第109話 トンネル掘り
ナオミの店を手伝った後、俺とユリはコナー伯たちと共に空を飛びレーベンを目指していた。
三人の傍付きも一緒に乗っている。
用意周到なコナー伯は必要な人材を洗い出し既にレーベンに向かわせているそうだ。
それでも数日はこちらが早く着きそうだが。
「おお、これが殿下がいつも見ている景色ですか! 素晴らしい!」
今ではもう普通に座って機内から外を眺められるまともな飛行機となっている。
傍付きも含め、興味津々に上空からの景色を眺めていた。
フライトを終えレーベン領主の屋敷に辿り着けば、ゲンゾウさんが出迎えてくれた。
後はコナー伯が彼から現状を聞けばそれで一先ずは安心だ。
俺からも一応、鉱山で約束を交わしているから引き継いで欲しい事があるとお願いした。
「なるほど。搾取していた側の商人から没収した資産が尽きるまでは問答無用で雇い続ける、ですか。そちらの収支は如何ほどで?」
今の所は鉱山運営はプラスの状態だ。その現状を告げれば、彼は安堵した顔を見せた。
「ああ、収支の方は別で考えていいですよ。
彼らが他の仕事を探せる環境になるまでお金を与えられればそれでいいんで」
そう、これからずっと仕事の世話をしてあげてって話じゃない。
せめて身の回りを整えるだけじゃなく、一度くらいは就活に失敗しても何とかなる程度の余裕が出るまでは使ってあげて欲しいという話だ。
節制することに慣れている彼らならお金が貯まるまでそれほどかからないだろう。
それを聞いたコナー伯は少し考えこんだが、顔を上げた時には表情が緩んでいた。
「そういう事でしたら、こちらとしても都合が良さそうです」
鉱山は元々危険がある人気の薄い職。
いや、人気が無いどころか罪人が就く職として嫌煙されていると言える。
流石に設備に見合わない人数は大きなロスを抱えるが、現状でも収支がプラスな上に徴収分から出しているなら何の問題も無い。
作業員と相談して設備投資するかを考えれば良いだけなのだから。
コナー伯はそんな説明をした後、手放しの誉め言葉を口にする。
「殿下の取る手はいつもながら素晴らしい。
こちらの負担が無いどころか、儲けながら民も助けていたのですね!」
約束の引継ぎを受け入れてくれたのは嬉しいがそんなに持ち上げられても。
彼らが搾取されてた分で働かせてるんだし、良い話じゃないよ?
商会に吸い上げられていた分でこっちが利益を得てるんだから、と苦笑しつつも和やかに引き継ぎが進んでいった。
ゲンゾウさんからの引継ぎの言葉の中で、予想外の言葉に思わず話を止めた。
「塩の不足、ですか?」
「ええ、帝国との流通が完全に途切れましたからな。
レスタールを経由して持ってくることもできなくなりました。
こちら側は岩塩すら取れませんし、内陸ですから運ばせるのも大変ですので」
この地は大きく飛び出した半島だ。
故に半分以上が海に囲まれた土地と言える。
ベルファストは南一面は海だし、ミルドラド側なら西から南西に掛けて大部分が海な筈。
だが空からの光景をよくよく思い出してみれば、海岸線はほぼほぼ山に囲まれた大地だった。
まるでそう作られたかのような印象を受けるほどに。
「ミルドラド南部から取れる塩の量もそれほど多くはありません。
周辺全てを賄っているのでギリギリと言ったところです」
なるほど。じゃあ俺が一時しのぎで大量に持ってくるって訳にもいかんのね。
しかし塩かぁ……死活問題じゃん。流石にこれは捨て置けないなぁ。
「んじゃユリ、次は遊びがてら適当に海でも見に行こうか。
もしかしたら多少の工夫で塩の産地として使える場所があるかもしれないし」
「あっ……また海に二人で行けるのですね! 嬉しっ」
何この子、天使過ぎる。癒されるわぁ。
そうして話し合いは終わり、コナー伯の手勢が着くまではゲンゾウさんと引き継ぎを行うと決まった。
領主邸で一晩を明かした俺とユリは、暫く放置していたイグナートたちの所へと向かった。
変わらぬ場所で宿を取っていた様で直ぐに会えて、彼らの取っている部屋で席を共にする。
「ただいま。戦争が終わったから戻ってきたぞ」
「ご無事で何よりです」とイグナートとカイが声を揃えた。
「それでぇ、どうだったのぉ?」と緩い声のナタリアさんの問いかけに「居候の私らが聞いていい話ではないよ」とイグナートが窘める。
「いや、もうそこら辺は気にすんなよ。親父も流石に信じ始めてたからさ」
軽く返して戦場の話を聞かせれば、二人は驚愕の表情を見せた。
「十二将を二人も打ち取ったのですか……」
と二人は意外だったのか、呟く様に口にする。
「帝国軍三万以上を相手にたった五千の消費程度で壊滅まで追い込んだなんて……」
「しかし、そうなるとシェンが心配だな。悪いことにならないといいが……」
ああ、侯爵位を任せてきたっていう弟君か。
何か拙い事でもあるのかと問いかければ、まともに残った兵がそれだけだと何かにつけて無傷なイグナート家が使われるだろうとのこと。
「あー、んー、なんか悪いな。お前は協力してくれたってのに……」
「とんでもない! これが私の選んだ道なのですから!」
「そーよぉ。私たち、今幸せなんだから!」
「そうだね。これ以上は無いよ。
キミと一緒に自由気ままに出かけられるなんて初めてだからね」
「うふふ、こんな時間がずっと続いて欲しいわ」
いきなり惚気に飛びイチャイチャし始める二人。
「いつもの事です」とカイが苦笑する。
じゃあ俺もユリと、と思ったがそれではあまりにカイに悪いので自重した。
「そういや、お前ら仕事探してるんだよな?」
ここに来た本題を思い出して問いかけた。
「ええ。ルイ殿下の下で働けるならと思っておりますが……」
「じゃあ、ちょっと手伝ってくんない?」
と、俺の置かれている状況や、塩の不足の事を説明した。
「塩、ですか。うちの領地でしたらいくらでも調達できたのですが……」
カイの声に思わず「なんで?」と声が出た。
レーベンの反対側なのだからお前らも海岸沿いじゃないだろと。
そう思っての問いかけだが、もっと西の方までイグナート侯爵領らしく、浜辺に面している町があるのだそうだ。
どうやら、ミルドラドに輸出していた塩はそこからの物らしい。
だからと言って今の情勢でそこから塩を調達する訳にもいかない。
俺たちはさてどうするか、と頭を悩ませた。
「俺が帝国で活動するのが問題無ければノウハウは持って来られますよ。
うちの産出量は帝国一ですので、それでミルドラド南部の生産量を引き上げられるようであれば……」
「ああ、そうか。うちの国土で南部の他に良い場所が無ければそれもいいな」
と話が付いて、俺たちは食うもの食ってから空の旅をすることになった。
ご飯と聞いてナタリアさんが俺に熱いまなざしを向けていたが「残念だったな。ここは外だから作れません」と流して外食を楽しんだ。
その後、海岸線沿いを確認して見ようと飛んで行けば、直ぐ近くに面白い場所を発見した。
レーベンの西側の山向こうに海に面した平地が在ったのだ。
山と海岸に囲まれた人の手が一切入っていない場所。
レーベンの町が丸々入る程度の広さもある。
「あそこはどうかな?」
「向こう側に人を住まわせるんですか?」
小首を傾げるユリにトンネルを掘れば行き来出来るんじゃないかと問いかけた。
「ルイ……毎日掘っている鉱山ですらあの程度なのですよ?」
「いやいや、あるだろ! 俺たちにはあれがさ!」
そう言いながらも、海側の山の麓に降り立った。
そしてモグラが使っていた魔法陣を宙に描いた。
しかし、魔法陣は動かせない。
つまり、土に押し付ける事ができないのだ。
「ルイ……」ユリが憐みの声を上げこちらを見つめる。
「いや、待て待て! これを使うんだよってだけ!
ミスリルが在れば魔道具が出来るだろ!?」
コナー伯にレーベンを明け渡すとなったから屋敷にあった私物は全て収納に入っている。
収納魔法からあれでもないこれでもないと急いでミスリルを探す。
そんな目で見るのはやめて、といそいそと収納から出したミスリルで三メートル程度の大きさの魔法陣を作り出し、魔力を送りながら岩肌に押し付ければ、ずぶずぶと簡単にめり込んでいき、岩が砂状に変化した。
「凄い。これならば確かに数日で掘れそうだ。我らは砂の撤去をすれば良いのですか?」
「いや、待って。その前に先ずは試しにこうしてみる」と、干渉しない様に絶縁体を接触面だけに塗り収納の魔法陣をミスリルで作り重ね合わせた。
その後、一度収納の中身を全部出してからもう一度岩肌に押し付けてみれば、崩れた岩がそのまま収納へと入り砂を撤去する必要が無くなった。
やはり収納魔法を魔道具にしてもミスリルに引っ掛からない大きさなら入れられそうだ。
後は魔力を流しながら進んでいくだけ。
「こ、これは……効率が良いという次元じゃありませんね」
「ああ、革新的過ぎて言葉を失いそうだ……」
「うふふ、楽に穴が掘れていいわねぇ」
「そうだね。とても良い事だ」
「そ、そうですね……」
驚愕している二人にナタリアさんが混ざり真剣さが失われていく。
ある意味良いチームだ。
そんな感想を浮かべつつも、ユリと相談しながら綺麗に穴を掘る為の工夫を凝らしていく。
先ずは真っ直ぐ掘る為に地面に杭を打ち、物干し台の様な物の上に乗った棒を滑らせていく要領で棒の先に装着した魔法陣を走らせ、出来る限り直線にまん丸なトンネルを開ける。
その後、魔装で長い水平器を作り出し、出来るだけ平行になる様に調節を入れた。
ある程度できた所で今度は車輪を天井に二つ床に二つ這わせ完全に固定し、そのまま魔力を流して走らせるだけで穴が掘れる状態にした。
さて、サクッと掘っちまおうと進もうとした所でイグナートに手を掴まれた。
少し焦った表情を見せる彼に「どしたん?」と声を掛ける。
「その、進む前に聞いて置きたいのですが、スライムゼリーの準備はされていますか?
これ以上掘り進めると恐らく湧きます」
「あっ、そうだった。あれが無いと強い魔物が湧くんだっけ?」
「はい。最悪の場合、山頂よりも強い魔物が出現する可能性もあります。
数日の猶予はあると聞きますが、大変危険ですのでその場できっちりやるべきかと。
素人手でも多少ムラがある程度なら強い魔物は湧きませんから」
おおう。そりゃ怖い。
有識者助かると彼にお礼を言いつつも、それならばと一度収納に魔装で作った物を入れて一度レーベンに戻り、鉱山からスライムゼリーを大量に買い取ってきた。
兵士の話だと隣町のダンジョンで珍しい大きなスライムが出るらしく、いくらでも手に入ると言うので送料込みの値段で買い取らせてもらった。
そうして再び現場に戻り、イグナートたちに掘って貰い俺とユリでスライムゼリーを使ってコーティング作業を行った。
数キロ進んだところでイグナートたちの魔力が切れたので、そこからは全て俺が担当してトンネルを掘りながら走りに抜ける。
すべての作業を並行して行い結構な速さを出しているからか、彼らが再び驚愕し誉め言葉を口にしたことで、気を良くしたユリの可愛い鼻歌がトンネルに響いたりした。
その瞬間、俺は思わず全力で聴力強化を行い、耳が幸せだった記憶だけが強く残った。
開通させた後、一応念の為でトンネルの隠蔽だけしてレーベンに戻り、俺たちも同じ宿に部屋を取りつつナタリアさんを中心とした雑談会が夜が更けるまで行われた。
そして何故か、ユリと一緒にナタリアさんが寝てしまった為、俺は別室で一人さみしく寝ることに。
くっ、明日は油断しないからな。
そう思いながらも、宿のベットで眠りについた。
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