第123話 恐ろしい男
とっさに考えたイグナート投下大作戦は凄い効果を齎した。
いや、効果が出すぎた。リアーナさんまでメロメロだ。
どうしよう、と困り顔でユリに視線を向ける。
「そこは早期に既婚者であり、おしどり夫婦だと伝えるべきでしょうね」
ああ、そうか。
それはそうだとイグナートへと群がる女性たちへと挨拶に向かう。
「ええと、ご無事で何よりです?」
「あっ、ルイさん、救援助かりましたわ」
「あら、このお方が王子殿下ですの?
わたくしはレナ・ゼル・レスタールですわ。私からも御礼申し上げます」
あまり無事では無い気がして疑問形になってしまったが、彼女たちの意識はそんなことに割く余裕など無く、普通に返された。
俺やユリも普通に自己紹介を挟み、そしてとうとうイグナートの話しに移り変わったのだが、彼の話をしようとしたら口を押さえられた。
「えっとイグナーんぐっ!」
えっ……ナタリアさんのことは言うなってこと?
もしかしてお前、まさか姫さまを狙う気か!?
と思っていたのだが違った。
苗字は伏せて欲しいというものだった。
どうやらシュペルとだけ名乗ったらしい。
てかよくよく考えてみれば、どうやって既婚者だと伝えればいいんだ?
いきなりこいつ既婚者でーすなんて言うのも変だよな。
そんなことを考え言葉に詰まればリアーナさんに腕を強く引かれた。
「ルイさん! シュペル様は独り身ですわよね!?」
「ちょっとリアーナ? 貴方には関係の無いことでしょう!
ルイ王子、その件に付きましては私からご相談が御座います!」
お、丁度良く向こうから質問が来た。
「いや、既に結婚しているよ。
めっちゃおしどり夫婦で彼女の為なら命を捧げるほどにお熱だな」
「「はい……?」」
「いやいや、あんなイケメンにお相手が居ない訳無いだろ?」
「「うぐっ……」」
そんなことよりもお城に戻るぞ、と面倒なので近衛を四人残し他は全員飛行機に乗せて移動した。
彼らには後始末と獣車の移動を頼んだ。
そうして姫を伴ってお城に戻れば早速親父に呼び出しを喰らった。
姫たちは部屋に案内して待たせ、俺とユリが対面テーブルに座りイグナートが後ろに控え状況説明を行った。
「そういう訳で、イグナートを投下したので大丈夫です」
「殿下!? その為に私が行かされたのですか!?」
「ほう。前の時はそれどころではなかったが、確かにこうして落ち着いて見てみればお前が嬢ちゃんの事を心配するだけはあるな。
これが噂に聞く傾国の美丈夫って奴か。冗談かと思っていたが、マジだな……」
親父に頭を下げながらも困った顔を見せるイグナートに「ちゃんとお前は無事に帰すから、引き付け役を頼むよ……」と頭を下げれば「仕方ありません。ですが婚姻は無理ですよ。それとリアに変なことは吹き込まないで下さいね?」と念押しされた。
それは約束すると頷いて返して話が進む。
「しかし、内乱に巻き込まれたか。
姫が無事なので一安心だが、書状のやり取りが面倒な案件だなぁ」
「だよねぇ……姫がうちに向かってもし消息不明になってたらと思うとマジでヤバすぎるし」
「全くだ。それで、イグナート卿の件はどう落とし前つけるつもりだ?」
えっ……落とし前ってなに?
普通に彼に惚れてる状態ならこっちと婚姻とはならんだろうし、イグナートが断れば終わりじゃないの?
「いや、姫ほどの地位に居れば権力にかこつけて寄越せと言えるだろう?」
「えっ、普通に断るよ? 何で俺に仕えてくれている騎士を差し出すのさ」
「ああ、そうか。ルイの騎士と伝えてあるならば通るな。あちらも無理は言えまい。
レナ姫との婚姻も穏便に回避できるなら確かに悪くない」
その会話を聞いていたイグナートも安堵の息を吐いていた。
そして話は停戦調停の話に移り変わる。
「して、イグナート卿……
此度の停戦調停、帝国はどこを落としどころとしてくるだろうか?」
「どうでしょうか。私は戦時前に離れてしまって居ますから。ですが、大した物は差し出さないでしょう。恐らく私の予想では見合わない金銭とこちらには手を出さないから手を引けと言ってくると思われます。
通らずとも立て直す時間が稼げればと思っている筈ですから」
「なるほどな」と一つ頷くと「北方教会はどうなのだ。態々こちらに来てまで権威を示さねばならんほど落ちてないと思うが?」と親父は続けた。
「どうでしょうか。調停、手打ちという場には大抵顔を突っ込んできますから。
ですが、戦争で使われた光魔法に関しては大騒ぎしておりましたから、そちらで何か言ってくるかもしれません」
「あっ……そうか、それがあったな」と親父は合点がいったと頷く。
どうやら、回復魔法だけでなく光魔法も教会の専売特許らしく、特に光魔法に関しては販売を許していないのだそうだ。
「なるほどな。神の魔法だから返せとかのたまうのだろうな」
「そう、ですね。その可能性は高いかと」
そうして二人の話に耳を傾け続けていれば、何故か俺の話に移行していった。
イグナートが変に褒めるものだから痒くなりもう良いからと話を切って終わらせた。
その後村で回復魔法の魔道具や舗装車に着手している話をしていれば、レナ姫の準備が整ったと呼び出しを受けた。
「イグナートは……どうしよっか?」
「最初は連れて行かない方が良いかもしれません。
偽り無い思惑を聞いて置きましょう」
ああ、本人居たら遠慮しちゃうから後々話が違う事を言い出す可能性があるってことか。
そう決まると親父がもう少し話を聞きたいと彼を引き留めた。
「殿下、信じて待っています」
と切実な顔で言うイグナートに送り出されて姫たちが待つ応接間へと移動した。
そうして俺とユリが席に着くが、四人の視線は俺たちが入ってきたドアに釘付けだ。
イグナートはまだかな? という面持ちである。
「ゴホン。本日はご足労ありがとうございます。
改めましてルイ・フォン・ベルファストです」
「あら、ルイ王子? 役者揃ってない様にお見受けしますが?」
マジか。イグナートを呼ばなきゃ始めさせない的な?
「だ、誰のことかなぁ?」
「あら、気が利かない。リアーナが言っていた通りですわね?」
「な、何の話かなぁ?」
「ルイさん、今回はわかってやってますよね?」
ニコニコしているが殺伐している空間に早速息苦しくなってきたのでユリに視線を向ければ、彼女も息苦しそうだった。必死に髪を弄っている。
「まあ、いいわ。呼んでくださらないのであればそれなりにお話もあります。
単刀直入に言いますわ。シュペル様を囲わせてくださいまし。その約束が守られるのであれば貴方と形ばかりの婚姻を結んで差し上げても構いませんわ」
「あ”?」
余りにあんまりな言葉に、思わず下品な声が漏れてしまった。
一つ咳払いをして落ち着き、改めて言葉を返す。
「ゴホン。そもそも、私には最愛の人が居りまして他の方との婚姻を受ける気は御座いません。それは彼も同じです。
相手を振り向かせず権力で手中にと申されても頷けませんよ」
ねっ、とユリに視線を向ければ彼女もむっとした顔で姫を見ていた。
「なら連れて来なさいよ! 卑怯だわ、近づけず呼ばせずなんて!」
「いや、呼ぶのは良いけどキミそもそも何しに来たのさ。
こっちだって態々時間空けて会ってるのに言ってること勝手だよ?」
「私が来てあげたというのにその言い草はなんですの!?」
そこでメイドがレナ姫の言葉を止めた。
彼女は「陛下は王子様との友好を申されました。その事をお忘れなきよう」とこちらにも聞こえる様に言い頭を下げた。
「いいわ。婚姻を望んでいないというのであれば好都合だもの。じゃあシュペル様を呼んで頂戴。私からお話するから。それならば良いのでしょう?」
「構わないけど、彼が頷かなかった時は諦めてね。
リアーナさんもだからね?」
「「……」」
どうやら、諦める気は無さそうだ。諸刃の剣だな。イグナートは……
なんにせよ、俺は居ない方が良いだろうと立ち上がり部屋を出ようとしたのだが、何故かメイドさんに止められた。
「非礼はお詫び致します。ですからどうかもう一度席にお着きください」
お願い致しますと必死に頭を下げる彼女。
「ルイ王子殿下、私からもお願い申し上げます。
このままではリアーナ様のお立場もよろしくないのです」
「いや、別にそういうのじゃないよ。あいつを呼んでくるだけ。
暫くあいつだけの方が話も進むでしょ?」
「では友好を諦めたという訳ではないのですね?」
えっ……そう言われると、なんか難しい気もする。と視線を逸らした。
「やっぱり……」と沈んだ顔を見せるユキナさん。
「いや、だって友好の為に会いたいって言われて時間空けてさ、危機に陥ってるから助けに駆けつけてさ、感謝するどころか助けた騎士が気に入ったから寄越せだよ?
しかも愛人として付けるなら結婚してあげます? 見下し過ぎじゃない?」
「その、今は降って沸いた出会いに興奮しているだけなのです。
どうか今暫く、お時間を下さいませ」
そりゃ普通に話ができるならそれでもいいけど……
「まあ、そういう事ならとりあえず時間を空けるってことで」
と、俺はユリを連れて部屋を出ると「なんだこれ、めんどくさっ!」と思わず声が出た。
「失敗、でしたね。
ルイの作戦はいつも効果的過ぎて反動が来るようです」
「ちょっと? ユリちゃんも絶賛してたよね?」
すっと視線を逸らす彼女と並んで歩き、親父とイグナートが居る部屋へと戻れば驚いた視線を向けられた。
「姫の歓待はどうした」と。
なので恐る恐る事情を説明する。
「はぁ……確かにそれはありえん無礼さだ。
そうした話にならんよう上手く話を運んで欲しかったが、そこまではまだルイには望めんか。
しかし時間を空けると出てきたのは正解だろうな。興奮した女性は手が付けられん」
「そういう事でしたら私が行ってやんわりとお断りしてくれば良いのですね?」
サラッと言うイグナートに「できるのか……手ごわいぞ?」と心配の視線を向ける。
俺の所為だし、いざとなれば俺がと口にしたのだが彼は「慣れていますから」と微笑んだ。
その神々しい様に俺と親父は絶句した。
その間に彼は「では」と立ち上がり、メイドに一言「案内してくれるかい?」と微笑む。
「はい、よろこんでぇ」といつもは頭を下げるだけのメイドが黄色い声を上げた。
こういう場では声を上げずに頭だけ下げる決まりなのだが。
「ね? 恐ろしいやつでしょ?」
「あ、ああ。確かに」
「はい。私も思い知りました。彼は恐ろしい男です」
ああ、何よりユリが理解してくれたことが嬉しい。と思いながらもそわそわしたままに彼の続報を待った。
そして一時間後。
お城には『い”や”でずぅぅぅぅ!!』という女性の叫び声が響き渡った。
「……ダメじゃねぇか」と親父の呟きが小さく応接間に響いた。
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