第107話 婚約



 光魔法にて軍を撤退に追い込んだ後、帝国軍が戻ってくることはなかった。

 飛んで動向を確認したが、帝都への帰還を確認し一先ずの初戦は勝利で幕を下ろした。

 俺はそう認識していたのだが、どうやらもう完全に勝利で終わったらしい。

 ファストール公は停戦の使者を待つだけですと言う。


 だからここからはレスタールとの政治の攻防が始まるのだとか。


「そういう訳で悪いんだがルイ、当分お前は表に出ないで欲しい……」


 頼む、と親父が何故か頭を下げてきた。

 レスタールでの戦勝を祝う式典があると聞いていたが、それの事かな?

 正直、知らない人の輪に入れらるのとか困るし助かる。


「えっ……式典に出なくていいなら歓迎だけど?」

「そ、そうか。しかし一応理由も聞いておいてくれ」


 あれ、なんでそんなに困った感じなの?


 首を傾げながらもお爺ちゃんから話を聞けば納得だった。

 どうやら、兵器の情報を持つ俺を取り込む動きが始まるのだと言う。


 そこは俺も一応は理解している。

 だから銃を隠したりと学生時代は警戒していたのだ。

 ただ、思いの外領主も王も優しくて国から何かを奪われることは無かったし、自由の阻害を一切されなかったからいつの間にか無警戒になっていた。

 そんな無警戒過ぎる俺を表に出す訳にはいかないのだそうだ。

 逆に言えばレスタールの貴族と関係を持たなければ自由にやっていていいらしい。


 そんなの、好都合だよ!

 俺の求めていた展開だよ!


「要するに、もう一生遊んでていいと?」

「一生ではない……そもそもここに居て欲しいところなんだぞ?

 いやまあ、それはいい。当分はユリシアと楽しくやってて構わん」


 おお! やったぜ!


「ユリ、次はどこに遊び行こうか!」

「ふふふ、どこにしましょうか! 一緒ならどこでもいいですよ?」

「待て待て。まだ話は終わっていない」


 えっ、今いいって言ったよね?

 せっかく気乗りして楽しいところだったのに……


「慌てるな。違う話だ。今回の事でお前たちの婚約を正式に決めた。

 内外に向けて発表するが構わないな?」


 ―――っ!?


 いきなり話題が飛んだことで驚いたが、これほど嬉しいことは無い。

 思わずユリシアと向き合い、手を握りしめていた。

 彼女が潤んだ目でこちらを見つめる。このまま吸い込まれそうだ……


「……喜んでいるのはわかったから話を聞け。

 ルイ、権力者が取り込みに使う手法はどんなものが一般的だ?」

「ええと、お金、利権……ハニートラップ?」

「そうだ。主にはそこだ。

 金や権威を持ち合わせているお前に何が降りかかるかはわかるだろう。

 女性に限らず絆や情なども利用して行う。それはお前も迷惑だろ?」


 そりゃそうだよ。

 ハニートラップだけは効く。無条件で俺がユリに問い詰められるという面で。

 浮気なんてしないのに……


 待てよ。

 最近のルールを鑑みれば毎日の様にユリとイチャラブできるな。

 ……いやダメだろ。ユリが悲しむことを自らしてどうする!


「葛藤しているのはわかったが、もう少し頭を回せ。

 面倒を少しでも回避する為の婚約発表だ。

 わかっているのか? 取り込みはユリシアの嬢ちゃんも例外じゃないんだぞ?」

「はぁ? そんなの絶対に許さないに決まっているでしょう!」

「殿下……陛下を威嚇してどうします。

 殿下が大切にしているユリシア嬢と友好的な繋がりを持つことが、殿下との繋がりになるという意味です」


 うっ、そういうことか。ちょっと落ち着こう。

 婚約が決まって気持ちがハイになり過ぎていた。


「そうした対応を何も教えてやれなかったルイに、いきなりこんな失敗できない重い案件を背負わせたくない。

 だからお前自身も近づかぬ様に気を付けて行動してくれという話だ」

「な、なるほど……ごめん。ありがと親父……じゃあ弟もよろしくね?」


 最後の一言にジト目を貰ったが、ため息を吐いた後「謝るのはこちらの方だ。未だにお前の力に甘えている状況なのだからな」と親父は困った顔を見せた。


 確かに何度も戦争に連れまわされるのは勘弁だけども、今の状況じゃ仕方ない。

 そう考えたところで思い出した。それには対策が打てそうだと。


「あっ、そこで相談があるんだけど……」


 そう言って俺はレーザーガンをテーブルに置いた。

「これは?」と首をかしげる親父たちにどんな物かを説明する。


「ああ、奈落で使っていると言っていたあれか。

 しかしこの魔道具はいくつもあるだろ。魔法陣も控えてあると聞いた。

 何かこれに特殊な意味合いがあるのか?」


 親父の問いかけに、魔力消費量や戦闘効率の関係で兵の育成速度が馬鹿みたいに跳ね上がるという事実を伝えた。


「それは叔父さんがもう実証しているから、誰でもできるよ。

 まあ奈落に入っても出る手段が無いとダメだし、あそこは俺の狩場だからやめて欲しいけど」

「ルドルフの野郎……またか! 聞いてねぇぞ!!」


 額に青筋を立てている親父。俺の育て方の一件で相当キレてたからな。

 とはいえ、これに関しては口止めしたのは俺だ。

 俺の強みを残す為に誰にも言わないように頼んだからだとはっきり伝えた。


「そんな訳で、時間はできただろうからこれで力を高めて貰って俺は隠居したい訳。どう?」

「ルイ、お前の能力なら今からでも十二分にやれる。どうしてそこまで王位を嫌がるんだ?」

「いやいやいやいや! 親父は俺を過信してる!

 俺はすぐ感情に流されるし浅はかな行動する男だよ?

 性格的に統治者に合ってないんだよ。何よりやる気が無い」


 正直、メインの理由は公務公務でユリと遊びまわれない事だが、そっちもかなり不安だ。

 将来、子供とかできたら権力はあった方が良さそうだけど、流石に国王は重過ぎる。

 常に護衛が付いて人に付き纏われるのも一般人として生きてきた俺には苦痛だ。

 そんな内容を捲くし立てる様に伝えた。


「それが殿下のお気持ちですか……確かに継ぐ意思というのも重要ですな。

 しかし時の流れで気持ちが変わる事もございますので、後継が育つまでに気が変われば気兼ねなく仰ってください。

 とはいえ、ルイ殿下の他にお世継ぎが出来なかった時は話が変わります。正当な後継が継がねば国が割れます故、その時は王位に座して頂きますぞ。そこはお忘れなきよう」


 難しい顔をして悩んでいる親父に代わりお爺ちゃんが言葉を返す。その文言は親父が弟を作れなければ強制するというものだった。

 イブさんとコンタクトを取らねば……


「ルイの気持ちは理解した。嬢ちゃんはどう考えている。

 嬢ちゃんも反対か? ルイに王は荷が重いか?」

「そんなことはありません! ルイなら絶対にやれます!」

「なら、ルイには立派な王に成って欲しいということでいいのか?」

「当然です! 私は陛下もルイも名が永遠に後世に残るほどの器だと確信しています!」


 むっ……

 ファストール裁判長、これは明らかなる誘導尋問です!


 とお爺ちゃんに視線を向けるが、彼はうんうんと頷き笑みを返しただけに終わる。


「ユリを使うなんて卑怯だぞ親父」


 と小声で訴えれば小声で「イブリンを使うなんて卑怯だぞルイ」と返された。


 おおう。同じことしてた。

 俺たち親子だね……


「と、とりあえず今は自由にさせてよ。弟ができなければちゃんと考えるから。

 今はちょっと自分探しの旅をしたいんだ……」


 ……思わず自分探しの旅とか言っちゃった。でも本心でもある。

 もうちょっとこの世界の事を国視点じゃなく一般人の立場で見て回り、自分のスタンスや進むべき道を模索したい。

 訳も分からず状況に振り回されている事ばかりな状態で重責を負うのは嫌だ。

 仮に継ぐとしてももう少し俺自身が成長してからだ。


「俺の願いはルイの幸せと国の安定だ。どちらも取れるならばそれでいい。

 さて、面倒な話はこれで終わりだ。それで、先ずはどこに行くんだ?」


 親父は一つ頷くと表情を緩めた。


「うーん……先ずはコナー伯に頼んでいた店舗を見に行こうかな。どう?」


 と視線を向ければユリはコクコクと頷く。


「ああ、それは聞いている。確かに行くなら今だな。

 ルイの名前を出してやっている店だ。時が経てばそちらもマークされるだろう」


 えっ……そんな所まで?

 めんどくせぇ。そっか、そういう事なのか。

 もっと目立たない様に動いた方がよかったか?

 いや、そんな余裕なんて無かったか。


 友好的な繋がりが目的なら危険は無さそうだけど、ナオミに面倒ごとが行かないといいな。

 そう言えば、リアーナさんたちにオープンしたら招待するって言っちゃったな。

 そのことも相談すれば、情報伝達に時間がかかるからオープンから一日二日程度ならば問題ないと許可をもらった。


「何にせよ将軍たちが戻ればこちらも一息つける。

 と言っても再び面倒なミルドラドの統治に動かねばならんのだがな」


 そっか。レーベンみたいな町が沢山ある国だもんな。

 そりゃ遠い目にもなるわ。


「あっ、戦争もあったし、レーベン明け渡そうか?」


「いいよね?」とユリに視線を向ければコクコクと同意を示している。


「戦争の褒美か……ルイの話だとお前以外領地を与えるほどの活躍をしてないのだが?」

「そ、そんな事無いから! えーと、役職無い貴族だと……ドーラ子爵とか?」


 そうそう。敵将との戦いでも前衛張ってたし。

 帝国の魔法を習得したお陰で結構戦えてたしね。


「ドーラか……確かにあいつにも褒美をくれなきゃならんが領地は受け取らんだろう。

 本人が嫌がっては褒美の意味が無い。奴には陞爵と金だな。聖騎士認定でもいいか」


 どうやら彼は生涯一騎士として生きると公言しているのだそうだ。

 潜伏期間もハンターとして楽しくやっていたくらいらしい。

 自由奔放な人だとは思っていたが、やっぱりあのままの人なんだな。


「それとイグナートの件はどうする。

 戦の間も大人しくしていたなら流石にもうそこまで疑う気持ちは無いが、ノーマークという訳にもいかん」


 強さが強さだから心配だと眉を顰める。

 俺的には親父の信用がある程度でも出来たのは朗報だ。

 まあ、帝国の秘術をすべて持って来ちゃったんだから、帝国の差し金かという点に置いては元々疑いようが無いんだけど。


「あー、うん。じゃあ、ちょっと仕事与えてみていい?

 あいつ、くそ真面目だから仕事もしないで置いて貰うのは気が引けるってうるさかったから」

「わかった。彼が腰を落ち着けたらもう一度報告してくれ」


 イグナートの話が落ち着き、再びレーベンをどうするかの話に戻る。

 俺が居なくなるのであれば誰かしら送らねばならないと。


「お前が領主を降りるならシュタールに任せようかと思うんだが、どうだ?」


 フォンデール砦で総指揮の補佐を務めたことや、ラズベル時代から私財を使い支え続けてくれた男には出来るだけ良い領地を与えてやらねばならんと親父は言う。

 

「どう考えても良い領地じゃないけど……大丈夫?」

「ゲンゾウの報告を聞く限りは問題ない。

 総合的に見れば現状ならミルドラドの中では良い方だ。

 民心は元が酷過ぎる地だから大差がある訳じゃないだろうが、鉱山収入があるから何をするにも動き易い」


 ああ、なるほど。

 けど今すぐコナー伯がレーベンの領主になるとナオミの店がなぁ……

 と心配していたが、その程度は彼の側近だけでもやれるから問題ないそうだ。


 そういう事ならコナー伯も一緒に連れて行っちゃおうか。

 ラクとふぅの事もあるから往復は何度かするだろうし、現地で引き継ぎもしないと大変だろう。


「どうする。今ならまだ他を考えることもできるが」

「いやいや! 是非! コナー伯なら安心だし」

「そうだな。俺としても安心だ。うちでは数少ない上位の文官貴族だからな」


 さっそく呼んで伝えようと親父は使いを走らせた。

 そうして鉱山都市レーベンをコナー伯に任せる事に決まり、話し合いは終わりを告げた。



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