第111話 イグナート領
いざイグナート侯爵領に来てみれば、何一つ問題なく町に入れた。
事情をでっちあげ身分証を無くしたことにすれば金は取られ発行することになったがそれだけだった。
顔を隠したイグナートたちが誰何されることもなく終わった。
「帝国って一般市民が町の外に出るのは自由なの?」
ミルドラドさえそこら辺はしっかり管理していたのだが、そうでも無ければあれほど簡単に通れる筈がない。
「ええ。帝国が急激に力を付けた政策の一つですね。とは言え町の出入りは副次効果ですが。
主にダンジョンの完全解放、強化魔法習得の義務化、魔導車の一般開放。その三点が刺さり帝国は急激に力を付けました」
うん?
ダンジョンの解放や強化魔法はわかるけど、魔導車なんて物が何故そこに関係するんだ?
確かあれは魔石を馬鹿食いして走る自動車だろ?
イグナートに問いかければ彼は一つ頷く。
「国民全員が気軽にダンジョンに入れるようになりこぞってダンジョンに入った為、物資が溢れかえるという問題が起きました。
一時は魔石すら買取不可になる程に――――――――――――」
ああ、それで魔石を使う魔導車を……
なんて単純に考えたのだが、彼が挙げた問題は商人が力を付け過ぎた事。
売って貰う側から条件付きで買い取ってやるという側に変わってしまい、商人が気軽に大勢の私兵を持てる時代が到来したのだと言う。
そりゃ怖い。
普通なら需要を大幅に超える供給で値崩れする方が問題になりそうだが、価格競争も最初は酷かったらしいがそこは規制を入れて止めたそうだ。
それにより買取を行って貰えるのはコネのある一部のハンターのみとなったそうな。
そのバランスを取る為に、元々上流階級のステータスだった魔導車を解禁し、力ある商人の象徴とさせることで魔石買取の需要を引き上げたのだそうだ。
全員が強化魔法を使える様になったことや魔導車の解放により魔力の価値が上がり、魔石だけは単価が元々の相場より大幅に上昇し、ある程度の階層で狩りができる者は生活ができるレベルの稼ぎが保たれた。
しかし、魔石の収入だけでは数を狩らなければならない。
民が強く成れば貴族も強くなることを強いられる。
そうして帝国は急激に力を付けていったのだとか。
「まあ、元々の目的だった商人の力を削ぐことに関しては失敗しているんですけどね……
結局反政府組織になっても困ると金で爵位を売り、腐敗を加速させてしまいましたから」
カイは商人上がりの新興貴族は色々な意味で限度を知らない馬鹿が多いと嘆いた。
話しながら町中へと歩いて行けば、町並みの綺麗さが窺えナタリアさんの言っている事がわかった。
ベルファスト王都の町並みの方が簡素に見える。
それに新しい家がやたらと多いのだ。
ウッドデッキや装飾など、こだわりを見せている住宅が所々にあるほどに裕福そうな町並みだ。
こっちじゃこれが普通なのかとカイに視線を向ける。
「それは最初に好景気の波が来て凄かったのと、材料が捨て値になった時期のお陰ですね。
うちは貯め込まず公共事業にバンバンお金を出して仕事を回しましたから、今までに無いほどに潤う時期があったんです」
な、なるほど。
確かに道路の舗装具合もうちとは全然違う。
石畳の上からコンクリっぽいので綺麗に固めてある。
これなら自動車も普通に走れそうだ。
「まあ、他の領地は大半が搾り取っただけで還元を怠ったからうちほど潤いはしませんでしたけどね」
「嘆かわしい話だよ。回して膨らませる方が互いに幸せになれるというのに」
なるほどなぁ。他の領地は町に回さず貯め込んだ訳だ。
なんて思えば早速魔導車が目の前を走り抜けていき、第三の奴らがガン見し続けていた。
外見は千九百年辺りの初期の代物に近い。
レスタールで見た物よりもスタイリッシュで黒塗りの馬車に丸みを付け進化させた感じの車体だ。
「うわぁ、レトロさが逆にかっこええ」と思わず呟けば「よし、買おう!」と杖の彼が声を上げた。
「帝国大金貨が百枚もあれば買えますが、屋敷を買ってしまったら難しいかと……」
ああ、そうか。
帝国貨幣はナタリアさんの治療の時に受け取った大金貨百枚しかないのか。
「ならば魔導車を買うべきだよ! 屋敷なんて何処でも買えるだろ!
買ってくれたら殿下に僕の名前を教えてやってもいいよ?」
は?
どうして俺がお前の名前を知ることにそこまでの価値を感じると思うの?
意味がわからないと無視してイグナートに不動産屋に連れてってくれと頼んだ。
「いえ、私が行くのは流石に拙いので、カイに案内を受けてください。
私は彼らを魔道具屋に案内します」
イグナートは流石に土地を扱う商人と顔を合わせては外にバレる可能性が高いと言い、彼は第三の奴らを連れ魔道具屋に行くと言う。
「魔道具屋なら大丈夫なん? 一緒に行動しておいた方が良いと思うけど……」
「いえ、拙いのは領地の外に伝わることですから。
ここの兵が私やカイに手向かう事はありませんのでご安心ください。
私が懇意にしている場所なら情報が洩れる心配もありませんのでそこに行きます」
バレて後々困るのはイグナート家だから本当に大丈夫だと思って言っているのだろう。
それを信じてカイの案内の元ユリと二人不動産屋へ移動した。
物件の見取り図を見せられながらも金額を尋ねてみれば大金貨五十枚で十分な広さのお屋敷が買えると言う。
レーベンの小さなハンターギルド再建ですら大金貨二十枚程度だと考えると激安だ。
じゃあこれでと五十メートル四方くらいの大きさのお屋敷を買う契約を交わす。
名前はカイのものを使わせてもらった。
この国では土地は借り、屋敷は買うスタイルなので屋敷を持って行ってしまえば後は土地の代金未納で勝手に没収されるから放置で問題無いらしい。
そして早速お屋敷まで案内して貰い、屋敷の鍵を貰い受けた。
そこまでは俺もユリもノリノリで良い屋敷が買えたと喜んでいたのだが……
「この立派な門構えまではどうやっても入らんな……」
「勿体ないですねぇ」
そう。屋敷の大きさが五十メートル四方なだけで敷地面積はもっと広いのだ。
これを全て入れるのはかなり無理があった。
さてどうしようかと悩んでいる間に、カイが徐に疑問を投げた。
「そもそも、密着した物の間に魔法陣を作れるんですか?」
その声に冷や汗が流れた。
足で踏んでいるくらいなら大丈夫だが、岩などの完全に結合された障害物がある状態では魔法陣を作れないというのは学校でも習った話だ。
しかし、ここでやっぱり持って行けませんは恥ずかし過ぎる。
どうにかできないかと考え、先ずは地中に針金を通すつもりで魔装をひも状に伸ばし魔力操作で操った。
地面に突き刺し、感覚だけで収納魔法陣を描いていく。
多分これで行けるだろ、と起動すれば、地面の土が真ん中から崩れ落ちる様に魔法陣の中へと消えた。
うん。何とかなりそう。
まあ厳しそうならジャッキで持ち上げるとか?
俺たちが強化魔法を使えばお屋敷の重量でもジャッキのハンドルを回すくらいはできるだろ。
多分……
と、冷や汗を搔きながらも先ずは基礎の場所まで降りようとトンネル掘りに使った魔道具でサクッと穴を掘り深さを確かめた。
少し基礎の部分を削ってしまうアクシデントはあったが、概ね問題なく掘り返すことに成功した。
どうやら、コンクリの様な物で柱ごと固めた上に建てているっぽい。
ならばそれごと持って行こうと地中に魔法陣を作る為の穴を空けてやった。
基礎の下に天井が低いが広い地下スペースを作った形だ。支えとして四か所に掘らないで残した場所がある。そこにだけ無理やり魔装で魔法陣の為の穴を空ければ作れるだろう。
「よし、じゃあやるぞ!」と声をかけ、巨大収納魔法陣を作り上げ起動させる。
すると、支柱とした場所の支えすら失ったお屋敷はすーっとゆっくり埋もれる様に落ちていく。
初めて作る七十メートルを超える魔法陣だが、何とか起動してくれた。
複数作るより一つを大きくする方が大変らしい。
恐らく、爺さんが作ってくれた増幅器が無ければ無理なラインだと思う。それほどに維持させるのにしんどさを感じた。
それでも屋根もすっぽり入れるには割とギリギリだった。
ふぅぅ、良い仕事した。
と一息吐いた後、深さや広さを測り直してからカイに案内されイグナートたちが向かった魔道具屋へと向かった。
時間が結構取られてしまい、ちゃんと居てくれるだろうかと不安もあったが、店内に入れば第三の奴らが店主と魔道具談義で盛り上がっていた。
普通にテーブルに着いて目を輝かせている。
ナタリアさんとイグナートは何時ものようにイチャついているので問題なさそうな様に安堵したが、二人が着くテーブルに知らない人が座っていた。
「えっ、シェン様が何故ここに……」とカイが呟く。
「おお! カイ、元気にしている様だな!」
二十歳前後だろう商人っぽい感じのぽっちゃりした男が立ち上がってカイの肩を叩く。
あれ……シェンってイグナートの弟だよな。
似て無さ過ぎなんだが?
いやその前にさっそく見つかっちゃってるんですけど良いのかそれは……
と、イグナートに『どうなってんだよ!?』と視線を向けた。
「申し訳ありません。意図したものでは無いのですが、どうやら所用があり先にこちらに来ていたそうでして……シェン、本当にそうなのだよな?」
「うん、本当に偶然さ。お気に入りの魔導車が調子悪くてね。
本来部下にやらせるのだが、こいつだけはと自分で足を運べば兄上が居るものだから私も驚いたよ。
間が良いのか悪いのか、兄上には何か申し訳ない事をしたね」
ハハハと笑い、ミズキたちが囲んでいる魔導車をポンポンと叩く彼。
まあ、イグナートよりも先に来ていたなら間違いないだろう。
俺の知らない魔道具とかで連絡を取れたとしても、同じ空間に居たのだからまず無理だろうし。
「争いにならなきゃ俺は別に構わんけども。どっちにしろそろそろ帰る頃だ。
どうする……積もる話があるなら後で迎えに来ようか?」
「いや、待って頂きたい。急ぎのところ申し訳ありませんが少し話せないでしょうか?」
こちらにしっかり向き直り、姿勢を正したイグナート弟。
そう言われてもと彼の護衛に視線が向く。
国を完全に捨てたイグナートならまだしも、初めて対面する帝国の現侯爵とそっちのホームで用意された席に着くのはちょっとな。
「では護衛は帰しましょう。兄上が居る以上何の問題もありませんから。
場所もこの場で構いません。お話だけでも聞いて頂きたい」
彼はすぐに護衛を帰らせ、お願いしますと頭を下げた。
まあ、ここで少し世間話する程度なら特に不安は無い。
イグナートの弟ならばまあ大丈夫だろうと席に着いた。
「そのですね……停戦の使者に私が選ばれてしまったのですよ。
それでそちらに教会の枢機卿を連れて赴くことになりまして……」
足早に話し始めた彼の言葉に耳を傾ければ、皇帝から侯爵自ら停戦交渉に行けと指示が下ったとの事。
どうやら今回の戦争で、戦力バランスが大幅に崩れ無事なイグナート侯爵軍を切り崩したいらしく、上手くいかないであろう停戦交渉を成功させてこいと申し付けられたのだとか。
現実的に見てどうやっても罰を受ける役を回されてしまったが、それ前に使者として赴いて殺されないかが不安で仕方がないのだそうだ。
「そう言われてもな。今回の戦争の相手はうちじゃなくてレスタールだぞ?」
「いえ、そうなんですどね……私の交渉相手はベルファストだと言われているんです」
「はぁ?」と思わず声が漏れればイグナートが解説を入れてくれた。
「レスタールよりもベルファストの方が脅威と考えたからだと思われます。
ベルファストが手を引いてくれさえすればそれで良いのでしょう。
レスタールへも使者は出してるのだろう?」
「それは勿論。しかし貴族からは下級の役人と教会からは大司教一人だけらしいね……」
一応の納得はできたが、流石にそれはダメだろ……
最低限の外交儀礼ってもんがある。それじゃレスタールの面子が立たない。
レスタールがそっぽ向いたら同盟国であるうちも動かざるを得ないってわかってんのかね?
「それもイグナート家への嫌がらせの一部なんじゃないですかね……被害を聞くにうちが一番兵力を有してしまっていますし」
カイは渋い顔で帝国の謀だろうと俯いた。
どうやら、イグナート軍の総勢はもっと多いらしい。
中央の貴族が脅威だと騒いでいるのだろうと語る。
責任を取らせ次の戦争の矢面に立てさせるだけじゃなく、理由を付けて軍も切り崩し持って行くだろうと。
不正を嫌うイグナート侯爵家は民には受けが良いが、嫌っている貴族は多いらしい。
今回は皇帝の意向がそちらに向いている為、下手に抗えば国賊になる可能性すらあると言う。
「そうか。しわ寄せはそういう形になったか……すまない、シェン」
「いや、遅かれ早かれさ。
義姐さんとの子ができない限り私に役目は回ってきたんだから」
「あらシェン君、今からならできるわよ。じゃあ一杯頑張るわね?」
おいおい、今から作ったって跡取りにはできないだろ。
お前ら二人ともこっちではもう死んでる事になってんだよ?
「てかなんで今回の件に教会が出てくるの?」
「北方教会は調停だなんだとなるといつも出てくるんです。
金を多く出す方の味方をする阿漕な輩となり果てていますが……」
彼は武力的にも民衆の信仰心的にもかなり厄介な存在だと語る。
今回出て来たのは教会の権威を知らしめる為らしい。
「ユリはどうするべきだと思う?」
「戦争が終わるのは良い事ですが、やり口を聞くに停戦の協定が守られるとは思えません。
ただ、時間を稼げると思えば悪い話ではありません……よね?」
ユリに視線を向けられ、何が言いたいのかを理解した。
爆弾製造タイムという事だろう。
一応、無くなったから追加を頼んだはいいんだけど……正直怖いんだよな。
個人の意思で誰でも町を破壊できる物がこの未成熟な世に出回ったら、と想像するだけでも恐ろしい。
できれば俺しか知らない場所に大量に保管させてそれ以上作らせない方向で行きたい物だ。
まあ流石にあれは国防の要に成り得る物だし親父が納得してくれなそうだけど。
「そうだな。レスタールも侵略するつもりは無いと言ってた訳だし、通りそうな気はする」
おお、と顔を綻ばせるシェン君に「ただ、問題が一つある」と神妙に告げると彼は「それは……」と息をのんだ。
「それは、俺がお忍びで帝国に行ったなんて知れたら怒られる事だ」
「そ、それは私もちょっと困りますね。無理に誘ったの私ですし……」
俺とユリは思わず彼らから視線を逸らした。
呆れられるかなと恐る恐る視線を戻せば「なるほど」と何故か皆普通に納得してくれた様子。
「であればカイを偵察に出し話を聞いて来たことにして頂くのは如何でしょう?」
ああ、そうすれば怒られずに済むか。
でも信じてくれた親父にはあんまり嘘は吐きたくないな。
親父には素直に言うか?
けど、お屋敷を買う為に行ったなんて言ったら心底呆れられそう。
まあやってしまったもんは仕方ないか、とシェン君に「とりあえず伝えとく」と悩んだ末に応えた。
「ありがとうございます。
殿下の口添えを貰えれば安心してベルファストの地を踏めますよ」
そうして話し合いが終わり、席を立ったのだが、シェン君が「えっ……」悲壮感溢れる声を漏らした。
どうした、と声を上げようとしたのだが、聞く前に理解した。
第三の奴らが、シェン君の愛車をがっつり分解してしまっていた。
お前ら、人の物を勝手に壊しちゃダメだろ!
「ああ、わかった。不調の原因はここだぜ。潤滑素材が摩耗してる」
「そこもだけどこいつも良くないな。陣に僅かだけど歪みがあるね」
「うーん。回路の根本が雑。大分ロスしてるわ。
手直ししたい……けど経過すらも見れないのにこれに手を入れたらダメよねぇ」
「そんなことまでぱっと見でわかんのか。あんたらすげぇな。何もんだ?」
えっ、何こいつら。車見るの初めてだよね?
確かにすごい奴らだと思ってはいたけどそこまで天才なの?
よく見れば魔道具屋の店主も混ざっていた。
本職が一緒になってやってるなら簡単に戻せるだろう。
そのことにほっとしつつ「お前ら、いい加減にしないと置いていくぞ」とジト目を向けた。
しかしそんな視線程度で折れる彼らではなく、もう少しもう少しと結局完全に組み立て終わるまで付き合わされた。
どうやらしっかり直ったらしくシェン君もホッとしていた。
「次は魔導車ね。異論は?」
「無い。使える素材はもう既に
「そうだね。最初の出発点は魔導車でいいよ。
そして終着点を飛行車とするのはどうかな?」
「「――――っ!?」」
と三人の目が光り、彼らは目を合わせると頷き合った。
飛行機作る気かよ。
確かにここまでは飛んで来たけども……こいつら末恐ろしいな。
そんなことを思いながらも「いい加減にしろ」と魔装で拘束して町の外まで連れ出し、漸くベルファストへと戻る事ができた。
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