第110話 塩作り
次の日、折角良い場所が見つかったのだから計画的に行こうと、第三魔道具愛好会の奴らを連れて来た。
そう、塩作りも魔道具を使い楽にできないかという試みだ。
「えーと、熱で水分飛ばしつつ、粉状にする為に混ぜ続けるんだったか?」
「まあ、その前にろ過してゴミ取らないとダメよね」
「待つんだキミたち。先ずは吸い上げるポンプからだろ?」
三人は専門外な話でもお構いなしに楽しく計画を練ってくれている。
俺もそれに混ざり、彼らの指示通りに金属加工したりスライムコーティングしたりしてポンプとろ過装置まで作り上げた。
しょっぱなから結構大規模な物だ。
杖の彼が『僕の計画は完璧だから最初から本番で行こう』と強行したのでこの大きさになった。
相変わらず自信家だが、それだけの仕事はしてきている。
正直、俺に足りない部分だからちょっと眩しく見える時がある。
「さて、ここからが本番だね。まだデータが無いからどのくらいの規模の魔法陣が必要か、は実際に使ってみて調整しないといけないね」
「おいおい、まだスクリューも付けてないだろ」
「ろ過した海水が溜まる速度とかもあるし、どういう手順にしようね」
一緒に彼らの話に耳を傾けていたカイから「ではスクリューを付けて一度稼働してみては?」と提案を受け実行することに。
そうして始まったのだが、火力を高くすれば良いというものでもなく、製作は難航した。
途中、イグナートが「うちの工場を見に行きますか?」と提案したが、それが彼らのプライドを刺激し即、却下された。
この程度の難易度で人の発想に頼れるかと。
何となく気持ちはわかる。
俺も制御や絵の分野である程度手を付けたなら自分でやりたいもの。
しかし、水分を蒸発させるねぇ……
スライムゼリーなら水魔法で簡単に水気を飛ばせる……
あ……そう言えばあれ使えるんじゃね?
と、ユリと初めて海に行ったときゲットした魔法をお披露目して効果を説明すれば、第三の奴らから大ブーイングを貰った。
自分の手でやると決めたこの熱意をどうしてくれる、と。
いや、使わないから忘れちゃってて……ごめんて。
そうしてなんだかんだ解決策を見つけた俺たちは再び作業に取り掛かり、思いの外直ぐに製塩マシーンが完成した。
皮の彼と一緒に試行錯誤したお陰で海水の吸い上げは自動化できた。
と言っても風車でなので風頼りだが。
なので一応魔力でも動かせる仕組みも作って貰った。
大きなろ過装置を通った海水が円錐状の巨大タンクに入っていく。
ある程度溜まるのを待ってから二人が作った装置を起動する。
ミズキが頑張ってくれたので伸びた一つのミスリル線に魔力を送れば、水魔法もスクリューも同時に起動できるようになっている。
さて、緊張の瞬間だと準備が出来て俺が代表して魔力を送る。
円錐部分の真ん中あたりに均等に水魔法の魔道具が装着してあり、その部分から勢い良く水が噴き出した。
第一関門は突破だ。強い圧を掛けなければ通らない程小さな穴だが、抵抗なく通ってくれた。
その水はすぐに玉になりこちらへと飛んでくる。
「おいぃ! なんで発動するまで魔力送るんだよ!」
と水を被った杖の彼に怒られた。
「ごめんごめん。魔力増幅分で感覚がズレたわ。
途中で無理やり魔力止めたから、威力は無かったろ?」
そう言いながら水の魔法陣を彼の近くで発動させて被った水を吸い取れば「これ、普通に売れそうだよね」と顎に手を当てて考え事を始めた。
どうやら彼はナオミの店の二階で自分の創作物を売りに出したおかげか、ただ凄いものをという観点から人の役に立つものという視線に変わってきた様子。
もしかしたら杖の爺さんのおかげかもしれんが、良い変化だろう。
そうして断続的に魔力を送り、水球が飛ばない様に水の排出を続けたのだが、何度繰り返しても水が無くならない。
大分水が出なくなってきたがいつまでもパシャパシャと少量の水が落ち続ける。
まだか、まだなのか、と首を傾げる面々。
しかし無くならないのは当然の事だ。海水は送り込まれ続けているのだから。
「風車、止めませんか?」
カイが呟く様に言うと一斉に皆理解して思わず顔を合わせて笑った。
そりゃそうだ、と。
海水の供給を止めて再び水を抜けば直ぐに水が出なくなり、底の排出口を開ければ結構な量の塩が雪崩出てきた。
前世と変わらなければ三パーセントちょっと程度だから相当気が付かずに海水を入れながら水抜きをしていたらしい。
「おいイチロウ、これは早い方だよな?」
「ルイ、お前……そんな事もわからないのか。
めちゃくちゃ早いだろ。掛かった時間考えろよ」
「いや、わかった上でどれだけ凄いのかを聞きたかっただけだっての」
皮の彼とも気心が知れてきて、漸く名前を呼び合う仲になった。
軽くじゃれ合いながらも、他の人にもやってみて貰いたいとナタリアさんに頼んでみた。
彼女もやりたそうだったのと魔力量の兼ね合いからの選出。
一般人クラスでも稼働できるなら完璧だ、と彼女でもできます様にと願いながら見据える。
だが、お茶目すぎる彼女は魔力を送りまくり水魔法を全力で起動した。
今度は魔力を流したままに発動したのでミズキたちに当たったら怪我してしまうと魔装で作った防壁で防ぐ。
さっき俺が作動させていたのを見てたんだからそれじゃダメなのはわかるだろうに。
「こらぁ?」
「ふっふっふ、初めて魔法を使ったわ。シュペル見てた」
「ああ、見ていたよ。リアは何をしても映えるね?」
いや、魔道具でもいいならレーザーガン使ってただろうが。
てかイグナートもそこは叱れよ!
……こいつら。
「ユリ、ナタリアさんをお願い。俺はイグナートを説教するから」
「わかりました」
と、ユリに頼めば久々に人差し指を立ててお姉さんモードでのお説教が始まる。
ユリに目を向けて居たい俺は「全く、お前が注意しないでどうすんだよ」と一言告げたあとユリを観察し続ける。
「んもぅ、聞いているんですか!?
魔法陣は魔力を送らなくても味方に向けてはいけません!」
「えぇ……知らなかったんだもの。それに向けるも何もこの魔法陣は固定よ?」
俺の時は強制的に魔力を抜いたから飛ばずに落ちたので、彼女にとっては正常な状態を知らない魔法。
他者を傷つける恐れがあったことは気にして欲しいが、仕方ない部分もあったかと話を終わらせ、水魔法を受け止める防壁を金属で常設した。
丁度パイプの中に水の玉ができる場所に作り水を纏めて排出出来るようにし、その間に第三の奴らが魔法陣への魔力回路を弄って断続的にしか魔力を送れない様に改造していた。
「これで後はここに建物を建ててしまえば完成ですね」
カイにそう言われ、その伝手が無い事に今更ながらに気が付いた。
「面倒だし、後はコナー伯に全部投げるか」
「いや、それは流石に勿体ない。この設備は殿下の力として残すべきだと忠言します」
イグナートの顔を見れば真剣なものだった。
周囲を見回してもナタリアさん以外は当然と言った面持ち。
「貴方はもっと己の力を知った方がいい。
そして、バランスを崩す力には抵抗勢力ができるということも」
「そうですね。我らはそれを帝国で嫌というほど学びました。
それに抗うにはその分野における力が無ければならない時が多々あります」
あぁ、そうか。
武力があればどうとでもなるって訳じゃないもんな。
確かにベルファストを弟に任せた後、もし弟を担ぐ勢力に疎まれたりしたらと考えると塩を握っておくのは有効だ。
いや、弟なんてまだ居ないけど……
きっと大丈夫だ。イブさんは乗り気だったし。
「けど、そうなると親父に了承取る形になるのか?」
この非常時に隠し持っている訳にはいかない。早期に稼働させ運搬するべきだ。
しかし、レーベンは返してしまったし今更やっぱり頂戴なんて言える訳もない。
二人に相談してみると彼らは頷き、新たにここを俺の領地として貰えれば一番良いと言われた。
次点で権利だけを俺の手に残すことだそうだ。
ああ、そうか。ここは元々誰の土地でもないんだったわ。
多分言えば普通に認めてくれるだろ。
「じゃあ、その方向で」と話を詰めて先ずは建築依頼をすることになった。
それに当たり、内部構造や魔法陣を隠すべきと言われ、その作業を終わらせれば再び一日が終わった。
再び朝、レーベンの宿で皆で計画を練る。
「その、帝国の常識で語るのであれば、稼働しルートを作り自分のものだという既成事実を作った後に報告するものです。ですので報告は建物を作らせ、人を雇った後の方が無難かと」
うーん、親父が相手ならそんな心配はいらんけど、インフラが無いからここからが大変なのに作りかけの状態で投げて、俺に全権をってのもちょっと図々しいか。
まあ、これから当分暇だし、職人雇ったりしてちっちゃな村作りでもやって遊ぶか?
村づくり……うん、なんか楽しそう。
ああ、でも女の子はこういうのは嫌かな?
「ユリ、どうする? 他にやりたい事があれば違う路線で行くけど?」
「いいえ。やりましょう! ルイの力として残るなら作りたいです!」
おお、じゃあ婚約者の声もあったし、全力で取り組んでみますか!
「んじゃ、ずっと宿暮らしもあれだし、一先ず向こうに住むか」
「ちょっと待って。まさかあそこで野宿しながら建設するの?」
ミズキの声に「そんな訳ないだろ」と返せばユリがはっとした顔を見せた。
「あっ、わかりました! お屋敷を収納で運ぶんですね?」
「えっ……」と普通の家を運ぶつもりだった俺は固まる。
いやユリさん、お屋敷ってめちゃくちゃでかいんですよ?
収納に入るかなぁ……
いや待て。
ここで『そんな大きいの入る訳ないじゃん』なんて言ったらシュンとしてしまう。
それにしょぼい家じゃラクとふぅが入れない。余計にユリが悲しむ。
いつまでもコナー伯に預かって貰っている訳にもいかないし、ここは気合を入れるしかねぇな。
「あー、でもお屋敷ってどこで買えばいいんだろ」
レーベンにはまともなお屋敷は少ない。空いてるお屋敷なんてまず無いだろう。
レスタール方面には行けないし、ミルドラドの元王都か?
「あら、じゃあ帝国で買ったらどう。お屋敷なんて一杯あるわよ?」
そう言うのはナタリアさん。イグナートも流石に困った顔を見せていた。
「身分を隠して入って屋敷を買うことなんてできんの?」とカイに問いかける。
こいつならばナタリアさんに配慮し過ぎた答えは出さないだろうと。
「それは問題無くできますが、そもそも殿下が帝国に行くことが問題では?
今回は収納魔法が必要ですから、我らだけで行っても意味ありませんし」
「へぇ、できるんだ?」
「なら良いじゃない。お屋敷は帝国の方が立派よ?」
ほう。立派なのか……
正直帝国の町がどんな感じか近くで見てみたかった。
面子を限れば仮に囲まれても強行突破なんて余裕だろうし、見に行ってみるか?
「んじゃ、俺とカイ、イグナートで行ってサクッと買って来ようぜ」
「ルイ? 私の名前が抜けてます」
「私のも抜けてるわねぇ?」
……いや、ナタリアさんは抜けてていいんだよ。
てか、ユリも正直連れて行きたくないな。
「いや、二人はここで待っててよ。直ぐ戻ってくるから」
「ルイ……私の身を案じているのであればやめてください。
ルイの重荷になるくらいなら死んだ方がマシです」
は?
死んだ方がマシとか、何言ってんの?
その一言に思わずカチンときて、ユリを睨みつけていた。
「自分の命を軽く見るのはやめろよ。俺の命よりも大切なんだぞ」
「はい? それはお互い様です。私に直せと言うならルイも直してください。
私の全てなんですよ? 共に在り共に戦うのであれば危険も受け入れますが、危険な場所に行く時にお留守番していろと言われてルイは受け入れられるのですか?」
真っ直ぐに強い視線を返され、彼女の想いを聞かされれば自分が傲慢なことを言っていると気が付いた。
……あ、そうか。
自分がどうしても嫌なことをユリに我慢しろって言ってるのか。
「ごめん、わかった。じゃあミルドラドで探そうか……」
「いいえ、帝国で問題ありません! ルイも慣れてください。私も慣れますから」
「いや、無理に危険を冒す必要はないだろ?」
そう問いかけても「大丈夫だから最初に三人で行くと言ったのでしょう?」と彼女は行く姿勢を崩さなかった。
どうやら、二人で危険な行為をする事にも少しは慣れろということらしい。
彼女は無駄に庇い合って居ては勝てるものも勝てなくなるので互いに慣れなければいけませんと強く言い放つ。
最初に行ってくると言ってしまった手前、強く却下できなくなってしまった。
「よーし! じゃあ行くわよぉ!!」
と、何故かナタリアさんも行くことになっていて、今度はイグナートが頭を抱えた。
その様を見て「本当は危険もあるのか?」と問いかければ、俺たちは自ら名乗りを上げなければ何ら問題は無いと言う。
仮にバレたとしてもイグナート家の兵なら何の問題無く引かせられるので、長居しないのであれば危険は無いそうだ。
しかし大々的に知られた場合、後にイグナート家が責められる状態になるらしく、バレ易いナタリアさんが行くのは少し怖いと青い顔で言う。
いや、少しって……めちゃくちゃ怖がってるがな。
でも凡そは俺が思っていた通りだ。
これなら長居しなければ大丈夫そうかな。
「ふふふ、当然僕も行くよ。魔道具屋にも寄って貰うからね!」
「ああ、そうか。大国の魔道具か。確かに興味ある」
「私も皆行くのに一人待つのは嫌だなぁ?」
おおう、悩んでいる間に皆で行くことが決定になってしまった。
いや、危険が無いのならいいんだけど……これからはもう少し言動を考えて生きた方が良さそうだ。
まあ、いいか。
大丈夫だと思えるからこそ買いに行くって決めたんだし。
そうして俺たちは帝国の立派なお屋敷を買いに行くことになった。
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