第122話 イケメントラップ



 もうすぐベルファストという所で突如急停止した獣車。

 ご立腹の表情を見せたレナ姫が、何故急停止したのかと表へと顔を出してみれば、獣車の周りを見知った兵が取り囲んでいた。

 余りに予想外の事態に、彼女の表情は一変する。


「何故ヘストア侯爵家の騎士たちが……」

「姫様、お顔を出してはなりません! こいつらの狙いは姫様です!」


 護衛の近衛騎士が緊迫感を滲ませた声を張り上げる。

 顔を覗けば絶望を露わにしていた。

 王族を守護する近衛は精鋭中の精鋭ではあるが、余りに多勢に無勢である。

 そう、こちらは八人に対して、敵は数百という数が居た。


「すみませんなぁ、姫殿下!

 我らが返り咲くにはもう貴方を手土産に帝国に身を置くしか道が無いんでさぁ!

 ここはベルファスト。助けは来ませんぜ。

 まあ、巣立つ臣下の未来の為と思ってあきらめて下され」


 彼らは戦いの痕跡が残る風貌を見せていた。

 恐らく、戦場から敗走した兵士たちだろう。


「馬鹿者が!! 仮に今ここでそれが成っても国境を超える手段など有り得んわ!」

「そんなもん、やって見ねばわからぬだろうが!

 愚かな主君の所為で我らにはもう道が無いと言って居ろう」


 確かにもう彼らに道は無い。

 帝国に付くと知って参戦し、事もあろうにライリー王太子殿下に対し剣を向けてしまったのだから。

 どうあっても言い逃れが効く状況では無かった。


「最悪は姫の屍でも構わん! 一斉法撃準備ぃ!!」

「まっ、待て!! くそっ! 障壁展開陣! 急げぇぇ!!」


 至る所からに赤く光る魔法陣が獣車へと向けられ展開されていく。

 近衛騎士たちは獣車を守る様にへの字に陣を構え、身の丈を超える障壁を展開した。

 それを見たヘストアの騎士は笑みを浮かべる。


「守ったな? いいぞ、もう動けまい。近衛が障壁を切らすまで続けるのだ!!」


 その声に近衛騎士たちは表情を歪め黙り込んだ。

 障壁を解けば姫が危険に晒される。しかし魔力もこちらが尽きるのが先。

 最初の一手から詰みの状態であった。


「これは拙いわね……出るわよ、ユキナ」

「はい……私たちで如何ほどの力になれるかはわかりませんが、このまま座しては死ねませんよね」

「リアーナ!? て、敵は大人の騎士なのですよ!?」

「ええ。でもまあ、奈落から生還するよりは可能性があるでしょう」


 彼女は思い詰めた表情でありながらも強張った笑みを見せ戸を開け、飛び出した。


「で、出て来てはなりません!!」

「そんな事を言っている場合!? 車の上から援護します。それと端の二人!

 あなたも攻撃に参加しなさい! 今は掠るくらいを気にしている場合じゃないでしょう!?」


 近衛騎士は隊長に一つアイコンタクトを取ると御者の上に飛び乗りリアーナたちと共に攻撃魔法陣をくみ上げる。


「ファイアーストームで、いいわよね?」

「はい。その直後、獣車を反転して撤退します。そのおつもりで!」

「はい? この状況で後ろを無防備に……っ!? まさか、置いて行くの……?」

「その為の護衛騎士です。何よりも姫様の安全が最優先に御座います」


 互いに準備は整っている。

 ここで戸惑っていても障壁を張った騎士たちの魔力が奪われるだけ。

 そう判断した彼女は不承ながらも頷き「撃つわよ」と声を上げた。


 最大出力で放たれたファイアーストームは完全には届かないながらも熱は伝え、敵前列を焼き攻撃を中断させるに至った。

 その直後、御者に乗った近衛騎士は車を反転させ走り出す。


「リアーナ様も中へ!」


 移動中は魔法を使えない。

 であれば彼女たちに出番は無いと車内への移動を願う騎士。


「いいえ、このままここに居るわ。御者くらいはできるもの、ユキナが」

「ええ、出来ますからリアーナ様はどうぞ中へ」

「嫌よ。状況もわからないまま震えて待っているなんて御免だわ」


 そう言い合いながらもユキナが近衛から手綱を受け取り従魔を全力で走らせる。

 ユキナの手慣れた様子に騎士二人はこれならばと安堵して彼女に任せ、後ろの警戒に回る。


「やはり、撒けないか……」

「えっ、もう来たの!?」

「はい。あちらは単騎駆けですからね。

 しかし隊長たちが頑張ってくれているのでしょう。数は十五程度です。

 これならばまだあるいは……

 我らはこのまま降りて足を止めますので、このまま駆け抜けてください」


 身を差し出して守られると言う状況が初めてだったリアーナはえも知れぬ葛藤に見舞われたが、彼女が言葉を返す前に彼らは動き出し状況が流れていく。


「リアーナ様、引き継いだだけですよ。次は我らの番です。お気を確かに」

「そう……ね。全く学院からいきなり連れ出されてこれじゃ気持ちが追い付かないわ……」


 そう、いきなり書状を持ったレナ姫たちが学院に現れ連れ出された状態だった。

 しかしそれは姫たちとて同じこと。戦場からライリーの書状が届き、国王から突如ベルファストへと行けと指示が下ったのだから。


 そんな不安と不満を貯め込んだ少女たちに更なる苦難が圧し掛かった。


「ふはは、街道は囮よ! 騙されたな! 追い付いたぞ!!」


 その声に視線を向ければ、すぐ斜め後ろには部隊を纏めていた男が居り数人の兵士が続いていた。


「ねぇユキナ? 次は私たちって言ったわよね。どうすればいいの?」

「いえ、あの、どうしましょうね?」


 泣きそうな顔で見つめ合う二人だが、敵は待ってはくれなかった。

 車輪に槍を突き刺され、車は横転し二人は獣車から投げ出された。


「「「「きゃぁぁぁ」」」」


 少女の甲高い叫び声が響き渡り横転した車が引きずられる音が後に続く。

 地面に叩きつけられたリアーナは痛みを堪えながらも顔を上げれば、目の前には醜く笑う男の姿があった。








 イグナートを連れてベルファストへと向かった俺たち三人は今日来ると言われている姫が何時ごろ到着するのかを確かめようと少し寄り道をしていた。


 そしてそれは当然すぐ見つかった。

 豪華な装いの獣車が護衛を伴って居るのだからあれで間違いないだろう。


 しかし大変面倒な事態に発展しているご様子。

 

 そう。数百の兵に囲まれ攻撃を受けていた。

 大変宜しくない状況だ。


 ベルファストの地でレスタールの姫が死んで見ろ。下手すりゃ戦争だぞ?

 だと言うのに気付かれないようにと念を入れていた為かなりの距離がある。


「大至急で助けに入るから、心構えを宜しく!」


 そう言っている間にも事態が動いていく。

 獣車が反転し逃走を図り、追おうとする賊を必死に兵士たちが食い止めようとしている。

 護衛のやつらには悪いが姫が優先だ、と旋回してスピードを上げ逃走した獣車を追う。 

 しかしよく見てみれば、追えているのは森に十、街道に十五程度。

 であれば姫救出は一人で問題ない。護衛騎士を助けることもできそうだ。

 待てよ……そういうことなら俺が姫を助けない方がいいよな?


「よし! イグナート君、キミが姫を華麗に助けるのだ!」

「えっ……勿論救出は構いませんが、何故意味深な物言いに?」

「そ、そうですね。それが良いと思います! その、あの、功績とか?」


 俺の思惑に気がついてくれたユリもそれに合わせて同意してくれた。

 少し困惑気味のイグナートだが、獣車が横転して動きを止めてしまった以上、もう時間は無い。

 急降下すれば着陸しないままに彼は華麗に飛び降りた。

 地を這ってしまっているリアーナさんの前にすっと降り立つイグナート。


 えっ、飛行機から飛び降りたんだから慣性で勢い付いたままだよね?

 ちょっと待って。それどうなってんの?

 何? イケメン補正なの?


 そんな疑問を感じながらも旋回してその光景が遠ざかっていく。


 物凄い疑問を感じたものの、俺はそんなことは一先ず忘れようと一つ軽快に息を吐き、主を身を挺して守った護衛たちを救出に行く。


 十五を相手にしていた騎士は重症ながらも勝利していたのでそのまま飛び越し数百を相手にしていた護衛たちの所へと降り立った。


「ベルファストの者です。加勢に来ました」

「わ、我らはいい! 姫を! レナ姫殿下をお頼み申す!!」

「ご安心を。そちらにはもう既に強者が向かっておりますから。

 ですから今はこの場を」

「なんと有り難い! では、かたじけないがご助力お願い致す!」


 お任せを、と雷魔法を展開して雷を走らせていけば、ユリは今にも討たれそうな騎士の手助けに走った。

 移動魔法にもう慣れてきたのか彼女は一瞬で戦場を飛び回り、敵兵がバタバタと切り捨てていく。

 上空から見ていた通り、錬度はそう高くない。

 二百は残っていた敵兵だが数分程度で殲滅が終わった。


「もう……終わったというのか。そのお年でその技能。

 もしや貴方様は……ルイ王子殿下では?」

「えっと、はい。まあ……

 でもそんな事より姫様の無事を確認しに行った方がいいんじゃ?」


 彼らはハッとした装いで「そうであった!」と声を上げポーションを飲みながらも走り出した。


「じゃあ、俺たちも行こうか」

「ええ。素晴らしい機転でしたよ、ルイ」


 と、腕に抱きついてくるユリとその場を離脱する。

 嬉しいには嬉しいのだが、完全に戦場跡地のこの場では素直に喜べない。

 だから足早にこの場を離脱する。

 この先の光景がどうなっているかは見なくてもわかると期待を膨らませながら。


「あいつに窮地を助けられて惚れない女はそう居ないからな」

「リアさんが怒りそうですが、イグナートさんなら身を隠せますからね」


 あっ……それ怒られるの俺じゃん。まあしゃーないか。

 そうして歩を進めていけば、案の定女性の愛らしい甘えた声が聞こえてきた。






 あっ、これは終わったわね。

 這いつくばったまま、醜い笑みを浮かべる男を見上げてそう思った。


 その男が私に手を伸ばそうとした瞬間、綺麗な人が天より降り立った。


「もう大丈夫です。宜しければお手をどうぞ」


 そんなことをしている場合では無いというのに、私は思わずその手を取っていた。

 ちゃんと男声のままでありながらも麗しく艶やかな音色。

 そんな声でこんな美丈夫に囁かれてしまっては考える前にもう体が動いていた。


 だがすぐにハッとして醜悪な男の方へと警戒の視線を送ろうとしたのだが、彼はもう既にこと切れていた。


 えっ、断末魔どころか物音一つ無かったのだけれど?


「すみません、お目汚しですね。まだ不届き者も居りますし、少し失礼」


 すっと、優しくふわりと抱き上げられて一瞬で景色が動くと、気が付けば横転した獣車の傍にまで来ていた。


 負傷したメイドが姫様を車から漸く連れ出したところ。

 私とは離れた所で地に叩きつけられたユキナは未だ気を失っている状況。


「ではお嬢様方、暫しの間目を背けておいてください。

 お目汚ししてしまいますからね」


 彼は何でもない事のように一つニコリと笑みを浮かべると赤い光を淡く残しその場から消えた。


「あ、あのお方はどちら様ですの? ねぇ、リアーナ!?」

「わ、わかりません。突如、天から舞い降りました」

「て、天使さま?」


 そんな会話を交わしつつも、私たちの視線は彼を追いかけていた。

 彼の戦いはもう戦いと呼べるものではなく、ただ通り過ぎればヘストア兵が倒れるという圧倒的なものだった。

 

 ものの数秒で戦闘は終わり、彼は綺麗な所作でこちらへと歩いて戻る。


「申し送れました。

 私はルイ王太子殿下にお仕えさせて頂いておりますシュペルと申します。

 直に殿下がお迎えに上がりますのでこのままお待ち頂ければ幸いです」


 お辞儀の仕方に違和感があったが、私たちの目には彼の顔しか映っていなかった。

 初めて見るほどにトロンと表情を潤ませたレナ姫が逸早くイグナートの前に出て声を上げる。


「まぁ、まぁまぁまぁ! ルイ王子の騎士でしたの! わたくしはレナですわ!

 レナ・ゼル・レスタールと申しますの。以後お見知りおきを! シュペル様!」


 ちょっと!

 貴方のお相手はルイさんでしょう?

 と私も一歩前に出た。


「あ、あの、わ、わた、わたし、リアーナです。リアーナ・ランドール。

 助けて頂いたこと、深く感謝申し上げます。

 あ、ありがとうございます。素敵な騎士様」


 うっわぁ……噛んじゃった。

 残念な娘だと思われていないかしら、と不安を堪えきれず彼を見上げる。


「あの程度の輩ですからなんてことはありません。それよりもご無事で良かった。

 おっとその前に負傷してしまったお嬢様方を癒して差し上げねばなりませんね。暫し失礼致します」


 彼はそう言うと横転した車を起こし、ユキナを抱き上げ中に寝かせた。その隣にメイドも座らせ回復魔法を使って治療を始める。


「わ、私も怪我をしていれば……」とレナ姫が口にした。


 あっ、私は擦り傷程度なら……と車の入り口に立ち、擦り切れた袖の部分を見せた。

 しかし、彼女たちの症状と比べると軽傷も良いところ。急に恥ずかしくなり隠したのだが、彼は彼女たちを治療したまま私の手を取った。


「気が付けず申し訳ない」と言い彼は三つ目の魔法陣を起動させた。


 なんてお優しいお方……

 そう思いつつも手を取られたまま彼を見つめていれば、後ろから体を引かれた。

 レナ姫だ。


「その程度の傷なら必要無いでしょう?

 これを以上シュペル様のお手を煩わせるのは不躾でなくて」

「あら、姫殿下はこちらの事よりルイさんへのお礼を考えた方が宜しいのではなくて?

 シュペル様へのお礼はわたくしがさせて頂きますわ」

「あらあらあら!

 ルイ王子をかっこいいとか、かわいいとか仰っていたわよねぇ?

 貴方からの方が王子も喜ぶんじゃないかしらぁ?」

「ちょ! それを今言うのですか!?」


 そうしている間にユキナが起きてしまっていたらしく「リアーナ様……」と呆れた視線をこちらに向けていた。

 気まずくなり視線を彷徨わせれば、護衛たちがこちらに走ってくる姿が見えた。


「あっ、良かった。近衛の皆も無事そうよ!」


 と声を上げ、シュペル様が「それは良かった」と微笑んだことで皆の意識は彼に集中した。


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