第127話 第二、東京
先に続く光景に数十秒固まった後、俺は呟いた。
「何故こんなところに町がある」と。
しかも普通の町ではない。高層ビルが立ち並んでいた。
道路のアスファルトの色や形状、歩道などの作り、一部の標識の形。
どれをとっても前世で見た事のあるものだった。
ここは、地球なのか……?
そんな疑問を浮かべながらも町の中へ入っていく。
「これだけ建物があるのに、殆ど音がしませんね」
ユリがビルディングを見上げながらも言った。
そう、殆ど、だ。
全く無い訳じゃない。
これだけ発展しているのだから自立型の機械の可能性や魔物の可能性もゼロでは無いが、何かしら動くものがあるという事。
「このまま進んで良いのでしょうか?」
進みたがっていたイグナートも余りに予想外の光景に歩が緩む。
彼の声に俺も思わず足が止まったが、俺は知りたい。
何故、日本で見た作りの物がここにこれほどあるのか。
しかし、ユリやイグナートをそれに巻き込んで良いのだろうか。
そう思った瞬間、ウゥゥゥと懐かしいサイレンの音が聴こえてきた。
「っ!? こ、これは!?」
「いけません、殿下戻りましょう!」
と、声を上げる二人。それに頷き踵を返し走りだそうとした時、後ろから声が聴こえた。
「貴方たち、ここは魔素濃度が上がったから侵入禁止エリアに指定されるわ!
避難の準備をしなさい! って、貴方、誰……?」
地の上を滑る様に飛行する車の様な物から顔を出した黒髪の普通の女性。
それと同時に町全体に拡張された音が響き渡る。
『A区画により魔素の異常上昇が検知されました。これよりA区画の住人への一時避難要請。
並びにA区画への立ち入りを禁止致します。繰り返します―――――――――』
二度繰り返された後、再びサイレンの音が響く。
そうして静寂を取り戻したが、車の様な物に乗る女性とのにらみ合いは続いていた。
「漸く音が止んだわね。それで……あなたたち誰? 見た事無い顔だけどどこの区画の人よ。
同年代なのに三人全員見た事も無いなんて流石に変だわ」
黙っていても仕方がない。
「俺たちはダンジョンを越えてきた。
こちらからも聞きたい。なんで態々地下に住んでいるんだ?」
「――っ!? 嘘……まさか、原住民、なの?」
「そっちが移住してきた民なのかは知らないが、地上から来たのは間違いないよ。
一応こちらとしては敵対の意思は無いんだけど、友好的な話し合いは出来る?」
そう問いかけるが、彼女の目は心底怯えていて言葉を返してくる様子は無い。
逆に俺はある程度気が楽になった。
魔素の上昇と言っていたが、この空間にあの程度の穴が開いただけで避難しなければいけないレベルなのだと。
流石に全員では無いにしろ、神という存在ではなさそうだ。
「先ずは空けてしまった穴を塞いでくるよ。それで来たんでしょ?」
「ま、待って! 今、上に報告するから! ちょっと待って!」
彼女は車内の恐らく無線機だろう物を弄っている。
「ああ、うん。でも先に塞いだ方が良くない? すぐそこだよ?」
と、言いつつも歩き出し、ある程度近づいた所で魔装を伸ばして引き抜いた岩を引っ張り再び空間を閉じた。
引き抜いた場所はコーティングが割れてしまっているから完全ではないだろうが、これなら沸いても一階層レベルだろう。
そこは後から対応して貰うとして……
「それで、貴方の上司はなんて?」
「えっ、あ、うん。その場で待機だって……お願いできる?」
「それは勿論。こっちも一応不安を解消したいんだけど、一応友好的に話を聞かせて貰えると思っていいのかな?」
「不安、なの?」と彼女は目を見開いた。
「そりゃね? 意図せずいきなり人の家に入っちゃった気分だよ。
引き返そうか迷ったんだけど住んでいた町の地下にこんな場所があったら気になるじゃない」
「そう、なんだ……あっ、来たみたい。私は下っ端だから引き継ぐわね?」
彼女に「わかった」と返して二人に「俺は話を聞こうと思うんだけど、二人はどうする?」と問いかけた。
「私には聞かなくていいんです! どんな時も一緒です!」
「流石に私もこの状態では帰れませんね。
状況から推察するに一切抗えないほど危険な場所でも無さそうですし」
そうしてこれからどうするかが決まる頃にはもう既に囲まれていた。
十五台くらいのパトカーっぽい物が正面に立ち並んでいて、その中から一人の男性が降りてこちらに歩いてくる。
それに合わせて俺も数歩前に出てある程度近づいた所で会釈をすれば向こうも返してきた。
「どうやら、敵対の意思は無さそうだね」
「ええ。そもそも意図して来たものではありません。
とは言え正直ここが何なのかくらいは教えて頂きたいのですが」
「意図せずか。ではキミたちは上の迷宮を突破してきた、という事でいいのかな?」
それに頷いて返せば、彼は困り果てた顔で「そうかぁ……」と呟いた後「話をするのであれば先ずは落ち着ける場所へ行こう」と彼は手で案内をしながら乗り物の方へ踵を返す。
そうして案内されたのは割と近場のビルのカフェテリア。
流石に最初から中心部に案内するつもりは無さそうだが、こんな近くに住民が居そうな場所に呼んだのだから罠の可能性は低いだろう。
とは言え、軍人の様な人たちが十数人で警備を固めている状況だが。
無人のセルフ機が並んでいるがボタン一つで料理すらポンと出てくる模様。
しかも3Dプリンター的な感じに無から作り上げられている。
それを見た二人は動きを止め、神の御業と口にする。
「もの凄い技術ですね……
もしかして原子の組み換えですか? でも元になる物が見当たらないな」
「えっ、地上はそれほどの速度で技術の進歩が行われているのかい?」
いいえ、そんな事はありませんよ。と返しつつも、こちらでは飲めないジュースばかりなので久々にコーヒーを飲みたいとボタンを押した。
そうして案内された先で互いに自己紹介を行う。
「私は自衛隊一佐、桂圭史。そちらのお名前を伺っても?」
「ええ。こちらはベルファスト国から来ました。私はルイ・フォン・ベルファスト。
一応、現状では国の王太子という事になっています」
「なっ!? 王太子殿下……ですか?」
動きを止めた桂さんに頷いて返し、ユリやイグナートが続いて自己紹介を行った。
その後もあちらから口を開く様子は無かったのでこちらから言葉を投げかける。
「最初に申しました通り、意図して来たものでは無く敵対の意思は御座いません。
ですがこれほど近くに居を構えているのですから、お話くらいは聞かせて頂きたく」
ぶっちゃけ、この上はオルダムだからレスタール国だ。
しかし、オルダムは歴史上で見ればついこの間レスタール国になったばかりの場所。
恐らくベルファストが関係していると思われる。
というか、初代が言う神とはこの人たちの事なのではないか、と思っている。
オーバーテクノロジーを見せられてそう認識したんじゃないかと。
「え、ええ。しかし王太子殿下とあっては一佐の私では失礼になってしまいますね。
せめて幕僚長か大臣をと思うのですが、呼ばせて頂いても?」
お待たせしてしまう事になってしまいますが、と彼は冷や汗を流す。
「構いませんよ。いきなりお邪魔してしまったのですし、お構い無く。
しかし、この地下で良くこれだけのエネルギーを確保できますね。
魔素を変換できるのですか?」
「いえ、お恥ずかしながらご指摘の通りかつかつで大変な想いをしております。
魔素変換技術は未だ確立されておりませんので」
「そうでしたか……」と返せば、ユリが袖を引く。
視線を向ければどういうことですか、と言いたげに首を傾げている。
小声で「後で全部話すよ」と言えばイグナートもこっちを見ていたので彼にも頷いて返す。
「その、地上の方々はもう迷宮を突破できるくらいにお強いのですか?」
「いいえ。現状では私たち以外には不可能でしょうね。
正直、私たちでも難しい所なので次が湧いたらもう来れないかもしれません」
「そう、ですか……」と桂さんは初めて少し安堵の顔を見せた。
その後、互いに質問を重ねていれば防衛大臣と陸将という肩書を持つ二人が到着した。
防衛大臣は四十代くらいの女性、高木さん。陸将は五十過ぎの男性、牧島さんだ。
再び挨拶を交わし、場が改まり本格的な話し合いへと移行していく。
「ルイ王子殿下、先ずはようこそお出で下さいました。この第二東京へ」
「第二、東京、ですか……」
「いえ、第二と申しましても第一はもうとっくに無いので過去の名残というものですがな」
そっちではない。東京という言葉の方だ。
これでもうほぼ確定した。日本が関係していると。
それを明かすか否か、それで少し迷いが生じたが明かすことにデメリットは感じない。
分かり合う一助になると考えれば言って置いた方が良いかもしれないと口にしてみる。
「では、あなた方は日本人でここは地球という事で宜しいのでしょうか?」
「……地上ではそれほどに我らの事が伝わっているのですか!?」
「幕僚長、その様に質問を質問で返すものではありませんわよ。
ええ、いかにも。私たちは日本人です。しかしここは地球ではありません」
地球では無いという事は宇宙を渡ってこの星に来たということか。
流石にテレポート技術とかは無い、よな?
そんな事を考えつつも、幕僚長への問いに否と答え、何故自分が知っているのかを伝える。
「私には前世の記憶があるんです。それも地球の日本での記憶です。
と言っても栃木県に住んでいた一般人のものですがね」
「栃木県、ですか……」と彼女はリップクリーム程度の大きさのスティックを出しボタンを押すと空中にモニターが映り、何度かタップを繰り返すと地球の世界地図を出した。
拡大し栃木県を探しているので「ここです。関東の……」と場所を伝える。
「にわかには信じがたいのですが、私よりも日本の地理に詳しいのは間違いなさそうですね」
「ええ。お気持ちはわかります。異常すぎて受け入れられませんよね。
それは地上でも一緒なので一人にしか明かしていません」
と、ユリに視線を向ければ彼女は既に話していたことを思い出してくれたのか、少し顔を赤くし手を握ってきた。
そんな彼女の手を握り返して微笑む。
そう、ユリには銃をレクチャーする時に一度前世の記憶がある事を明かしている。
「だからどうだという話では無いのですが、そちらの想定以上に知識があるのはそういう事です」
きょとんとした顔を見せる防衛大臣だが、一応飲みこんだのか一つ頷く。
「なる、ほど。それで、今度我が国との関係はどうされるおつもりですか?」
「そう、ですね……未知というのは恐ろしくもあります。
ある程度は今後の為にも互いを知れたらとは思いますが……」
と返しつつも、桂さんに言ったように最下層のボス討伐はリスクが高すぎるのでもう来られないかもしれないと伝える。
「そうでしたか……ですが、このままそっとしておいて頂く訳には参りませぬか。
放っておけば二百年と持たず我らはここで滅びゆくことになる」
「えっ……それは何故……?」
再び口を開こうとした彼に防衛大臣が「幕僚長!?」と声を上げ彼を止めようとするが、彼は「もう虚勢を張っても仕方あるまい」と首を横に振る。
「色々と面倒な話になるが、根本を言えばマスター権限を失ったから、だな。
エネルギーはどんどん失われていき、もう地上を目指すこともできぬ」
「幕僚長、それを貴方が口にしてしまうのは余りに無責任です!」
黙ったままのにらみ合いが続き、その後幕僚長は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「た、大変失礼を致しました。ですが聞いての通り我々にはもう後がありません。
こうした緊急時でなければ車を使う事すらできませんの。簡単には信じて頂けないかもしれませんが、我らが貴方がたの脅威になる事は御座いません」
「ええと……仰る通り言葉一つで『はい、わかりました』とはいきません。
ですが滅びが確定しているのであれば、手を繋いで生き延びようとは思わないんですか?」
そう問いかけると彼らは二人そろって難しい顔を見せた。
「もし、助けをお願いした場合、対価は如何ほどで?」
陸将はじっと座った目でこちらを見据えた。
「それは何をするかに寄るのでは。多少のエネルギー確保で自立できるのであれば、多少の技術提供程度で構いませんが、人口全員を地上に連れて行き生活圏の確保となれば話は変わりますし」
「ま、待て。待って下され! 貴方は地上に我らを運ぶことができると?」
「えっ……人口次第ですけど、どのくらい居るんですか?」
「現状、二万八千人で制限を掛けて出生を禁じていますが、総人口は三万人となります」
三万人かぁ。それはちょっときっついな。
それほどの人数じゃオルダムの人たちにもバレるしなぁ。
まあ、でも頑張れば穴を空けて別の場所に出る事もできるし不可能ではないか。
レスタールに話を持って行く事もできなくはないが、これだけの技術だ。絶対に怒られる。
「簡単にとはいきませんが出来る、と思います」
「しょ、少々失礼致しますわね」
防衛大臣の彼女は席を立つと外部との連絡を取り早口で何かを話している。
「それで、地上に出れたとして我らの処遇はどの様になるので?」
「えーと、現状この大陸の地上には未開の地はありませんので、技術提供などの対価を頂いた後は移住して頂くかうちの国民になって頂くことになると思います。地上の現状はご存じで?」
「いいや。全く存じ上げぬ。だからこそ決めかねるところなのだ」
頷いて返し、先ずは上に使節団でも送ってはどうだろうかと提案する。
「私も最高責任者ではありませんし、トップ会談でも開き話し合いを行ってみては?」
「っ!? そちらの国王陛下との場を用意して頂けるのか!?」
「ええ。こちらとしても放置できない問題でしょうから場は用意できるかと」
そう伝えれば、彼は話し合いに身が入り、口早に色々と問いかけられた。
それに一つ一つ応え、話し合いが終わると割と遅い時間になっていて、差し支えが無ければ今晩は是非泊まっていってくださいと部屋に案内された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます