第130話 受け入れ準備


「市民の説得は終わりました。と言ってもそれほど渋る人は流石に居ませんでしたがね」


 それもこれもロイス陛下とルイ殿下が良くしてくださったお陰です、と総理はこちらに頭を下げた。


「そうなるとこっちも色々取り掛からないとですね。準備は何時頃終わる予定ですか?」

「そうですね……出来る限り急ぎますが、一週間は欲しい所です。

 その程度の時間なら間違いなくあると思われますから」


 過去のデータを調べた所、最低でも十か月はボスが湧くまでに掛かったのだそうだ。

 当時、新規で掘り下げた場所ではあるが、少なくとも半年近くまでは安全だろうと言う。


「じゃあ、それに合わせてこっちも準備してきますね。魔石を集めなきゃならないんで」

「魔石、ですか。大きさを問わないのであれば大量にご用意できますが?」


 と、案内された倉庫にあった巨大な箱を開ければ、クズ魔石がこれでもかと入っていた。


「この大きさでも使えるのでしたら数千トンは御座います。ご自由にお使いください」

「ひゃ、数千トン……助かります。これなら大幅に消費魔力を削減できます」


 そう言って収納魔法に巨大なコンテナをポンポンと入れていく。


「あ、この魔法なら持ち運びも簡単に出来るので、円の直径で五十メートル以下の物ならいくらでも持ち出せますからね」

「そ、それほどに便利な魔法が……では大至急リストの作成をさせて頂きます! 高木君!」

「は、はい! では私はこのまま全大臣での会議に移ります」


 彼女は一つ頭を下げると足早に去っていく。

 その後俺は総理と相談して掘る方向を決めた。

 どちらに向かって掘れば町から遠ざかれるのかわからなかったのでコンパスを用意して貰ったり、出た後の移動方法などを相談した。

 流石に三万人を俺一人で運ぶのは厳しいと。


 だが、その心配は要らなかった。

 乗り物を持ち出せるのであれば全員を移動させるのは容易いと言う。

 

 であれば後は穴を掘るだけだが、その前に魔石の吸収をしなきゃな。

 流石にこの大きさのクズ魔石じゃ大きな魔法陣は到底起動は出来ない。

 恐らく気球の方の魔道具も無理だろう。


 だから、かなり効率は悪いが一度俺の魔力にしてから穴掘りに当てる。

 いくらクズ魔石でもこれほどの量があれば大分賄えるだろう。


 硬化症も魔力総量が凡そ二倍になる前くらいで止めれば問題は無い。 

 もし症状が出ても治療法はあるのだから、吸収を止めてブラッディベアーでも狩れば良いだけだ。

 と、コンテナの中身をガンガン吸収していく。


「ルイ!? それ以上は流石に……」

「えっ、いや、まだまだ全然大丈夫だよ。クズ魔石だからね。

 大丈夫、ちゃんと魔装にして測りながらやってるからさ」


 心配するユリに問題無い事を告げて、どんどん空のコンテナが積み上がっていくが、俺の魔力の総量にはまだまだ到底及ばないと吸収を続ける。

 そうして漸くある程度、このくらいかなという所まで来たのでストップした。


「本当に、大丈夫なのですか?」

「うん。まあ最悪は光魔法もあるし討伐時の吸収を止めれば良いだけじゃない?」


 最近魔力が入用だから渡りに船だよと彼女に微笑む。


「それはそうですが……ちゃんと自己管理してくださいね?」

「ああ。俺も心配は掛けたくないし感じたらちゃんと言うしすぐ対処するよ」


 まだ少し不安そうだが納得してくれたので再び穴掘りの準備に取り掛かる。


 先ずトンネルを掘った時に作った車を用意した。


 魔法陣の大きさは三メートル無いくらいだ。

 ここは一度しか使わない通路。

 人が二人並んで歩けるくらいの広さで良いので少し小さめにした。


 それと穴掘りには欠かせないスライムゼリーだ。 

 これも馬鹿みたいな量を買ってきた。


 それを車に積んで準備完了だ。


「ルイ、このまま斜めに上がっていくのですか?」

「いや、それだと埋め立てるのが大変になるし、ある程度離れたら気球で上に上がって行こうかと思う。彼らの乗り物でも普通に飛べるみたいだし」


 ユリには今は魔力を温存して貰い、俺が全て行い進んでいった。

 そして二キロほど進んだところで足を止めた。


「ここから上に上がれば流石に見つからないだろ」


 一般市民は町の外には出られない。それだけに外には基本的に誰も居ないのだ。

 そして恐らくだが、ここは森の中につながる筈。

 と地図を出してユリと頷き合い、今度は上に上がる為に気球を作りその上部に魔法陣を取り付ける。

 今度は二十メートル規模の大規模な魔法陣を作り、ユリに気球に魔力を送る役目をお願いした。

 上昇は早ければ早いほど良いので、気球の動力は新型の他に旧型のも四つ追加している。


 速いほど魔力を削減できるからよろしくね、とユリにオーダーを出してスタートした。


 結構な速度で上昇をしていっているのだが、中々地中を抜けてくれない。

 まあ当然と言えば当然か。

 奈落への穴プラス二十階層分くらいの距離があるのだから。

 そんな事を考えながらも、必死に魔法陣二つに魔力を送りながら魔力操作でスライムゼリーを塗っていく。


「まだかよ……」

「スライムゼリーの在庫は大丈夫ですか?」

「どうだろ。あれだけ買ってきたんだからまだあると信じたいけども……」


 と、スライムゼリーの在庫を確認する。

 が、しかし方々を回って限界まで買いまくったスライムゼリーはもう殆ど無くなっていた。

 次の大箱を開けたら最後だ。

 トンネルの時よりも断然多く集めたのだが……流石に穴が大きい分、量を取られるな。

 

「あら、もう一割切ってる……」

「一応魔素は上に登るので問題無いとは思いますが、念の為途中で止めるなら塞ぎたい所ですよね」

「そうだな。まあまだもう少し行けるしギリギリまでは行こう」


 そうしてもう少しもう少しと上がって行けば、土の質が変わったと思った瞬間、地中から抜け強い光を浴びた。


「おお、抜けた!」

「はいっ! やりました!」


 と、達成感のままに上空に上がって行く。

 ついでにオルダムとの距離を見てみれば丁度良い遠さだった。

 計算通り森の中だし、このまま上空に上がればバレずに移動できるだろう。


 正直レスタールには悪いが、この問題は分けて受け持つと逆に諍いの種になりそうだし、元々ベルファスト側の人って事でこっそりやらせて貰う。

 と言っても『絶対に秘密にしろ』というのが親父の指示で俺に選択権など元々無いが。

 オルダム子爵すんまんせん、と手をパンパンと叩き拝んだ後、総理に報告を入れて一度ベルファストへと戻った。


 念の為でスライムゼリーを追加で買い、脱出経路の確保が終わった事を国に伝えた。


「は、早すぎるぞ……先に村の方での受け入れを整えるべきじゃないのか?」

「いや、あっちの人の技術なら大丈夫でしょ。衣食住は問題無いって言ってたし。

 俺たちの役割は警備とかそっち系じゃないかな?」

「しかし三万人だぞ。警備だけでも準備も無しにできるのか?」

「……区画は元より区切っているし、移住してくる帝国民にはイグナートの部下も結構居るみたいだし、多分大丈夫。きっと……多分」


 不安そうな顔でじっと俺の顔を見詰める親父。

 俺はさっと視線を逸らした。


「お、俺だって巻き込まれた事態なんだからね!?」

「わかっている。大きな問題ではあるが大手柄なのも理解して居る」


 だからこそ慎重にな、と親父は俺の肩を叩く。


「うん。あっちも一週間は準備が欲しいって言ってたからその間にこっちも出来るだけの準備はするよ」


 その時、俺は重要な話を聞いていないことを思いだした。


「ねぇ、そう言えば教会の設立ってどんな経緯だったのか聞いた?」

「ん、何を言っている。あちらが何一つ知らないのだぞ?

 お前の予測通り初代が後から作ったものに決まっているだろう」


 あ、そうか。そうなるのか。

 って事は……初代が書いた本か。

 道理で小学校の道徳だった訳だ。


「あれ、って事はもしかして……」

「ああ。北方教会が嘘を言っていない可能性も出て来た。

 まあどちらにしてもあそことは相容れん。こちらの対応は変わらんがな」


 でも、教会の教えって滅茶苦茶なんだよな。

 うーん。どっちを想定しても面倒この上ないな……


「それは今はいい。ファストールの方はどうだ? もう行けるのか?」

「ええ。必要な仕事は終わらせてあります。ここからは陛下と侯爵にお願いしますぞ」


 親父は一瞬苦い顔を見せた後「わかった。頼んだぞ」とお爺ちゃんを送り出した。


「では殿下、村の方へご案内頂けますかな?」


 準備時間が少ないと知ったファストール公は一刻も早く現地へと向かいたそうに、移動を急かす。


「うん。荷物は?」

「下に纏めてあります。五十人ほどお願いしたいのですが、一度で行けますかな?」

「今の出力ならいける、かな……」


 ミズキの力作の魔道具が全部で八つある。 

 気球で上がる事さえ出来れば最初は滑空で速度を上げられるから恐らく飛べるだろう。

 

 そう思って、大規模な気球を魔装で作って飛び上がる。

 いつもよりも大分高くまで上がり出来るだけ大きな翼を広げれば、余裕も余裕、もっと人数を運べそうだと思うくらい安定していた。

 ある程度速度さえ出せれば重量は割と余裕があるらしい。

 そうして何とか送り届け、軽く皆に紹介してからお屋敷に案内した。


「これが、本当に開拓を始めたばかりの村と言うのですか……」


 と、開口一番に村の発展具合に驚いてしまったお爺ちゃん。


「うん。俺も含め皆頑張ったからね」

「まるで、数十年の時を経たレベルですぞ……」


 いやいや、数十年は言い過ぎだって。

 数年の間違いでしょう、と言い返そうと思ったが堤防や道路の事を考えると強ち間違いではなさそうと言葉を引っ込めた。


「そんな事よりも広さはどう? ここから南だけで足りるかな?」


 一応幸い、この屋敷は少し北寄りだ。南側が一番空いている。

 だが、人数の比率を考えるとどうなのかはわからない。


「三万でしたら問題は無いでしょう。一先ずは、ですが。

 その間に必要であれば整備せねばなりません」


 まだ、向こうがこちらの民とどう接するかもわからない状態では決めかねる。

 垣根が要らないのであれば一番楽だが、子を成せないのであれば分ける必要も往々に出てくる。

 その場合、彼らの区画を増やさねばならないだろうと彼は言う。


「お爺ちゃんが居てくれて助かるわぁ。そこら辺は宜しくお願いします」

「ええ。任されましたぞ。実は少し心が弾んでおりましてな」


 と彼は表情を崩す。

 どうやら創設者である初代の想いを継ぐこの大事に、自らが指揮を執るという状況に高揚を覚えている様子。

 俺としても喜んでやってくれるなら大変ありがたいので「それは良かった」と笑みを返す。


「ですが時間もありません。早速動きたいのですが、よろしいですかな?」


 彼は区画割りを担当している職人たちを紹介して欲しいと立ち上がる。

 それに頷き、帝国職人に渡りを付けると早速依頼を出すお爺ちゃん。


「うむ。うちの兵に指示を出し、大至急で作り上げて欲しいのだ」

「なるほど。ですが、この距離を囲うのに一週間ってのは……」

「無理を言っているのはわかっておる。

 お主は兵に一連の作り方を指導し、監督するだけで良い。

 作業スピードは彼らに何が何でも頑張って貰うのでな」


 そう言って兵を見やるファストール公。そこにお爺ちゃんの顔は無かった。

 兵たちは大変な所に来ちまった、と目を瞑り歯を食いしばっている。

 彼らはレーベンの時に応援に来てくれた兵士たち。

 助け舟を出してやりたい所だが、こればかりは頑張って貰うしかない。

 時間があれば何か手伝いをしようと思いながらも話を見守る。


「はぁ……そういう事でしたら早速取り掛かるべきでしょうね」

「うむ。話が早くて助かる」

「殿下、資材はこっちのを出しちまって宜しいので?」

「うん。全部出して。無くなれば買ってくるし」


 そう伝えればすぐに動き出し、早速杭を立てて紐でライン決めを行っていた。 

 これ以上ここに俺が居ても意味は無いな。


「俺たちはどうしようか……」とユリに視線を向ける。


「東京の方々は一週間後ですものね。帝国の方はどうなっているんでしょうか?」

「ああ、そっちも受け入れるって約束したんだからちゃんと見に行って予定立てるか」


 任せるとは言ったが、流石に準備してやらねばならない物資などもあるだろう。

 再生の魔道具も一応持って行ってもう治療を始めている様なら使わせてやろう。

 東京の件はイグナートが知っているから問題無いとして……


「その前にロゼたちに話を聞かなきゃだな」

「なんのお話ですか?」

「ハンターになって行商をやってくれないかって頼んでみようと思ってさ」


 この町の人間は外に出られない人ばかりだ。

 最低限、貿易関連では外と繋ぐ人材が必要だろ、と彼女に問う。


「あー、東京の人たちも迂闊に出ては危険ですし、帝国民も出られませんものね。

 ではそちらに話を聞いてから帝国ですか?」

「そうだな。と言っても帝国の件はベースキャンプから動いて無ければ近づかないけどな」


 あっちでは俺たちは部外者だからと言えばユリも頷きやる事が決まった。


 早速製塩所へと向かい皆を集めて話を聞く。


「という訳で、お前たちには出来れば行商をお願いしたいんだ」

「なるほど。作った塩を売りに出すところまでやれって話かい」

「いや、製塩業は他に投げてもいいぞ。というか仕事が無い奴に分けてやって欲しい。

 行商は現状お前たちにしか出来ない仕事だ」


 帝国から来る奴らの大半は仕事にありつけないだろう。

 だから態々複数の仕事を受け持って働くことは無いのだ。


「私たちしか出来ないって、やったことも無ければ戦えもしないんだけど?」


 困った顔をするロゼに説明を行う。


 先ずは根本である、これから来る帝国民は町の外に出られない事を話した。

 その後、彼女たちが受けてくれた場合の予定を話す。


 先ずは訓練を行い戦える様になって貰い、その上で最初は護衛を付ける。 

 任せるのは全て自分たちで熟せると確認した後。

 行商の仕事も教えられる騎士を護衛に付けるから、と。


「全員で、かい?」

「いや、大人は出来るだけお願いしたいが子供は付き添い程度の人数で良い。

 どうしても侮られるだろうから……」

「できるだけ? 強制じゃないのかい?」

「いや、お前らはもう奴隷じゃ無いんだぞ。緊急でも無い限り仕事を選ぶ権利がある。

 このまま製塩業をやりたいなら他から引っ張ってくるよ」


 と、返せば彼女は相談させてくれ、と大人だけで集まり言葉を交わしている。


「あー、こいつだけは許してくれないか。ガキ共の母代わりなんだ」

「許してくれって……嫌なら本当に断っても良いんだぞ。

 別に断っても意地悪言うつもりは無いからな?」

「いや、不安はあるが別に嫌って訳じゃないんだ。

 私らしか居ないんだろ。ならやってやるさ」


 視線を回せば、ロゼを含め数人の元鉱山員たちは頷いた。


「助かる。んじゃ、また空から魔物討伐して戦える力を付けて欲しいんだけど、その前に……」


 と今後の予定を伝えていく。

 当然すぐ外に出すような真似はしない。

 先ずはブラッディベアーの討伐を繰り返しつつ、魔装と強化魔法の習得をして貰う。

 その後、軽い戦闘訓練を行い、奈落の魔道具セットを装備させれば不安なく外に出せるだろう。

 当然かなり時間がかかる。

 だが、大変なのは強化魔法の習得くらいだ。

 その習得に凡そ三か月、空からの討伐や訓練に二か月程度を見て置けば何とかなるだろう。

 それまでの買い出し等は俺が行えばいいだけだしな。


「三か月で大丈夫ですか?」

「ああ、仕事としてそれだけを集中して覚えて貰うんだから多分もっと早いぞ」


 ヒロキが一年かかったと言うが、仕事の様に毎日ずっとやってた訳じゃないだろう。

 恐らく、嫌々仕方なく言いつけられた時にというレベルだと思う。

 そう言えば彼女も「それはそうですね。一つに集中するのであれば、不得手でもそのくらいかもしれません」と頷いたので俺の予想は外れてはなさそうだ。


 彼らは「そういうのは仕事の合間に覚えるものでは?」「仕事をしないで良いと言われても逆に困るのですが」と恐縮していたが、先ずは外に出て通用する様になるのがお前たちの仕事だと言いつけた。

 一律のお給金はちゃんと支払われるから心配するなとも。


 そうして話は纏まり、彼らには今日から強化魔法を習得して貰う事に決まった。

 後は帝国を見に行けば東京の人たちを呼ぶまではゆっくりできるかな、と息を吐いた。


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