第131話 イグナート領民の治療
村の事はお爺ちゃんに任せ、俺とユリはイグナート領へと向かおうと飛び立てば、山を越えた反対側にかなりの人が集まっていた。
トンネルの出口の前だから間違い無いだろう。
どうやら、もう来ているらしい。
カイや兵士たちが誘導し、村へ続くトンネルの中へと誘導していた。
「早いな。もう来たのか」
「恐らく、一刻も早く町から遠ざけようという力が働いたのでしょうね」
そう言われて良く見てみれば、トンネルの中へと入っていく人々は全てを諦めた様な顔をしていた。
「あー、そうか。町の管理者からしたら一刻も早く遠ざけたいものな」
そう言いながらも近くに着陸すれば、カイが走り寄ってきた。
「で、殿下、来てくださったのですか!? 今は色々とお忙しいのでは!?」
「ああ、忙しいけどこっちも約束した事だからな。様子くらいは見て置こうと思って」
そう言えば現状を説明してくれた。
ユリの言っていた通り、沙汰が決まったのなら一刻も早く連れて行って欲しいという要望が多く、とんとん拍子に予定が進んだのだとか。
「兵士たちの治療もまだなん?」
「ええ。一応、処刑ではなく隔離後治療法を研究する、という名目で連れて来ています。
もう帰る事はできないというのも一応説明してあります」
民からは多少の反発も出たが、槍を突き付けて黙らせたそうだ。
カイも心苦しそうにしているし、さっさと治療して向こう側に連れて行きたいところ。
「それなんですが、俺とシュペルだけの魔力だと結構な日数が掛かってしまいそうなんですよね」
「あー、そりゃそうか。色んな角度から念入りに当てないとだもんなぁ」
とは言え、ぱっと見それほど進行はしていない様子。
触手が皮膚を突き破っている人は殆ど見受けられない。
「はい。それにしっかりと治療するには全裸になって貰う必要もあるでしょうから……」
「ああ、異性が大変だな……」と苦い顔をすれば「はい。シュペルに女性を任せた日には一生終わりません。かと言って私がやっても時間は取られるでしょうし……」と予想外の答えが返ってきた。
しかし全くもってその通りになるだろうことは想像に容易い。
どうにかお近づきになろうとして治療の方が進まなそうだ。
「……暫くは隔離して様子見するんだし、魔道具を用意して自分たちでやって貰うか」
「よ、よろしいのですか!?」
「トンネルの中入っちまえば別にいいだろ。うちの住人になるんだし」
彼らには悪いが、うちの民に成ればもう村からは出さない。
ならばもう無理に隠す必要は無いだろう。
無駄に機密を教える様な事はしないが、今は出来るだけ早く向こうに行って腰を落ち着けて欲しいのだし仕方ない。
と、カイと共にトンネルの奥へと進みイグナートへ声を掛け、魔道具を作る事を伝える。
「であれば、ここにスペースを作り全員を集合させましょう。
先ずは出入口の封鎖と民への説明が必要となります」
彼は「そこまできたら全てを説明してしまっても?」とこちらに視線を向ける。
「勿論いいよ。彼らも相当不安そうだしな」
そう言いながらもトンネルの中を広げ、円形の広場を作っていく。
奥に小さな部屋になる様に穴を空け、光魔法の魔道具を作った。
そんな部屋を四つ程作り出入り口に布を掛けた。
「おし、これならば自分たちでできんだろ。
どっちにしても最初は隔離だし、完治したかは時間経過でわかるからな」
「はい、これならば明日までには向こう側に全員連れて行けそうです」
そりゃあいい。
治療して一週間もすれば少しは精神的に落ち着いてきているだろうし。
いや、住居も無いしそう簡単じゃないか……
「間を置かず東京の方も来ますしね」
と困った顔を見せるユリと問題は山積みだなと苦笑し合う。
その後、続々と住民が連れてこられ、漸く後続が切れた。全員集まったのかなと視線を向ければイグナートが彼らの前に立ち、兜を脱いで顔を見せる。
「恐らく皆知っているとは思うが、私はシュペルテン・ベルク・イグナート。
イグナート侯爵家前当主である」
その彼の一言で俯いていた人々のほぼ全員が顔を上げた。
何故シュペルテン様がここに、と。
恐らくは死んだという情報も伝わっているのだろう。
困惑した様子を見せている。
「その私がイグナート侯爵家の名をかけて宣言する。
キミたちを処刑する様な事はしないと」
あれ……それはもう伝えてあったのでは、と思ったが人々は困惑した様を見せている。
「ほ、本当ですか!?」と、子供連れの女性が膝を付き祈りを捧げるように彼を見上げる。
どうやら連れてこられた後、結局殺されることになるのだろうと思っていた様子。
「ああ、本当だとも。キミたちを生かす為にここに連れて来た。
だが、その前に誓って貰わなければいけない事がある」
と言って彼は三つの条件を出した。
一つは、帝国へはもう帰らず用意された村で一生暮らす事。
二つ目は、完治が認められるまで隔離空間から出ない事。
三つめは、外部に情報を漏らそうとしない事、だ。
「キミたちを受け入れらる規模の村ではない。最初は大変だろう。
しかしある程度生活が落ち着くまで我々がサポートすることは約束する」
イグナートの声に前列に居た中年男性が声を上げる。
「その、完治したとしても、もう家族の元には帰れないのでしょうか……?」
どうやら、家族を置いてきた人の様だ。
泣きそうな顔でイグナートを見詰めている。
「その通りだ。帰すことはできない。
キミたちの治療には国を揺るがす機密が関わる。
この誓いを破った者は例外なく死んで貰う事になるだろう。場合によっては抜け出した者が接触した者たちも殺さなければならなくなる。
それは手紙などの連絡手段でも同様だ。
本来、治療の為とはいえ持ち出すことすら許されない物。
これはとあるお方の慈悲なのだ。
国を揺るがす可能性があってもキミたちを生かす選択をしてくれた方のね」
えっ、いや、国を揺るがす可能性はもう無いだろ?
だって、貸し出してた魔道具にも仕掛けを施してあるし……
無いよな? とユリに問いかけた。
「あの、帝国は治療法がある知れば何としても手に入れようとする筈ですよ?」
「いや、だから彼らには悪いが移動制限させて貰うんじゃん」
「そうですが、生きていれば漏れる可能性はゼロではありません」
ユリはそう言いながらも、流石に山を越えられませんからまず不可能ですけど、と表情を緩めた。
うーん、そう言われるとなんかすごく悪い事をした気分。
いや、実際にしたのか。ベルファストから見れば……
そりゃ俺には甘い親父も本気で怒るよな。
イグナートの所だし治療法があるのに放置するのは無いだろ、なんて思ってたけど命の取捨選択ってやつをもっと冷徹にやらんとダメなんかな。
「ルイ? 大丈夫です。貴方なら大丈夫。
こちらに危害を与えてくるのであれば帝国そのものを吹き飛ばしてやればいいんです。
それが出来るルイにとってこの行いは悪ではありません」
あーね?
吹き飛ばせるなら脅威度は下がるね。
けど、それは流石に極論じゃない?
そうは思うものの、こちらを元気付けてくれているのはわかるので「ありがとう」とだけ返す。
その後もイグナートの演説は続いた。
皇帝がイグナート侯爵家にしてきた事。
その行いにより自分がベルファストへと亡命した事。
俺との事。
彼らが身を置くのがベルファストな事。
そして、最後に彼らに答えが決まっている問いかけを行った。
それは端的に言ってしまえば、言う事を聞くか死ぬかだ。
言葉は選んでいたが、結局はその二択。
当然彼らは条件を全て受け入れた。
その後、彼らへ治療法の説明が行われた。
それに合わせ、俺は一度村に戻り再生の魔道具を持ってきた。
戻ってきた頃には治療は開始されていて、布を掛けた部屋から人が出てくる姿が見受けられた。
「ほ、本当にこの手は治るのでしょうか。全く痛みも感覚も無いのですが……」
青年が涙目でカイに尋ねている。
「その筈だ。もう病魔は消えた。その後は回復魔法で治ったという話を聞いている」
そのカイの声を聴いても不安そうな彼の所へと行き、巨大な再生の魔道具を収納から取り出した。
「気になるなら、実際にやってみればいい。
これは回復魔法の魔道具。最新技術で作られた超回復を可能にした物だ」
「で、殿下!? そ、それも国家の機密では……?」
効力次第でそうなりそうだが、一つも二つも変わらない。
必要なのに隠す程の意味は無いだろう。
「そもそもこれを作ることになったきっかけは彼らだからね?」
と、第三の奴らに話を振ったきっかけだと言いつつも、その青年に試してもらう。
勿論、自分の魔力でだ。
「ここに魔力を送れば、ここから光が出るからそれを患部に当てて」と説明を行えば彼は一目散に魔力を送る。
そこから出て来た光は淡いものではなく、強い光。
しかし普通の光では無く、若干空気の様に広がり彼の手を包んだ。
五分程度で彼の魔力は尽きたが、ある程度目に見える程度の再生は出来た。
そして一応筋と神経がつながったのか、手を動かせた事に彼は強い安堵を示した。
それを見ていた帝国民たちも安堵した様子で、光魔法が使える小部屋の前に並び順番を心待ちにしている。
「この魔道具は皆が治るまでは使わせてやるから、無理に急ごうとするなよ?」
そう言いつけると彼らはその場で膝を付き、祈りを捧げるかのように深く頭を下げた。
「あー、さっきの条件さえ守れば生活の方は心配いらないからな。
と言っても家を用意するまでは時間は掛かるけど、放置したりはしないから」
そう伝えて俺の役目は済んだとイグナートとカイに声を掛けて村へと戻り、ファストール公にも帝国民が明日こちらに到着する事を伝えた。
ファストール公との話が終わり、今日はもうやる事は終わりかな、と一息ついた所で第三の奴らに呼ばれた。
回復の魔道具はどうだったんだ、と。
一応口では説明したが、もっと詳しくと突っ込んでくる。
「いや、正確に知りたいなら見てこいよ。今丁度やってるから」
感染が怖いのかミズキとイチロウは視線を泳がせている。
「触れなきゃ移らないし、光魔法で治るんだよね?」
「ああ。それはもうこの目で確認した」
そう返せば杖の彼は「よし、じゃあ回復速度を測らなきゃ」と荷物を持って走り出した。
それをため息を吐きながらも追いかけるミズキとイチロウ。
「じゃあ、俺たちは屋敷でゆっくりしようか」
「はい。今日も一緒にお料理作りましょうね」
と、雑談を交わしながら屋敷へと戻れば、俺たちはすぐにナタリアさんに捕まりゆっくりするどころか彼女のペースに振り回された。
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作者です。本編の間に失礼致します。
ストックがほぼほぼ無くなってしまったので暫く不定期となります。
予想以上に考える事が多すぎて進みませんでした。orz
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