第105話 レスタールの秘密兵器


 一瞬で壊滅に近い打撃を受けた帝国軍は立て直しの為に全ての将と指揮官が集められていた。

 顔面蒼白な指揮官たちが立ち並ぶ中、椅子にふんぞり返って座る一人の将が声を荒げる。


「おいおいおいおい!! なんだよこれ! これほどなんて聞いてねぇぞ!!」


 ビンセントは他の将へと当たり散らす様に声を荒げた。


「確かに。ですが、レスタールとベルファストが組んだ事で使える魔力総数が跳ね上がった結果と考えれば納得もいきます。エストック伯とイグナート侯が二人揃って二千程度に負けるというのもこれならば頷ける」


 ロイドは冷静に淡々と考察を口にするが、ビンセントとエインはのほほんとしている場合じゃないと憤る。


「確かに舐めてたわね。イグナート候の遠距離で相対したら絶対に油断するなって言葉をもっと大事として捉えるべきだったわ。

 それはわかった。けど、問題はここからどうするか、よね?」


 ミーシャの声にそうだと全員が頷く。


「各将の残った兵は如何ほどですか?」

「うちは外れに居たから無傷だが元々五百だからな」

「俺の所は千五百だ。半分は死んだか使い物にならん」

「私の所も同じね。まともに動ける兵が二千居ればいい方」

「そう、ですか。私の所は五千。攻撃順が最後でしたので防御が間に合い無傷です」


 凡そ九千。レスタール軍とベルファスト軍は無傷で二万五千以上。

 これは力に自信がある帝国軍でも笑えない差であった。


「まさか、このまま逃げ帰るなんて言わねぇよな?」

「んな生き恥晒せるかよ!!

 少なくとも俺は特攻してぶちかました後じゃねぇと引かねぇぞ!」


 気性の荒い二人の声に眉を顰めるロイド。


「確かに生き恥ですが、仮にここで我らが奮闘し勝利したとします。

 その時に残る兵数は如何ほどでしょうか。これは北との戦争にも響く事態ですよ」

「まあ、普通に考えて全部が雑魚じゃないわよね」

「はい。少なくともベルファスト軍はエストック軍二千を白兵戦で殲滅しています」


 そしてレスタール軍も全てが弱いなどあり得ない。少なくともランドール侯爵軍が精鋭なことくらいは調べが付いている。


「けどよ……無傷で終わりにして攻めあがってきたらどうすんだ?」

「だよなぁ? 俺たちの強さを知らしめなきゃ終わるに終われねぇぞ!?」


 彼らの言葉も重いものだった。

 せめてある程度の打撃を与えねば、自国が切り取られる恐れがある。

 そうなれば、この場にいる将全員に責任が及ぶところである。


「せめてイグナート軍を呼べれば……

 いえ、流石に間に合いませんね。やるしかありませんか」

「おう! やるしかねぇんだよ!」

「そう。それならどうやって白兵戦へと持ち込むかが胆ね」


 明らかに魔法の技術では負けていた。

 強力な爆発魔法だけじゃない。魔力を一瞬で奪う光魔法も大きな脅威。

 それを如何に搔い潜り乱戦に持ち込むかが重要だった。


「んなもん、特攻するほかねぇだろ?」

「そうですね。ここはイグナート候が残した情報を頼りに、兵を分けて特攻する他ありませんか」

「あーあ、いい魔法の的じゃない。最悪だわ……」

「んなもん、避けりゃ良いんだよ! うちみたく少数精鋭にしてありゃそんくらい余裕だぞ?」


 凡そ方針が定まった時、一人の指揮官が一歩前に出て声を上げた。


「あ、あの、ご報告申し上げます! ディンバーラ伯爵家の策謀により寝返りを約束させていた件に御座いますが、へストア侯爵家が三千の別動隊を出し、挟撃すると約束させておりました。

 東の森向こうにて連絡を取り合う手筈となっております。

 今現在、どのようになっているかまでは存じませんが、お耳に入れて頂きたく!」


 彼は伯爵家の騎士。伝令中により偶々生き残った者。

 位は低いがまともな生き残りが他に居ない為に参列していた。


「ほう……それ、使えるんじゃねぇか?」

「ええ。今は特に捨て駒が在るか無いかは大きいですね」


 大魔法だけでなく、通常の魔法攻撃の盾にもなる。兵の純粋な強さであれば帝国の方が上。

 であればぶつかるまでの使い捨ての盾とするにはへストア軍はとても魅力的な存在だった。


「ではまず、合流をせねばなりませんか。どこまで恭順を示すかわかりませんが……」

「上手く乗せて連れてくるなら私かロイドよね。この場合、私かな?」

「お願いできますか?

 今の現状では私の所が本隊だと思われているでしょう。少しでも動かせば直ぐにバレます」


 ロイドは「ミーシャさんを行かせる為に我らが派手に踊らねばなりません。よろしいですか?」とビンセント、エインの二人に視線を向ける。


「勿論だぜ。勝つ戦略なら何でもするのがモットーだ」

「ただの陽動だろ? 突いて来いってんなら俺がいくぜ?」

「いえ、どうせぶつかるなら打撃も与えましょう。

 それぞれ部隊の最精鋭五百を連れて三人で行きます。

 それならば生きて戻る程度は容易いでしょう。

 陽動は一応ミーシャさんたちの部隊が見えなくなるまでですが、その後はお任せします。

 お好きでしょう? 戦果を取り合う競争」


 ロイドの挑戦的な言葉に口端を吊り上げる二人。

 各々のやるべき事は決まったと各自自軍へと散らばっていく。


 そうして帝国からの一手が今放たれた。





「帝国兵が動きを見せました!」


 すぐ隣のレスタール軍総大将本陣で声が張りあがり、俺は対戦車ライフル銃量産の手を止め視線を帝国軍へと向けた。


 煙幕のつもりか魔法で砂煙を上げているが、うっすらと見えている。

 かなり小規模での進軍だ。

 ただ、速度を見るに相当の手練れ。かなり広く散らばり、連携の強みを捨てた進軍。

 魔法による砂塵で見えづらいが、レスタール軍の魔法攻撃が一つも当たっていない様に見受けられる。

 まず間違いなく精鋭中の精鋭を出してきたな。


 しかし、こちらに来た伝令は「あの程度であれば出て貰う必要はない」との事だった。


「流石にあちらも、何も出来ないまま終わる訳にもいかねぇだろうからな」


 将軍の呟きに納得と同時に苦い感情が浮かぶ。

 そんな事で無駄に兵を死なせるのか、と。

 しかし、国家バランスや国内のバランスなどでも大きく乱れれば戦が起き人が大勢死ぬ。

 俺にはわからない難しいところなのだろうか?


 と、そのまま待機を受け入れ、銃の作成を継続した。


「一応、いつでも出れる様に弾を込めておいて」と兵士に銘じてマガジンに弾丸を込めてもらう。

 今回は前回よりも大きな弾を用意した。

 一般的な魔装なら普通に貫通する威力の物。これも前回の失敗の教訓である。

 大型の銃を作成するには多くの魔力が取られ数が減るが、鎧に弾かれるくらいなら数より威力を取るべきだ。


 前回は二万に対して十や二十じゃ心許な過ぎるから数を増やす方向に心情が傾いた。

 しかし今回は新型バックパックに大量に魔力を詰めてきている。

 大型であっても百丁用意できた。

 これで安全地帯からゆったりと狙える状況であれば、かなりな殲滅力を齎すだろう。


 そう考えている間にもレスタール軍四千と帝国軍千五百の兵士が激突した。

 予想通り、かなり押されている。

 その中でも、各部隊の先頭に立つ三人は別格の強さだった。


「あれ、ヤバくないですか?」と視線を向ければ、皆唖然としてしまっていた。


 ユリも目を見開いて固まっている。

 そう。三人とも突出してレスタール軍の中に入っているというのに、まるでゴブリンを蹴散らすかの勢いで兵士が切り捨てられていく。


「我ら三人で当たって一人が相手なら勝てると言ったところですな……」

「帝国の秘術を用いても確実に殺るならそこが限界ですね。あれで全力なら、ですが」

「ああ。ありゃ厄介だ」


 確かに強過ぎる程に強い。

 能力値的にはうちの上位と同じか少し上程度だが、移動魔法の使い方に一日の長があるので大きな差が生まれていた。


 将軍、騎士団長、ゲンゾウさんの三人に「どうしますか?」と問いかけたが「援軍な以上待機と言われたら待機です」と返された。

 その時、敵将であろう三人の内一人が大きく後ろに引いて足を止めた。向かい合っているのは先生とシンゾウさんだ。


 あれだけの強者相手だと流石にオーウェン先生でも心配になるが、エリクサーも持っているんだからきっと大丈夫と戦いを見守る。

 今の所、他二人の強敵が援護に動く様子もないことにほっと一息ついたところでシンゾウさんが攻撃を仕掛けた。

 敵に張り付き、物凄い速度での切り結び合いが行われる。

 あの人凄いな。移動の魔法もああなれば逃げにしか使えない。一目見ただけで敵の強みを理解し潰しに掛かってるのか。

 でもそれができるのはあいつの強さに迫っているからだ。


「凄いな。シンゾウさんもめっちゃ強くない?」

「流石にレスタールも秘密兵器を出してきたって事ですね」


 そう言っている間にも先生が帝国の秘術を使い仕掛けた。

 シンゾウさんとの全力の打ち合いの途中だった為、敵の将であろう男は諸に切り付けられ吹き飛ばされた。


「おお! 流石先生!」

「すごいです! 完璧なタイミングでした!」


 ユリも先生の活躍にキャッキャと喜ぶ。

 しかし、そうなると流石に他の二人の強者が彼の援護に走る。


「む、いかん!」とゲンゾウさんが声を上げたその時、ランドール侯爵軍が移動する二人の行く手を阻む。


「間に合ったのでは?」

「時間は稼げるでしょうが、流石に止め切れませぬな」

「侯爵本人が出れりゃぁな……」

「ここで押されるより総大将が討ち取られる方が問題ですからね」


 そこで漸くこちらにも伝令の兵から声がかかった。

 一人を受け持って貰えないかと。


「わかりました」と了承し、ゲンゾウさん、将軍、ルーズベルトさん、ドーラ子爵の四人を前衛に俺とユリが後衛を務める形で前に出て、不死鳥部隊や歴戦のお爺ちゃん勢には周囲の押さえに回って貰った。

 今回は乱戦なので迂闊に銃は使えない。

 光魔法も地面から天に向けて放つくらいしか出来ないだろう。

 色々難しいがそれでもやれる事はあると後ろから四人の後に続いた。


 そして一番近い場所にいた男の所へと到達し、将軍が切り掛かり足を止めた。

 年はいってそうだが若く見える外見。

 ある意味ランドール侯爵と似た容姿の男。


「なるほど。漸く将クラスを出してきましたか。

 お初にお目に掛かります。私はベルクード帝国序列第二位、神速のロイドと申します」

「俺はベルファストの守護を命じられている、ランドルフ・フォン・ラズベルだ。

 しかし神速とはご大層だな」


 彼は「大層な二つ名を持たねば、容姿で侮られるのですよ」と薄く笑いながらも続ける。


「しかしそうですか。なるほど、ラズベル将軍ですか。それは大物です。

 ベルファスト軍という事はルイ・フォン・ベルファストも居そうですが……」


 うへっ、やっぱり俺はマークされてんのね。

 実際はそこまで強くないんだけどなぁ。

 実力を高く想定されて襲われるとか最悪なんですけど……


 いや、それよりも今はユリを守る為に彼女に楔を打たねば。


「ユリ、俺から離れず守ってくれ。

 いつもの連携とは少し変わるが離れないでくれよ?」

「当然です。私は貴方の剣であり、盾ですから……」


 ユリは冷たく鋭い視線でロイドを見据える。

 いつもとは全然違う空気に少し気圧されるが、彼女が止まっていてくれるなら安心だと魔法陣を敵の上空に四つ浮かべる。

 今回は雷だ。着地点を弄れる雷がこの状況に一番適している。

 瞬時に彼の頭上に魔力を動かすが、すっと撃つ前から避けられてしまう。


 あらら、こいつも魔力が見える魔法を使ってるのか。

 帝国には可視化されてない魔力すらも見える様になる魔法陣がある。

 俺たちもイグナートから教わったから使えるが、余り意味がなさそうだったので使ってなかったがこういう時に使えるんだな、と中二病に受けそうな感じに瞳に魔法陣を浮かべれば、彼はこちらを見てニヤリと口端を上げた。


「見つけました。貴方ですね?」と彼はこちらに視線をロックした。

 その瞬間、ドーラ子爵と将軍が切り掛かる。


「邪魔ですよ」と将軍を蹴り飛ばし子爵を切り捨てるとこちらを向いて移動魔法を足元で光らせた。


「ユリ! 来い!」と彼女を抱き寄せ、いつものウニ戦法で全方面から棘を伸ばす。

 イグナートはこれで止められた。恐らく今回もと思ったのだが、彼はキチンと止まって見せ魔装の棘を高速で切り裂いていく。

 ルーズベルトさんもこちらの援護に入ろうとしてくれていたが、棘により足を止めさせてしまった。

 しかしこれだけ近くで足を止めたならばやりようはいくらでもあると、魔力操作を一瞬で行い待機させていた雷魔法を起動したが、簡単によけられた。

 魔力の動きがバレていると当てるのはかなり難しいな。


 しかし速さは想定内だ。

 そのまま起動し続けてロイドを追いかける様に電撃を走らせ追い詰めていく。

 上空に浮かべた四つの魔法陣から魔力を走らせ、地を雷が走り続けるが当たる兆しは無い。


「流石神速。速いなぁ。んじゃこれならどうよ? ほいさっ!」


 雷の魔法陣を四つから五十に増やし彼の周囲をすべて俺の魔力で覆う。彼が逃げ場に迷った隙に電撃の檻を作り上げて閉じ込めた。


「ははは、何ですこの数。こんな一瞬で……こんなのありですか?」


 杖の爺さんから貰った籠手を使っているので常時二倍発動だ。

 まあ、逆に魔法だけが自慢な俺の二倍増なんだから驚いて貰わねば困るんだが。


「そりゃありだろ。お前も魔法使ってるのに何言ってんの?」


 と、そのまま電撃の檻を急激に狭めたが、彼は障壁と移動の魔法陣を活用してギリギリの所で直撃を逃れた。

 しかし、完全に相殺はできなかった模様。彼の体から蒸気が上がっていた。


「久々の痛み……さあ、ここからが本番です。

 と言いたいところですがエインが落ちましたか。潮時ですね」


 先生とシンゾウさんペアに当たっていた男が完全に討たれたことを察知したロイドは、距離を取り始めた。

 それを将軍と回復を終えていたドーラ子爵が追いかけ、ルーズベルトさんとユリも俺とロイドの対角線上に入り距離を詰めたので俺もそれに続いた。


「素直に引かせる訳が無かろう!」

「殿下を狙う貴様は捨て置けぬ!」


 二人とも移動の魔法を使い、普通なら反応を仕切れない速度での攻撃だが、彼はそれを捌き後退していく。

 二対一な上、半分捨て身の攻撃だ。流石の彼も完全には防ぎ切れていない。

 とはいえ、大半を魔装に当てる形で威力の大部分を流している。

 流石帝国序列二位。恐るべき手練れだ。


 そうして少なくない犠牲を出してしまった戦いだが、帝国の将を一人打ち取り千五百をほぼほぼ打ち取った状態での仕切り直しとなった。

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