第132話 大移動


 あれから六日、討伐は近場のブラッディベアーだけにして魔力を節約すれば、かなりの量が溜まった。

 魔力量が一気に増えたお陰だ。

 五日でこれ程貯まるなら、暫くは節約を考える必要は無さそうだ。


 そのことに深い安堵を覚えつつも、俺たちは再び第二東京へと向かった。


「ルイ殿下、お待ちしておりました!」


 国会議事堂の受付に行けば、すぐに出て来た高木防衛大臣が出迎えてくれて応接間へと案内された。

 そこでお茶を飲みながらお互いの進捗を話した。


 一応、出立の目途は立ったらしく、全体にアナウンスを掛ければすぐに集まれる状況なのだそうだ。

 運んで欲しい物も纏めて置いてあるので後でご案内します、と頭を下げられた。

 今日はお仕事モードなのか形式ばった口調だ。


 こちらからも、受け入れ先の状況を話した。

 ファストール公が今、仕切りを作りこちらの民に立ち入りを禁止する区域だと説明を行っていると。


 後から話すのもあれなので、現在敵対している国家の民を受け入れ中であることも伝えた。

 誤解が生まれない様、これまでの経緯や第二東京の人たちにそこに向かって貰う理由などもしっかりと伝えた。


「その、武器の携帯に関しては何処までが許されるのでしょうか……」


 えっ……どうだろ。

 でも俺の村の中だけの話であれば俺が決める範囲なのかな?


「えっと、こちらではハンターの帯刀は許されていますし、自衛隊が一般人に対抗できるくらいの重火器を持つのは問題無いかと。

 ですがそれで他の町に行っても大丈夫かまでは……

 細かい条件等は村に着いてからファストール公爵と相談して決める形で構いませんか?」


 不安なのでお爺ちゃんと相談させてと返しつつも、俺の考えを伝えれば彼女は微笑み「わかりました」と了承してくれた。


「移動については自由にして貰って構わないそうです。

 ですが、私の領地を出て何か問題が起こった際には自己責任となる場合もあるとご了承ください。

 法を守ってくださる限り基本的にはお助けしますが、手が回らない可能性もありますので」


 これはお爺ちゃんと一緒に決めた事だ。

 流石に万を超える人数を個別に守るだけの兵力は無い。

 それに今後の事もある。うちの民としてやっていくのであれば彼らだけを優遇し続ける訳にはいかない。

 お爺ちゃんは最初は渋ったが、結局は周りが納得するだけの身分を与えるか、同じ扱いをするかの二択になると自分で結論を出した。

 全員を貴族にする訳にもいかない。

 なので、外界との問題が起きない俺の村で当分の間は優遇し徐々に慣れて貰い一般の扱いに変えていくという話に落ち着いた。


「あ、ですけど、そちらでも対応が可能になる様にそちらで決めて貰った上位三名に爵位を与えるつもりらしいです」

「よ、よろしいのですか?」


 伯爵位一名、男爵位二名だ。

 この世界では基本的に爵位がものを言うので上位の人間は逆に持って置いて欲しいと言っていた。

 それを伝えれば、高木さんは心底驚いた様子を見せた。


「ですが国の中枢に入るまでは時間が掛かると思っておいてください。

 流石に貢献度も無しに強い発言権を与えては周囲の反発がありますから」

「ええ、勿論そこは理解しておりますわ。しかし破格の条件ですが、対価の方は……」

「対価は要りません。その、先行投資と考えて頂ければ……

 あなた方が居るだけで間違いなく国が潤うでしょうから」


 そう伝えると、彼女は「そういう事でしたら、ご厚意に甘えさせて頂きます」とほほ笑んだ。


 ここの技術を一部でも差し出して貰い、それを功績として発表すればベルファスト貴族の間でも認められるはずだ。

 その第一弾として重力発電を使わせて貰う。

 一応俺の素材で貰った技術だが、俺が自由に使えるなら何の問題も無いのでお爺ちゃんのその提案を受けた。


 その功績で伯爵位を与え、伯爵に男爵位二名の任命権を与える。


 最初から伯爵位など異例中の異例となるが、何も使わずに町で使うエネルギーを賄えるとなれば、余程の馬鹿じゃない限り理解する筈だ。

 とんでもない事だと。


「それで……衣食住の用意は要らないって話でしたけど、本当に大丈夫なんですか?」

「ええ。マスター権限が無くとも寝泊まりする程度であれば一日、必需品を全て揃えても三日もあれば終わりますから」


 おおう。三日で全て終わるのかよ。

 ……とんでもねぇな。


「ただ、そちらで使って頂くには強度が全く足りていないと思われます」


 どうやら、魔力が宿っている物の加工は簡単には出来ないそうで、もしこちらの物質を使いまわすとしたら、物凄い非効率なやり方で一度魔力を抜かなければいけないのだそうだ。

 なので、物資は基本使いまわしで今回も区画を二つ解体したのだとか。


「こちらを触って頂ければわかると思います」と彼女は鉄っぽい棒を差し出した。


「我らの力ではいくら鍛えてもとても曲げる事は適わない強化した特殊合金です」


 曲げていいと言うので強く握ってみればそのまま握りつぶせそうだった。

 感覚的に硬めの粘土程度の強度に感じる。


 試しに強化を使い指先で詰まんでみたが、それで軽く潰せてしまう。

 指で千切って丸めるのも容易だ。


「確かに強化した合金でこれでは厳しそうですね」

「そ、それほどですか。想定を大幅に超える差で、こちらも驚いております……」

「あの、ルイは世界でも有数の力を有しているので、彼を基準にすると選択を間違えるかもしれないので……」


 ああ、そうか。

 膂力で言えばもうかなり強くなってるよな。

 魔力に守られているというこっちの大木を軽く纏めて切れる様になっちゃったもの。

 普通のハンターでは到底無理だろうし、彼らの想定を大幅に超えてしまうのも仕方ないか。


「あっ、そうでしたわね。どれほどの差が御座いますの?」

「えっ!? ええと、物凄い差です! その、説明は難しいです……」


 高木さんが醸し出す出来る大人の女性の空気に当てられたのか、いつも以上に緊張して言葉が出ないユリ。

 助け舟を出そうと、それは村についてからで、と彼女に言葉を返す。


 まあどちらにしても、彼女たちが生活する拠点が出来れば良いのだと、話を先に進めると纏めた荷物の話に移り変わる。

 持ち運べそうかを見て欲しいと言われたのでそのまま案内して貰えば、大した量は無くて逆に驚いた。

 いや、普通に倉庫が一杯になるくらいはあるのだが、それほど大きな倉庫ではない。

 この程度なら余裕だ、とその場で全て収納した。


 その様に驚きを見せる高木さんだが、直ぐに佇まいを直した彼女に問いかける。


「……それでどうします。出発の日時は」

「そちらのご都合にお任せ致しますわ。

 エネルギーの充填もして頂きましたし、問題は御座いません。

 そちらのご予定に合わせられます」

「うーん、俺としては何度も往復するのは大変だし早い方が良いけど、流石に今日とか明日ってのはご迷惑ですよね?」

「いいえ。問題御座いませんわ。

 ただ、出来れば朝からが好ましいので明日の朝でも構いませんか?」


 勿論構わないと頷き、今日も泊めて貰う事に。


 そして次の日、指定された穴を掘った場所に行けば、大勢の人で溢れかえっていた。

 穴の手前には、沢山の大型の乗り物が綺麗に並べてある。

 その近くに麻生総理の姿が見えたのでそちらに赴く。


「おはようございます、ルイ王子殿下」

「あ、はい。おはようございます。そちらを運べばいいんですね?」

「ええ、お願いできますか?」


 勿論です、と希望に応えて一度、収納した荷物を出し乗り物を全部入れていく。


「えっと、出す物は選べないんで、向こうで出してから荷物を再収納します」


 と、彼らに説明を入れれば、そういう事ならばと話が進む。

 それから簡易で作られた壇上に上がらされ総理の演説と共に俺の紹介が入った。


 紹介が終わると大きな拍手の音が響く。

 その音に俺は安堵した。

 一応大部分には歓迎されている事なのだと。


 生まれ育った場所をいきなり出ると言われても結構な不安が付きまとう筈だが、滅びを感じていたのだろうか、思いの外表情は明るい。

 流石にそわそわしている様子を見せている者が多いし、張り詰めた表情を見せる者も居る。

 なので、俺の方からも法を守る限りは必ず守ると約束した。

 衣食住は自分たちでどうにでもなる彼らの不安は魔物と人だけだろうから。


 そうして始まった大移動。

 俺や総理たちを先頭に穴の中を進み、地上まで繋がっている縦穴の所までたどり着いた。


 そこで収納した乗り物を出し、乗って貰う。

 人が乗ったらある程度上昇させてを繰り返し、縦に列を作っていった。


 そうして漸く人数確認をしながらの搭乗が終わった。


「じゃあ、ちょっと荷物を取ってきますね」


 と、声を掛けて車を作りジェット噴射にて高速でトンネルと抜けて再び荷物を収納して縦穴に戻れば、総理は俺と居ると全てが想定以上の速度で進むと、嬉しいのか困っているのかわからない様子を見せたが、それも一時の事。


 直ぐに彼は無線で出発の準備が整ったことを伝えた。


「では、殿下もお乗りください。今回は我々がお運び致します」


 と、彼の案内のままに車に乗る。


 いや、タイヤ無いし飛ぶのだから飛行機か?


 そんな事を思いながらの搭乗だが、直ぐに中の光景に目が引かれる。 

 内部は上流な家庭の寛ぎ空間になっていて、絨毯、ソファー、テーブル、等々キャンピングカー並みの……いや優にそれ以上となっていた。

 しかし壁にタッチパネルが一つあるのみで操縦を行える様な物は無い。

 やっぱり自動操縦だよな、と思っている間に総理と高木さんが全体に無線で通話を行い話が進んでいく。


「これより、こちらでの一括操作により移動を開始します。高速で上空に上がった後、通常のフライトに切り替えますので外の光景を楽しむのはその時までお待ちくださいね」


 出発の時が訪れると大臣たちが一斉に総理に視線を向けた。

 熱いまなざしを受けた総理は、少し子供の様な表情で笑みを見せる。


「では、行こうか」


 と、総理の声が響くと彼らは一斉に返事を返し最後にAIの声での最終確認が入る。

 空中に映し出された地図には経路が書き込んであり、速度、所要時間、等々の読み上げが行われた後、機体は動き出した。


 急発進だが全てが繋がっているかのように等間隔で上がって行く。

 どんどんスピードは上がり、俺が出せる速度を優に超えていた。


「は、速い……」とユリの呟く声が聴こえた。


「ははは、こちらが唯一勝っている部分ですな」


 彼女の呟きに自衛隊を統括している幕僚長の声が返ったが、これ、と総理の窘める声が続く。

 フライト中なのだが、ソファーに座り対面で談話しているので普通に部屋に居る感覚だ。

 飛行している感じすら無い。重力とかで色々操作しているのだろうな。


「これだけの技術を有していて何を言ってるんですか……

 こっちが勝ってるのは力くらいなものでしょう?

 平和な世にするつもりなのでこちらの大敗ですよ」


 うん。戦争なんてもう勘弁して欲しいし、平和が一番だ。

 せめてベルファストだけでも平和にしたい。


「いやいや、何を仰る。そうなって漸くとんとんが良い所でしょう」


 と、出会った当初は苦い表情を見せていた彼も子供が遠足に行く時の様な顔で笑いかける。

 他の大臣たちを含め皆外を心待ちにしていた様子。

 そんな彼らと雑談を続けていたのだが、突然言葉が止まった。


「あっ―――――――――」


 ダンジョンの中の光とは一線を画す強い朝の光が車内を照らす。

 各々、導かれるように立ち上がり、光を目指してゆっくりと歩く。


「お、おお……」

「なんと、美しい」

「この様な澄んだ光が自然の物なのか。素晴らしい」


 後ろで高木さんが「だから言ったでしょう?」と、彼女もまた学生の様に格好を崩しての返答だ。

 それからはテーブルに残った総理と現地での予定を確認しながら村へと向かった。

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