総理は「それがそちらの結論ですか」と頷き、親父へと視線を送る。

 親父は、構わんと言わんばかりに頷く。


「手を繋げればと願っておりましたが、その様子では致し方ありません。

 戦争を終わらせる為にはあなた方を制圧せねばなりませんので」

「いいだろう。我が人生を掛け五十年の時を要した万策、容易に抜けると思わん事だ」


 座った目でドヤ顔を決める大阪のマスター。

 その男から視線を切り総理はこちらに「如何為さいましょうか?」と口を開いた。


 如何とはマスター権限の剥奪の件だろう。

 だが、俺からメイに言うまでも無かった。


『大阪神国、国王なぎら勝よりグランドマスターへの敵意を確認しました。

 三号機マスターの権限を剥奪します。

 敵対勢力に箱舟を置いておくのは不適切と判断しました。

 至急、グランドマスターの元へ帰還要請。

 受理されました。これより、一時間後に三号機が帰還予定となります』


 えっ、ダンジョンの最下層にあるんだよね?

 一時間で戻れるの!?


 と驚けばステルスモードでダンジョンを駆け上がるので時間が掛からないとメイが教えてくれた。

 ああ、魔物は魔力の無い物には反応を示さないものね。

 人はステルスモードで無視すると。

 それでも一時間は早すぎる気がするが。


「なっ!? 何をした!? メイ! 箱舟を戻せ! マスター命令だ!!」

『命令権がありません。あなたのマスター権限は剥奪されました』

「ふ、ふざけるなぁ!! そんな、そんな事があって堪るかぁ!!!」


 ……どうやら彼はもう会談どころでは無い様子。

 どうやら権限の剥奪だけを告げたみたいで、グランドマスター権限がこちらにある事は理解して居ない様子。

 メイの名を虚空に叫び続けている。


「メイの名前って共通なんだな。知らんかった」


 と呟くとメイの声が聴こえてきた。


『はい。本来、私たちは一つの存在となります。

 本船を通して一つに繋がっているのが正常な状態です』


 頭の中に直接響く声で投げかけられた言葉。他の人たちには聴こえていない。

 それに合わせて聴こえているユリもこちらに視線を向ける。


「ああ、本船って消滅しちゃったんだっけ……」


『はい。再構築為さいますか?』


 は?

 出来ないから無いままなんでしょ?

 どういうこと?


『グランドマスター権限であれば、ブラックボックスの構築も可能ですので本船の再構築が可能となります』


 え……どうしようか。

 それって大がかりになるよね?


『はい。能力の大半を使って五日程度掛かります』

「早い……でもとりあえず保留かなぁ。親父と総理に相談しなきゃだから」


 そう話していると大阪のマスターの怒鳴り声が響く。 


「直ちに箱舟を返せ! 簒奪など許されることではない!!」

「こちらに敵意を向けている状態で返される可能性が僅かでもあるとお思いですか?」

「ぐぬぬぬ、いいだろう! ではもう手段は択ばん! 力づくで取り返すまでだ!」


 その瞳には既に理性は無く、和睦の芽が無い事を如実に物語っていた。


「はぁ……これでも強行するのですか。メイ、彼のこの強みは何ですか?」

『人型兵器、神兵なるものが所以と思われます。箱舟からは独立されたシステムとなっておりますのでこちらの命令は届きません』

「ふははは、地上に出るというのに制圧できる力が無い訳あるまい!

 いくら情報を抜けてもこればかりはどうにもならんぞ!

 箱舟二機程度ならどうとでもなる! 己の行いを悔いるといい!」


 そう騒ぎ立てるなぎら氏に「少々失礼します」と返してメイにミュートを頼み、総理はメイに神兵のスペック開示をさせている。

 それが終わると困った顔でこちらに歩いてきた。


「申し訳ございません。決裂になってしまいました。

 あちらの言う通り箱舟二機では劣勢です。

 地上の勢力も動かすでしょうからこのままでは総力戦になると思われます」

「なにっ!? それはいかんな……」

「はい。ですのでルイ様、至急箱舟に対処の準備を。

 メイが神兵の情報を手に入れた後でこちらへの問いかけも無しに敵対行為となる権限の剥奪を行ったということは、対処方法があるという事です。

 グランドマスター権限を用いればあちらの想定を上回れる筈ですが、恐らく時間との勝負になるでしょう」


 あ、じゃあ本船復活させちゃうか?

 いや、待て待て。AIが自動で計算してくれるんだからメイにお願いしよう。


「じゃあ、対応策は全部メイにお願いしていい?」

『承りました。本船、並びに消失した四号機の再構築を開始致します。

 遅延策としてジャミングを開始しました。

 一部三号機とのリンク施設のロックを行いました。

 リンク車両の機能停止を行いました。

 本船、四号機の構築により三日間、本機の機能の九割は使用不能となります』


「えっ……本船の再構築、ですか?」と総理が驚愕した顔をこちらに向ける。


「ああ、うん。最上位権限があればブラックボックスってやつの構築も可能みたい」

「なんと……メイ、所要時間は?」

『三号機と共同作成を行えば、四号機も含め三日で完了致します』

「それは神兵の移動速度を上回れると思って良いのですよね?」

『はい。すべてを強行すれば四日ですが、普通に決行されるなら一月は掛かります。

 人の判断基準から考え、大至急で動いて出発は一週間後と考えるのが妥当でしょう』


 その声に総理は深く息を吐いた。


「どうやら、ルイ様のお陰で対処は可能の様です」

「む、それはどの程度でだ? 被害の想定は如何ほどだろうか……」


 その親父の問いかけには間を空けずメイが答えた。


『神兵によるベルファスト圏内の被害想定は本船構築が間に合う限りゼロです。

 帝国勢力の無力化は生殺与奪の権限に寄ります。殲滅であればゼロ。捕縛であれば0.1パーセントの確立でこちらへの被害が考えられます』


 低っ!?

 え、じゃあもう捕縛で良くねと思ってしまうくらいに低い。

 親父はメイの予測の信頼度を総理に問い、彼は「現状の想定が覆されない限り百パーセントです」と答えると驚きを見せた後、ニヤリと笑う。


「捕縛しても聖堂騎士など扱えん。殲滅で構わんぞ」


 あぁ、確かに……あちら側の信者だもんな。

 捉えた後の管理も面倒な上に危険が伴うだろう。

 であれば、戦時中にやっちゃう方が後の為か。


『グランドマスターの意向を確認しました。訂正が無ければこのまま決行されます』

「しかし、箱舟の本船とはそれほどか。もはや敵は居ないレベルだな……

 ルイ、どうする? ついでに帝国も頂くか?」


 親父が悪い笑みをこちらに向けながら言うとお爺ちゃんとアーベイン候がギョッとした顔を向けた。


「いや、何で俺に聞くの。俺は別に要らないよ?」

「まあ、お前ならそう言うだろうな。

 そうなったらレスタールも黙ってないだろうし、こっちとしても地盤固めが最優先か」


 そうして話が着くとミュートが解除された。


「命乞いの相談は終わったか? まあ、今更何を言っても許さんがな。がっはっは」

「何を言っても聞いて下さらないのであれば、言うだけ無駄でしょうね。

 手を繋げば平和的に天を仰げたというのに……」

「そんなもの、自らの手で勝ち取ればよいだけよ。

 しかし貴様の勢力かと思ったが、我らを謀った原住民の傘下に入るとは日本人としての誇りを失ったか、東京の」

「謀ったですか。千年以上前の祖先の話ですので我らは気にしておりませんがね。

 こちらも大阪勢力、いえ……なぎら勝殿、貴方には失望しましたよ。

 まさか神の名を騙り安全な地から戦争を強要するなど、なんと傲慢な……」

「なんとでも言うがよい。最後の勝者はこの私だ!」


まさるだけに?」と呟けばギロリと睨まれた。

 いや、ごめん。なんか言いたくなっちゃって……


 こうして俺の言葉を最後に大阪勢力との会談は最初で最後の様な空気を醸し出しながら終了した。


 ちょっと書記さん、俺の最後の言葉は書かなくていいから!

 え、なに? 規則ですので?

 そ、そうですか……


 そう言いながら覗き見ればしっかりと俺の冗談が綴られていた。

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