第125話 来訪者の帰還


 その後、親父に許可を貰い、イグナートを連れてシェン君の部屋へと顔を出した。


「これは殿下、この度のお口添え誠にありがとうございました」


 立ち上がり頭を下げる彼に俺は特に何もしていないと返しつつも、イグナートと二人対面テーブルに着く。


「そんな事よりもシェン君に伝えなきゃいけない話があるんだよ」

「は、はぁ。話とは……?」


 と、首を傾げる彼に流行り病の話を出せば、途中でイグナートが代わってくれた。


「なっ!? うちでも数千人規模で広がってしまったのですか!?」


 彼の口ぶりから察するに、出立前から既に奇病の蔓延はしていた様子。


「ああ。ルイ殿下のお気遣いによりカイと私が動くことが出来たのである程度の手は打てたが、まだまだ予断を許さぬ状況だ」

「なんか、他所の貴族が無理やり入ってきた所為らしいぞ。

 それを完全に遮断する為にカイが頑張ったらしい」


 彼は口を押さえ深刻な表情で固まっているが、数秒の時が経ち軽く息を吐くと平静さを見せ口を開いた。


「殿下にはお世話になってばかりで。事が一段落したら是非お礼をさせてください」

「いや、お礼は別にいいよ。俺は仲間が困ってたから手を貸しただけだし。

 それより、どうする。俺たちが村に帰る時送っていこうか?」


 空から行けば一日で帰れるよ、と伝えれば彼はぐぬぬと表情を歪める。


「た、大変魅力的なお話ですが、関所を通らねば後に勘繰られますので……」


 と、一緒に行きたいが行けないと彼は悔しそうにしていた。


 それから処刑する事にした民をこちらで引き受け治療する話になってるけどいいかな、と聞けばシェン君は目を見開いた。


「不治の病と聞きましたが、もう既に治療法があるのですか……」と。


 経緯を説明すれば納得した後、どうにかその魔道具を融通して欲しいと願われた。


「悪いな。流石に戦争で兵器になり得るものを渡すことは出来ないんだ。

 連絡さえくれれば秘密裏に治療するくらいならしてやるけど……」

「そ、そうでした。現状で渡せる訳がありませんよね。無茶を言って申し訳ない。

 ですが、治療を引き受けてくださるだけでも有難い」


 その後イグナートがレスタールの姫を惚れさせて泣かせたりした話をして過ごした。


「あ、兄上……そうやってまた見境なく魅了して……」

「いや、別に魅了した訳ではないよ?

 そうなり得る状況下で私が行くことになってしまっただけさ」

「それについては本当に悪かった。あそこまでになるとは思わなくてさ……」


 頭を下げれば「殿下はキチンと後の面倒を見てくださったのですから気にしないでください」と彼は微笑む。 


 おおう。本当に良い奴だな。

 もうこういう風に彼を使うのだけはやめよう。


「じゃ、もう一度姫の所に顔を出してから帰るか……」

「そう、ですね。流石にこのまま殿下が会わないと言うのは頂けませんね」


 と、シェン君に「またね」と声を掛けつつもその場を後にし、再び姫たちとの場を作って貰った。

 今度はイグナートも連れてはっきり正面から断ろうと重い心で赴く。

 いや、前回もはっきり断ってはいるのだけども。


 そうしてユリと合流して談話室にて彼女たちの到着を待てば、すぐにノックの音が響いた。

 メイドさんから彼女たちが来たことを告げられ、四人の少女が入ってきた。


 その直後、リアーナさんが泣き腫らした目でこちらを見詰めながら前に出た。


「ルイさん……いえ、ルイ王太子殿下、この度は大変申し訳ございませんでした。

 先日の非礼、伏してお詫び申し上げます」


 何を言われるのかと身構えていたが、予想外にも謝罪の言葉だった。

 リアーナさんは深く頭を下げ、立派なお嬢様ドリルが垂れ下がる。


「いや、まあ、リアーナさんは特に何も言ってないし?

 一番迷惑を被った彼に謝ってくれればそれで……」

「はい……シュペル様、ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」

「いえ、こちらこそ。御受け出来ない私をお許しください」


 俯きながらも口を尖らせるリアーナさん。

 やり取りを見て心底ホッとした顔を見せるユキナさん。


「まあ、立ち話もなんですから」と四人を席に案内して再びテーブルに着いた。


 のはいいのだが……


「私は謝罪など致しませんから。

 そんな事よりもシュペル様の所属をこちらに移して頂きます」

「姫様!? その様な態度ではなりませんと申したでは御座いませんか。

 陛下のご意向を正面から叩き割るおつもりで!?」


 メイドさんが何してんのこの子という面持ちでレナ姫を見据えている。


 ……ああ、こっちは諦めて無いのね。

 まあうん。こう言われる覚悟はしてきた。


「それはお断りするとお伝えした筈です。ここで何を申されても変わりませんよ。

 もし、それしか話す事が無いのであればお城に帰ってご相談されては?」


 そう。俺が出した結論は親に任せるというものだ。


「宜しいんですの? 今、わたくしを帰せば無下にされたと伝えますわよ」

「ええ、それしか道が無いのであれば致し方ありません。

 彼の心を無視する方に大切な仲間を渡せないので、お断りする他ありませんからね」


 正直あんまりよろしくないが、陛下ともライリー殿下とも関係は良好だ。

 こちらは問題になるような事はしていないので、そんな脅しは通用しないぞとハッキリと返した。


「私が、シュペル様のお心を無視している、ですって?」

「いや、そこは疑問形で返さないでよ。

 もうこいつには奥さんが居て他の人は愛せない言ってるじゃん。もう心無視してんじゃん」


 言い返せないからか黙り込んだが、ムッとした顔でこちらを見詰めるレナ姫。

 そこで息を吐いたリアーナさんが口を開く。


「ここまで、ですわね。

 ルイさん、本当にごめんなさい。私たちはこれで退散致しますわ」

「リアーナ様!? ですが、このままでは……」

「ええ、私と姫は叱られるでしょうね。

 でもあなたたちは大丈夫よ。事実をありのままに話すから」


 これ以上、時間を取っても悪化させるだけよ、と彼女はメイドとユキナさんに告げる。

 そして彼女はそのまま姫に向きなおった。


「姫様、今の状況、理解して居らっしゃいますか? ここは他国。同等の同盟関係国。

 それすなわち、同じ力を持った国という意味を持ちます。

 個人の我儘では、たとえ姫様でも圧力なんて掛けて貰えませんよ」


「同等、ですって……?」とリアーナさんに不快感をあらわにした視線を送る姫。

 それに言葉を返したのは、彼女では無く護衛の近衛だった。


「無礼を承知でこの場での発言をお許しください。リアーナ嬢の言は事実です。

 先ほどもお伝えさせて頂きましたが、このままお帰りになれば強いお叱りを受けることは間違い御座いません」


 本来、こうした場でメイドや護衛が口を開くのはご法度だ。

 固そうな近衛兵ですら口を開くのだから相当に問題行動なのだろうな。


「そうやって皆して私を脅して。そんなはったりで折れると思ったら大間違いです」

「むぅ。これでも思い直して頂けないのであれば、確かに潮時ですな……」


 そう言ってこちらに向きなおり、非礼をお詫びしますと彼は頭を下げた。


「えーと、じゃあお開きって事でいいかな?

 あ、それと陛下には今回の一件、個人的には気にしていませんからとお伝えください」


 うん。これならば流石に再び会えとは言ってこないだろうから、俺としては特に謝罪とか要求するつもりは無い。

 後は親父たちの話し合い次第だ。


 色々イレギュラーはあったがこれで漸く普段の生活に戻れる、と安堵して彼女たちの退室を見送りその旨を親父に報告した。


「そうか。ランドール侯爵家の令嬢がその様子なら拗れる心配は無さそうだな。

 しかしルイ、もう同じ手は使うなよ?」

「うん。心に刻んだよ。イグナートにも悪い事しちゃったし」

「私も反省しました。今度同じような事があれば私が動きますね……」


 その後、村の今後の話になり、色々と話を詰めた。

 先ず第一に帝国民にハンター証を発行しても構わないだろうか、という話だ。

 彼らをダンジョンに入れないとなると村の物資が滞る。しかし、外で通用するハンター証を渡すのも不安が残る。


 話し合いの結果うちの村は特例でハンター証無しでダンジョンに入っても構わない、という話に落ち着いた。

 町に行く人間だけにハンター証を渡して出来るだけ少人数で済ませろと言いつけられた。


 後は道路の設置をするか否かだ。

 その件については是非ともやって欲しいと頼まれた。

 その為の人員なら用意すると言ってくれたが、そこは俺から鉱山で働いていた奴らを使ってはどうかと打診した。


 ロゼたちの事だ。


 丁度、道路の舗装作業の手伝いに入っていたから、このまま教われば彼らだけでもこなせるだろう。

 あいつらはこっちの人間だから好きに出れる数少ない人材だ。

 折角ハンター証を与える権利も貰えたので、外への行商隊になって欲しいところ。

 申し訳ないがジョージさんたちへの依頼はキャンセルすることにした。

 帝国の職人が十数人程度なら戦争前から居る流れ者で通るが、流石に帝国民千人以上が居る状態の村に身を置かせればバレてしまう。

 もしその話が露見すれば、親父にもイグナート侯爵家にも多大な迷惑が掛かってしまうので、キャンセルすることにしたのだ。


 なのでもし人材を送ってくれるなら、ロゼたちでは難しいトンネルの警備員が欲しいと頼んだ。

 流石にトンネルの警備だけはきちっとした人間に徹底管理して貰わないと困る。

 その旨を伝えれば親父も「それはそうだ。直ぐに人員を用意させる」と言ってくれた。


 そうして姫との会談から停戦調停まで滞りがありながらも何とか終了してベルファスト城を後にした。


「そう言えばルイ、奈落はもう沸いているんじゃありませんか?」

「ああ、もうそろそろ沸いていてもおかしくない頃だな。

 今回はイグナートも居るし、ちょっと強気で行ってみようか」


 いいかな、と彼に問いかけてみれば「面白そうですね」と彼も乗り気だったので三人で行くことに。


 そうして来てみたのだが、まだ沸いていなかった。


「ありゃ、折角来たんだけどな……」

「どうせだから、下行ってみます?」


 確かに速度は移動魔法を使えばこちらが勝つだろう……

 けどあの階層から九階層も飛ばすのか。

 いや、待てよ……態々新規の場所で前衛で戦う必要は無いよな。

 レーザーガンがもしダメならレールガン。

 それでダメなら移動魔法を駆使して撤退とすれば一応ギリギリ目算は立つか。


 と、綿密に相談して俺たちは宝箱の階層から下に降りてみるという決断をした。

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