第108話 お食事処開店
俺とユリは場所を移し、お城の厨房へとやってきた。
こっそり覗けばナオミは真剣な表情でせっせと下ごしらえをしている。
終わらせた食材を容器に入れて冷蔵庫に戻すと少しご機嫌そうに一つ頷く。
そして洗い物に取り掛かろうとした時、隠れようとしたユリに彼女は気が付いた。
「……来てるなら声を掛けなさいよ。悪趣味ね」
「いや、まあ、楽しくやれてるのかが気になってな。お前そういうところ言わなそうだし」
「余計なお世話よ!」と顔を赤くしながらもカッカするナオミ。
うん。平常運転だ。安心した。
その後、お店の進捗を見に来たと伝えると、彼女は頷く。
今日がお城勤め最後の日だと言う。
お店の方の厨房にも入って準備してあるそうだ。
「早くね?」と首を傾げれば「完成を聞いて来たんじゃないの?」と彼女は眉を顰める。
どうやら、もう店舗は出来上がっていたらしい。
確かに計算するともうそろそろ一月くらい経つかもしれん。
「まだあと二日もあるのよね。
もう厨房は何度か確認しているし、メニューもきっちり考えたわ。
残る問題は一つだけ……値段をどう設定するかで迷ってる」
聞けば、もう既に一度決めたそうなのだが、貴族専門の高級料理店並みの味なのだから値段を上げるべきだと言われているそうだ。
大衆の集まる場所で香りだけ嗅がせて買えない値段なんて非道じゃないかと悩んでいるそうだ。
大衆が集まる場所で開くならその人たちにこそ食べて欲しいと言う。
「いや、ナオミの考えの方が俺も共感できるけど、一般の食堂よりは多少高くするべきだな。他の飲食店が酷いことになるのも困るし。
高級料理店って文言も入れれば悪くは思われないだろ。元王宮料理人の大衆食堂的な感じでさ」
「それに……お前の料理は美味すぎるから、待たせ過ぎて文句が出る」と真面目に告げた。
「あんた……変にハードルあげるんじゃないわよ! 客が来なかったらどうすんのよ!」
「そりゃ、プランニングした俺の所為だろ。
伯爵すらも認めてるんだから料理は完璧。
後は宣伝やら立地やら金額設定がちゃんとできたかの問題だ」
「あ、ありがと……ここからは一緒に居てくれるのよね?」
不安そうにもじもじしたナオミが上目遣いでこちらを見上げる。
「それがだな……」と俺の置かれている現状を軽く説明した。
「あんた……また狙われる様な真似して……本当に馬鹿!」
「仕方ねぇだろ! 俺がやらなきゃこの町が無くなってたんだよ!」
町が無くなっていたという言葉にナオミは「本当なの?」とユリへと確認を取る。
えっ、ユリの言葉なら信じるの?
俺はダメなのに?
「本当です。ルイが世界を救いました」
いや、大げさぁぁ!
「そう。わかってはいたけど、やっぱりもう遠い人なのね……」
「いや、全然遠くねぇから!
俺は権力を笠に着るつもりなんて無いから!」
と変に王子対応されたくないと告げたらジトっと睨まれおでこをバチンと叩かれた。
解せん。いつも何故そうぷりぷりするんだ……
「ルイ……」と何故かユリからもおかしな視線を向けられた。
意味がわからんと思いながらも俺たちは頼んでいた店の状態を確認しに行った。
予想以上に完成していて、もう後はほぼほぼ開店するだけの状態になっている。
二日後、予定通り店がオープンした。
俺たちも一緒にナオミの店の手伝いに入っている。
そこまでは予定通りなのだが、思いの外注目を集めたらしく町中の人が集まってきたと思うほど人でごった返しになっていた。
驚くほど注目を集めた理由は、染めたスライムゼリーをペンキ代わりに建物に絵を描いたからだと思われる。
杖を掲げた少年少女の後ろ姿と青空に浮かぶ魔法陣を描いたのだが、ベルファストでこれほど大きく建物に絵を描くというのは唯一無二なのでそれはもう目立っていた。
ちなみに、魔法陣は偽物だ。ちゃんと注意書きもしてある。
そんな状況下、ナオミの店が盛況にならない訳がなかった。
いや、もうここは戦場と言っていいほどだ。
出来たら呼んで欲しいと言っていた学院の仲間たちも全員が手伝いに回る羽目になり、食材が尽きて完売になるまで本当に大変だった。
そうしてナオミの店が逸早く閉店となり、閉めた店の中で俺たちは食事を取りながら雑談を交わしている。
「ねぇ、私は客として呼んでと言ったのだけど……」
「俺もだ」
「私もぉ」
「僕もだよ」
リアーナさんを筆頭に文句の声が飛ぶ。
入り切らない客を並ばせただけのヒロキやアキトは苦笑程度だが、ホールを担当した女性陣の声色はガチだった。
「うふふ、そんなこと言わないでよ!
私の店なのよ? 少しくらいは手伝いなさいよ!」
ナオミは口調こそいつも通りだが、ニコニコである。
「ナオミさん……貴方、これをずっと続けるつもりですか……?」
ホールでめちゃくちゃ頑張ってくれたユキナさんがぐったりしながらナオミに問う。
同じくぐったりしているキョウコちゃんも苦い顔を向けた。
「当然よ! お客さんがあんなに喜んでくれたのよ!?
まあ、人はもっと必要だってのはわかったけど……」
若干困った顔を見せてはいるが、彼女にとっては嬉しい悲鳴だったようで表情はいつになく緩んでいる。
他の皆は信じられないという顔をしているが、客が本当に集まるか、自分の料理がどこまで認められるか、と不安そうにしていたのを見ている俺にとっては理解できる感情だ。
ハンターの資格すらもう要らないと投げるほどだった。
後三回も行けばいいだけなので、流石に勿体無いから無理やり取るようにと約束させたが。
「まあ大成功過ぎて大変だったほどだし、これで俺たちが姿を晦ましても安心だな」
「晦ませるって……ルイさんはまた何かしたのかしら?」
呆れた視線を向けるリアーナさんに「ちょっとだけやっちゃったかな……」と現状を説明する。
レスタールが兵器情報を収集する為に繋がりを持とうと動き出すだろうから表に出ない様にしろと言われていると。
「……貴方、本当に敵味方の区別を付けないわね。
私は、間違いなくレスタール側なのだけれど?」
「いえ、敵ではありませんけれど」と言い直したものの、彼女はジトっとした目で流し見る。
「いやいや、元から友人のリアーナさんは別でしょ。もう繋がり持ってるじゃん」
「馬鹿ね。私から派生するとか、私が情報を抜き出すとか考えないの?」
上から命じられれば流石に断れないわよ、と彼女は面倒そうな視線を向ける。
「大丈夫大丈夫。流石に友達でも情報を口に出すつもりは無いし、一応計算はしてるから。
リアーナさんもある程度状況を知っていて俺が行方を晦ましたってわかっている方が断りを入れやすいでしょ?」
そう、情報の伝達速度を考えると最速でももう少し時間があるのだ。
これに関しては親父とも相談している。
関係をずるずる引っ張るなよと注意もされているが。
「な訳で、俺とユリは暫く遊び回っていていい権利を得たのだ。楽しみだね?」
「うふふ、また二人で旅行に行けると考えると幸せです。今度は長期ですね!」
レーベンの次はどこに行こうかとユリと盛り上がれば、何やら周囲が絶句していた。
「お前ら……それ狙われているって話だろ?」
「もう少し緊張感持った方がいいんじゃないかな?」
そんな突っ込みを受けるが、正直俺はそこまで重く考えていない。
暗殺や目に見えた強引な手法は、取り逃がした場合やベルファスト側にバレた状況を考えれば取れない。
魔道具なのはわかっているだろうから俺を殺しても兵器は無くならないと知っている。
その前に、空を飛んで移動する俺たちを補足することすら難しいだろう。
許可なしには町の外に出ることすら出来なかった学院時代とは状況が違うのだ。
国が味方なので身分証の偽装なんてやり放題。
顔見知りに会わなければ先ず見つからないだろう。
「戦争とかレーベンの町とかと比べれば余裕余裕」
「なんでレーベンの町が比較対象になるんですか……?」
きょとんとした顔でキョウコちゃんからの疑問の声が飛べば、ユリが鬱憤を晴らすかのように不満を口にする。しかし皆の同意は得られなかった。
戦争と同列にするほどじゃないだろうと総突っ込みを受けた。
ぷくっと膨れて「本当に酷かったんですっ!」とそっぽを向くユリ。可愛い。
そんな中、厨房の方から男の子がパタパタと走ってきた。
「ナオミさん、厨房の片付け終わりました!」
赤い顔でナオミを見詰めるのは、アキトの弟カズヤ君。
そう、当初の計画通りアキトの家族に声を掛けたら喜んで協力すると一家揃ってこっちに来てくれて、今はコナー伯が用意してくれた宿舎に移っている。
その中でもカズヤ君だけは本人の強い希望でナオミに弟子入りし、厨房で料理人見習いとして雑用をこなしていた。
料理人も雇ってはいるが足りていないので是非とも頑張って欲しい人材だ。
「ご苦労様。今日は疲れただろうから、休んでいいわ。明日からまた頑張りましょ!」
「は、はい! 早くお役に立てる様に頑張ります!」
彼は勢いよく頭を下げると逃げる様に走り去っていく。
「へぇぇ、あれはナオミちゃんに気があるねぇ」
「ふふ、一生懸命で可愛いですね」
「な、なんかうちの弟がごめん……」
女性陣の盛り上がりにアキトが恥ずかしそうに頬を掻く。
当のナオミはふんと鼻を鳴らしそっぽを向くが、悪い気はしていない様子。
そんな中、スタッフオンリーの扉からコナー伯が顔を出した。
「中に入っている店舗も品切れが続出しております。殿下、大盛況ですよ」
本来の予定よりも小さい規模で始める事になったため、店を多く入れるためにワンルームにいくつもの店舗を入れている状態。
スペースが限られる為に量は置けないとはいえ、かなり好調な滑り出しと言えた。
「そうですか! 後はこれが続けば大型のテナントもいけそうですね」
そんな話をしていれば、ナオミも話に入りもう少し厨房に人が欲しいが質は落としたくないとコナー伯に頼み込んだりして時が流れていく。
そうしてお店のオープンは大変ながらも良い形で終わりを告げ、皆をオルダムへと送り届けた。
そのついでに奈落に寄ったのだが、いつもの納品時に領主から呼び出しが掛かっていると告げられた。
流石におかしい。オルダム子爵はまだ帰ってきてない筈だと思いながらも一応子爵の屋敷に顔を出せば、今までの納品分の金が溜まっていると驚くほどの額を渡された。
箱一杯の大金貨が何箱か置いてありこれ全部が素材の売却代金だと言う。
「これ、本当に受け取って良いの?」
使用人の少年に問いかけた。
「はい。こちらは国から送られてきたものです。ここにあっても場所を取るだけですので。
立ち寄られたら必ず持って行かせろと申し付けられております」
そう言えば、値段が決まってないから後から渡すって言われてたな。
ずっとバタバタしてたから本気で忘れてたわ。
最近手持ちが減ってきていたから普通にありがたい。
「あれ、国がって事は子爵にはお金が行ってない感じ?」
「いえ、素材に因りますので父上も金銭的に余裕が出たと喜んでおりました」
んっ……父上!?
ええ……所作も綺麗で上品そうな顔立ちのこのショタくんが子爵の息子さん!?
いやまあ、将軍がユリの父親な訳だし、有り得なくはないけども。
「そっか。喜んでくれていたならよかった」
そうして二人屋敷を出れば「戦場でも思いましたが、オルダム家と随分親しげですね?」とユリが小首を傾げこちらをのぞき込む。
そうか。リストルの事件に絡んでいないオーガキング討伐の件は話してなかったな、とユリとその話をしながらベルファストへと帰った。
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