第104話 神がかった一手


 レスタール軍首脳陣との顔合わせが終わってから、俺とユリは別行動をさせて貰った。

 と言っても特別なことはしていない。

 親父やヒロキたちに状況説明をしたり奈落を回り素材を卸したり、メアリ叔母さんが上手くやっているかを見に行ったりとある意味遊びの様な二日間だった。

 そして再びリースから北へと向かえばレスタール軍は整列して国境付近で敵を待ち構えていた。

 それを飛び越してそのまま帝国軍の偵察へと向かえば、すぐに行軍している様が見えてきた。

 数時間もすれば互いに姿を確認できるだろう距離だと確認を取り、ぐるりと大きく迂回して本陣に降りて報告を入れようと指揮官たちが並ぶ場所に飛行形態のまま着地して魔装を消した。


「うん、予定通りですね。今日中には見える距離に来ますよ」


 ちゃんと戻る日時と時間は伝えてあったので特に驚いた様子もない。

 まあ、軍隊の方は少しざわざわした様子を見せているが。


「へぇ、翼を生やして飛ぶとは聞いていたけど、そういう仕組みか……」


「見せて良かったのかい?」と挑戦的な視線を向ける殿下に「全然構いませんよ。それよりも」と軽く返して話を進める。


 ついさっき俺からも聞いて置かなければいけない事ができた。

 どうやら、アドラルドの方からも行軍している兵士がいたが、そちらは作戦の内ということで良いのかという問いかけだ。

 大きく迂回した際ユリが軍の姿を発見して教えてくれたのだが、聞いていた予定ではもう全軍集結している筈なのだ。


「いや……そっちは聞いていないな」とランドール侯爵がライリー殿下へとアイコンタクトを取るが思い当たることは無いらしい。


「って事はへストア侯爵軍が帝国側の援軍として来た可能性大って事ですかね?」

「その可能性は高いね……数は?」

「三千程度でした。旗は立ててません」


「それはもうほぼ間違い無いな……」とランドール侯爵が頭を抱えた。


 こういう時は自軍の旗を立て味方であるとアピールするのが鉄則なんだそうだ。

 他の指揮官たちも苦い顔をしている。

 どうやらまだ容疑段階であり援軍と言われてしまえば追い返す事も難しい。

 厳密言えば命令権的には可能だが、総大将であるランドール侯爵かライリー殿下が直接行く必要があるのだそうだ。侯爵クラスになると『直接話すから通せ』が通ってしまうらしい。

 しかし、敵と分かっていて王子を向かわせる訳にもいかず、総大将がここを離れる訳にもいかないと頭を悩ませているらしい。

 そんなランドール侯爵の想いとは裏腹にライリー殿下が声を上げた。


「仕方ないな。総大将が抜ける訳にはいかない。私が兵を連れて行ってくるよ」

「あっ、じゃあ殿下、俺も付き合います」


 大変そうなので手伝うと伝えてみたのだが、ベルファスト軍は残っていて欲しいと頼まれた。

 殿下の軍は五千人いるらしく、正規軍なので質もかなり高いらしい。

 半分も連れて行けば十分だからとライリー殿下は微笑むと「それじゃあこちらは宜しく」と上品な佇まいで自軍へと歩いて行った。


 やっぱり本物は違うわ。

 あの上品な感じは真似できん。

 

 丁度ライリー殿下が出立した頃、帝国軍が見えてきた。

 五百メートル程度の距離で止まり、規律正しい動きで迅速に陣形が作られていく。

 それがある程度形になった所でランドール侯爵が前に出て音声拡張魔道具にて声を張り上げた。

 要約すると『人の領地に軍を入れんな早く帰れ』というものだ。

 対する帝国は『戦争中に進路をふさぐ行為は宣戦布告。即刻リースから立ち去らねば攻め落とす』との事。

 侯爵はその声に『ミルドラドが負けた以上、戦争は終わっている。立ち退かぬなら武力行使で排除する』と端的に告げ戦端が開かれた。

 その後すぐにレスタール軍から二千程度の兵が前に出た。

 恐らくあれがリストル伯爵軍なのだろうが、何故かこれでもかと言わんばかりに家紋が入った旗が掲げられ、獣車が一台後方に追走している。


 魔装武器を作り出さぬままにゆっくりと歩いて行進する姿はまるで街中での行軍の様。

 そして数十メートルという所まで行くと彼らは地に片膝を付き、獣車から出てきたリストル伯が臣下の礼を見せると、帝国軍からも一団が出て来てそれを受け入れている様子が見て取れた。


 レスタール軍にもざわざわとした動揺が広がるが、その直後百のリストル軍兵士が立ち上がり一斉に帝国軍に魔法攻撃を始めた。

 完全に不意打ちを食らった帝国軍は浮足立ち足並みが乱れるが、すぐに魔法攻撃を開始させ戦闘が始まる。


「あれ……内部に入り攻撃してくれた兵士たちはどうやって戻るん?」

「あれほど近いと流石に戻れませんよね……?」


 周囲を見渡すが、特に増援は向かっていない。

 攻撃を行った百の兵は我先にと走って退却を始めているが敵軍も黙って見てはいない。 

 一斉に魔法陣が展開され、このままでは不味いと飛び上がろうとしたらその直後、一筋の光線が敵軍を照らした。

 あれは光魔法の光だ。

 一体どこからと光の出所を探せば、地面から顔を出して魔道具を使っている兵士が見えた。

 どうやら、隠れていた兵士が魔道具にて援護に入っている様子。

 彼は飛び出すと、こちらに逃げながらも魔道具にて敵の攻撃の妨害を行い、味方の撤退を助けた。


 それと同時に四千のレスタール兵が進軍を開始した。

 しかし敵陣までの特攻はせず魔法攻撃により集中砲火を行っている。

 敵軍も属性魔法を防ぐ障壁を展開して大部分を防いでいるが、リストル軍を叩こうと躍起になっている所には攻撃がまともに通っていた。


 そしてリストル軍千五百が殲滅されたと同時に前に出ていた四千の兵がこちらへと後退を始める。


「ふむ、愚か者はきっちり討たれた様で何よりです。

 敵に成る者を盾として扱えたのですから策も重畳と言って差し支えありませんな」


 ゲンゾウさんが一つ頷き、ライリー殿下の取った策を褒めた。


「殿下、あれが普通の奇策です」とルーズベルトさんの声に「ええと、奇策なのに普通なんですか?」と俺は彼の声に首を傾げたのだが、なにやら皆に苦笑されてしまった。


 どういうこと、とユリに視線を向ければ「ルイの方が断然凄いってことです!」と彼女は腰に手を当てて胸を張った。


 えっへんと胸を張るユリ、可愛い。


 っとそうではなく、何故皆は俺のハードルを一々上げようとするのだろうか。


「俺は偶々魔道具関連での発明に成功しただけで策略は得意じゃないからな?」


 この程度なら思いつくけども、実際リストル伯に気付かれずに仕込みを終わらすとか難しそうだし、普通にすごいと思う。

 けど問題はこの次だよな。ランドール侯爵はどういう手を取るんだろうか……


 などと考えていれば少し離れた場所で指揮を執っていたランドール侯爵に声をかけられた。


「背後の敵という後顧の憂いは断った。

 ここからは乱戦となり純粋に力対力の戦いになる。共に出て貰いたいがよろしいか?」


 えっ……乱戦って何も無しにただ特攻するの?

 流石にそれは拙いでしょ。エストック軍並みのが一万居るんだよ?

 けど、俺に指揮を寄越せとも言えないしなぁ。

 でもレスタール軍が大打撃を受けるのは困る。マジで困る。

 やべぇ、甘く考えすぎてた。


「ええと……次はうちが策を用いて減らそうかなぁ、なんて思ってたんですけど……」

「む、その様な話は聞いてないが……?」


 と将軍へと視線を向けるランドール侯爵。


「うちの作戦参謀は殿下だからな。

 この方はギリギリまで情報を集め策を練る。

 この提案を受けるかどうかはそっち次第だ」

「聞こう。採用するかは話次第だ」


 えっ、いや、今考えてるので……ちょっと待って?

 と言っても俺ができる事なんて爆弾落とすか銃で撃つかの二択だよな。

 こりゃ、前回の失敗を考慮してしょっぱなガツンと爆弾落とすか。

 既に安全ピンは抜いてあるから落とすだけだしな。

 うん。前回の失敗を生かして神がかった勝利を狙ってみよう。


「えーと、俺が一人で飛んでちょっと痛い目を見せてきますんで、少し飛び回って戻るくらいの時間下さい。その、そちらに迷惑はかけませんので……」

「ふむ、そちら側の単独作戦で時間がかからんのであれば構わんが、敵が動けばこちらも動くぞ?」


 おっ、よかった。すんなりお許しが出た。

 帝国に対しての示威行為にも丁度いいし全部落としてこよ。ピン取っちゃったからもうここで使わないと爆発させない限り怖くて取り出せないし。


「あ、はい。じゃあ取り合えずちょっと行ってきます」


 付いて来ようとするユリに単独じゃないと上空で静止するのが大変だからと遠慮してもらい、背中から翼を生やす生身の形態で空へと飛びあがる。

 できるだけ察知されたくないので一度リース方面へと向かって高度を上げてから帝国軍の上空へと張り付き、狙えるラインまで高度を下げた。

 そして五十メートル置きの三×三の九個の魔法陣を浮かべ、一瞬だけ起動して爆弾を一つづつ落とし、移動しては落とすのを繰り返した。

 とんでもない爆発により砂塵で何も見えないが、イグナートから教えてもらった帝国の魔法に魔力を感知できるものがあり、それを使えば丸見えだ。

 さあ次だ次と百五十発撃ち終わるまで繰り返した。


 よし、落とし終わった!

 ユリが心配しているだろうからさっさと帰ろう。


 帰りはそのまま滑空して自陣に降りたのだが、物凄い警戒の視線を向けられていた。 


 あ、あれ?

 あそっか。彼らは初見だもんな。そりゃ味方でも怖いか。


「あれがミルドラド二万を殲滅した新兵器とやらか……」


 眉間にしわを寄せたランドール侯爵が未だ砂塵が上がる敵軍を見据えて呟く。


「ええ。まともにやれば二万に二千が勝つなんて無理ですからね」

「聞いてはいたが、報告以上だ。これはもう戦いではない。終わりだな……」

「えーと、それはどうでしょうね。上級騎士らしき奴らは生き残っているみたいですよ?」


 漸く視界が晴れて完全に敵軍を見渡せ、ほぼほぼ壊滅と言っていい打撃を受けている様が見受けられた。

 しかし、所々で魔装や土魔法で防壁を作って耐え忍んだ敵軍もいた。


「いや、生き残りがあの程度ではもう勝敗は決した。終わりだよ」


 終わりか……それはどうだろうな。

 運よく敵将を打ち取れてれば終わるだろうけど、イグナートの話だとかなり好戦的で負けを許さない奴らだそうだからな。

 前回も何割減らしたから終わるなんて事にはならなかったし。

 まあ、確かにこの人数差なら負けは無いか。

 攻めてくるなら迎え撃てばいい。


「ええと、この後はどう動く感じですか?」

「……正直、困惑しているよ。だがわれらの役目は防衛。今の所侵略をするつもりは無い。

 ここまでの打撃を与えたのであれば後は逃げ帰るのを見て居ればいい」


 なるほど。待機か。


「んじゃ、ライリー殿下の方を見に行ってもいいですか」と侯爵に声を掛ければ彼ははっとした様を見せ「こちらの軍を向かわせる」と急遽動き出した。


 先ほど空から見た感じでは交戦になってはいなかったが、膠着していたという事は未だ敵対の意思がある可能性が高い。

 というか、もう言い逃れができない状況下で戦う他無いのだろう。

 しかし、ライリー殿下が連れて行った兵はレスタール軍の中でも国軍中央の精鋭兵。戦力的に負けているから動けないと言ったところだろう。


 ああ、戦況が動いて殿下の軍が戻らざるを得ない状況を待っている感じか。

 うん? それなら殿下に戻ってきて貰えば良くね?

 まあ、そこら辺は侯爵や殿下が決めることか。


 ルーズベルトさんたちとそんな話をしていれば、レスタール軍から千程度の兵が選出されていた。

 シーレンス伯爵の指揮する部隊の様だ。彼が先頭に立ちこちらへと小走りに近寄る。

 彼の表情も強張っている。

 これは……もしかしなくてもやり過ぎた様だ。

 そっか。国が違うんだから脅威だよなぁ。

 考えてなかった。


「手を貸してくれるという事だったが、元々こちらの不手際。

 我々だけで対応すると決まった。ベルファストはこのまま待機をお願いしたい」

「あ、はい。そういう事ならお任せします。俺たちは待機していますね?」


 そう返せば彼は一つ頭を下げ、急ぎ兵を走らせた。

 彼らが走り去った後、将軍たちに「まずかったですかね?」と苦笑いで問いかけた。


「いえ、ベルファストの力を知らしめる事もまた重要です。あれでよろしかったかと」

「帝国に勝つのが先決。私も概ね同意です。少々やり過ぎたとも言えますが……」

「しかし、ここまでの脅威を示しては多方から色々と突かれるでしょうな。

 ですがそこはファストール公が頑張ってくれる事でしょう」


 対策を取られると途端にやり辛くなるのを知っている将軍は問題ないと言っていくれた。ルーズベルトさんも必要だったとは言ってくれたが、ゲンゾウさんは少し困った様子を見せていた。

 一応、元々爆撃はする予定だったが、いきなり全弾投下はやり過ぎだったらしい。


 しかし、フォンデール砦から敵軍の対応を見ていた面々は全員必要だったと言ってくれた。

 軍を薄く広げられれば効果が著しく下がるのが上からだと丸見えだったからだろう。

 だからここで被害を少なく勝利するという面では全員一致でやるべきだったという結論になったので一安心だ。


 失敗って言うほどじゃなさそうでよかったと安堵の息を吐き、ユリとの雑談を交わしていると、帝国軍が動きを見せた。

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