第136話 王女のその後



 結局俺に記憶を植え付けたのが誰なのかはわからずじまいだったが、そんな事は飛行船からの魔物討伐により一瞬で思考から消え失せた。

 自分で頼んだものの、恐ろしい速度での討伐だったのだ。

 光が流れて敵を追うのかと思っていたが光の屈折は機械で行ってくれて一瞬で色々な所に光が飛んで行く。

 当分は魔石は要らないので直接魔石を狙っているので本当に一瞬の討伐だ。

 それを飛行しながら行うので奈落と比べても桁がいくつか違う程の経験値を稼いでいるだろう。


 しかしこれだとユリの魔力量が増えないので討伐数を出して貰い、クズ魔石でどのくらいの量になるかを計算させてからユリに吸収して貰った。


 あの量を倒したのだから俺ももう少し平気だと思うがユリが不安がるので今回だけは自重した。

 だが、計算して今回の討伐分として出されたクズ魔石の量を見たユリは理解しただろう。

 俺が吸収した程度なら、今やなんら危うさの無いものだと。


 そんな快適な空の旅を終わらせて帰宅した俺たちは屋敷の自室でユリと二人寛いでいた。


「しっかし、漸く落ち着いたなぁ。まあ下手に遠出とかはまだまだ出来ないけども」

「移住はどちらも思いの外、楽でしたね。そもこれもルイが居たからですけど」


 いやいや、俺一人じゃ到底無理だよ?

 まあでも、お褒めのお言葉は嬉しいけど。


 なんて返しつつもさりげなくユリの肩を抱き寄せればユリが頭を肩に乗せる。


 おお!

 再びやってきました、いい雰囲気!


 しかし良いのか?

 王子が婚姻前に婚約者に手を出して。

 むむむ、こればかりはユリに相談出来ない……


 だ、誰か、誰か俺の相談に乗ってくれ!

 この場で秘密裏に相談に乗れるのは一人しか居ない……答えをくれまいか!?


『い、いけないと思います。それと一つ。私も設定上はレディーですので……』


 お、おう。なんかすまん。


 そんなムラムラするが幸せな一時を久々に堪能した一日が過ぎて行った。








「全く、やってくれたな! この馬鹿娘が!!」


 王室のみが使用を許された応接間にて、ウィル・ゼル・レスタールの声が響き渡った。


「ど、どうしてですの!? 気に入った騎士を移籍させて欲しいと願い出ただけですわよ?」


 ベルファスト城から帰還したレナ王女は父ウィル王太子に疑問の声を投げかけた。


「はぁ……甘やかし過ぎたか。自分が何をしたのかもわからぬとはな……」

「で、でも、ベルファストなら問題無いでしょう?」

「ふざけるな!

 仮に無かった所で、強要するなどあり得ぬ行為な上に今やベルファストの方が国力は上ぞ!」


「「えっ……」」と対面に座っているレナ王女とリアーナ嬢が驚きの声を上げた。


 しかし、驚きの顔を見せたのは彼女たちだけではない。

 王太子が上だと口にしてしまう程なのか、と護衛から使用人まで目を見開いていた。

 それを見て再びため息を漏らしたウィルは「他言は無用だ」と小さく付け加えた。


「それで、リアーナよ。本当にルイ王子の機嫌を損ねてはいないのだな?

 ああ、保身でものを申すなよ。

 これは下手を打てばお前の家の名を汚す程の国の大事である」

「は……はい。ルイさんは……いえ、ルイ王太子殿下は個人的には一切気にしていないと公言しておりました。

 不躾であった私にも友人の時と変わらず接してくださいましたので、元々の性格から考えてもそれほど気にしては居らっしゃらないかと。

 お、恐らくはですが『面倒だった』程度かと思われます」


 その後、同席したメイドと護衛にも発言が許され、リアーナとほぼ変わらない返答を返した。


「そうか。それほどの無礼を働いたのに父に向けて気にしていないという言葉を残す気遣いまでしてくれたのか。

 それに引き替えレナ、貴様は!!」

「ひぃっ! だ、だって、素敵な人だったんですのぉ……うわぁぁん」


 と、小さな幼子の様に泣き出した姫に尚更頭を抱えるウィル。

 そこにレスタール王が姿を見せた。

 堂々たる振る舞いで王太子の隣に座り、いつもと変わらぬ笑みを見せる。

 その様にレナ王女はメソメソしながらも期待の視線を向けた。


「お、お爺さまぁ……」

「うむ。話は聞いておる。やってくれたな?」


 その言葉に再びショボンと俯く王女。


「申し訳ございません。おなごと思い少々甘やかしが過ぎた様です」

「その様だな。しかし理解させずに送り出したわしにも問題はあった。

 しかし戦争の報告を聞くにあやつとの友好は必須ぞ。

 最低限、現状より崩す事だけはあってはならん」


「ル、ルイさんはそれほどなの……」と誰に向けてでも無く言葉を漏らすリアーナ嬢。


「ああ。リアーナ、お前も知人なのだから良い機会だ。知って置け。

 あやつは戦争を一人で終わらせた男。

 一撃で帝国兵三万の精鋭を殲滅したそうだ。負傷者も入れればもっとだと言う。

 流石奈落帰還者だのぉ……いや、勇者も英雄もそれほどの事はしておらんらしいがな。

 あやつ一人で国を滅ぼせる存在よ。幸い、そんな事はせぬ子だがな」


「そ、そんな……あの頼りなさそうな男が……?」と、驚きの余り先に言葉を返したのはレナ王女。


 王がする会話に横入りなどという不躾な行い。

 ウィルの鋭い視線が再び彼女に向くが、自分の行いに気付いた彼女はそれどころではなくぶつぶつと自問自答を繰り返す。


 わたくしは国を危険に晒す行いをしてしまったの、と。


 漸く最低限に気が付いたかと、父親であるウィルは苦々しく口を開く。


「仮に弱小国だったとて関係は大切にせねばならぬものだ。

 同盟国の扱いは周辺国も目を尖らせて見ている。

 悪評が広まれば多方面で信頼を失う。どちらにしても国の損失だ、馬鹿者」


「で、では再びわたくしが赴いて謝罪を!」と、思い改めた王女だがその言葉に返事が返る前に笑い声が響く。


「くかか。嫌がらせですか、と言い出すあやつが目に浮かぶわい」

「父上、実のところ王子はそれほどに気にしているとお考えで……?」

「違う違う。そうではない。過去にあやつに頭を下げた事があってな?」


 と、王が頭を下げたという言葉に緊迫感が増すが続く言葉で空気が和らいだ。

 それはただ彼が謝罪は要らないと止めたという事実だけではなく、それほどに砕けた話し合いが出来る相手なのだと。


「流石は父上。よろしければ次は私とライリーも同席させて頂きたい」

「うむ。その方が良いな。

 それとレナよ、謝罪は文にしておけ。先ず間違いなくあやつは城に居らんでな。

 あの子もまた危なっかしいでな。わしがベルファスト王なら他国の手の者は上手く躱す。

 躱せぬのがあのタイミングだったのだが、それが急過ぎた所為で説明も出来んかったのだ。

 そもそも言葉を交わしに行くだけの事。伝える必要性もそれほど感じてはおらなんだが……」


 ベルファストが上だとわしが公に伝える訳にはいかんとはいえ、使いは出すべきじゃったな。と彼は続けた。

 その声に『これは許される流れ』と顔を上げた王女だが「しかし、それでもお前の落ち度は否めぬ。欲目で見ても大きすぎる程にな」と更に続いた王の言葉に今度は素直に頭を下げたレナ王女。


 どんな裁定が下るのか、と戦々恐々とする周囲だが一向にその言葉が出てこない。

 何やら考え込んでいる王に視線が集中する。


「いや、待て……あやつなら謝罪であれば面会も受け入れるか?

 ふむ、事を理解した今のレナなら問題は無かろう……幸い同行出来る知人も居るしな」


「リアーナよ」と突如話を振られた彼女はビクンと震え「は、はい」と緊張を露わに声を上げた。


「お前は今でも友人関係と聞いた。会いたいと言えば会えるか?」

「ど、どうでしょうか……その、恐れながら申し上げますと……」


 と、彼女はルイから聞いていた情報を口にした。

 父親から言われレスタール貴族とはしばらく距離を取ることになってしまったと。

 ただ、そう言われても仲間内の食事に招待してくれたりと友好関係は保っている事なども話せば、驚いた顔でレナ王女がリアーナの顔を覗き込む。


「そ、そういう情報は最初に頂戴よ。どうして黙っていたの!?」

「姫様が向かうのは友好関係を築く為だと聞いていたので枷になる情報かと思いまして……」

「ふむ、確かにの。しかし聞いていた通り浅からぬ仲なのは重畳。

 では、再びレナと共に向かい謝罪を果たしてまいれ。

 どうしても会えねば文を残すだけでも良いが多少は骨を折るのだぞ。

 それがベルファストへ向かった者全員の罰としよう。

 まあレナは戻ってからも反省し、色々と学んで貰わねばならんがな」


 同行していたメイド、護衛騎士長、ユキナは何も言わずそのまま頭を下げた。

 リアーナもユキナを申し訳なさそうに一目見た後続いて「寛大なお心に感謝致します」と頭を下げた。


「今度も私心で機会を無為にした場合、深刻な罰にせねばならん。わかっておるな。心せよ」

「わかりましたわ! 私心を忘れしっかりと友好も育んで参ります!」


 それに微笑みで返す王だが、ウィルは逆に不安そうな視線を向けた。

 こうして、ルイの元へと向かう一行がレスタール王都から再び出立することになった。





 支度を早々に終わらせ獣車にて城を出た一行だが「止めて頂戴!」というリアーナの声で出発早々に停車することになった。


「何よ! 遊んでいる場合じゃないのよ!?」


 元凶の貴方がそれを言うのかとリアーナは呆れた視線を返しつつも言葉を返す。


「ルイさんの元パーティーメンバーが居ました。

 私も知人なので彼らから話を聞きたいと思います」

「あら、そうなの!? じゃあ、任せたわ!」

「ええと……元、なので一応聞いて置く程度ですからね」


 そう断りを入れつつも、彼女はユキナを連れて車を出て急ぎ足で歩道を歩きながら「ヒロキさん!」と声を上げた。

 

「あれ、どうして王都に居るんだ……ってお貴族様なんだから王都くらい来るか」

「あー、リアーナさんとユキナちゃんだぁ。偶然だねぇ」

「え、ええ。貴方たちはシーレンスからの帰りですの?」

「ああ、うん。大変だったんだけど、ルイのお陰で無事終わってね。

 お礼がてらルイの村を手伝いに行こうかと思っているんだ。開拓で大変らしいからね」


 アキトの返答に目を輝かせニコリと笑みを作り「そうなの!? じゃあ、私たちも同行させて頂戴!」と願い出た。


「おぉ、リアーナさんもかぁ。どんどん人が増えるね。ルイ君大人気だぁ」

「あら、他にも同行者が居りますの?」

「えーと、同行するってんなら紹介頼めるか? お貴族様って聞こえたんだが……」


 少し後方に居た二人が前に出て、話に混ざる。

 その二人は、シーレンスでルイに助力を願ったジョージとシズネ。

 彼らもキャンセルはされたものの、キャンセル料として割と高額を貰っていた。

 助力に多大な恩を感じ何か手伝いに行こうと同行を願い出ていた。


「あら、ではこちらにも同行者が居るし、合流してからお互いに自己紹介しましょ。

 大丈夫よ。特に無茶とか言ったりしないから。ね?」


 と、彼女はヒロキたちを見て同意を求める。

 その声に「まあ、ランドールさんなら安心だけどよ。今ルイの所に行って平気なん?」と心配そうな言葉が返った。


「その件もこちらの同行者を交えてお話しましょ。ほら、こっちよ」


 彼女にしては珍しい少し強引な物言いに「お、おう」と少し困惑を見せながらも付いて行くヒロキたち。

 そうして獣車に近づけば近づくほど彼らの足は鈍りを見せた。


「な、なぁ、すっげぇ獣車を騎士が守ってんだけど……

 同行者もやっぱりお偉いさんだよな?」

「えっと、私そういうの苦手だなぁ……」

「その、ランドールさんならまだしも他のお貴族様を連れて行くのはちょっと……」

「だ、大丈夫よ!

 だって私たち友好を目的で行くのだもの! 迷惑を掛けるつもりなんて無いの!

 お願いだから話だけでも聞いて。お願い……」


 と、リアーナにそう言われてしまっては真っ直ぐ断れる人材はここには居ない。

 話を聞くだけでもいいのなら、と彼らは引き返せる分岐点を直進した。 


「おほほ、このわたくしがレナ・ゼル・レスタールよ! 案内、宜しく頼むわね?」

「ゼル・レスタールだって……王女様じゃねぇか!?」


 と声を上げたジョージにヒロキたちは一斉にリアーナに視線を向けた。

 聞いてないぞ、と。


「ま、先ずは用向きを説明させて頂戴!」と、ばつの悪くなった彼女は足早に現状を彼らに説明した。

 自らやってしまった失態を。

 そしてその為に謝罪に行く事が目的なので迷惑を掛けるつもりは無いと。


「あらら、ルイ君も大変だぁ……」

「ちょっとアミさん!? あなたもシュペル様を見れば同じことになりますからね?」

「リアーナ様……私はもう既に見ておりますけど……?」

「それはユキナはあの時気絶していたから……」

「それほどのイケメンなの!?」


「「「ええ!」」」


 と、リアーナ側の女性全員が肯定の言葉を返し、アミはジュルリと舌なめずりをした。

 それを見たリアーナは彼女をその気にさせようと、イグナートのカッコ良さを事細かに伝え、姫もそれに続いた。

 そうしている間に打ち解け「それは是非とも一緒に行って確認させて貰わなきゃね!」とアミがある意味での了承の意を示してしまう。


 こうして断る事が出来なくなったヒロキ一行は『本当に大丈夫なのか』という不安を抱えながらもルイの村を目指す事となった。








 ルイの治める村で、帝国民を纏める男が肩をぶるりと震わせた。

 隣に立つ女性が少し心配そうに彼を見上げる。


「あらシュペル、大丈夫?」

「ああ、勿論平気だよ。けど何だろうね。少し寒気を感じたよ」

「まあ、それは大変! じゃあ私が温めてあげるわね?」

「はは、キミがそうしてくれるなら寒気も悪くないものだと思えるよ」


 そんな二人にカイが「民が見ておりますので」とジト目で忠告を入れた。

 だがそんな事で戻ってくる二人ではない。

 そのままくっつきながらイチャ付き、カイがそのフォローに一人走る。

 そんな日常が繰り広げられていた。


「全く、ここに来てから幸せなのはわかるが、少しはこっちの事も考えてくれよ。

 偶にはシュペルが苦労することになっても良いと思うんだよな……」


 そんな呟きが誰の耳にも届かずに風に搔き消された。



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